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第138話 出立(Side:Rayshield)

今回も何とか早めにいけました。

続きも出きるだけ早めにいけるよう頑張ります。

 結局ライシールド達の完勝で昇級試験は文句無しの合格となった。開始前は不満の視線だった試験官達は今は恐怖と怯えの眼差しを遠慮がちに向けてきていた。

 ロシェとヴィアーはあれでも加減していたらしく、試験官達は多少の擦り傷と打ち身程度で治療が必要な怪我は負っていない。ライシールドと対峙したドランの左腕骨折が唯一の怪我らしい怪我である。

 組合(ギルド)の方で神術(オラクル)使いを手配すると言う話だったが試験が予想より早く決着してしまい、到着までまだ半時ほど時間があった。

 久しぶりの神器【千手掌】抜きの戦いに気分が高揚して加減を忘れ、唯一の負傷者を出してしまったライシールドは、受託者(トラスティ)到着を苦痛に顔を歪ませて待つドランに気不味さを感じ、ロシェに神術(オラクル)治療を頼んだ。


「ロシェ殿、神術(オラクル)治療感謝する」


「お気になさらず。(わたくし)はライ様に頼まれただけですので」


 流石に完治とはいかなかったが痛みの軽減と骨折部位の固定を施されたドランの左腕は、無理せず動かさなければ問題ないくらいには回復した。


「完全に治ったわけではありませんので、ご無理はなさいませんようお気をつけください」


「忠告心に留めておこう。改めて感謝を」


 試験前の不信など無かったように真摯な態度で頭を下げると、ドランはライシールドの方へと向き直る。


「ライシールド殿にも改めて謝罪を。侮り、失礼な態度で接したこと誠に申し訳なかった」


「気にしなくていい。むしろ俺の方こそやり過ぎた」


 ドランの謝罪を受け、ライシールドも謝意を返す。


「……しかし、君たちは強いな。後日に回された二人も覚悟が必要か?」


「一人はそこで見学している赤いのだ。雰囲気は子供っぽい馬鹿だが上手くはまれば俺より強い。今日顔を出してないもう一人は見た目の幼さに騙されると何もできずに終わるぞ」


 壁際で見学していたアティはライシールドとドランの相対に興奮したのか、鼻息荒く満面の笑顔だ。ライシールドの視線に気付いてピョンピョンと飛び跳ねる姿は彼の言葉通り子供のようだ。


「それは……なかなかしんどそうだな」


 ドランは溜め息を吐く。一週間程後に執り行われるアティとククルの試験の人員は今回の面子の半分ほどを当てる予定であったが役者不足なようだ。

 能力的にはこれ以上は望めない。どうにかして同程度の人員を倍は集めないとまともな試験にならないかもしれない。


「まあ頑張ってくれ。俺たちはこれで終わりでいいんだよな?」


「勿論だ。昇級おめでとう」


 ドランの祝福を受け、ライシールド達は組合(ギルド)支部を後にした。




「ところでライ、何で左手を使わなかったの?」


 間借りしているコルトブル家の屋敷に戻る道すがら、ヴィアーが疑問を口にした。


「面白くないだろ? 流石にまともな試験にならなそうだ」


 神器【千手掌】を使えばドラン相手でも何もさせずに終わってしまう可能性は高い。速度特化の蛇腹の腕だけでドランは動きについていけなくなるだろうし、巨人の腕や鱗熊の腕の一撃をどうにか出来ると思えない。

 何よりこの程度で腕の力に頼るようではこの先やっていけないだろう。


「まあ、本部で受ける試験では流石に使わない訳にはいかないだろうがな」


 今回の準中級(インターメディエート)の試験はあくまでも繋ぎである。冬が本格化する前に首都まで移動し、冬の間は入山禁止となるので雪解けを待つ必要がある。故に結構な時間足止めを食らう。その間に情報収集と平行して上級(アドヴァンスド)まで等級(ランク)を上げて、次の目的地である地霊の口腔(ワームレアー)に備える予定だ。

 等級(ランク)が上がれば注目は集めてしまうが、最終的な目標を考えれば仕方ない。どちらにせよ他大陸への処女航海という大事業に首を突っ込むのだ。精々派手に名前を売っておいた方が話も通りやすいだろう。


「そろそろ本気でいこうと思う」


 目的地まではまだ遠い。どれだけ速く走っても速すぎると言うことはない。むしろ待たせ過ぎているくらいなのだから。




 アティとククルの試験は一週間延期された。本部に急遽要請して上級(アドヴァンスド)の冒険者を派遣してもらうための延期だ。

 支部長、領主貴族、実際に戦ったドランの口添えで一人の上級(アドヴァンスド)冒険者と準上級(シニア)が六人追加され、試験が開始された。

 やはり最初は過剰戦力ではないかと煙たがられた。疑う気持ちも解らなくもない。何せ登録したての準初級(ビギナー)二人に対し十八人という人数差。それも内訳は上級(アドヴァンスド)一人に準上級(シニア)八人、中級(エクスパティース)九人だ。試験内容を設定した者の頭を疑わざるを得ない。

 しかし開幕ククルの非殺傷範囲魔術が非常識な範囲に展開された。広く散開していた後衛陣の半数が吹き飛ばされ、同時に軽装備の準上級(シニア)冒険者の前衛がアティの革の鞭で締め落とされると空気が変わった。

 非殺傷の魔術は余計な制限を追記された術式な為、通常より精神力を削る。ただでさえ負担の大きい範囲術式は更に重くなり、影響領域をここまで拡張した術式は代償として干渉力を著しく低下させる。

 その効果の低減は中級(エクスパティース)級の術者でも一瞬行動を鈍らせる程度の痛みを与えるのが精々で、物理的な干渉を引き起こすほどの力を実現させるなど何らかの補助がなければ不可能だ。

 準上級(シニア)級の能力をもった熟練の魔術使いになら出来ないこともないが、いずれにせよ登録したての冒険者の芸当ではない。

 容姿の幼さもあってククルは能力的には低く見積もられていた。ライシールド達の例があるのでそれなりに警戒はしていたが、あくまでそれなりだ。開幕で数人の術者が協力して術式で無力化し、同時に弓使いが死亡判定を与えて早々に退場してもらう予定だった。

 しかし結果はククルの術式で半壊。こちらの術者の詠唱は中断させられ、放たれた矢は(ことごと)く同時展開された風の防壁に弾き飛ばされて届かなかった。

 前衛としてアティの相手を任された上級(アドヴァンスド)準上級(シニア)の冒険者達は更に不幸だ。それなりにやると思われるアティへの油断はなかったはずだが、開始の合図と共に気が付けば準上級(シニア)の冒険者が一人鞭に(から)め取られ、アティの足下で気を失っていた。

 そこから先はまさに蹂躙の一言に尽きる。見学していた支部長が青い顔で試験の強制終了を告げたとき、己の足で立っていたのは僅かに三人。アティの暴風のような鞭をどうにか捌ききった上級(アドヴァンスド)の冒険者と、亀のように防御術式の殻に閉じ籠った準上級(シニア)の術者が二人だけだった。

 試験終了後、上級(アドヴァンスド)冒険者は「あれは悪夢だ。階級(ランク)詐欺にも程がある」と応援要請を出したドランを責め、当のドランも己の認識不足を認めて謝罪した。

 上級(アドヴァンスド)冒険者の名誉のために追記するが、情報さえ正しければもっとやりようはあったのだ。将来有望な新人がいる程度の心積もりで、胸を貸す位の気構えで臨んでみればとんだ修羅場に放り込まれてしまった。気持ちを立て直してよくぞ堪えきれたものだ。文句のひとつも言いたくなるというものだ。

 この一連の騒動が元で、登録制度に大きな変革が行われることとなる。

 ライシールド達の様に高い実力を持っていながら組合(ギルド)に登録していない場合、現行の登録制度が上手く機能していない実例が出来てしまったことで、将来的に登録時の階級(ランク)決定にいくつか特例制度を設ける事が決定する運びとなるのだ。

 何はともあれ、アティとククルの昇級も決まり、情報も粗方出尽くしたことでこの地に留まる理由もなくなった。

 こうして首都へ向けての旅立ちが決定した。




「頼む! ワシも同行させてくれ!」


 ライシールド達の出立が迫りゲイルは焦っていた。ダンの件は部外者だと言われ贖罪の機会が与えられず、かといってそれで納得できるかと言えば否である。


「そうは言うがな、ゲイルはコルトブル家に仕える身だろう」


「御当主には既に(いとま)を頂いた」


「ダンはどうする。仲間もいるんだろ?」


「別のものが引き継いでおる。ワシの役割は治癒薬捜索の旅に出る前に代替わりしておる」


 それに、とゲイルは続ける。


「ダンに関してはワシに出来ることはもう何もない。チャックの弔いも済んだ。ワシがこの地で出来ることはもうない」


 当主の身も回復した。同行したビクトリアも無事目的を果たして帰還した。成り済ましの為に殺害されたチャックの遺体も保護され、無念の余り不死者(アンデッド)となって害を振り撒かぬよう丁重に荼毘に付された。そもそもが自身が戻れぬことすら覚悟で治癒薬捜索の旅に出たゲイルにとっては、この地との別れは既についている。


「……あれだけ仕えたコルトブル家の当主の下から去る事になるんだぞ? 本当にいいのか?」


 当主の為に命を懸ける位だ。特別な何かがあるのだろうと察していたが、ライシールドの問いにゲイルは少しだけ寂しそうに笑った。


「代替わりした以上、いつまでも老害(ワシ)がおっても良いことはない。ワシの背負ってきた役割はこれからは若い世代が担っていくものじゃよ」


 当主が復帰した今、家督相続は暫し再考となった。ビクトリアが継ぐにせよ他の兄弟が継ぐにせよ、少し時間を掛けて話し合うこととなった。

 コルトブル家の内政は家令(スチュワード)のセリスが当主の補助をしている。当主が騒動の切っ掛けとなった独断をせず彼に知恵を求めればきっと良いように回るだろう。彼は絶対に当主を裏切らない。ゲイルも安心して旅立てるというものだ。


「俺たちの目的地(ゴール)は地獄の先だ。ゲイルは俺たちの旅についてこられるのか?」


 ライシールドの懸念はそれに尽きる。平均年齢が低く世間一般の知識や常識に疎い彼らにしてみれば、ゲイルが同行してくれることに対する(メリット)は大きい。彼らの旅はとにかく危険が多いのだ。


「足手まといとなったら棄てていってくれて良い。じゃが退いたとは言え、現役時代の階級(ランク)準上級(シニア)じゃぞ、ワシは」


 それもライシールド達に欠けている斥候の技能を持っている。老練された確かな技術を持つ彼は単純な戦力よりもよほど役に立つ人材である。

 そう遠くないうちに迷宮攻略に乗り出す予定のライシールド達にとって、実に魅力的な提案ではある。

 だが、そんな事は些事である。ライシールドはゲイルの願いを聞き入れる訳にはいかない。


「ライシールド、お前さんが何を抱え込んでおるかはわからんが、お前さんはワシの家族を救ってくれたんじゃ。それはワシの全てを差し出して報いるべき恩義じゃよ」


 ライシールドは首を振る。その恩義は受け取れない。


「俺は俺のために行動しただけだ。お前達は俺の都合で勝手に助かっただけだ。だからゲイル、差し出されても受けとる謂れはない」


 贖罪も出来ず、恩すらも拒絶された。ゲイルはこれではどこにもいけない。何も出来ない。

 しかしそれでも、ゲイルの言葉に頷くことは出来ないのだ。

 何故ならば。


「……ゲイルは勘違いをしている」


 俯くゲイルの肩に手を置く。顔を上げるとライシールドと目があった。


「頼むべきは俺だ。ゲイル、力を貸して欲しい」


 姉を助けるためには大陸の封印を解かねばならない。その為には迷宮を押し進まなければならない。力だけでは足りない。知識が、経験が必要なのだ。


「俺は目的を果たすためならどんな危険にも飛び込む。今俺の側に居るのはそれに着いて来られる者だけだ」


 東の竜王国で探すことも考えていたが、ライシールド達の目的を考えればある程度以上の信頼関係を築かなければ情報共有に躊躇いが出てしまう。その点ゲイルならば信頼に値する人物である。

 だが地霊の口腔(ワームレアー)深部の危険度は計り知れない。


「正直俺自身もどうなるか判らない。死ぬ気はないし誰も死なせるつもりもないが、安全は保証できない」


「何を言うかと思えば……ワシの役目は終わったと言うたじゃろうが。もうやることもない老いぼれの命、好きに使え」


 ゲイルは親を知らない孤児であった。泥を啜り血反吐を吐く思いで生き延び、仲間に恵まれて冒険者として成り上がり、たまたま受けた依頼時に縁が出来て引退後コルトブル家に仕えることとなった。

 専属の護衛として主と共に各地を旅し、孤児の中でも特に生きる力に乏しい者を見つけては当主の許しを得て連れて帰った。

 コルトブル家領内に私財を投じて孤児院を開き賛同者と共に運営を開始。今では成長した孤児たちが主導して運営を引き継ぎ、ゲイルの手を離れている。

 領内に孤児院を設立する許可だけでなく、様々な形で援助してくれた当主が事故に遭い予断を許さぬ状態になったとき、ゲイルは身命を()して秘薬を手に入れる覚悟をした。結果ライシールドとの出会いを経て彼よりそれは(もたら)された。

 それのみならず誤った道に堕ちた馬鹿義息子(ダン)を止めてくれた上に、大恩あるコルトブル家の危機を救ってくれたのだ。

 であるならば、賭けた命はライシールドの為に使いたい。だからこそ旅の同行を願い出たのだ。

 そのライシールドが己を頼ってくれている。


「ワシの残りの人生はくれてやるわい」


 そう言って莞爾として笑った。




「しかしの。あの返事はひどいと思うんじゃがな」


「そうか?」


 二頭立ての馬車の御者台で手綱を握るゲイルの愚痴にライシールドは栗毛の馬の馬上で首を傾げる。その後ろにはヴィアーが張り付いている。肌寒い初冬の空気の中、背中がほんのりと暖かい。

 ゲイルの同行を決めた問答の最後、ライシールドが返した台詞は「同行はありがたいが人生は要らない」だった。


「ゲイルの台詞もちょっとどうかと思うよ、あたしは」


 まるで求婚(プロポーズ)だとヴィアーは眉を寄せた。


「ライとずっと一緒にいるのはあたしなんだから」


「……うむ、ヴィアー殿? ワシはそういうつもりは無いんじゃが」


 ゲイルはげんなりすると渋い顔で答えた。無論その()はない。


「覚悟は問うたが人生は自分で使えばいい」


 ライシールドも結局は自分の望む願いのために使うのだ。ゲイルも、他のみんなも己の命は己で持つべきだ。誰に預けるものでもない。

 なんとも恩の返しがいのない、とゲイルは溜め息を吐くと冬の空を見上げた。雲ひとつ無い空は青く、どこまでも高く広がっていた。

拙作をお読みいただき、有難うございます。


17/08/29

ルビ抜けを修正


17/09/01

表記間違いを修正

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