第133話 帰路(Side:Lawless)
非常にお久しぶりです。
まだまだ不安定ですが、ぼちぼち続けます。
何十と繰り返された攻撃により、流石の異族も力尽き、意識がついに途切れた。それを見たスルトは打ち上げるのを辞め、溶岩の手で握り締めるとそのまま溶岩の海の中へと引きずり込む。
「ローレス君、もう大丈夫よ」
「……みたいですね」
いくら強靭な肉体を持つ異族であってもそう長くは耐えられない。ましてや意識の無い今の状態で溶岩の底に引きずり込まれては一溜まりも無いだろう。
「私はもう暫くこの場を維持します。たぶん大丈夫だとは思うけど、屍体使いはしぶといと聞くわ」
己に何かあった場合の手段を何か残しているかもしれない。だがこの範囲術式の場の中でなら、大抵の策は意味を失う。アイオラはそう言い、異族の沈んだ溶岩へと視線を向け続ける。
「お任せします。僕は森の様子を確認してきますね」
「あら、そう言えばスズリさんはどうされたんですか? お姿が見えませんが」
ローレスと共に森に入った少年の事を思い出し、アイオラは尋ねた。スズリの正体を思い出し、曖昧な笑みを浮かべてローレスは答える。
「えーっと、ちょっとややこしい話なので落ち着いてからきちんと説明します。」
「ローレス君がそう判断したならそれでいいわ。テーナさんは馬車を見てくれています」
ついでに様子を見てきてほしい、とアイオラが頼み、ローレスはそれに頷いて森の中へと姿を消した。
「ローレス君! 良かったー、無事だったんですね」
森から姿を現したローレスを見つけて、テーナは安堵の声を上げた。
「急に森の中で破壊音が上がったので、わたしもうビックリしちゃって」
「ご心配をお掛けしてすみません」
「無事で何よりです」
ホッと胸を撫で下ろすテーナ。ローレスはアイオラの現状を説明し、心配するようなことはもうないと伝える。
「そういうことでしたら、ここは私に任せて彼女についていて上げてください」
そう言うテーナに甘えて野営の準備をお願いし、ローレスは再び森へと姿を消した。
──ローレス、ちょっといいか?
再びアイオラの所へと急ぐローレスに唐突にスズリの声が届いた。ローレスは足を止め、辺りを見回す。過去に何度か体験した|念話≪テレパス≫の類かとも思ったが、どうも微妙な違和感を感じる。念話は頭の中に直接響くような感覚なのに対して、スズリの声は聴覚で捉えたような感触なのだ。
「スズリ? 近くにいるの?」
──いや、俺は地下で結界の強化修復作業に入ってるから。もう地上に出ることはないよ。今はローレスの身体に潜り込ませた生体端末越しに話してる。
「……ちょっと待って。生体端末って何!?」
──許可なくやったのは悪かったけど、説明を聞いている時間も惜しいと思ってさ。握手の時に侵入させてもらった。事後報告の形になって申し訳ない。用が済んだらきちんと分解消滅させるから許してくれよ。
知らぬ間に体内によく解らない物を注入されていたという事実に焦ったが、言われてみれば別れの言葉もなく慌ただしく飛び出した事を考えると、こうして会話する手段を確保するために仕方なかったのであろうと納得せざるを得ない。
──ローレスの身体に悪影響が残るような事はないから安心してくれ。
「その辺は心配してないよ。スズリが僕をどうにかするはずもないしね」
──はは。やっぱりローレスはお人よしだな。……信用してくれてありがとう。そして改めて、ここまで送り届けてくれてありがとう。無茶なお願いまで快諾してくれて、更には君の仲間が浅き異質の討伐をしてくれたことにも深く感謝を。
スズリの声音には最大級の謝意が籠められていた。特に猫耳の異族への対処をどうするべきかと頭を痛めていただけに、感謝も一入だった。
──それで、みんなとも相談したんだけれど、ローレスに報酬代わりに技能をあげようって話になったんだ。それで、お前の技能許容量の空きを確認させてもらいたいんだけど、いいか?
「許容量……ああ、そう言えば神域でもそんな話してたっけ。いいよ。見られて困るもんでもないし」
──ちょっと覗かせてもらうぞ。……んん!? お前、神域で何か貰ったか? 俺達の権限の範囲で役に立ちそうな物は軒並み容量不足だ。と言うか、ローレス位の年齢で枠一杯まで技能を修得するってのは俺の知る限りでは簡単なことじゃない気がするんだけど。
言われてローレスは自身が把握している技能を指折り数えてみる。
神域で授かった技能は仏具【蓮華座】に不滅の顎、魔道具を触媒に植え付けられた片眼鏡と指弾の技能の四つだ。
また、村での生活や父親の教えで修得した探知系や採取系、薬師の指導で身に付いた調薬系等、細々としたものがいくつか。
「後は猟師生活で修得した隠蔽と隠密、位かな」
因みに各種術式等は技能とは別枠扱いとなっている。
──何で神域管理の特級仏具を授かってるのかは知らないけど、そりゃ容量不足にもなるわな。むしろ良くそんな大容量が収まってるもんだ。ローレスが武器技能を使わないのも納得だわ。容量が足りなくて覚えられないんだな。
しかし、そうなると技能付与は難しいな。生活に役立つような簡単なものならいけそうなんだけど、ローレスの扱う各種術式の方が便利だし、成長して枠が広がったときに変な足かせになりそうだ。
ローレス自身も、使用武器に連なる技能を修得できないことを疑問に思っていた。何らかの能力的、もしくは年齢的な制限か何かかと考えていたが、単に容量不足だったようだ。
隠蔽や隠密は弓を手にする前から父親に練習法を教わっていたが、各種術式同様に修得まで随分と時間がかかった。自分の要領が悪いだけで、武器技能もそのうち修得できるだろうと思っていた。
何の事はない。単純に空きが足りなかっただけらしい。
──仕方ない。技能の付与は諦めよう。既存の技能を補助する形のものを、生体端末の方をいじってでっち上げよう。
スズリは連絡用にローレスの体に忍ばせた生体端末を改造するという。
摂取したものを複製できる仏具、あらゆるものを噛み砕く顎。これらを最大限活かすために。
──腐っていようが毒物だろうが、ローレスが摂取したものは無害化して消化できるように補助する端末を体内に常駐させた。さしずめ悪食の胃袋とでも言ったところか。
つまり、どんなものを食べてもお腹を壊さないと言うことか。
ローレスは思い出す。前世での死因を。傷んだ弁当ひとつに殺された間抜けな自分を。情けない死に方で確実に上位に入るであろう馬鹿馬鹿しい死に様を。
──ちょっと微妙な能力だけど、放浪生活には便利だろ?
「微妙なもんか!」
これであの苦しくも馬鹿らしい思いをしなくてもいいのだ。万が一にも腹下死の再現を演じる可能性が潰されたのだ。心の底から感謝の言葉しかない。
「これほど嬉しい贈り物はないよ!」
──お、おう。良くわからないけど、喜んでくれたみたいで嬉しいよ。後、一応補足な。何でも消化できるからって、金属を摂取しても皮膚や爪なんかが金属に成るとかはないからな。人体に必要な成分以外は純粋な熱量として変換されて生命活動の維持に消費されるから。
ローレスの斜め上の歓喜に引きながらも、スズリは悪食の胃袋の説明を続ける。要するに喉を通りさえすれば何を口にしても食料と同等の効果を期待できると言うわけだ。不滅の顎のお陰でどんな硬度の物質でも噛み砕けるローレスにとって、それは餓死からの解放と言うことでもある。栄養の偏りによる弊害にさえ気を付ければ、空腹に苦しむと言うこととは無縁になったと言える。
生命体としては破格の能力を手にいれたとも言えるが、仏具【蓮華座】のお陰で食料の確保に関する心配がないローレスにしてみると、お腹を壊さないと言う要素の方が重要度が高いと言うのは何とも皮肉な話でもある。
──っと、そろそろ端末の変質が完了するみたいだ。接続が切れる前に最後に改めて感謝と旅の安全を祈るよ。ありがとう、ローレス。
「貧民街の事は任せて。それじゃあ……」
小さな雑音を最後に、スズリの声は聞こえなくなった。ローレスの別れが伝わったかどうかは微妙なところだ。
「……アイオラさんのところに行かなくちゃ」
一抹の寂しさを振り払うようにローレスは誰にともなく呟くと、森の奥へと駆け出した。
その後、異族の止めを確認して範囲術式を解除したアイオラと合流したローレスは、姿が見えないスズリを心配した彼女を宥めつつ、テーナの待つ森の外れへと急いだ。
森の動物の集団暴走が落ち着き、取りこぼして散乱した道具類をかき集めながら森の様子を伺うテーナの目が、木々の間から二人の姿を認めると胸を撫で下ろして笑顔で出迎えた。
スズリの姿がないことを気にする二人に、ローレスは彼が戻ってこないと告げ、神域に関わる部分を省いてざっくりと事情を説明した。スズリの事、この森の事、貧民街でやらなければいけないこと等、話せそうもない部分は省いてざっくりと説明した。
「はー、スズリさんは人ではなかったと言うわけですか」
「私たちの知る人造人間技術とはまるで桁が違います」
人ではないということを悟らせないその姿は、時の彼方に失われた古代帝国の為せる技であった。
「そう言えば、スズリさんの護衛依頼は結局どうなるのでしょう?」
「……忘れてた」
そもそもの依頼内容は森までの護衛となっていた。護衛依頼は目的地に到着後、依頼完遂の証となる割り符を依頼主から受け取り、組合の受け付けに提出しなければ完了とは見なされない。
「依頼失敗扱いかなぁ」
依頼主の目的自体は達成できた。それだけでも良しとする事にして、ローレスは依頼に関しては諦めることにして首都へと帰るべく馬車に乗り込んだ。
──……馬車のソファを確認して……
「ん? 何か言った?」
不意にローレスの耳に届いた微かな呟き。アイオラもテーナも彼の問い掛けに首を振った。
「ソファがどうとか……あっ」
首を傾げながらソファを確認したローレスは、座面の間に挟み込まれた割り符を発見した。
「割り符、あったよ。スズリが事前に置いていってたみたいだ」
スズリ自身は端から復路に自分が居ない前提で割り符を仕込んでいたようだ。事前に渡して不審に思われないよう、かつローレスが依頼失敗にならないように配慮したようだ。
「護衛依頼はこれで終わりだけど、まだスズリのお願いが残ってる。戻ろうか」
ローレスたちは脅威の無くなった森を後にして、首都への帰路についたのだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。