第14話 誤算と敗北
遅れてしまってすみません、所用でいつもの時間に投稿できませんでした。
思ったよりも広い洞窟内をぞろぞろと竜皮族の先導で進む。先頭は金目のゲドと青鱗のガズが進み、その後ろを紫電結界で周囲を警戒するライシールドが続いた。
そのさらに後ろは女性や子供、負傷者と赤蜥蜴が続き、最後尾を竜皮族の戦士達で固めた。
「この先の広場を真っ直ぐ抜けると主様の寝所へと、右に進むと我らの住処へと続いております」
ガズはライシールドの側に付き、通路を指差した。
通路と言っても幅は優に二十メル以上はあり、大人数で移動しても閉塞感は感じない。
「しかし、何で大鬼共に武装無しで対峙していたんだ?」
移動中、不思議に思っていたことを訊いて見た。よもや赤蜥蜴の言うように大鬼共に追い立てられて武器も持たずに逃げたなんてことは無いだろう。
「戦士達の殆どが狩に出ていて守り手が少なくなった隙を突かれ、女子供を連れ去られたのです。入り口付近が小鬼共に占拠されていたので、裏手から住処に戻ったのですが手遅れでした」
住処はもぬけの殻。残していた者達を探して洞窟を戻ってみれば、先程の地底湖に追い詰められた同胞を見つけ、救出しようと駆けつけた所で人質を盾に武装解除させられた。後は時間を掛けて嬲り者にされていたということらしい。
戦士不在を知ってか知らずかは判らないが、赤青二体の率いる大鬼共が、森に散らばる小鬼を掻き集めて洞窟を襲ったらしい。居残り組の戦士達は小鬼相手に気を取られた隙に、背後から大鬼共に挟撃され不意を突かれ女子供を攫われたようだ。
「背後から襲ってきた大鬼共は何処から来たんだ?」
赤蜥蜴が口を開く。
「我の寝所は崖の中腹に出る裏口がある。割と険しい場所なので、よもや侵入者があるとは思わなんでな……」
大鬼共は恵まれた体躯を駆使して崖を登り、暢気に寝ていた赤蜥蜴を先制、ボロボロにされて尻尾も切られ、小鬼共に洞窟の外に捨てられたらしい。
裏口から進入した集団が竜皮族の背後を取ったと言う訳だ。
「つまり、竜皮族はお前の油断のとばっちりを受けたわけだな」
うっ、と言葉を詰まらせ、明後日の方を向く赤蜥蜴。ライシールドにしてみれば爬虫類顔であまり表情が読み取れないはずの竜皮族だが、この瞬間赤蜥蜴を見る目が冷たく鋭くなるのがはっきりと判った。
「お前ら、こいつが主で良かったのか?」
ライシールドの言葉に、竜皮族から返事がこない。赤蜥蜴の「皆!? 我を見捨てないでっ!」とか情けない叫びが上がるがその辺は無視だ。
「……主の母上に、我ら一同は命を救われたのだ」
ポツリ、とガズが呟いた。天井を見上げ、どこか遠くを見るように続ける。
「主の母上様は、この洞窟から少し離れた沼に住んでいた我らを襲った強きものを退け、住処を失った我らをこの洞窟に受け入れてくれたのだ。その時に怪我をされてな。我らに主様を託してお亡くなりになられたのだ。我らは約束したのだ。主様と共に生き、主様の良き隣人になると」
足元で「お、お前達……」と赤蜥蜴が感極まっていたりするが、周りの竜皮族達は割と覚めた目で見ている気がする。
「主がどうしようもなくとも支える。それが我ら一族の総意となっておるのです」
諦めにも似た表情で、足元で一人感動に悶える赤蜥蜴を見る竜皮族一同。
「……そうか。まぁ、大変だろうがしっかりな」
一族総出でお守りとは。まぁ、頑張れ。
なんだあれは! あの馬鹿みたいな爆発は何だ!?
病で潰れかけの森人の集落一つを落とす簡単な仕事のはずじゃなかったのか!? あんなのは聞いてないぞ!
赤い肌の大鬼は目の前で起きた、見たことも無いような豪炎と爆風に吹き飛ばされながら混乱していた。ありえない、自慢の巨体が木の葉のように吹っ飛ぶなんて、一体どんな威力だ、と。
背中を強かに打ちつけて止まる。痛みに顔を顰めながら目を開けて、映し出された光景に唖然とした。
黒焦げの配下の大鬼、黒焦げの小鬼の山。一瞬で全滅した軍勢。
生き残ったのはどうやら自分だけらしい。配下に任せて高みの見物とばかりに後方に居たお陰で命を拾った。ただ運が良かっただけだ。あんなのをもう一回やられたら次は無いだろう。もう盾となる者は誰も居ないのだから。
逃げる。あそこは駄目だ。手を出したのは失敗だ。俺と青で恐ろしい竜だって叩きのめせたが、あれはそういうのとは違う恐怖だ。あんなのに俺は立ち向かえない。
愛用の斧も何処かに落としてきてしまったが、今更探しに戻るのも嫌だ。
必死で逃げ戻ったが、洞窟の入り口を見張らせていた小鬼共も居ない。中にも巡回させているはずの小鬼共が軒並み切り倒されている。蜥蜴もどき共を甚振っているはずの配下も無残な姿になっていた。
なんだ、何が起こっているんだ? どうしてこんなことになっている。少し前まで全てうまく言っていたはずだ。それがどういうことだ。青は無事なのか?
途中で拾った石鎚を担ぎ、青が居るはずの洞窟最奥を目指す。嫌な予感がする。不安が増す。
辿り着いた最奥部、その光景に叫ぶ。その光景は……!
「黄土の腕」
──ライ、全開で行くよーっ!
脳裏にレインの声を聞きながら、百メル四方の広い空間の中央に立ち、左右に二枚の砂壁を出現させて分断する。大鬼の群れを大きく三つに区切り、左右に展開した竜皮族の戦士達が襲い掛かった。
中央の担当はライシールドと金目のゲド、二人の後方から三叉槍を持ったガズが牽制する。ゲドは短槍を右手に持ち、驚異的な筋力で刺付大盾を片手で掲げ、時に棍棒を叩き払い、時に大鬼に叩きつけて傷を負わせた。
ライシールドは巨大な蚯蚓の形をした腕を振り上げ、大鬼の頭よりも高く伸ばすと脳天目掛けて振り下ろした。小柄な人族の少年が自分の頭上を取るとは夢にも思わなかった大鬼は、伸び上がった腕に唖然とした後、頭の上から来る衝撃に一瞬で意識を刈り取られた。
次々と配下が倒される様を、後方で必死で指示を飛ばしながら青は見ていた。いつの間にか取り返しの付かない所まで追い込まれている。一体何が駄目だったのか。
ここの主が見た目だけで然程力を持たない者だということは知っていた。危険なのはそれに従う竜皮族の戦士達の方だ。だから戦士達が不在の時を狙って苦労して裏から侵入、正面側から小鬼共を陽動に使い背後を押さえて人質を取り、武器を取り上げ配下に命じて始末したはずだった。それが何故無傷でここに居るのか。何故武装した戦士共が我が配下達を駆逐しているのか。
その砂壁を叩き壊せ! 敵の人数の少ない中央に集まって数で押せ!
指示を出しても左右の配下の動きは鈍い。目の前の戦士共が砂壁に攻撃しようとすると巧みに妨害してくるのだ。そちらに気を取られている間に死角から別の戦士の攻撃を受け、一体、また一体と戦闘不能に追い込まれていく。
役立たず共め! こんなことなら赤を向こうにやるのではなかった。あいつが居れば、こんな蜥蜴もどき共が武器を持ったところで物の数にもならんと言うのに!
「狩猟蟷螂の鎌」
中央の人族の餓鬼が何事か呟くと、左手が鎌の形に変化した。広場を三分割していた砂の壁が崩れる。既に配下は三分の一以下にまで減っていた。
あいつは何かおかしい。そもそも何故この蜥蜴もどき共と一緒に行動しているのか。あの腕は何だ。
おかしい。何もかもがおかしい。理不尽だ。なんだこれは。
左腕が鎌の餓鬼が迫る。石棍を構え、迎え撃つ。こちらの方が長い。あいつの鎌が届く前に俺の一突きが決まる。所詮人族の餓鬼だ、赤ほどではないが俺の力だって並の大鬼の比ではない。吹っ飛んで終わりだ。終わるはずだ!
なんでだ! 石棍が抵抗無くあっさりと叩き斬られた。これでは攻撃どころか防御も覚束ない。駄目だ、逃げなければ。こんな理不尽な奴と戦ってられるか!
後ろに下がる。背を見せたら駄目だ。斬りつけて来た所を回避してさらに後ろに逃げるんだ。崖を飛び降りて脱出すればまだ逃げ延びられる目がある。
横薙ぎに鎌が迫る。これを避ければまだいけるはずだ。だが、視界の端に捉えてしまった。何でこの瞬間に戻ってくるんだ! 駄目だ、逃げろ!
広場の入り口に現れた赤に気を取られた一瞬が致命的だった。俺の胴体は何の抵抗も無く上下に分かれた。赤の吼える声が響く。あいつが無事逃げ延びられることを祈りつつ、俺の世界が闇に沈んだ。
青大鬼が沈んだ。同時に背後で咆哮が上がる。振り返ればいつの間にか戻ってきていた赤大鬼が雄たけびを上げ、石鎚を振りかぶって襲い掛かってきていた。
「って言うか、青いのは登録されないのか」
──通常種と大差なかったみたい。明確な差異が無いと、登録が重複しちゃうのかも。重複する場合の登録不可の情報提示は省略してるよ。
暢気に脳内会話を繰り広げているが、割とギリギリな回避を繰り広げている。怒りに任せた赤大鬼の攻撃が地面を叩き、唸りを上げて屈んだライシールドの頭上を通り過ぎる。
「電翅の腕」
防御特化の腕で紫電小盾を展開、赤大鬼の一撃を全力で受け止める。通常の大鬼の一撃とは段違いの威力に、ライシールドは防御ごと弾き飛ばされた。
赤大鬼は追撃とばかりに吹っ飛んだライシールドを追いかけ、振りかぶった一撃を地面よ砕けろとばかりに叩き付けた。
轟音と共に地面が跳ね上がり、砕けた岩盤が視界をふさぐ。勝利を確信した赤大鬼は、次の瞬間己が目を疑った。叩き付けた石鎚の下には砕けた岩盤とその破片しかなかったのだ。
吹き飛ばされながら速度特化の翅脈の腕を装填していたライシールドは、迫る石鎚を避けて赤大鬼の背後に回りこみ、蛇腹模様の腕を霧散させた。
「狩猟蟷螂の鎌」
素早く再装填させた鎌の腕が、声に気付いて振り返りかけた赤大鬼の首を跳ね飛ばし、大鬼共との戦いは幕を閉じるのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。