第141話 見た目と実利(Side:Lawless)
色々と悩みながら書いています。
期間が空いてしまって申し訳ありません。
ローレスは無事予選を通過し、本選へと駒を進めた。
同時に審判団から警告を頂戴し、改善を要求されていた。
「ローレスさんはわたしの忠告を理解してなかったようですね」
「はい、すみません」
あからさまに『わたし怒っています』とばかりに腰に手を当てて眉間に皺を寄せるテーナに素直にローレスは頭を下げた。アイオラは一歩下がった位置でそんな二人の様子を困ったような色の浮かんだ顔で見守っている。
「ローレスさんの戦闘形式的には仕方ないのかもしれませんが、もう少し考えてください。審判団の警告を受けるなんて相当ですよ」
勝者であるローレスを前に困り顔で抗議の文を読み上げた剣武会運営の方の顔を思い浮かべながら、テーナのお説教を粛々と受ける。
「剣武会はお祭りを盛り上げる余興的な意味合いが強いので乗り優先で多少の事には目をつぶる緩さがあります。興が乗ればそれだけ盛り上がるんです」
総合技術会の前座的な立ち位置であり、勝敗よりも見た目の派手さと見栄えに重点をおかれた剣武会はローレスの戦い方とは相性が悪かった。なまじ組合の選考会で満点通過などと派手派手しいことをしただけに予選開始までその事実が発覚しなかった。組合の把握していたローレスの来歴が発覚を遅らせた要因の一つであるのも否めない。
「ローレスさん、戦い方が地味すぎます。先ほど組合の担当の方からも何とかして欲しいと伝言がありました」
「……そう言われましても」
「本戦ではもっと派手にいきましょう。ローレスさんの戦いにおける心構えは一旦横に置いておいて」
ローレスの目の前で、テーナは見えない箱を持ち上げて脇にどける仕草をした。溜め息と共に。
「経歴だけ見るとどこの英雄かってくらい華々しいのに……推薦した組合からしたら詐欺ですよ詐欺」
「詐欺……そこまで言いますか」
「わたしは実際にローレスさんの戦果を目にしていますからその凄さを理解しています。それに本戦に駒を進めた方々相手では予選ほど余裕を持った戦いは望めないでしょう」
しかし、とテーナは勢いよくローレスを指差した。
「予選二戦の戦い方が地味過ぎます! 良く言っても玄人好みすぎです! 本戦では無理をしてでも派手にいかないと、接戦では評価点に足を掬われます!」
悔しくてたまらない、とばかりにテーナは拳を握りしめる。
「ローレスさん贔屓のテーナさんとしては、勝ち進む姿が見たいんですよ! 華々しい姿を! 小馬鹿にしている観客の度肝を抜く勇姿を!」
「ぱっとしなくてすみません……」
憤るテーナを前に、肩を落としてただ謝るしかないローレスだった。
勝ち負けとか本気の相手が怖いとか言ってないで総合技術会の方に参加すれば良かった、等と暗い顔で思いながらローレスは派手な戦い方を考える。総合技術会ならどれだけ地味な戦い方をしても文句が出ることはないだろう。そもそも勝ち上がれる自信もないのだが、余計な重責を感じることがない分精神的には楽だったかもしれない。
等と益体もないことを考えるローレスの隣に座り、アイオラは彼を励まそうと言葉を綴る。
「私はローレス君の戦い方は理に適っていていいと思うわ。解っている人も少なくないはずよ」
「ありがとうございます、アイオラさん。でも剣武会の趣旨から外れている以上、間違いなんだと思います」
自虐的な笑みを浮かべるローレスは、それでもアイオラの笑顔に少しだけ気分が上向くのを自覚した。なかなかに現金なものだと自分の単純さに内心呆れる。
「うん、いつまでもうじうじしてても仕方ないですね。気持ちを切り替えて対策を考えます!」
要は派手な特殊効果を考えればいいのだ。ぶっちゃけ勝ち負けにこだわらなければいくつか思い付いた手がある。四日後の本戦初日ではせいぜい派手に暴れてやろうと覚悟を決め、ローレスは早速準備に取りかかるのだった。
「兄貴、予選通過おめでとう」
総合技術会予選の観戦をせず、丸1日かけて本線に向けての準備を整えたローレスはやり残しの確認のため町中を散策中にナトリに声を掛けられた。
「ありがとう。僕の味方はアイオラさんと君だけだ」
「何訳のわかんない事言ってんだよ兄貴」
兄貴はやめて欲しいけど、と続けた言葉は流された。溜め息でやりきれなさを誤魔化したローレスは、普段はこんな町中を彷徨かない彼がこんなところで何をしているのかが気になり尋ねた。
「そりゃあ、冬を越すために頑張って稼いでるんだよ」
孤児たちは薬草を採りに外に出られないこの時期、生活費を稼ぐ手段がない。当然蓄えなどあるわけもなく、また数日に一度の教会の炊き出しだけで食い繋いでいける訳もない。
そこでこの時期、観光客で溢れた町中で少しでも多くの日銭を稼ぐために彼らは文字通り走り回っているのだ。
いったい何をして稼いでいるのだろうと首を傾げ、ナトリの全身を観察したローレスは妙な違和感を覚えた。
「……なんか、小綺麗になってる?」
若干失礼な物言いではあるが、普段の彼らは共用の井戸水で最低限の汚れは落としていたが、色々なところに潜り込むため衣服は常に薄汚れていた。それを気にすることもない筈のナトリの服装は、およそ貧民街の住民とは思えないほどさっぱりとしており、そこらの町民の子と見分けがつかない程度にはちゃんとしていた。
「これは親父さんの所で預かってもらってた衣装ってやつだよ」
競技会前に言っていた準備とやらはこれを用意することや格好を整えることだったらしい。
それで実際にどう稼いでいるかと言うと、何人かで組んで一人が営業、残りが実働部隊で動き、バラバラに町中をさ迷う。
金になりそうな客を見つけたら集合して身形を整えた者が声を掛け、荷物運びや道案内等を申し出て仕事を受領する。
荷物運びならば何人かを呼び寄せて元締めの振りをして作業を分担し、道案内なら数人が先行して歩きやすい道を指示しながら目的地まで誘導する。
「観光客は競技会中、財布の紐が緩くなってるから結構稼げるんだぜ」
そう言って笑うナトリを見て、逞しいと感心するローレスだった。
「っと、客発見。兄貴、頑張ってな!」
「ああ、ナトリたちも頑張って」
無害そうな笑顔を張り付けて観光客に声を掛けるナトリを見送り、ローレスはやり残しの確認の散策に戻っていった。
やり残しの確認だけでは不安が残り、新たな策を模索することに時間を割いたため、結局術式観覧会も総合技術会も予選を観ることはなかった。そして迎えた剣武会本戦当日。
「炎の矢三連!」
ローレスは同時に三本の矢を射ると、着弾を確認することなく蓮華座を起動して右手に度数の高い蒸留酒を生成した。薄めの硝子瓶に詰められたそれを矢の後を追うように投げ、相手が防御した際に飛び散った火花がまだ空中を舞っている間に足下に落ちて零れた蒸留酒に引火、派手な火柱が上がって観客のどよめきが上がる。
「追撃の点火!」
火柱で視界が遮られるのを恐れた相手が回り込もうと移動した先に撒いた蒸留酒溜まりに術式で生み出した火種を放り込む。片足を突っ込んでいた相手は派手に引火して全身を炎に包まれ、致命判定を受けて勝敗が決した。
第一試合を終えたローレスを迎えたテーナは満面の笑顔だった。
「ああいうのがいいんですよ! 派手で格好よかったです」
予選の時と比べて手のひらを返したような絶賛ぶりに複雑な表情をするローレスであった。
拙作をお読みいただいてありがとうございます。