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第142話 足止め(Side:Rayshield)

お久しぶりです。モチベーションの維持に苦慮しております。どうにも次話投稿が安定しません。

申し訳ありません。

「昇級試験は現在お受けできません」


 大陸に五ヶ所、国ごとの組合(ギルド)本部がある。無論ここ北の魔道国家首都にもそれは存在している。

 ライシールドたちは首都に到着するとまっすぐに本部建物へと足を運んだ。目的は無論昇級試験を受けるためだ。

 即日受けられるとは思っていないので、まずは受付を済ませて日程を決めてしまおうとの考えだった。

 だが、用件を伝えながら差し出した書類に目を向けることすらなく受付嬢は書類を差し戻した。


「……どういう事だ?」


 コルトブル家の封が施された書類を見ることなく突き返され、ライシールドは憮然として問う。受付嬢はまさに鸚鵡(おうむ)の様に一言一句違えることなく、表情を変えずに答えた。


「昇級試験は現在お受けできません」


「どういう事だ」


「昇級試験は現在お受けできません」


「どういう事だ」


「いやいや、その不毛な問答をいつまで続けるつもりじゃ」


 無表情な受付嬢と憮然としたライシールドの間にゲイルが割って入った。受付台(カウンター)の上に放置されたままの書類をひとまず回収し、改めて問い直す。


「昇級試験がなぜ受けられないのか、それを教えていただけぬか」


「現在執り行われていませんので」


 やっと不毛な繰り返し(ループ)から抜け出した。とは言え台詞が変わっただけで内容はほとんど変わっていないが。


「ふむ。では何故執り行われていないのか教えていただきたい」


「冬ですから」


「……冬だから?」


「はい。冬ですから」


 無表情ながらも心持ち自慢げな顔で受付嬢は答えた。


「なるほど、わからん」


 ゲイルは満足げな空気の受付嬢に何と問いかけるべきか悩んで腕を組んで頭を捻る。ふと背後に複数の視線を感じて振り替えると、ギルド(組合)内の各所から生暖かい視線が送られていた。


「……マーサ君、ちょっと私と代わろうか」


 マーサと呼ばれた受付嬢の背後に、いつの間にか壮年の男性が立っていた。疲れきった表情を浮かべてマーサの座る椅子の背もたれを両手で掴み、勢い良く後ろへ引っ張る。

 ひっくり返らないのが不思議なほど強く引かれた先で、引き継ぐように女性職員が二人マーサを両側から抱え上げ受け付け奥の扉の向こうへと消えていった。その見事な連携に呆気にとられるゲイルの前に、慣れた手つきで空いている椅子を手繰り寄せた男性が腰を落ち着け、何事もなかったように口を開く。


「当組合(ギルド)にどういったご用でしょうか?」


「……ご用件を伺う前に、説明責任を果たしてもらいたい所なんじゃがな」


 全て無かったことのように取り繕う男性に、ゲイルは若干の呆れを含んだ抗議を返した。


「……やっぱり、なかったことにはなりませんよね」


 深く、長い溜め息を吐いた後、心底疲れきった表情で男は諦めの言葉を吐き出すと、居住まいを正した。


「うちの職員の大変失礼な行い、深く謝罪申し上げます!」


 まっすぐにゲイルと目を合わせてそう叫ぶと、机か額のどちらかが割れたのではないかと思われるほどの打撃音を響かせて受付台(カウンター)に額を叩き付けた。




 受付台(カウンター)は思いの外頑丈だったらしく、額から結構な量の血を流しながら話を続けようとする男性にゲイルの方がドン引きしてまず治療をするように勧めた。

 それに対して説明責任を果たすのが最優先と先ほどの女性職員(マーサ)とは違う方向(ベクトル)で厄介な頑固さを見せる男性をどうにか宥めて治療を受けさせた。

 また取り返しのつかない水準(レベル)で注目を集めてしまっているためにライシールドたちは組合(ギルド)奥の貴賓室へと案内され、現在は治療を終えた男性、北の組合(ギルド)本部受け付け業務部部長のハンスと対面する形で腰を落ち着けている。


「重ねて当職員に代わりまして謝罪を……」


 ちなみにマーサは北の組合(ギルド)本部上層部の幹部の娘だそうで、受付としての能力が低いにも関わらず他の仕事の適正も低いと言う処遇に困る人材であり、さりとて解雇(クビ)にするわけにもいかないと言う正に不良物件である。

 容姿は十人並みに整っておりその頓珍漢な受け答えが一部冒険者の琴線に触れるらしく一定数の奇特な愛好家(ファン)がいるので辛うじて受付に席を置いておける状態であるらしい。また、規定通りの受け答えだけであれば出来ると言うことで初心者に組合(ギルド)の有り様を説明する分には最低限の水準を確保できるため、今日は簡単な告知窓口に座らせていたのだが、少し目を離した隙に隣の受付に勝手に移動してしまっていたところにライシールドたちが訪れてしまった、と言うことらしい。

 幹部が睨みを利かせているので規定通りの罰則を適応できずに頭を悩ませている受け付け部門を横目に、常々待遇に不満を持っていたマーサは自分なりにきちんと出来たと満足げで反省の色もないと疲れたような口調でハンスに告げられては、怒りよりも憐憫(れんびん)の情がわいてしまう。

 と言うか面倒事が舞い込みそうで、これ以上かかわり合いたくないと言うのが正直なところだ。


「それはもういいわい。そのマーサとか言うのと今度我々を関わらせぬと言うのなら、不問で良い。それよりきっちりとした説明をお聞かせいただきたい。なぜ昇級試験が受けられないのか、その理由を」


「現在、首都を上げての催し物(イベント)が準備されていることはご存じでしょうか?」


催し物(イベント)?」


 首都到着後、組合(ギルド)本部の場所を把握しているゲイルの先導で真っ直ぐに組合(ギルド)へとやって来たため、ライシールドたちは周囲の状態にあまり気を配らなかった。その上まだ開催期間まで猶予があるため、あまり派手な動きが見られなかったためライシールドたちが気付かなかったのも無理はない。

 今、首都住民は大なり小なり催し物(イベント)に向けて準備を進めている。それは首都を挙げての一大

催し物(イベント)であり、もちろん冒険者組合(ギルド)においてもそれは例外ではない。


「通常であれば、数日の審査と準備期間を置かせていただいた上で昇級試験を受けていただけるのですが、今は少々時期が悪いのです」


 ハンスが言うには、コルトブル家の正式な紹介状(ごり押し)や支部長の推薦状(お墨付き)がある以上、否を唱える余地もなく昇級試験を受けることは可能なのだが、今回物理的に不可能となっている。

 首都で着々と準備が進められている催し物(イベント)、武道競技会のために組合(ギルド)が保有している本来昇級試験に必須の肩代わりの腕輪(テイクオーバー)が全て貸し出されてしまっているのだ。

  肩代わりの腕輪(テイクオーバー)なしには昇級試験は行えない。命の担保(保険)を確保しない状態での高位昇級試験は双方の命に係わる。更に武道競技会で大量に消費される予定の肩代わりの腕輪(テイクオーバー)用の宝玉を再充填するにも結構な日数を必要とするため、武道競技会が終わっても暫くは試験を始められない。


「ですので冬の間は昇級試験は原則執り行わない、という決まりがあるのです」


 昨年の試験再開日は武道競技会終了から四十日後。消耗数によって前後するだろうが、補充にはそれだけ時間がかかると言うわけだ。

 開催までまだ日にちがあることを考慮するなら、実質二ヶ月ほど待たなければならない。


「つまり、真冬の間は受けられないってことじゃな」


「はい。申し訳ありませんが、こればかりはどうしようもなく……」


「相解った。」


 試験自体が設備的な都合上執り行えないと言うのであれば、どれ程強力な縁故(コネ)があろうともどうにもならない。

 可能な限りの最速で試験を執り行うとの言質を取ったことを最善とすることで矛を納め、ライシールドたちは引き下がらざるを得なかった。


「準備が整い次第、ご連絡差し上げます」


 ハンスの言葉を背に受け、ライシールドたちは組合(ギルド)を後にした。




 組合(ギルド)を後にした一行は雪解けまでの期間を過ごす宿を決め、今日は各々自由行動と言うことになった。

 まずククルが図書館行きを希望した。魔道国家と言われるだけあり、凄まじい蔵書量を誇る首都中央図書館は通常閲覧を厳しく制限されている。中央図書館の蔵書を閲覧するには図書館支所にて申請を出し、審査の後許可が降りた蔵書を閲覧するといった手間のかかる行程が必要である。だが冬の間だけは制限付とは言え一部解放され、閲覧をしやすい状況となる。

 宿で図書館を尋ねたククルは従業員にそう説明を受け、目を輝かせた。しかし年端もいかない少女の姿の彼女一人では門前払いを食らうかもしれないし、厄介事(トラブル)を呼び込んでしまうかもしれないと同族であるアティが同行を申し出て、中身は子供な彼女だけでは不安が残るとロシェがお目付け役を買って出てくれた。


「ロシェ、すまないが二人を頼む」


「お任せください」


「ククル、アティを頼むな」


「任せて、ライ様」


「待つのじゃ。我がお荷物みたいな扱いは納得できん」


「アティ、二人の言うことを聞いておとなしくしておけよ。賢く出来たらご褒美をやろう」


「さすがに子供扱いが過ぎると思うのじゃが!?」


「そうか。いらないか」


「……い、る。おとなしくすると約束する」


 素直なアティの頭を撫で、三人と別れたライシールドとヴィアー、ゲイルは、特にやることも思い付かなかったので武道競技会予選を見学するために特設闘技場へと足を運んだ。




「これは……」


 ライシールドは修行の一環として参加するか悩んでいた。どの程度の猛者が集まるのか、正直少し期待していたりもした。しかし中央広場に設営された仮設闘技施設に集まっている参加希望者とおぼしき集団の人数の多さにげんなりとした表情を浮かべた。

 ゲイルが露天の店主から聞き出した情報によると、予選進出をかけた出場資格試験が執り行われているらしい。参加希望者を無条件で受け入れるわけにはいかない。一定水準以上の技能が無いものを予選に参加させてしまうと総合技術会の箔が落ちてしまうからだ。それは()いては武道競技会の集客力を落とすことであり、長い冬の収入の減少に繋がる。

 故に予選前の足切りが首都全体で行われている。ここでの評価次第で予選の枠に入れるかが決まるわけだ。

 目立ちたいが直接戦闘系演技(パフォーマンス)重視の剣武会に出場できるだけの腕がない層が何でもありを逆手にとって出場資格試験で一芸を披露する場として利用するため、参加希望者は年々増え続けている。試験を受ける分には剣の腕も魔術の素養も必要ないのだから。

 本気で出場を目指すものとしては迷惑極まりないが、これはこれで見世物として人気が高く、野蛮な本選より安心してみられる分面白いと観客を集めるので、運営側もあえて記念参加を禁止してはいないそうだ。


「ライっ! あれ見て!」


 無邪気にはしゃぐヴィアーの示す先、舞台上では派手な格好の男が口から火を噴いていた。術式ではなく恐らくは可燃性の液体を口に含み、引火させているだけの芸にすぎない。見世物としては面白いのだろうが、ライシールドは正直がっかりしていた。

 投擲用の短剣を連続で空中の林檎に刺してみたり、一抱えはある玉に器用に乗ってみたりとただの大道芸大会の様相を呈した試験会場に見切りをつけようと背を向けかけ、心臓を鷲掴みにされたようなおぞましい気配にその足を止めた。

 気配を辿る。今正に壇上へと片足をかけた男と視線が合う。誘うように口の端を上げると、男は腰の剣を抜いた。

 その剣自体は何ら力を感じない。どこででも買えるような安物の量産品にしか見えない。男は自然体のまま中央に据えられた巨大な鉄の塊の前に立つと同時に鉄の塊がゆっくりと斜めにずれていき、まるで磨きあげられた鏡のような滑らかな断面をさらして横倒しになった。


「見えたか?」


「恐ろしく鋭い一閃だったな」


「あたしには剣がぶれたようにしか見えなかった……」


 ゲイルの唖然とした問いに不適に笑うと、ライシールドは試験場へと足を踏み出した。ああいう手合いが出てくると言うことならば、己の研鑽の糧となる。どうせ雪で足止めを食らうのだから、時間潰しも有意義に行くべきだ。

 出場資格を得るために何を披露するべきか。同行者の事も忘れて一人進むライシールドの背後で、ゲイルとヴィアーは顔を見合わせ溜め息を吐くとその後を追いかけるのだった。

拙作をお読みいただき、有難うございます。


先の展開は決まっているのですが、どうにもそこにたどり着くまでの行程で躓いております。

少し熱も戻ってきていますし、少しでもペースをあげられるよう頑張ります。


18/09/19 誤字等修正。

19/06/12 誤字等修正。

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