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第17話 野営地の一日目

 法生たちが辿り着いた先は雪に覆われた荒涼とした高地だった。

 命の気配が薄い。雪を掘り返せば高地特有の植物の姿もあるのかもしれないが、生憎と見渡す限り白く覆われたこの地には動く物の姿は見当たらない。

 当の法生たちはそんな風景を眺める余裕もなく、深刻な命の危機に直面していた。


「寒い、風が痛い!」


 極寒、とまでは言わないが、防寒具無しで居られるほど生易しくもない。


燃鱗(Combustion)( scales)


 ちゃっかり火蜥蜴の腕で暖を取るライシールド。彼の周りに濛々と湯気が立ち上り、袖無外套(マント)の内側で寒さに震えていたレインはその熱気を感じてひょっこりと顔を出す。


「ライシールド君の神器、だっけ? 凄いんだねぇ」


 法生はその熱の恩恵に与ろうとライシールドの側に近づく。レインが「暖かいねぇ」と笑顔になるのを見て、法生も自然と笑みを浮かべた。


「さて、体も少し温まったし、野営の準備しちゃおうか」


 背負い鞄(バックパック)から組み立て式の天幕(テント)一式を取り出した。その際、野営道具の内訳を確認してみると、薪が結構な量収納されていることが判ったので、とりあえず五キル(キロ)束を五束出し、ライシールドに焚き火の準備をお願いした。

 とは言え天幕の設営なんてした事もない法生は、敷き幕代わりの厚手の毛皮の絨毯を敷くと、あーでもないこーでもないと部品を弄りながらもたもたしている。

 手際よく窪地に薪を配置し点火させたライシールドが法生から支柱を取り上げ、レインの指示で的確に固定、張り綱で補強してしまう。手を出すに出せずあわあわする法生に、レインは出来上がった天幕の中の準備をお願いする。内側から保温用に二重の幕を張り、照明や食料、寝袋などを背負い鞄から取り出していく。


「法生はここで焚き火を維持しておいてくれ。俺達は掘削場所を確認してくる」


 ついてこられても足手まといになりそうだし、とは流石に口には出さなかった。

 焚き火の側で手を振る法生を置いて、ライシールドとレインは火蜥蜴の腕で雪を溶かしながら温泉予定地へと足を向けた。




「焚き火の維持とは言っても、他にやることがないって言うのもなぁ」


 法生の仕事は精霊湯が出てからとなる。今苗を植えても枯れるだけだし、岩盤に遮られて精霊の力が微弱にしか存在しないこの地に神酒の素を設置しても蓄えるべき力がないので神酒には成らない。

 森人の集落で登録した焼き菓子と花茶を出して一人優雅にご休憩(ティータイム)としゃれ込んでは見たが、見渡す限り雪と岩肌では長くは持たない。


「うん。暇だ」


 焚き火の周りをあっちにうろうろ、こっちにうろうろしていると、視界の端に何かが動いたような気配を感じた。そちらの方を見ても真っ白な雪が広がっているだけで何も居ない。


「……気のせい、かな?」


 視線を焚き火に戻すと、視界の隅で何かが動く。そちらを見ても何も居ない。視線を外すとまた動く。

 何かが居るのは間違いなさそうだと、視線を外す振りをして目の端に注目、その動きを観察した。一対の目が雪の白さの中に現れ、そろりと四足の小さな動物が近づいてくる。どうやら狙いは火で炙っている干し肉のようだ。


「猫? いや、雪豹?」


 視線をあえて外しているので、雪豹は法生が気付いていないと思っているのか、随分と焚き火の近くまで接近していた。

 大人の猫くらいの大きさの小さな体をバネのようにしならせ、長い尻尾をくねりくねりと波打たせながら干し肉を見る。爛々と光らせた目は完全に釘付け(ねこまっしぐら)状態だ。

 悪戯心が芽生えた法生は、そーっと干し肉に手を伸ばした。完全に集中してしまっている雪豹の仔は、今正に飛び掛らんとした瞬間目の前から消えた干し肉にきょとんとした顔をして、次いで法生の視線に気付いて勢いよく跳ね上がってその場を飛びのいた。

 一気に五メル(メートル)程距離を開けると、法生を睨みつける。時折手に持つ干し肉をチラチラ見ながらだが。

 試しに干し肉を持つ手を上げてみる。警戒しつつも視線は上を向く。下げてみる。目は下へ。左右に振ると視線だけでなく顔まで動く。


(やばい、可愛い)


 段々イライラしてきたのか、尻尾をビリビリ振ると前傾姿勢になる。前足を下げ、後ろ足に力を込める。法生も危険(とびつくけはい)を感じて干し肉を放り投げる。

 空を飛ぶ干し肉に全力で飛び付く雪豹の仔は、空中で齧り付くと華麗に一回転して雪の上に降りた。そのまま十メル(メートル)程後ずさると、前足で干し肉を押さえて噛み千切る。ハグハグと食べながらも警戒しているのか視線は法生から外さない。

 雪豹の仔が干し肉を食べ終わったところで法生は新たに魚の干物を取り出す。見たことの無い物の出現に不思議そうな顔で首をかしげる目の前で、干物を焚き火で炙っていく。

 立ち昇る磯の香りが雪豹の仔の鼻孔をくすぐる。干し肉を食べたばかりだというのに、雪豹の仔は猫科の本能を刺激されたのか、鋭い視線で干物を睨みつける。

 法生と雪豹の仔の、第二回戦(ラウンド)が始まる。




「この辺りだねー。かなーり深いところに強い精霊の力を感じる」


 レインの示す“この辺り”とは広大に広がる平坦な雪原である。北の遥か先にはまた高く聳える岸壁が、南には切り取られたような険しい崖が待ち受けている。ここから西に少し下ると野営地に出る。東には見える範囲はずっと大雪原だ。


「で、どこだって?」


「この辺り」


 つまりこの雪の大地を掘り返せ、と言うことらしい。

 幸いなのは雪の深さがそれほどでもない事だろうか。春近く、この高地も雪解けの季節を迎えている。山を降りれば雪を見ることもないであろう。


「面倒だし、今のうちに切りのいい所までやるか」


 肝心の岩盤がどのぐらいの深さ、どのぐらいの厚さかがはっきりしない以上、比較的簡単に取り除けるだろう上物をちゃっちゃとやっつけてしまう方が工程が減って結局は楽だろうとの意見である。主にレインの。

 と言うわけでまずは辺り一面の雪を火蜥蜴の腕で薙ぎ払い、剥き出しになった土壌と柔らかい石質の層を蚯蚓の腕で掘り進める。大体十メル(メートル)の深さまで至った所で明らかに硬度の違う岩盤層にぶち当たった。


「これか」


「これだね」


 蚯蚓の腕では傷一つ付ける事が出来ない。そのまま周辺を削り進み、五メル(メートル)四方程の大きな窪地が出来た所で足元がよく見えないほどに暗くなったことに気付いた。

 見上げれば穴の底から見える空はどんどんと暗くなり、空を見上げている僅かの間にも彼の居る場所は闇に飲まれて行く。


「ライ、そろそろ戻ろーよ」


 頷くと外周部に適当に作った階段を登って外に出る。

 崖のある南側に目を向ければ、降るほどの無数の星が空一面に広がっていた。


「綺麗だねー」


「……寒いけどな」


 星空を見上げて心を動かされる。あの村では空を見上げる余裕等なかった。空等見ても腹は膨れない、そう思っていた。


「まぁ、悪くないな」


 星空を見て綺麗だと思う。そんな心が自分にあったことに驚き、その感情が心地良かった。




「で、何をしているんだ?」


 野営地に戻ってきたライシールドの目の前に展開されていたのは、焚き火の前に座り舟を漕ぐ法生とその膝の上で丸くなる一匹の雪豹の仔の姿だった。


「ん、ああ。戻ってきたんだね、ライシールド君」


 ライシールドの声に何とか覚醒した法生が答える。膝の上の雪豹の仔を撫でながら。


「その膝の上の「何ですかその可愛いのは!?」奴は?」


 ライシールドの問いに食い込むようにレインがきらっきらの目で雪豹の仔の周りをクルクル回る。もう触りたくて触りたくて仕方がないとでも言うように手をワキワキさせている。


「なんか干し肉に釣られて出てきたから食べ物を分けてたら懐かれた」


 法生の膝の上で半目を開けた雪豹の仔が、纏わり付くレインを鬱陶しそうに尻尾で追い払う。当のレインは「うわー、しっぽももっふもふー」と満更でもないご様子。


「いや、まぁ良いんだがな」


 法生が魚の干物を煮込んで調味料で味を調整した煮汁(スープ)を器によそい、ライシールドに差し出す。一口すすり、十分飲める味にライシールドは意外そうな目で法生を見た。伊達に一人暮らし暦が長いわけではないのだ。味の微調整くらいできる。

 レインには森人の集落で登録した焼き菓子を、目を覚ました雪豹の仔には炙った干し肉を。


「それで、ライシールド君。場所は判ったの?」


 干し肉を炙りながらライシールドは頷く。

 岩盤を露出させる所までは順調に終了。明日から暫く岩盤砕きに時間を費やすことになる。それが終わるまでは法生に出番はない。下手に手伝いにこられるくらいなら、雪豹の仔とでも時間を潰していてくれたほうがよっぽど良さそうだ。


「こちらは気にしなくて良い。その先のことを考えて休んでいろ」


 自動給仕器(しょくじがかり)として力を発揮してくれるのが一番助かる。口には出さないが、遠まわしに大人しくしてろと合図(サイン)を送る。

 無論、法生には伝わっていない。


「なんだか僕だけ楽してるみたいで悪い気がするなぁ。何か手伝えることはない?」


 何もしないのが最大のお手伝いです。ご飯の用意だけお願いします。と言いたいのをぐっと堪えるライシールド。レインに言われて少しは空気を読むことにしたのだ。


「この段階では法生様に出来ることはありません。焚き火と野営地の番と食事の用意さえしてくだされば、雪豹の仔と遊んでいようと問題ありませんので」


 レインが折角読んだ空気をぶち壊す。まぁ事実だけど。


「それに、こちらの作業が終わってからが法生様の大変になる部分ですので、それまでは英気を養うと思ってごゆっくりしていてください」


 それでもレインは出来る女だった。きちんと擁護(フォロー)を忘れない。ライシールドには真似出来ない芸当である。


「っていうか、ライは頭脳労働出来ない残念な子なので、むしろ法生様のお仕事を手伝えないと思いますし」


 そして相棒には容赦ない。


「……レイン。ちょっとこっちでお話しようか」


 いつの間にか(Difficult)(y notice)の腕( needle)を装填したライシールドが、一瞬でレインを捕獲、焚き火から少し離れた暗がりへと連れて行った。

 遠くから「本当のことでしょー」とか「いつだって考えるのは私ですし」とか聞こえてくるがまぁ放置だ。


「そろそろ寝ようかな」


 一応ライシールドたちに先に寝ること、火の番の交代は起こしてくださいと伝えて天幕に引っ込む。雪豹の仔が当然のように後を着いて来て、法生の寝袋に一緒に潜り込んだ。


「帰らなくて良いの? まぁ、暖かいから僕は有り難いけど」


 法生の声を聞いてか聞かずか、既に目を閉じて寝息を立てている。仕方ないと自分も目を閉じた。


「俺だって木くらい植えられる!」とか「じゃあ肥料の割合は? 植えるときの注意点は知ってる?」とか言い争う声を子守唄の代わりにして、意識を手放した。

 ほんと、仲の宜しい事で。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/10/01

外套→袖無外套(マント)

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