第10話 侵入者
「ライー、さっきのはよくないよー?」
法生と別れて直ぐに、レインの小言が始まった。
「色々預かってくれていたみたいだし、ライのこと心配して薬とかも用意してくれたんだから、ちゃんとお礼は言わないと」
お前は俺の姉さんか、とちょっとげんなりした気分になった。姉もやたら口うるさかった。
「礼は言った。問題な「あれはお礼じゃなーい」い」
被せるようにレインが指摘する。ライシールドは納得がいかない。
「もう、ライはこういう性格なのはわかったけどさ。法生は一緒に依頼をこなす仲間なんだし、もうちょっと仲良くしてもいいと思うんだけどな」
「解ったからもう勘弁してくれ」
ライシールドがお手上げとばかりに右手を上げると、レインは満足そうに頷いた。
「仕方ないなぁ。次はちゃんとしてね」
はいはいと適当に返事をしながら森の奥へと進む。
特に何事もなく三十分が経過し、木々の間に岩肌が見えてきた。
近づいてみると左右に伸びる岸壁は途中から優角に曲がり、樹木に遮られて何処まで続いているのかは判らない。どうやら地面が何らかの原因で隆起したらしく、崖上は五十メル程の高さがある。これを越えて進むのはちょっと厳しそうだ。
「もしかして、これを登るのか?」
「向かって右側に、壁伝いに進めば洞窟があるはずだよ」
壁伝いに百メル程進んだ頃だろうか。ライシールドは岩壁がL字に曲がった辺りで立ち止まった。視界からは見えない向こう側が少し騒がしい。
「レイン、後ろを警戒しててくれ。俺は角の向こうを見てくる」
レインは小声で「了解」と囁くと、少し後方であたりを警戒し始めた。ライシールドは岩壁に背を預け、片目だけ出すようにして様子を伺う。
角からさらに五十メル程先で、小鬼の群れに追い詰められている何かが居た。背の低いものらしく、小鬼に隠れてその姿は見えない。
小鬼たちは甚振り殺すつもりの様で、下品な嗤い声を上げてじりじりと方位の範囲を狭めている。
「ひぃ! そこのお前、助けてくれっ」
小鬼の向こう側から悲鳴雑じりの声が聞こえる。ライシールドは自分以外に誰か居るのかと辺りを探ってみるが、姿どころか気配も感じない。
「そこの、岩陰に隠れてるお前! 礼なら必ずするから、我を助けてくれ!」
どうやらライシールドのことらしい。こちらのことは見えていないはずなのだが。
(助ける義理は無いんだがな)
悩むライシールドの頭に、いつの間にか戻ってきていたレインが飛び付いた。
「ライ! 助けてあげて!」
「いやしかしだな。別に助ける理由も無いだろ?」
「宝珠の所まで、案内してもらおうよ」
「それだ!」
小鬼ごとき腕を装填するまでもない。完全に油断している小鬼どもの背中に切りつけ、あっという間に殲滅する。死屍累々の惨状の中心には、体長にして50セル程の赤色の蜥蜴が居た。
「た、助かった……」
気が抜けたのか、情けない声で呟くと、蜥蜴は大きく息を吐いた。
「そこの少年。我の危難を排除せし行い、誠大義である。慎んで感謝申し上げよう」
本人は至って真面目なようだが、威厳もなにも感じないので、どうにもしまらない。そもそもさっきと随分口調が違う。
小鬼にやられたのか所々に切り傷を作っていたので、ライシールドは治癒薬を赤蜥蜴の目の前においた。
「……これを我にくれるというのか?」
「見苦しいから治せ。お前には聞きたいことがある」
レインに「またそんな言い方してー」と小言を言われているライシールドから視線を外し、目の前の薬瓶を見た。要は怪我を治療する為にこれを使えということらしい。突き放されているのか親切にされているのかよく判らない。人族の言葉は中々に奥が深い、と赤蜥蜴は考える。
だがこれ以上の施しを受けるわけには行かない。
「我は少年に十分に報いる術がない。見ての通り我が身は今やただの小さき卑しい尾無蜥蜴に過ぎぬ。故にこの薬は受け取ることは出来ぬ」
良く見ると尻尾が半ばで切れている。赤蜥蜴にしてみると、どうやら尻尾を切られたことは相当の屈辱らしい。随分と悔しそうだ。
だがそれを押してでもこれは受け取れない。なぜなら今の自分は力も無ければ差し出す金品も無いのだ。
赤蜥蜴は鼻先で薬瓶を押し返した。薬瓶はライシールドの靴先に当たり、彼はそれを右手で拾い上げる。
「小鬼の腕」
小鬼の腕が装填される。その緑色の腕で赤蜥蜴の顎を掴み、無理矢理抉じ開ける。
「もがっ! ひょうねんなにふぉすりゅ!」
顎を掴まれての空中浮遊に赤蜥蜴はジタバタと短い前後の足を暴れさせ、何とか逃れようと必死だ。
それでもびくともせず、顎から下が蠢くばかり。ライシールドは開いた口腔に治癒薬を強引に流し込んだ。
「いいから飲んで治せ! 怪我してたら役に立たないだろうが!」
赤蜥蜴が薬を飲み込んだのを確認して手を離す。全身の傷は痕も残さず綺麗になったが、流石に治癒薬では尻尾までは再生しなかった。
空中で何とか体勢を整え、無事着地した赤蜥蜴は大口を開けて抗議の声を上げる。
「無茶をするな! 顎が外れるかと思ったわっ!」
ライシールドは緑の腕を赤蜥蜴の鼻先に突き出すと、ワキワキと開閉した。
「外れたら嵌めなおしてやるよ」
悪い笑顔で告げた。頭上でレインが「意地悪しちゃダメだよー」とぺしぺし頭を叩いている。
「っと、冗談はここまでだ」
「冗談に聞こえんよ!」
赤蜥蜴の抗議は無視。ライシールドは話を続ける。
「お前、この辺りの洞窟の場所、知らないか?」
「無視か。ああ、知っている。我の住処だった場所だ」
抗議を無視され、疲れたような声の赤蜥蜴の答えが返ってきた。
「だった?」
「ああ、侵入者共に乗っ取られて、追い出されたのだ」
くそ忌々しい鬼共め!と赤蜥蜴は恨みの篭った声での吐き捨てた。
「小鬼共なら今叩き潰しただろう」
「そんな雑魚じゃないわい! 我の寝床を占拠しておるのは、赤大鬼と青大鬼の二匹組だ。あいつら、我の寝込みを襲いかかって来おって、おかげで我はこんな姿に……」
今その雑魚にやられ掛けていた事は、棚上げされたようだ。
「お前の間抜けな惨状など知らん。そこに用がある。案内しろ」
つまり、占拠された過去を無かったことにしてやる。洞窟からあいつらを追い出してくれるということだろうか。
この少年はきっといいやつだがちょっと言い回しが遠いのだな、と赤蜥蜴は考えることにした。善意で解釈すればいいのだと、頭の上の妖精への態度が告げている。
さっきから妖精の女の子が叩いたりしても、口は悪いが別に怒ったりはしていない。だからきっといいやつなんだろう。我なら今頃美味しくいただいているところだ。
「わかった。案内する。我の為に誠に申し訳ない」
ライシールドとレインのことを見て、赤蜥蜴が妙な解釈と勘違いをしているなど露程も思わない。思惑通り案内役になってくれたのはいいが、あっさり過ぎてちょっと拍子抜けしたくらいだ。
「俺の用事の為だ。怪我が治ったんだったら行くぞ」
ライシールドが促すと、赤蜥蜴はずりずりと腹を地面に擦り付けながら、ゆっくりと歩き出した。
「少年、我の寝床に一体何用じゃ?」
「お前には関係ないはな「ライー、ちゃんと訊かなきゃダメ」……預かりものを洞窟の奥に置きに行く」
渋々と行った感じでライシールドが答えると、赤蜥蜴はなるほど、とばかりに何度も頷いた。
「ああ、いつもの供物であろうか。耳の長いひょろ長いやつらがたまに持ってくるが、少年は耳が長くないな」
ライシールドの耳を見ながら首を傾げる。
「たまに持ってくる肉やら酒やらも嬉しいが、ピカピカ光る珠やら石は我の心を揺さぶるな!」
先導しながら弾む声で語る。思い出したら楽しくなってきたようだ。
「その珠の中に、このくらいの大きさの丸い水晶はありましたか?」
赤蜥蜴の鼻先まで飛んでいき、レインは身振りで珠の大きさを伝えた。赤蜥蜴は頷くと自慢げに答える。
「あるぞ! 赤いのとか青いのとかいっぱいある! 特にお気に入りは透き通ってつるつるの丸い水晶じゃ! だが全部あの大鬼どもに奪われてしもうた。悔しいのう」
襲撃されたときのことを思い出したのか、短い前足で器用に地団駄を踏んでいる。レインはライシールドの頭の上に戻ってくると、こっそりと囁く。
「きっと目的の宝珠があるのもそこだよ」
「そうだな」
幾つもの水晶珠があるというのなら、そのうちの一つが目的の宝珠だろう。現地で台座を探し、焔の水晶を納めれば仕事は終了だ。
「そうだ! あいつらを追い返した暁には我の宝物をやろう!」
いい事を思いついた、とばかりに大口を開けて叫んだ。そして名案だとばかりにうんうんと一人頷く。
「あ、ただし一個だけだぞ! 後透明でつるつるのやつはダメだ!」
「……心配しなくてもいらないから」
物欲に乏しいライシールドからすれば、そんな石ころに興味は無い。もっと実用的なものをくれるというなら話は別だが。
「な! あのピカピカが要らないじゃと!?」
自分の大切なお宝を要らない物扱いされて激昂する赤蜥蜴。大事なものが減らないんだからいいじゃないか、面倒くさいヤツだな、とライシールドは眉根を寄せた。
「そんなのはどうでもいいから、さっさと洞窟まで案内しろよ」
「そんなの……、我の宝物をそんなのとか……」
ショック受けてる暇があるなら案内しろ、と戦慄く赤蜥蜴に追い討ちを掛ける。
赤蜥蜴は諦めて大きく息を吐くと、進む先を示した。
「そこの角を曲がれば直ぐに見えるじゃろう。なんかおるようじゃから気をつけよ」
足音を立てずに角まで近寄るとその向こうを伺う。入り口らしき辺りに、大量の小鬼が群れていた。まだライシールドたちには気付いていないようで、洞窟前の少し開けた空き地で焚き火を囲んで騒いでいる。
「結構な数がいるな。ちょっと片付けてくるからここで待ってろ」
赤蜥蜴を下がらせ、レインにお守りを任せる。
「空穂の腕」
小鬼の腕を霧散させ、蔓の腕を装填。森の方から迂回すると、茂みに隠れて地面を這わせるようにして小鬼たちの足元に捕食袋の素を埋め込んでいく。
一通り準備が整ったところで、罠を一気に発動。突然足元が消失した小鬼どもは声も出せずに消化液の中へと落ちていく。
何匹か運よく落ちずに済んだものもいたが、突如消えた仲間に混乱し立ち竦む。その隙を逃さず、ライシールドは駆け寄ると片っ端から切り倒した。
「制圧完了。おい、行くぞ」
赤蜥蜴とレインに声をかけた。レインたちが合流するまでに付近を索敵、生き残りが居ないのを確認した。どうやらきっちり全滅できたようだ。
「じゃあ、中の案内も頼むぞ」
念のため、電翅の腕を装填し、辺りに紫電結界を張り巡らせる。届く範囲には動くものは何も居ないようだ。
赤蜥蜴の後に続いて、暗い洞窟に足を踏み入れた。思ったよりも乾いた、ひんやりとした空気。ライシールドたちは目的の場所を目指して歩き出すのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
修正 15/09/07
宝玉→宝珠