第136話 報告と試験(Side:Rayshield)
相変わらず遅い更新で申し訳ありません。
なかなか時間がとれません。
「まぁ、事の顛末は以上だ」
遺跡の地下から無事に帰還したライシールドたちは、コルトブルの兵たちに魔物の処理と遺跡の封鎖を任せて早々に屋敷へと戻っていた。
戦いの半ばで麻痺により離脱したロシェも当然回復している。破損、弱化した鎧骨格はロシェ自身の一部でもあるので治癒薬で修復可能なのだが、取り急いで治す必要もなく、また残り少ない治癒薬をわざわざ使用するまでもないと拒否したため、蟻人種にしては珍しく人族の旅装束に身を包んでいる。
執務室の一角に設置された応接の長椅子に腰を落ち着けた一同は、机越しにコルトブル家当主と対峙している。今回の件の起こりから行動を起こした者たちの思惑、更には異族に手を出すことの危険性についてを説明した。主にレインが。
「で、これは異族が差し出してきた賠償の品だ」
銀の腕輪から一抱えほどの木箱を取りだし、応接机の上に置いた。蓋を外して当主の前へと押し出す。
「異族大戦の時期の異族の魔道具や薬品類は高性能なものが多いから、適正な価格で売り捌けば、被害にあった人達への金銭援助には困らないだけの資金は得られると思うよ」
ライシールドの肩に腰掛けたレインがそう告げた。その言葉の意味を理解したビアンカ子爵は、感情を押さえきれずに多少上ずった声音で聞き返す。
「三十年前の、あの侵略戦争の時代の遺物ですか。またとんでもないものを……」
異界からの侵略が大陸全土を巻き込む災厄であったのは、『追放者』どもから受けた被害から未だ立ち直りきっていなかったが故に、技術的にも知識的にも失われた時代から比べると稚拙にすぎなかった事が第一の原因であった。
前文明の遺物を使い潰すようにしてどうにか勝ち得た人類には、異族の魔道技術は数段上であり、対抗する為の術が少なかったことが第二の理由にして最大の原因でもある。
英雄と呼ばれる者たちの奮闘によりどうにか異界に押し戻して勝利を納めることができたが、今現在をもっても人類の知識、技術は異族のそれには及んでいない。
たまに当時の戦地跡で異族の魔道具が見つかると、場合によっては下手な遺失品より高値で取引される事もあるという現実。
そんな魔道具が箱一杯に無造作に放り込まれているのだ。ビアンカ子爵はむしろよく感情を押さえた方であろう。
「これだけの数の遺失品、捨て値でも相当な価値が……」
とは言え、机の上の木箱に伸びる手の先は微かに震えている。低く見積もっても子爵領の総収入で一年分に当たる額と等しいだけのものが無造作に差し出されたのだ。動揺しない訳はない。
「……ビアンカ様、こちらを」
年若い侍女がいつの間にか子爵の側に立ち、そっと茶杯を差し出す。子爵は木箱に伸ばした手を一旦引っ込めると、浅く息を吐いて目の前に置かれた茶杯に手を伸ばす。
「ライシールド様、お連れの方々も宜しければどうぞ」
ライシールド達の前にも茶杯を並べ、机の中央に茶請けの菓子を置くと侍女は子爵の後ろへと移動した。
「……ほう」
ライシールドの口から小さく感嘆の息が漏れる。侍女から目を離し、茶杯に意識を向けた一瞬でその気配が消えた。微かに子爵の背後に残滓が残っているだけで、背後の家具に紛れる置物のように存在感が霞んでいる。油断すると見えているはずの彼女の姿を見失いそうだ。
「時に子爵よ。これは紅茶か?」
ライシールドの左隣に陣取り、足を組んで茶杯に口をつけたアティが尋ねた。
「え? ええ。先日出入りの行商が持ち込んだ茶葉と技術で淹れたものです。淹れ方に関しては流れの冒険者に教わった新しい手法だそうで」
紅茶の茶葉自体は最近よく出回っているが、平民には高価で手が出せず、手が出せるものたちも値段のわりに飲むほどの良さを感じられないような代物であった。
そもそもが紅茶文化のあった時代は遥か昔に遡る。大陸を支配していた帝国があった頃には当たり前のように飲まれていたようだが『追放者』に文明を断絶された際、一度すべてが失われた。
『追放者』の脅威が去り幾度かの大戦を経た今、大陸は久しくなかった平穏の時を刻んでいる。各種族の人口は増加しはじめ、大地に命が戻りはじめている。復興が進み、人々の心に余裕が生まれ、直接的な“戦力”以外のものへと目が向きはじめている。
そうした中、遺跡から発掘された書物や今だ稼働していた施設から持ち出された様々な生体素材の研究が進み、危険度の少ない技術が一般へと普及する。
そうして取り戻された技術として紅茶が世に出回りはじめている。茶葉の生産が始まったばかりで量も質も全く足りていないが、廃れずに定着すればいずれ往年の味を取り戻すことだろう。
「森人の花茶に通じるものがあるの。古より生きる古森人の爺さんがよく話しておったわ」
体を癒すための薬草茶はよく飲まれていたが、嗜好品としてのお茶は甘味の強い花を使った花茶がわずかに流通するくらいで、普通は水かお湯、少し贅沢をしても安価な果物の絞り汁を飲むくらいが一般的だ。腹の足しにもならぬものに割く余裕はなかった。
その分酒は途切れることなく作られ続けた。酒精は薬であり心を奮い立たせる興奮剤であったため、それは必然でもあった。
「今の紅茶は苦味ばかりで飲めたものではないと聞いておったが、これは程よいの」
「気に入っていただけて何よりです」
アティの脱線で場の空気が弛緩してしまい、ライシールドは侍女への興味が削がれてしまった。使用人侮りがたし、とだけ心に刻んで早々に席を立つ。
「後始末はお前らに任せる。ただ、異族の扱いには気を付けろよ」
「ええ、肝に命じておくわ」
遺跡と異族の問題はこれで片付いた。後は火神の玉座の情報を探すだけだ。
一週間の時が過ぎた。レインとククルが書庫に籠って情報をさらった結果、火神の玉座の場所を特定する情報は結局見つからなかった。北の山脈のどこかにあると言うことは間違いなさそうなので、山脈に近い首都まで移動してそこでもう一度情報収集をする必要がありそうだ。
また彼女達が書籍と格闘している間に、ライシールド達は何をしていたかというと。
「領主様から話は伺っておりますよ。ライシールドさんたちは初級から準中級への昇級試験を希望ということで宜しいですか?」
コルトブル領にある冒険者組合を昇級試験を受けるために訪れていた。
ライシールド以外は組合登録自体していなかったが、さすがに災害級の魔物を屠るだけの力を持つ者達を等級一から始めさせるわけにはいかない、と判断されたようだ。
本来ならばもっと上の等級でもおかしくはないのだが、支部の権限では準中級までの飛び級が限界であった。幸いライシールド達の次の目的地は魔道国家首都であるとのことなので、支部長と領主の書状に子細を記し更なる昇級を本部で行ってもらうという事で話は纏まっている。
「身分証が欲しかっただけなんだがな」
とは言え、最終的な目標である地霊の口腔深部に入るためにはある程度以上の等級が必要なので、上げてくれると言うのなら断る必要もない。
「ライシールド様、ヴィアー様、クロシェット様の三名ですね。訓練場へご案内します」
ククルの試験は試験官の人数の関係上別の日に行われる。通常の準中級の試験であれば人数の上限はもっと上なのだが、上級に手が届くであろうライシールド達の試験を行うにはここの支部の人員では三人が限界である。故にくじ引きの結果、アティもククルと共に後日の試験へと回された。
「むぅー。我もライと一緒が良かったんじゃがなー」
「くじ運が悪かったな。まぁ今日はおとなしく見学しとけよ」
口を尖らせて幼子のように不平を漏らすアティをライシールドは宥め、続ける。
「お前の試験の時にはちゃんと付き合ってやるから、今日は我慢しとけ」
「本当じゃな!? それなら今日は大人しくしとく!」
一転、邪気のない子供のような笑顔で頷いた。大人びた容姿に釣り合わぬ無邪気なその顔を見て、彼女の変わり身の早さにライシールドは肩を竦める。
「行くか」
受付横の扉の前で待つ職員へと目を向ける。職員の後に続いて、ライシールド達は外へと移動した。
訓練場では既に柔軟を終えた組合職員がライシールド達を出迎えた。完全武装の片手剣、盾持ちが三人、大盾を地面に突き立てた重装備が一人、若干後方には弓兵と杖を持った魔術師らしき者が合計八名。合計十二名の集団が待機していた。
「私が本日の試験を担当するドランだ。君たちのことは色々聞いている。報告通りの実力ならこの程度の人数差は問題ないと考えるがどうかな?」
壮年の男がライシールドの前に立った。片手剣を右腰に佩き、右手に盾を持っている。特に構えらしい構えは取っていないはずなのに、その立ち姿に隙は見受けられない。
「私と弓使い、魔術使いに準上級が一人ずつ、残りは中級を何とか掻き集めた。上からの指示に従ったとは言え準初級や初級相手の試験でこの人員は過剰に過ぎる。……まあ君らの情報を鑑みる限りではむしろ足りないかもしれんが」
ドランの言葉に彼の背後で舌打ちや溜め息があからさまに聞こえてくる。ライシールドがちらりと目を向けると、不満に満ちた表情の男達と目があった。
「私どもに異論はございませんが、そちらの方々はずいぶんとご不満がおありのようですわね」
同様に険悪な視線に晒されたロシェが冷たい視線を返す。同様の敵意を向けられているヴィアーは興味ないとばかりに欠伸を噛み殺している。
「ああ……すまないね。一応子細は説明したんだが、どうにも納得できないみたいでね」
そう謝罪を口にするドランの口振りにも隠しきれない不満の色が見て取れる。
彼自身も組合ではそれなりの立場にある以上、上からの指示においそれと不満を持つ訳にはいかないとはいえ、どこの馬の骨とも知れない者への異例の昇級試験、しかも試験開始前の段階で既に昇級手続きが先行で行われていると言う異例中の異例の事態をどう納得しろと言うのか。
しかも前提である資料の内容が荒唐無稽極まりない。一子爵の私兵団とは言え、組織立った騎士団の歯が立たなかった魔物を、数人の冒険者が討伐したという話だ。それも高階級の一団ならまだ解るが、言うに事欠いて準初級を筆頭とした低階級の冒険者が片付けたなどと信じられるわけがない。
「そういうあんたも納得してない感じだな。まあどうでもいいか」
これだけの敵意に晒されながらもライシールドは気負った風もなく木剣を手に取った。
小規模な組合支部の施設では、木製の練習用の武器を用いた模擬戦で力量を図る試験が行われる。矢も鏃は取り外され、代わりに染料を染み込ませた布玉を取り付けてある。術式に関しては威力の低いものか特別に開発された非殺傷系のものを使用することになっている。魔術使いはその術式を習得するところから試験が始まる。
「ねぇライ、いつになったら始まるの?」
いい加減待っているのに飽きはじめたヴィアーがライシールドの背中に寄りかかり、肩越しに声をかけてきた。そんな彼女を適当にあしらうライシールドへの視線の圧力が増す。
傍目には、何らかの縁故で不当に階級を上げようとしている男が、見目麗しい女性を侍らせているのだ。真実はどうあれ気にくわないに違いない。
「さあな。まぁさっきから殺気紛いの視線を感じるからそろそろじゃないか?」
敵意から殺意へと変換されつつある注視を受けながら、ライシールドはドランへと視線を固定する。
「正直、我々は納得していない。子爵家と組合支部長の推薦とは言え、たった三人で我らの相手をさせようなどと……馬鹿馬鹿しい」
もう不満を隠そうともせず、ドランは首を降って溜め息を漏らした。
「そうか。……じゃあやめるか? 俺たちはどっちでもいいが。そっちの棄権でも階級が上がるならな」
肩を竦めるライシールドに、ドランは嘲笑を返す。
「とんでもない。先達として色々と教えてあげよう」
木剣を構えるドランの背後で、詠唱が始まる。弦を引く軋みが聞こえる。
「お手柔らかに頼むよ」
左手は何も装填しない。右手の木剣を前へと構え、半身で立つ。ドランがライシールドの木剣を軽く弾く音が響き、昇級試験の開始を告げた。
拙作をお読みいただきまして有難うございます。
08/22
ロシェの一人称にルビを追加