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第139話 冬の首都(Side:Lawless)

ちょっと変則的な時間ですが更新します。

昨夜更新し忘れていただけですが。

 首都より北は白く染まり、遠くに見える白い壁のような山脈は中腹から上は厚い雲で覆われていた。

 そろそろ魔道国家内の移動も困難になり、南部の雪の比較的少ない地域を除いて各都市内に籠り、人の流れが最低限を除いて止まりつつあった。


「武道競技会……ですか」


 組合(ギルド)で細々とした依頼をこなしつつ、調薬や術式の訓練をしながら雪解けを待つローレスに声を掛けてきたのは、最近頻繁に出入りしている薬師の店の手伝いをしている少年だった。

 店主のお使いの途中に偶々ローレスを見かけて声を掛けてきたとのことだった。


「そうなんだよ、ローレスの兄貴」


「……その兄貴って言うのいい加減止めようか」


 薬師はこの辺りの貧民街(スラム)に住む子供達の父親代わりである。その店で薬草学や調薬を学び、その代価に店主の願いである貧民街(スラム)の生活改善の手伝いをしてきた。子供達とも交流が深まり、いつしかローレスは彼らの兄貴のような存在になっていた。


「で、競技会が何だって? 出るの?」


「兄貴は相変わらず抜けてるよね。俺みたいなガキが出れる訳ねーじゃん」


 呆れた顔で辛辣な言葉をぶつけてくる少年はナトリ。店主の手伝い仲間の中でよく顔を合わせている内に(なつ)かれた。


「毎年この時期は外に出られないから、町の中でみんな暇なんだよ」


 暇を持て余した血の気の多い冒険者がよくいざこざ(トラブル)を引き起こした。発散する場所が無いのが問題なのだと考えた魔道国家の首脳部は一計を案じた。発散する場所がないなら作ればいい、と。

 そうして始まったのが冬の武道競技会。術式使用に制限のある直接戦闘主体の剣武会、戦闘はなく術式の錬度を競う術式観覧会、何でもありの総合技術会の三つの部門に別れてその技と技術を競い会う。

 古くを辿れば、過去『追放者』との戦いの激戦区となったこの地で奴らと戦うための力を鍛え、伝えるために始まったものが源流とされている。近年落ち着いてきた大陸では失われた過去の様々な文化、風習を復活させるだけの心の余裕が生まれている。この武道競技会もそうした趣旨で五年程前から開催されている。

 最初は純粋に技術を競うだけだったのだが、冬の息抜きを兼ねて一昨年から総合部門を設立したところ非常に盛り上がった。二回目の去年は首都全体でお祭り騒ぎとなる勢いで、冒険者が町中で暴れる率が激減した。

 また参加者や観戦に訪れる人が長期滞在してお金を落とすので、財政的にも非常に魅力的な催し物(イベント)へと成長した。


「ああ、通りで最近騒がしいと思った。でも貧民街(スラム)は関係ないんじゃないのか?」


 人が増えようと、町が活気付こうと、貧民街(こちら)に恩恵があるとは思えない。むしろ外部から来る御客様(お金持ち)の為に、警備が強化されてやりにくくなるのではなかろうか?


「だから抜けてるっての。人が増えるってことは、稼ぎ時ってことだよ。兄貴」


 そう言ってナトリは子供とは思えない下衆な笑みを浮かべるのだった。




 逞しい貧民街(スラム)の子供達が年に一度の稼ぎ時の準備をしている頃、ローレス達は組合(ギルド)で張り出された依頼に悩んでいた。


「これ、ローレス君の為にあるような依頼よね」


 アイオラが依頼票を見ながら呟いた。テーナは今日も広場で演奏するらしく、その準備のため別行動をとっていた。


「剣武会予選参加の要請……弓術主体の選手の不足により募集。報酬は安いけど、勝てば賞金が出るのか」


 何でもありの総合技術会の募集だったら流石に不参加即答だったのだが、制限ありの剣武会ならば一考の余地がある。

 ここまでの旅路でローレスは自身の経験不足を痛感してきた。ある程度以上の相手と対すると途端に苦戦するようになる。

 猟師としてのローレスは息を潜め罠を張り、獲物に見つかる前に仕止める事が基本的な戦いであった。相手が気付いたときには既に手遅れ、そういう手法だ。

 しかし冒険者としてのローレスは不測の事態や不意の戦いが基本となり、そうした隠蔽行動が取りにくい。ローレスが姿を眩ませても同行している者に攻撃対象が代わるだけだ。必然的に前に出て、相手に自らを晒して戦う形式(スタイル)を取る事になる。

 そうすると今まで培ってきた猟師の戦い方を(ベース)とした戦い方では矛盾が生じる。気付かれないように行動する事を信条としながら相手の注意を引き付けなければならないのだから。

 まずは一対一の戦い方を見直す必要がある。常からそう思っていたローレスにしてみれば、今回の依頼内容は都合が良いように思える。色々な職種(タイプ)と相対出来て、命の心配がない。不利益となりそうなものは勝ち進めれば目立つということだけ。仏具【蓮華座】の秘匿以外、取り立てて隠さなければいけないことはない。目立ちすぎないように地味に戦えば問題はないだろう。


「僕はそんなに目立つ容姿もしてないしね」


 修行にはいい機会だから他の参加者の胸を借りようと思い、参加を決意した。しかしローレスは忘れている。年齢的に考えて目立たないはずがないと言うことを。




 数日が過ぎ、ローレスは剣武会参加の資格審査を受けに組合(ギルド)訓練場に来ていた。

 参加人数が定員を割っているとは言え、最低限基準を満た(クリア)していなければ予選に参加することも出来ない。また空き枠より多くの応募があれば基準を満たしていても参加できない可能性もある。

 今回はローレス含めて八人の冒険者か参加表明していた。予選残り枠は四なので二人に一人が合格となる。

 あくまで予備予選なので直接戦闘をする訳にもいかないため、今回は弓術の腕を競い点数の高いものから順番に四名が合格ということになった。


「次の方、どうぞ」


 不規則(ランダム)に射出される十の的を射つ。的の中心に近いほど高得点となり、その合計点で順位が決まる。

 ローレスは三番目。指示の通りに弓を持って前へ出る。使用する弓は純粋に弓術の腕を見るため、全員が運営側が用意した量産品となっている。

 参加者の中から「子供がお遊びで参加か?」と野次が飛んだ。


「ローレス、準中級(インターメディエート)階級(ランク)十です」


 罵声に動じることなくローレスは射撃位置につき、弓を構える。矢を三本(つが)える姿に参加者から僅かにどよめきが上がる。それと同じだけの失笑も漏れる。子供が出来もしないことを始めたと侮蔑の声が上がった。


「お静かに願います。では試験開始」


 試験管の声に全員が口を(つぐ)み、それに合わせて的が飛び出してくる。真っ直ぐローレスの目の前を通過するように訓練場を横切る軌跡の的をローレスの矢が射ち抜く。

 続く二つ目、三つ目も問題なく矢が中り、四、五、六は短い感覚で飛んでくる。本来なら速射の腕を見るためだろう構成だが、ローレスは三本の矢で問題なく射ち落としていく。

 失笑を上げた参加者達は唖然とした顔でローレスの放つ矢を見つめ、何人かは面白いものを見つけたと言わんばかりの視線をローレスに向けた。

 七、八は左右からほぼ同時に飛んでくる。あえて速度を変えているようで、右が速く左が遅い。ローレスは同時に二本の矢を放ち、視界の左側で接近する二つの的を同時に捉えて叩き落とした。

 残った一本を指で挟んだまま、最後の十本目を矢筒から抜き取ると二本(つが)えて構え直す。右から飛び出した九つ目は的の面が上を向いていて直接中心を狙うことはできそうもない。ローレスは訓練場左端を向くとほぼ真上に矢を放つ。流石に外したかと息を吐く参加者の目の前で落下してきた矢が的を射ち落とす。

 唖然とする一同の前で最後の的が飛び出す。射ち上がるように斜め上へと飛んでいく的は凄い勢いで回転している。当てること自体は難しくないが、角度によっては弾かれてしまう。

 ローレスは気持ち強く弦を引き絞り、強めに放たれた矢は弾かれることなく見事に射ち落とされる。


「……し、終了です。試験終了まで待機してください」


「はい」


 様々な視線を浴びながら、ローレスは終了者控えの席に移動した。




「合格者はパリスさん、シーズさん」


 パリスと呼ばれた屈強な地人(ドワーフ)の戦士が立ち上がる。癖っ毛の森人(エルフ)が前に出る。こちらがポーラだろう。


「ローレスさん。満点で通過です」


「はい」


 呼ばれて立ち上がる。今度は誰一人ヤジを飛ばすこともない。


「最後にオリオさん。同じく満点です」


 狼を思わせる野性味溢れる風貌の青年が立ち、殺意とは違う純粋で強力な威圧の籠った眼差しをローレスに向ける。獲物を狙う肉食動物のような壮絶な笑みに思わず身震いを起こしてしまう。


(うわぁ……すごく睨まれてる)


「それでは、予選は剣武会会場で三日後からです。よろしくお願いします」


 ローレスはじっとりと嫌な汗を流しつつ、オリオの視線から逃れるように足早に訓練場を後にした。




 逃げるように組合(ギルド)から立ち去ると、ローレスは集合場所である広場の一角へと足を運んだ。最近テーナがよく演奏している場所だ。

 今日は演奏もお休みしてアイオラと共にローレスの帰りを待っていた。


「お待たせしました」


「お帰りなさい、ローレス君。お疲れ様」


 木陰で待つ二人に声をかけると、アイオラが柔らかい笑みをの慰労で迎えた。彼女の腕には五十セル(センチ)程に細く短くなった溶岩大蛇(ヨルム)が巻き付き、掌の上で小さな溶岩騎士(スルト)溶岩馬(グラニ)が操馬の練習をしている。


「じゃあローレス君は予選参加が決定したんですね。おめでとうございます」


「ええ。後はまぁ、やれるところまで頑張ります」


 予備予選の結果を報告したローレスにテーナが祝いの言葉を述べた。楽器の手入れをする手を休めることなく視線を向ける彼女の姿を器用だと思いながらローレスは消極的な決意表明をした。


「何言ってるんですか! 目指せ優勝ですよ!」


「いやいや、無理ですって! 今日の予備予選の通過者の方々も凄かったですし、僕なんかとてもとても」


 テーナの発破を受け流し謙遜したローレスの脳裏には、オリオの射抜かんばかりの強い視線を思い出していた。


「特にオリオさんっていう人が凄かったですね。体格から言って弓術だけじゃなさそうです」


好敵手(ライバル)ですか! これはローレス英雄譚のいい刺激(スパイス)になりそうです!」


 オリオの話を聞いた途端、興奮して目をキラキラさせるテーナをローレスは苦虫を噛み潰したような顔で見て抗議する。


「……何ですかそのローレス英雄譚って……やめてくださいよホントに」


 柄じゃ無さすぎる。空を仰ぎ溜め息を漏らすローレスだった。

拙作をお読みいただき、有難うございます。

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