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第132話 彼女の故郷(Side:Lawless)

非常に遅くなりました。

次はもう少し間隔が短いと……いいなぁ。

 突然森の奥で激しい破壊音が発生した。木々を薙ぎ倒す音、重いものを投げ飛ばす音。そして程無くして森から大量の鳥獣類が追い立てられるようにして飛び出してくる。


「何なんです!? これ!」


 テーナが刷毛(ブラシ)を取り落とし、呆然とその光景を眺める。動物達は馬車とは若干ずれた方角へと集団暴走(スタンピード)しており、一先ず巻き込まれることはないだろう。


「森で何かあったんだわ……ローレス君が巻き込まれているかもしれない」


 アイオラが騒々しい森を見つめて呟く。ローレス一人ならどうにでもなるだろうが、今は非力なスズリと一緒のはずだ。もしかしたら窮地に陥っているかもしれない。


「テーナさん、馬車と馬をお願いします」


「一人で行くなんて無茶だよ! わたしも一緒に……」


 テーナの言葉を遮り、アイオラは答える。


「一人じゃないわ。溶岩騎士(スルト)溶岩大蛇(ヨルム)達も居る。それに術式を全力で使うと貴女を巻き込むかもしれない」


 自身と従者たちだけの方が十全に力を行使できるということだ。テーナには戻ってくる場所を護ってもらい、後顧の憂いを断って欲しいと居残りをお願いする。


「それに、ここに残ることが必ずしも安全とは限らないでしょう?」


「それは、そうだけど……」


「私が見た目通りの女じゃないことは解ってるでしょ? 馬車をお願いね」


 アイオラはそう告げると、手早く溶岩大蛇(ヨルム)を召喚する。ついで溶岩騎士(スルト)と共に溶岩馬(グラニ)を呼び出すとスルトに手綱を握らせ、自らもその背に乗った。


「みんな、急いで。嫌な予感がするわ」


 (アイオラ)の命に従い、溶岩の従者達は轟音なり響く森へと移動を開始した。




「にゃー、大木(入り口)は堅いし、地面をいくら削っても何にもないし……めんどくさいにゃー」


 猫耳の異族は困ったような表情で呟く。腕に力を込め、地面に叩き付けると振動と轟音と共に土砂が壁のように舞い上がる。それが収まると五メル(メートル)程の巨大な穴が地面に空いているのが確認できるが、その底にはただ土があるだけだ。


「いっそ森を全部凪ぎ払っちゃうかにゃー」


 物騒なことを独り言つ彼女の耳がピクリと動き、猫耳の目は木々の遥か先へと向けられる。


「にゃにかくるにゃ」


 腕に力を溜め、見詰める先へと横凪ぎに爪の斬撃を飛ばす。木々を容易く凪ぎ払い、甲高い音が鳴り響く。


「にゃ、防がれたにゃ」


──我が主になんたる無礼な。万死に値する。


強制(コンプルシオン)念話(テレパス)かにゃ? あちしに直接干渉とはにゃまいきにゃ」


 凪ぎ払われた木々の向こう側で、溶岩の鱗を纏った大蛇が炎の馬と騎乗した者達を庇うようにしている。その鱗に付いた傷は既に修復が始まっており、ほぼかすり傷程度が残るのみだ。

 ヨルムは猫耳へと進路を定め、その顎で大地を削り喉元に含んだ土塊(つちくれ)を炎弾と変えて吐き出す。猫耳はなんなくそれを交わし、角度を変えて再び斬撃を飛ばす。


「グラニの機動力、舐めてもらっては困る」


 馬上のスルトが手綱を引き、その動きに合わせて火の粉を散らしながらグラニが進路を鋭角に変える。斬撃は森の木々を斬り払うのみで、アイオラ達にはなんの損害も与えない。


「スルト、私は暫く集中するから。その間任せるわよ」


「我が名に賭けて」


 疑似生命体である彼らにとって、主より賜った名に勝る宝はない。それを賭けてでも使命を果たすとの返答に、アイオラは術式の構築に入る。

 猫耳は斬撃が避けられたことを気にする風でもなく、木々を縫って距離を取るスルトの動線の先を予測して斬撃を飛ばす。スルトは木々を薙ぎ倒しながら迫る斬撃を避けるべくグラニの進路を変更する。


「そっちに避けると思ってたにゃ」


 グラニの進路上に飛び込んだ猫耳が嫌らしい笑みを浮かべながら右手を振り上げる。


──我を忘れてもらっては困るな。


 土中から猫耳の顔面目掛けて炎弾が飛び掛かる。猫耳はとっさに攻撃を中断して左手でその炎弾を弾き飛ばす。振り下ろされた左手に引き摺られる様に右に若干傾いた猫耳を、土の中から飛び出した炎の牙が襲う。


「にゃ! あっついにゃー!」


 傾いた重心に逆らわずに右側へと避ける猫耳の左脇腹を掠めて炎の大蛇が飛んでいく。その壁のようなヨルムの横腹に護られるようにしてグラニが猫耳から距離を取るように駆け抜ける。


「ヨルム、助かった」


──まだ馴れぬ操馬だ。我が補助するのは当然の事。


 アイオラ自身が乗馬を得意としていない以上、知識としての技術しか持ち得ぬスルトに猫耳の攻撃を避けきるということは中々に難しい。また、アイオラが道中の観察により獲得した馬の動きは完全ではなく、スルトの指示に対してグラニの反応が遅れがちになることを考えれば、寧ろ良くやっていると言えるのかもしれない。


──主を護る為とあらば、なおのことよ。


 馬上のアイオラは今だ術式の構築中だ。瞑想状態の彼女は無防備に近い。高い能力を持つ術者である彼女は、術式構築中は無意識に防御壁を展開している。それは並みの攻撃ならばものともしない強度を持つが、猫耳の斬撃はそんな甘いものではなさそうだ。故に万が一にも(アイオラ)に攻撃が及ぶようなことがあってはならない。

 猫耳は視線を塞ぐようにして(とぐろ)を巻く溶岩蛇(ヨルム)を鬱陶しそうに睨み、後方に大きく跳躍して視界を広げると遠く離れ行く術者(アイオラ)を目視する。


朽ち(Gift )掛け(dead )の人形に(object)仮初()めの命を(False life)


──スルト! 何か()()ぞ!


 森がざわめく。グラニの進む先の木の上で、前方の茂みで、足元の地面で。彼らの進路を塞ぐように地面を割ってゆらりと立ち上がり、茂みや樹上から顔を覗かせるのは腐りかけの濁った瞳を持つ屍体。


──屍体使いか。忌々しい。


 ヨルムは猫耳を牽制しているので動けない。今向こうの補助に意識を割けば、猫耳は容易にヨルムの妨害を突破するだろう。そうして猫耳を自由にさせてしまえば、一足飛びでアイオラ達の元へと辿り着く。単純な移動速度ではヨルムは猫耳に追い付けず、反って主を危険に晒すことになってしまう。


「にゃはー。蛇ちゃん、あちしと遊ぼうにゃー」


 屍体の群に追跡させ、猫耳はヨルムの相手に集中するつもりのようだ。おもちゃを前にした猫(さなが)ら、愉悦に口許を歪ませた。




「炎槍」


 スルトの右手の炎の剣が伸び、一メル(メートル)半程の炎の槍に変わる。スルトはグラニの足元に纏わり付こうとする屍体を突き、数体をまとめて凪ぎ払う。

 グラニも回避を意識した足裁きで屍体の壁が薄い場所を選んで駆け抜ける。時折横合いから飛び出してくる小動物の屍体の攻撃を受けるが、その小さい牙が与える傷は何の脅威にもならず、逆にグラニが纏う炎の(たてがみ)の餌食となって塵も残さず燃え尽きる。

 アイオラの術式構築が完成するにはまだ若干の時間が掛かりそうだが、屍体に対して炎属性の相性は悪くない。このままなら十分時間を稼ぐことが出来るだろう。

 グラニの炎が近付く屍体を処理し、取りこぼしをスルトの槍が払うという動きを繰り返すうちに、スルトはわずかな違和感を覚えた。その違和感の正体を探るうちにふと気付く。前や横からの攻撃はずっと続いているのに、いつの間にか上からの攻撃が止んでいるのだ。

 そして見上げた先、頭上の木々の枝という枝に無数の虚ろな視線を見てとったスルトは、グラニに全速離脱の指示を出す。こちらが気付いたことを察した屍体の群は一斉に襲い掛かる。逃げる方向の密度は膨れ上がり、頭上の屍体は雪崩のように降り注いでくる。


「大炎盾!」


 左手の盾をアイオラの頭上に掲げる。人体ではあり得ない方向に間接を曲げ、アイオラへと襲い来る小動物の屍体を受け止め、受け流す。アイオラへの攻撃を防御するために全力を注いだ結果、スルト自身の防御は疎かになる。

 屍体は自身が焼けようとも構わずスルトに噛みつき、爪を突き立てる。一撃一撃は僅かな傷を付けるにすぎない。だがそれでも積み重なれば修復速度を越える事もある。いくつかの偶然が合わさり、(アイオラ)を護る盾を持った左腕を庇ったが故に右側に被害が集中し、スルトの右腕は甚大な破損(ダメージ)を受けて肩口から千切れ飛んだ。

 それでもアイオラを守りきることには成功した。木々が倒れ、歪な形の広場となった場所へと辿り着いたスルトへと、主の労いの言葉が掛かる。


「スルト、グラニ。ふたりとも良く私を護ってくれたわ。ありがとう」


「勿体なき御言葉」


 スルトは広場の外縁を狭めるように迫る屍体の群から目を離すことなく、盾を構えたまま礼を返す。グラニも炎の鬣と尾を最大限に巡らし、広場の中心で油断なく屍体の群を牽制する。


「一応、周囲の様子は判っていたつもりだったけれど、森中の死骸を掻き集めたような様子ね」


 広場となっているこの場所は、折り重なるようにした倒木のせいか足元から湧いて出る様子はない。アイオラ達は知らないが、この倒木は猫耳の異族が苛立ち紛れに暴れまわった跡である。

 アイオラは倒木を乗り越えて寄ってくる屍体の距離と密度を目算しながらゆっくりと術式の最終段階である発動名(キーワード)を唱え始める。


繋げ(Connected)(the)が故郷(burning)(sea)(of my)熱の(Place of)(origin)在れ(exist)我ら(my)が領域よ(territory)……」


 倒木の広場全体から仄かに赤い光が立ち上る。その光はただ弱く発光するだけで屍体には何の変化も見られない。


「にゃー、強い魔力を感じて来てみれば、領域術式(エリアスペル)なんて準備してたのかにゃ」


 屍体の群の向こうからひょっこりと顔を出した猫耳の異族が赤い光を見ながら呑気に呟く。

 その右手には力を使い果たし、小さく縮んだヨルムが握り締められている。逃れようと暴れているが、ブスブスと煙を上げてなお大した傷を与えることも出来ず、異族の握力は些かも落ちない。


「蛇ちゃんもそろそろ飽きてきたし、次はお前があちしのおもちゃになってくれるのかにゃー」


 猫耳の異族が力を籠めると、ヨルムの胴体が握り潰されて二つに千切れる。地面に落下しながら悔しそうに目を閉じる。


──くぅ……無念。力及ばず、主様のお役に立てずに倒れる無様をお許しください。


「いいえ、十分やってくれたわ。貴方の働きは私をこれ以上無いほどに助けてくれた。ありがとう、ヨルム」


 アイオラの言葉に閉じた目を見開く。彼女の微笑みに己の犠牲(時間稼ぎ)が役に立ったことを悟った。


──ありがたき御言葉。我が身は朽ちようとも、貴女の為なれば……。


「駄目よ。もう少し頑張ってもらうわ」


 満足して消えかけたヨルムの意識を引き戻すアイオラの(命令)。続く力在る言葉。


開け。煉獄の海(ゲート:パーガトリィ)


 立ち上る赤い光が反転する。重力に引かれるように地に落ち吸い込まれる。そして吹き上がる炎。轟と音を立てて噴出する火柱に焼かれ、屍体の群は次々に灰となり、塵となる。無論異族も同様に火柱の餌食となるが、その炎の中で異族は鬱陶しそうに腕を振るい、炎を掻き消して溜め息を吐いた。


「つまらないにゃー。炎の領域の召喚程度であちしがどうにかなるとでも……」


「思ってないわよ」


 つまらなそうに呟く異族の言葉を遮るようにアイオラは答える。膨大な量の精神力を消費し、呼吸を乱してなお華のある笑顔を浮かべる。

 辺りは火柱が収まり、そこかしこに空いた穴から灼熱の溶岩が溢れだしていた。倒木は燃え尽き、一面は火口の中のように灼熱の海に覆われる。足を焼かれる痛みに顔を歪ませた異族は、消耗した状態でも余裕を見せるアイオラに苛立ちを覚えた。


「立ってるのがやっとって顔して、これ以上何が出来るっていうのかにゃ!」


 溶岩の海の中に浮かぶ一人分程の小さな島の上で、杖を支えに立つアイオラ目掛けて異族が飛び掛かる。


「私は何もしないわよ?」


 額に汗の玉を浮かばせて、アイオラは笑う。この期に及んで余裕を見せるアイオラに苛立ち、その笑顔を叩き潰すように右腕を振るった。


──させぬわ!


「にゃ!?」


 先程胴を砕かれて打ち捨てられたはずのヨルムの溶岩の鱗が異族の爪を弾く。有り得ない存在(ヨルム)の出現に目を見開き動きを止めた異族の足元から、巨大な拳が突き上がってきて異族を真上へと殴り飛ばした。


「ここは我らが領域。主には指一本触れること叶わぬと知れ!」


 空中で正に猫のように姿勢を制御した異族が見たのは、突き上げられた拳に続いて、頭、肩と溶岩の中から姿を表す五メル(メートル)程の巨大なスルトだった。


「貴女の相手はこの子達がしてくれるわ。遊びたかったのでしょう? 此処でならいくらでも相手してくれるわよ」


 妖魔(アイオラ)の産まれた精神界(メンタル)物質界(マテリアル)と違い、仄暗く弱々しい光を放つ虚の聖鏡(デミ・ホーリィグラス)に照らされている。界層全体が光の恩恵の薄い環境であり、更に地域毎に極端な自然環境になっている。一年の殆どを氷で覆われた地域や常に雷雨が降り注ぐ場所等、生き抜くには過酷な環境の場所が多い。結果、強靭な肉体や極端な環境に適応した特殊な体質を備えた妖魔種が多く誕生する結果となる。

 アイオラの一族は溶岩の海の(ほとり)に領地を持つ高位の妖魔種であった。火と熱と共存せざるを得ない環境の中で獲得した火属性に対する高い適性により作り出された疑似生命体達にとって、この溶岩の海は無尽蔵に力を供給してくれるもっとも有利な環境となる。

 対する異族にとっては最悪の相性ともいえる。屍体を呼び出そうにもこの溶岩の中では(しかばね)が存在しない。覆われた結界の外側をいくら屍体で埋めようともアイオラをどうにかすることはできない。また結界内部においては彼女を攻撃しようにも、溶岩から無限の回復力を供給されたヨルムの防御を突破することは叶わず、制限のない力の行使により巨大化、溶岩の海を自在に渡るスルトの攻撃を予測しきれずに打ち上げられ、灼熱の海に叩き付けられる。その攻撃自体はさほど脅威ではないものの、終わることなく延々と繰り返されてじりじりと体力は削られていく。

 これだけの強力な術式の展開、維持で甚大な消耗を強いられているアイオラだが、精神界と限定的にとは言え繋がった(フィールド)から消費以上の魔素の供給を受けているため、僅かずつではあるが回復しているため、時間が経てば経つほど有利となる。

 持久戦に持ち込めた時点で、既に勝負は決したと言えよう。




 ローレスは薄暗い非常口を抜けて森を駆け抜ける。異族の気配がアイオラと接触したのを捉えて大分経つが、今のところはどちらの気配も変わらずその場に在る。

 一刻も早く駆け付け、彼女を助けなければ。それだけを考えながら必死で大地を蹴り、木々の間をすり抜ける。気配は近い。数メル(メートル)程先の開けた場所に彼女の気配を感じ、矢を番えて広場の端の樹上に飛び上がる。


「アイオラさん! 大丈夫です……か?」


 彼女の名を叫びながら広場を見たローレスは、そのあまりの光景に一瞬己の目を疑う。

 舞い上がる異族。突き上がる巨大な拳。一面に広がる溶岩の海。その中央に立つアイオラを護るように(とぐろ)を巻くヨルム。


「……なんだこれ」


 思わず、間の抜けた声で呟くローレスだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


06/22

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