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第16話 反省会と準備

「必要条件はきちんと消化して頂けて良かったです」


 無事仕事を終え、合流したところでお迎えが来た。お迎えと言うか光の塊が法生たちを包み、次の瞬間出発したのと寸分違わぬ白い世界に立っていた。

 修正箇所の頁が開かれた本の置かれた机を正面に、その向こうにはこめかみを押さえたマリアの姿があった。


「さて、今回の修正箇所については問題ありません。ですが」


 頁を捲る。数頁進んだ所でマリアの指が止まる。


「ここから先が、色々と改変されています」


 本来火の子供(ファイドレ)族の森人(エルフ)はこの時代の最初の勇者様を宝珠のある洞窟に導いた後、勇者に宝珠を授けて力を落とした火竜を下した大鬼の襲撃で滅びる運命だった。その際生き残った者が勇者に付き従い、大鬼に復讐を果たしてその後勇者に力を貸し、何体かの『追放者』を始末することになる、はずであった。


「今回火竜の弱体化が全ての引き金となり、様々な影響が出ています。まず一番の問題は大鬼(オーガ)の襲撃がおかしなタイミングで発生したこと。これにより本来勇者がこの地を訪れ、洞窟へと導いた上で壊滅するはずの火の子供族の森人は滅びの運命を免れています」


 次にまた数頁捲る。


「また、大鬼の襲撃の前倒しにより本来倒されるはずの火竜もその運命を免れ、宝珠を渡した後も多少の能力の低下は見込まれますが眷属の竜皮族(ドラゴニュート)が被害なしで健在のため、最終的には力を付けて『追放者』の一体をここの勢力だけで仕留めるに至ります」


 本来の筋道を大きく逸脱した状態だが、本流は大きく変わることはなかったようだ。

 火竜の影響によりあの辺りの気温は大きく上昇、生態系が本来のものに近づいたため、森人の集落は大きく勢力を広げることになる。法生の忠告に従い、それまで使っていた油を揮発性の低いものに変更していたため、大きな被害も出なかったようだ。

 また、火竜と竜皮族は前述のように勢力を広げ、火の子供族の森人との関係を深めてこの森の二大勢力となる。


「後々まで影響が出ることになりますが、大きな被害の出ない改竄となるようなので、とりあえずの問題はありません」


 ですが、とマリアは続ける。


「こちらでも観測しています。あの対応は不可抗力であったとは思いますが、あまり派手になりすぎないよう注意していただけると幸いです」


 何を指しているかはあえて言及しませんが、と何故か法生を見ながら告げる。心当たりが在り過ぎて胃が痛い。


「次の時代ではもう少し穏便に、深入りせずに出来たらお願いします」


 次は六英雄の時代。

 星の力を宿した武具に認められた、六人の異なる種族から選ばれた者達が『追放者』達を駆逐する。しかし星の力は人の身で扱うには強すぎる。星の力に蝕まれ、傷つき倒れた六人にもう一度立ち上がるための癒しを齎すものの改変を修正することが次の仕事となる。


「改変箇所は[六人の磨耗した心を癒すのは自然の力に浸かり命の水と極上の供物を以て成される]ここが全て削除されています」


 今回必要とされているのは岩盤を砕く力と原酒の素を仕込むこと。そしてその側に作物の苗を植えることである。とマリアは話した。


「ちょっと気になることがあるんですが」


 法生はその改変箇所の文言と求められるものから、一つの推論を導き出した。しかしその想像は馬鹿げているように思える。これが原因で大崩壊する世界はちょっと嫌かもしれない。


「[自然の力に浸かり]って部分、もしかして、温泉ですか?」


「はい、正解です」


「これって温泉に浸かって酒飲んで美味いもの食って英気を養うってことですか?」


「はい、正解です」


「所謂温泉回?」


「その発言は少し危険ですが、正解です」


 つまりこういうことか。

 六英雄が戦い疲れ、傷付き、武器からの負荷に身体が悲鳴を上げたとき、天然の温泉と自然に沸く美酒を見つけ、身も心も癒す極上の実を食し、魂と身体を回復させる、と。


「その温泉は魂の力を内包した精霊の湯と呼ばれ、その地は将来大規模な温泉街となります。自然に沸く酒は肉体と心のあらゆる傷を治す神酒(ネクタル)であり、極上の実は万病を排する大王薬樹(ルークァトゥ)です」


 人の世に出回ることのない神仏の食材であり、意思持たぬ精霊の理由なき働きによる恩恵である。

 本来の記述では全て揃ってそこにあった。長い年月と神仏の悪戯や失敗、慈悲によってその地に在ることになるべきものであった。

 精霊湯はこの地を通りかかった巨神が分厚い岩盤を踏み抜いた際に噴き出したもの。

 神酒はその精霊湯を大層気に入った酒精の神が「温泉には酒じゃろ」と己の欲に任せて酒泉を造り出し、それが長く熟成されて成ったもの。

 大王薬樹は神仏の保養所となっていたこの地を訪れる、病身の神仏を癒すためと薬事を司る天女の手によりここに齎されたもの。


「この地を訪れるはずの巨神がその道筋を僅かにずらし、それによって岩盤が健在となってしまいました。神仏が訪れることもなく、酒も供物もこの地に齎されません」


 そのため、巨神に代わって岩盤を砕き精霊湯を開放することと、神仏の代わりに酒と供物の準備をする必要があるということらしい。


「ここで魂の休息を取ることが出来なければ、早晩彼らは倒れ、大陸の勢力図を大きく塗り替える結果となります」


 その差を取り戻すためには、多大な犠牲を払う結果となる。一つの国の人口がほぼ半減するらしい。

 たかが温泉一つの有無が国一つの運命を左右する。法生はその事実にただ思う。温泉効果半端ない。


「この辺りはこの時代、改変の影響で非常に厳しい環境になっております。ですのでおそらく誰とも接触することなくことを終えることができるでしょう。この点はこちらに都合の良い部分ですね」


 この地は人が立ち寄らぬ山脈中腹、所謂未踏破地帯と言われ、この山脈を隔てることで人の生息域は『追放者』の勢力地から辛くも切り離されている。『追放者』もこの険しい山脈には興味がない様で、双方にとっての空白地帯となっている。

 山脈の地下深くに精霊の力溢れる特異点が在るが、分厚い岩盤に遮られ行き場を無くしているその力は精霊湯と言う形で蓄積され、このまま放置していても岩盤の下で広がり、何時か何処かで噴出すことになるはずだ。だがその何時かを待っていては遅いのだ。

 それに場所の問題もある。今すぐ自然噴出が始まったとして、その場所が人の領域近くになる補償はない。『追放者』の領域近くでそれが起こった場合、濃密な精霊の力を宿した精霊湯を『追放者』が手に入れてしまう。それによる被害はおそらく計り知れないものとなるであろう。

 六英雄の英気を養う保養の地を整備するということは、延いては人の生存域の拡大であり、相対的な『追放者』の強化阻止に繋がる。


「たかが温泉、されど温泉ってことですね」


 正直最初に聞いたときは温泉程度で、と軽い気持ちだった。だがその内情を知り、その重要性を理解した今、たかがなどと口が裂けても言えない。


「……所で、一つ訊きたい」


 決意を新たにする法生に、ずっと沈黙を守っていたライシールドが口を開く。


「おんせん、って何だ?」


 ライシールドは産まれてこの方、村と開拓地しか知らない。温泉と言う単語など聞いた事がないし、自然に湯が湧き出る等完全に想像の埒外だ。お湯は火にかけた鍋の中にあるもので、お湯に入るという発想がそもそもない。


「うーん、地熱で温められた水が溜まった天然のお風呂、かなぁ」


「おふろって何だ?」


 ライシールドにはお風呂の概念がない。体の汚れは湿らせた布で拭いたり、水を被って洗い流すものであり、川での水浴びが風呂に近い習慣だろうか。


「適温まで温めたお湯に浸かる事……かなぁ」


 お湯に浸かる事で血行を良くして疲れを癒す効果があると説明を続けるが、今度は血行って何だと続きいつまで経っても終わらないため、レインに後を任せる(せつめいをなげる)ことにした。

 当のレインも実際に現地で体験してもらうのが一番ではないかとか言っているので、早々に理解させることを諦めた節があるが、その辺は臨機応変(おまかせ)だ。


「では、こちらが今回お渡しする物資です」


 神酒の素となる酒精の核の漬けられた神気の篭った聖水入りの瓶と、大王薬樹の苗が法生に。鉄で出来た一メル(メートル)半程の粉砕(ベッドロック)金槌(クラッシャー)と鉄の杭のセットがライシールドに渡される。


「後、こちらもお渡ししておきます」


 法生には大きめの背負い鞄(バックパック)が渡された。こちらに戻ってきたときに返した木の杖の代わりに、鉄製の長槍(ロングスピア)が背負い鞄の横に括りつけられている。


「この背負い鞄は付与術(グラントメント)で作り出された魔道具(マジックアイテム)、に偽装した統合技術(インテグレイション)で作成された聖遺物(アーティファクト)です。魔道具としての付与(グラント)性能は、見た目の容量より数倍大目に荷物を入れることが出来る便利な道具と言う偽装がされていますが、聖遺物としての性能は不壊と無限収納が付与されています。差し上げるわけには行かないので貸与と言う形になります。

 野営道具一式も入っていますので、ご活用ください」


 法生は受け取った背負い鞄に大王薬樹の苗を収納してみた。一メル(メートル)程の若木が抵抗もなくあっさり鞄に収まり、苗を入れる前と後で重量の変化も感じられない。偽装した魔道具としてならそれほど珍しいものではないので、仏具を使用するときの言い訳に使える。

 そしてライシールドには一見何の変哲もない偃月刀(シミター)。それと同じく何処にでもありそうな腰巻鞄(ウエストバッグ)が渡された。


「この偃月刀は切断の力を付与してあります。並の鉄剣程度なら斬り飛ばせるくらいには強化してあります。こちらの腰巻鞄も容量拡張の付与が施されています。この二点は希少品と言うほどのものではないので返却は不要です」


 腰に鞄を取り付け、左腰に偃月刀を佩いた。流石に粉砕金槌は収納できなかったが、鉄の杭は問題なく仕舞うことができた。法生から薬と食料、水を受け取るとそれも中に入れる。


「それでは六英雄の時代へ。無事の帰還をお待ちしています」


 マリアは新たな書籍を机の上に置くと手を翳した。法生たちは真っ白な光に包まれ、世界から消失した。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


15/09/19

付与術(エンチャント)付与術(グラントメント)

付与→付与(グラント)

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