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第15話 後始末

 戦闘不能の大鬼(オーガ)の止めと後始末は竜皮族(ドラゴニュート)達に任せて、ライシールドは赤蜥蜴に宝珠の場所を訊いた。

 赤蜥蜴に案内されて行って見ると、そこには幾つかの色とりどりの水晶球や宝石が無造作に置かれていた。レインの見立てではどれも僅かに力を帯びてはいるが、聖剣の核を担うにはまったく容量も質も足りていないらしい。


「ここにあるもので全部なのか?」


 それ以外には何の力も宿っていないただ綺麗なだけの石や動物の角等、珍しいだけのものしか見当たらない。剣や槍などの武器類や盾などの防具類も多少はあるが、どれも特別な力が宿っているわけでもないし、物によっては歪んでいたり折れていたりで、まともな物は半分ほどといったところか。


「一つ、取っておきの物があるが。あれはあげないぞ!」


「いらん。置いてある場所に用があるだけだ」


 疑わしそうな目で見る赤蜥蜴をせっつき、その“取っておき”とやらの置いてある場所まで案内させる。

 枯れ草や獣の皮など、柔らかいものを敷き詰めた窪地のような場所がどうやらそれらしい。窪地は優に十メル(メートル)はあり、赤蜥蜴はその隅の枯れ草と獣の皮をごそごそ掘り返すと、掌に乗るほどの大きさの透明な宝珠を口に咥えて戻ってきた。


「ライ、これだよ」


 レインがその宝珠を見て、その力を確認する。先程までの物とは段違いの容量と質、それでいてまだまったく限界を迎えていない潜在能力。聖剣の要と成るに十分な格を持った宝珠である。


「ってことは、この窪地が台座か?」


 焔の欠片はここに置けばいいのだろうか。


「これは我の母上が遺してくれた物なのだ。肌身離さず持っておる。大鬼共に襲われたときもとっさにここに隠したが、いつもは寝ても覚めても常に一緒じゃ」


 この宝珠は母上の力を感じる、母上が側に居てくれるようで、寂しくないのだ、と赤蜥蜴は言った。口に咥えた宝珠を短い前足で器用に抱え込み、頬ずりする。


「ライ、もしかして台座って……」


 レインの言葉にライシールドも思い至る。台座と言う言葉に惑わされていた。場所をさす単語ではなかった訳だ。それはつまり。


「こいつが台座か」


 だらしなく「母上ー、母上を感じるのじゃー」とか言いながらごろごろしているどうしようもない姿の赤蜥蜴、こいつが[宝珠眠る台座]と言うことか。

 では、本来この赤蜥蜴は強い火の属性を持った聖獣か魔獣かと言った所か。力の核たる火の属性を削除されたが為に、その力の殆どを失っている、と言うことか。


「そこの駄蜥蜴」


「母う……誰が駄蜥蜴じゃ!」


 いきなりの暴言に赤蜥蜴が抗議の声を上げる。その開かれた大口にライシールドは焔の欠片を放り込んだ。


「もがっ!」


 投げ入れられた焔の欠片を、訳も解らないまま赤蜥蜴が飲み込む。腹に収まった途端に赤蜥蜴の全身から熱気と形容しがたい圧力が噴出した。


「うお、なんじゃこりゃー!!」


 自らの内から溢れ出る火の力に戸惑い、目を白黒させてジタバタと転げまわる。見る間に体が膨れ上がり、切断された尻尾も綺麗に再生する。頭部に二対の角が伸び、その背には緋色の飛膜を張った大きな翼が生え、全身を輝く朱色の鱗が覆った。肌寒かった空気が一気に熱せられて、急激な温度変化で洞窟内を空気の対流が巻き起こる。


「おお! 主様のそのお姿は……!」


 青鱗のガズが懐かしいものを見るような目で元赤蜥蜴の姿を見つめた。

 その目に映るのは体長五メル(メートル)の紅蓮に輝く火竜。強い熱気と強大な威圧感を撒き散らし、強者の気配を振り撒くその威容に竜皮族一同膝を付けて頭を垂れる。

 それはかつて一族を救った偉大なる竜の姿。あの赤蜥蜴の母にして竜皮族の永遠の救世主。その姿にそっくりだった。

 大鬼によって尻尾と共になけなしの竜の力を切り離されて、竜としての姿すら維持できなくなった主が、火の力を受け継ぐことが出来なかったが為に火竜となる事叶わなかった主が、今強大な火の力を得て在りし日の母火竜の面影を持って立派な姿になった。これが喜ばずに居られるだろうか!


「こ、これが我か?」


 当の赤蜥蜴改め火竜は、今だ状況が理解できていないのか、急に上がった視線に戸惑い、蜥蜴化前より倍以上に膨れ上がった自らの肉体を持て余していた。


「よし、これでこっちの仕事は終わりだな」


「だねー。法生様と合流して戻ろっか」


 感動やらなにやらは爬虫類系の方々にお任せして、用事を終えた二人は踵を返す。正直急に暑くなってきて鬱陶しいのでとっととこの場を離れたい。

 しかし広場の出口に差し掛かったところで呼び止められる。


「何しれっと帰ろうとしてるのじゃ!」


 めんどくさそうに振り返り、ライシールドは答える。


「いや、もう用事無いし」


 じゃ、と右手を上げて踵を返し、再び出口に向かう。


「いやいや、ちょっとこう、説明とかしていかんか!? 普通!」


「何でそんな面倒くさいことを」


「面倒くさいって! こんだけやっといてそれは無いじゃろ!」


 心底嫌そうに頭を掻き、説明をレインに丸投げした。仕方無しに彼女は火竜の近くまで飛ぶと、当たり障りの無い説明をでっち上げる。

 火竜の母親が実は知り合いで、焔の欠片という力の結晶を預かっていた。何れ返す約束で、その約束を果たしにこの地に来たが、既にお亡くなりだということだったので代わりに子供である火竜に返した。これでここに来た用事も終わったので、帰らせていただく。

 完全なでっち上げだし、竜皮族の面々は凄く胡散臭そうに聞いていたが、当の火竜はキラキラした目でその嘘っぱちを信じきっていた。


「そうか! 母上の力の欠片を我に返してくれたというのか! ありがとう!」


 あまりのチョロさにちょっと心配になる。竜皮族の皆さんの今後も耐えない気苦労を思うと、ちょっと泣ける。


「そう言えばまだ名乗っていなかったな。我は灼鱗のアティック・ローズ。母上が我に残してくれた大切な名だ」


 そういえば名乗っても居なければ名を聞いてもいなかったな、とライシールドは今更気付いた。竜皮族の名は聞いていたのに名乗らなかったのは失礼だったかも知れない。まぁごちゃごちゃしていたから仕方ないか。


「俺はライシールド。こっちのちっこいのはレインだ」


 ライシールドの頭の上に戻ってきていたレインが「ちっこいは余計だよ!」と髪の毛を引っ張っている。事実を言って怒られるとは理不尽な。


「ライシールドにレインか。この恩はいつか必ず報いる。何かあったら我を頼ってくるがいい」


 竜皮族一同も武器を掲げてライシールドたちに感謝を伝える。


「まぁ、そんな時がきたらな。じゃあ、もう行くぞ」


 生きる時代が違うのだからもう会うことはないだろう。軽く手を振って今度こそ広場を後にする。

 さて、法生の方はうまくやっているだろうか?




「集落の危機を救っていただいたこと、感謝している。何も訊くなと言うのも、出来たら問いたくは無い」


 アスガルは申し訳なさそうに法生の肩を掴む。がっしりと。


「しかし流石に説明いただけないと困るというか、収まりが付かないというか……」


 法生もそりゃそうだと頷くしかない。周りを見ても無責任に逃げるわけには行かなそうだ。


「……とりあえず、長老のところに行きましょうか」


 集落は蜂の巣を突いた様な大混乱の渦中にあった。小鬼(ゴブリン)の大群に襲われたと思ったら大鬼まで現れて、決死の防衛戦の覚悟を決めた途端に謎の大爆発で敵勢力全滅、危険は去りました、で納得できるわけが無い。

 とりあえずアスガルの権限で壁上の戦士達には口止めをしてある。法生が壁上に登ってから直ぐに事が起きたことから、それらを関連付ける声も当然出るわけだが、確証がある訳でも証言が出るわけでもないので噂の域を出ない。まぁ時間の問題ではあろうが。

 運び出した資材や家具等を再び戻す作業が始まる。火急の防塞(バリケード)製作時と違って時間制限があるわけではないので、多少のんびりとではあったが皆忙しく動き回っている。

 そんな中をアスガルと法生は目立たぬように長老の休む小屋へと入っていった。

 これだけ騒がしいと疲労していたとしても寝ている訳にも行かず、長老は寝台に上半身を起こした状態で二人を迎えた。法生は薦められるままに椅子に座り、アスガルはその横に立った。

 アスガルは経緯を報告する。小鬼のこと、大鬼のこと、後が無い状態だったこと、そして、法生の提案で油と火矢で撃退したこと。

 そこで法生が補足する。この集落で使用している油と同じものを大量に所持しており、今回はそれを提供させてもらったということ。この油は気温が高い環境では容易く気化するということ。現在この辺りは年中気温の低い状態のようだが、それでも保存と使用方を誤れば事故に繋がるということ。


「樽に保存するのではなく、もっと密閉された容器を使用するか、使用自体をやめたほうがいいかもしれません」


 しれっと仏具に関わる部分を誤魔化したが、他の説明に紛れて長老は聞き逃したらしい。アスガルはあからさまにほっとしていたが、それで長老に変に勘繰られるのは困るのだが、彼は気付いているのだろうか?


「そうですか、病に続き外敵の排除まで。ローレス様は我が集落の救世主ですな」


 長老は深々と頭を下げる。老人に敬われること等、初めての体験で法生はなんとも言えない気分になる。正直やっちゃった感しかないだけに、感謝されるのが凄く居心地悪い。誤魔化していることもあるだけに、むしろこっちが謝りたい。


「ですが、今の私達にはあなたに報いるだけのものをご用意できる余裕がありません」


 長老が申し訳なさそうに呟く。


「薬の報酬は頂きました。小鬼集団の撃退については僕自身の命も掛かっていたので何も要りません」


 っていうか、もう早く帰りたい。感謝されればされただけ居心地がどんどん悪くなる。法生は基本そういう小心者なのだ。


「それよりも、そろそろ僕はここを発たなくてはなりません」


「なんと、もう行かれるのか」


 驚く長老に法生は頷きを返す。ライシールドの方は台座に欠片を置いてくるだけの用事だ。もう終わっているに違いない。むしろこちらは時間を掛けすぎているのではないか。


「人を待たせていますので」


「そうですか。何もお返しが出来ず心苦しいですが、そういうことなら仕方ありませんね」


 法生はアスガルに言ったように、僕へと返すのではなくこれから困っている人に出来るだけ、少しでも力になってあげてくださいとお願いし席を立つ。


「アスガル、ローレス様を集落の外までご案内して差し上げてください」


 その後少し用事があるので戻ってくるように言いつけると、長老は寝台に横になった。

 法生は別れを口にすると、アスガルと共に小屋を出る。


「では、余計な詮索が始まる前に出ましょう」


 再び目立たぬよう門まで来ると、壁上の者達に合図を送って少しだけ開門する。

 その隙間を抜け、今だ肉が焼け焦げるような不快な臭いが立ち込める門前で法生はアスガルと別れた。




「で、結局彼はなんだったんですか?」


 門の前で法生と別れた後、アスガルは再び長老の前に立っていた。何と訊かれても、それを知りたいのはアスガルも一緒だ。


「解りません。ただ、我らを救う、その為だけにここまで来たと言うのは嘘ではないと思います」


 あの大量の物資は何処から出したのか。なにか特殊な魔法か道具があったのかも知れないが、それにしても異常すぎる。それにあれだけの物資を提供し、見返りを求めない等不自然極まりない。


「私はあの方は本当に神の使いだったのではないかと思っています」


 そう、人であれば見返りを求める。対価を求める。何らかの思惑があるはずだ。

 結局何も求めず、ただ救い、帰っていった。それは今の人の世には当てはめることが出来ない所業、神のごとき善行だ。


「そうじゃな、きっとそうじゃったのだろうて」


 神の使い。その言葉が真実ならば、納得がいく。

 ただ、彼らは忘れない。ローレスと言う少年に救われたことを。いつかこの恩は返そう。彼の言うように、救いを求める誰かを通して。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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