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第12話 水辺の者

 電翅(Electrical)の腕( feather)の紫電結界のお陰で、大量に居る子鬼(ゴブリン)を時に避け、時に先制して少しずつ奥へと進んでいく。


「後どれくらいだ?」


 赤蜥蜴は器用に凸凹した地面を這い進みながら答える。


「そろそろ開けた場所に出る。そこに流れる水路を越えた先が我の寝床じゃな」


 確かに先ほどから水の流れる音が聞こえている。空気も少し湿り気を帯びてきたようで、若干肌寒く感じる。レインは袖無外套(マント)の内衣嚢(ポケット)に潜り込み、優雅にお昼寝中だ。


「水路の辺りに結構な数の何かが居るのぅ」


 赤蜥蜴が警告してきた。どうやらこの爬虫類、熱源感知のような能力を持っているらしく、壁の向こうでもお構い無しに知覚出来るようだ。

 壁に隠れていたライシールドに気付いていたのもその能力のお陰らしく、この洞窟内でもその力は随分と役に立った。紫電結界では障害物の向こう側は感知できない。物陰に隠れた小鬼を最初に発見したのは赤蜥蜴のこの能力によってだ。

 単純な小鬼が不意打ちなど企む等と思っていなかったので、赤蜥蜴の制止がなかったら少なからぬ被害を受けていたかもしれない。まぁ所詮は子鬼だが。


「索敵してくる。ちょっと待ってろ」


 足音を殺して一人先行し、岩壁に身を隠しながら広場の様子を伺う。

 見える範囲でも奥行き200メル(メートル)以上、向かって左側は浅く5メル(メートル)程の浅瀬が続いた向こうは深い地底湖になっており、反対の右側は比較的なだらかな傾斜になっている。右壁全体から水が染み出しているようで、広く浅い水の道が幾本も地底湖に流れ込んでいた。天井と壁面上部全体を蔽うようにコケのようなものが生えており、薄ぼんやりと光を放っていた。

 傾斜側には土色の肌の大柄な人影が十体。大体2メル(メートル)前後の筋肉質な体つきをしており、それぞれに巨大な岩の塊のような石鎚(ロックハンマー)や一メル(メートル)ほどの丸太をそのまま使ったような棍棒を所持している。話にあった赤と青は居ないが、おそらくあれが大鬼(オーガ)であろう。

 浅瀬と水中には、大鬼と比べると随分小柄な人影が見える。ただしその表皮は鱗で覆われ、顔つきは爬虫類のそれだ。二足歩行の爬虫類、竜皮族(ドラゴニュート)だ。見える範囲でも優に三十は超える。浅瀬には既に何人か血を流して倒れており、辛うじて立っているものも割と大きなダメージを受けているものが多い。何故か誰一人武器を持っておらず、防具も装着しているものは居ないようだ。

 見ている間にも竜皮族の一人が棍棒を横殴りに叩きつけられ、防御した腕を圧し折られて浅瀬を転がっていく。大鬼は甚振るように一人ずつ相手をしているようで、この調子ではそう長くは持たないだろう。

 水中に居るのはさらに小柄な者や幼い子供のようで、浅瀬の竜皮族はそれを守るために無謀にも素手で大鬼に立ち向かっている様子だ。

 ライシールドは素早く赤蜥蜴の所まで後退すると、その様子を伝える。


「そやつらは我の配下だった者たちじゃ! 武器を持つ間もなく大鬼に追い立てられて、そこまで追い詰められたのじゃろう! た、助けに行かねば!」


 その報告に慌てふためき、赤蜥蜴は一も二もなく飛び出して……。


「慌てるな、馬鹿」


 ライシールドに踏んづけられた。


「何をするのじゃ! こうしている間にも皆が……!」


 ライシールドの足の下でジタバタ暴れるが、押さえつけられてまったく動けない。


「だから、お前が行ってもやられるだけだろうが。正直俺もムカついてんだ」


 大鬼共の姿が、ライシールドが命を失ったあの日村を襲撃した『奴』に重なった。力及ばない者を蹂躙し、玩具を壊すように嬲り殺す姿を思い出す。彼の奥に眠る凶暴な何かがズキズキと痛みと共に主張する。あの胸糞悪い糞共を駆逐しろ、と。


「黙って待ってろ」


 赤蜥蜴から足を退け、広間に向かう。


「レイン、起きて蜥蜴と一緒に待っててくれ」


 歩きながら、胸元を優しく叩く。寝ぼけ眼で出てきたレインはライシールドの頭に座る。


「同期しなくていいの?」


「いらん。あの程度ならレインの手を借りなくても問題ないさ」


 だからあいつが暴走しないように見ててくれ。そう言付けると鞘翅の腕を霧散させた。


薄氷(Thin ice )の腕(blade)


 氷柱の腕を装填。再び岩陰から中の様子を伺う。浅瀬に倒れているのは六、まだ辛うじて立っているのは十。対する大鬼は十体が無傷のまま、竜皮族を嬲るのを楽しんでいた。

 慎重に狙いを定め、岩陰から氷刃を大鬼の足元に向けて放った。唯でさえ気温が低い所に氷の刃が突き刺さったため、薄く流れる水が瞬時に凍りつき大鬼の足を地面に縫いつける。

 完全に油断していた大鬼共は、突然足元が凍りついた痛みで足を上げようとするが凍り付いていて地面から離れない。姿勢を崩して転倒するものが四体。その際に自重で足首を痛めたり骨を折ったりと一瞬で行動不能に追い込まれた。残った六体は運よく水の流れていないところに立っていたり、姿勢をなんとか制御して自分の武器で氷を叩き割ったりしてすでに自由を取り戻している。

 その混乱の間、ライシールドは狩猟蟷(Hunting )螂の鎌(sickle)を装填。一番近くに居た大鬼の両腕を跳ね飛ばし、ようやく氷を割り終えた一体に接近、自由を取り戻したばかりの両足を横薙ぎに切り飛ばした。

 一瞬で五体が行動不能、一体が戦闘不能という事態にやっと大鬼の意識が戦闘に切り替わり、残った四体がそれぞれの武器を構えてライシールドに襲い掛かる。


電翅(Electrical)の腕( feather)


 防御特化の鞘翅の腕を再装填。最初の一体の石鎚を避けた先で振り下ろされる二体目の棍棒を受け止めた。そのまま閃光を放って二体目の目を潰したところ、運よく三番手も閃光をまともに目に入れたらしく、武器を取り落として目を押さえて呻いた。最後の一体は三番手が邪魔でライシールドに近づけない。

 最初の一体が体勢を立て直し再び石鎚を振り上げたところで、ライシールドは鞘翅の腕を霧散させ、新たな腕を装填する。


写影(Duplicate )の腕(haze)


 黒い影の腕が土色の鍛え上げられた太い腕を模写する。振り下ろされる石鎚をその腕で受け止めて、強引に横に流す。予想外の力に踏ん張りが利かず、大鬼は石鎚に引き摺られるようにしてライシールドの目の前に無防備な首下を晒した。

 右手で片手剣を一閃し、その首を落とす。


──神器に強者の腕(Strong arm)が登録されました。


 黒い影の腕に戻った腕を霧散させ、再び蟷螂の鎌を装填する。目潰しで行動不能にした二体の脇を擦り抜けながら首を落として行き、未だ健在の一体の前に立った。

 あっという間に九体の仲間が行動不能か絶命の憂き目に遭い、それを目の前の小柄な人族の少年がやったのだと理解する。一人では勝てない。棍棒を捨てて戦意がないことを主張する。

 ライシールドはそれをつまらなそうに一瞥すると鞘翅の腕を再装填して紫電結界を展開。視線を竜皮族の一団に向ける。


「そっちの竜皮族の、言葉は解るか?」


 竜皮族の戦士たちは、暴風のように現れて苦もなく大鬼共を制圧してしまった少年を前に身動きがとれずにいた。まったく持って意味が解らない。あの小柄な体躯で大鬼と膂力で対等に渡り合い、一対十と言う数の劣勢をものともせず、瞬時に多数を無力化して勝利を収めた。何をどうしたらあんなことが出来るのか。訳が解らない。

 そんな混乱の最中、少年が話しかけてきた。この洞窟の竜皮族は主の下でいくつかの言語を習っているので言葉は理解できる。逸早く正気を取り戻した、青味掛かった鱗の竜皮族の男が前に進み出ると頷いた。


「青鱗のガズと申します。此度はお助け頂き感謝の言葉もない」


 竜皮族は人族と声帯の作りが違うため、言葉を発するときに空気が漏れるような音が出る。シューシューと漏らしながらなので少し聞き取り辛いが、さほど問題でもない。


「そこで倒れている奴らにこれを飲ませてやれ」


 ガズが手渡された袋には治癒薬が入っている。他の行動可能なものたちに渡し、分担して倒れている仲間に飲ませていく。薄い色の薬でも何とか立ち上がれるくらいには回復し、濃い色の薬に至っては相当効果が高いものだったらしく、あっという間に傷が塞がっていた。


「お前たちの中で、一番強い奴は誰だ?」


 金目の竜皮族が進み出る。ガズがその横に並び、ライシールドに紹介する。


「彼は金目のゲド。我らの中で大鬼の攻撃を十度受けても倒れぬ唯一の戦士。武器さえあれば大鬼など相手ではありません」


 ライシールドは右手の片手剣を差し出した。意図は判らないが剣を取れと言う事だと理解し、ゲドは片手剣を受け取った。


「お前にそこの大鬼を任せる。武器さえあれば負けないんだろ?」


 やられたらやり返せ。非常に簡単で、先程まで自分たちを嬲り者にしてきた相手への意趣返しをさせてくれるらしい。ライシールドの意図を理解したゲドは、獰猛な笑みを浮かべて大鬼の前に進み出る。

 ここに来て大鬼も状況を理解した。たった一人で武器を手にした竜皮族の戦士と戦って勝てるかは微妙だ。それも先程何度殴っても立ち上がった金目の奴だ。しかも自分は武器を手放している。

 金目の戦士が剣を振りかぶる。慌てて捨てた棍棒を拾おうとしたが、それをゲドは許さず足で払って棍棒を蹴り転がす。他の武器を探そうと顔を上げた瞬間、目の前に片手剣が見え、それが大鬼の見る最後の光景となった。




「ライ、怪我とか無い?」


 戦闘終了を察知してレインがライシールドに飛びつく。彼は大丈夫だと頷くと、しがみつくレインを頭の上に乗せた。


「皆無事か!? 誰も欠けておらんか?」


 レインに遅れて広間に入ってきた赤蜥蜴は、竜皮族の足元で大口を開けて喋っている。当の竜皮族の面々は一様に首を傾げ、不思議そうに足元の赤蜥蜴を見つめる。


「……主、様?」


 代表してガズが尋ねた。どうにも信じられないといった感じで。


「そうじゃよ!? 我がお前たちの主じゃよ!? なんで疑問系!?」


「尻尾ない。力感じない。ほんとに主?」


 ゲドが首を傾げながら答える。どうやら赤蜥蜴は相当こっぴどくやられたらしい。


「お前たちまでそんなことを……」


「そんな話はどうでもいい。赤いのと青いのはこの先に居るのか?」


 落ち込む赤蜥蜴の話をバッサリ切り捨てると、ライシールドはガズに訊いた。


「この先に居る。赤い大鬼は何体かつれて外に出て行ったが、青い大鬼が取り巻きと一緒に残っている。途中我らの住処を通る。そこで武装して我らも戦おう」


「ああ、雑魚は任せたい。俺は青を相手する」


 どうやら赤は外出中のようだ。今のうちなら数も少ないし、雑魚も竜皮族に任せれば気にせず戦えそうだ。竜皮族の準備を待って、攻撃開始と行こう。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/09/07

龍皮族→竜皮族


修正 15/09/30

そんな話しは→そんな話は


修正 15/10/01

外套→袖無外套(マント)

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