第131話 術式を砕く牙(Side:Rayshield)
非常に遅くなりました。
今後も一月に一話か二話程度のペースでギリギリの生活が続くと思います。
投稿時間も書き上がり次第となります。
時間は掛かると思いますが、完結まではなんとか書き続けますのでお付き合いいただければ幸いです。
「我が炎に跪け!」
上空の飛行型自動人形を多数巻き込んでアティの火の竜魔法が発動した。その熱量に羽を焼き溶かされ、飛行能力を失って次々に墜落していく。床や壁に激突して砕け散るもの、動き出したばかりの陸戦型自動人形を巻き込んで墜落するものなど、様々な形で最後を迎え、大きな損害を与えていく。
「ライ! 小型の雑魚はあたしに任せて、あのでかいのを頼むよ!」
落ちてくる飛行型の自動人形を交わしながら、近付く高機動の獣型自動人形を切り捨てる。
何体か倒して判ったのは、材質の関係で多少硬度に違いはあるが総じて接近戦の能力が高くない。それこそコルトブル家の兵士達と打つかり合って互角といったところだ。動きが鈍い大型の自動人形が追い付いてくる前に叩いた方が得策だと判断し、ヴィアーの提案に乗ることにした。
「言うまでもないだろうが、油断するなよ」
「ライこそ、気を付けて」
紫電の腕を霧散させ、ライシールドは迫る小型自動人形を無視して駆け出す。体捌きだけで攻撃を避け、足を止めずに小型の群れを突破する。
「頑強な鋭腕」
灰色熊の腕を装填し、後ろの小型の群れを無視して前方の大型に意識を集中する。二メルを超える大型の自動人形が八体。その後ろには五メルを超える巨大なものが二体。巨大な二体は広間の中央に陣取り、まるで何かを護っているかのように動く気配はない。八体の大型は小型の群れを抜けてきたライシールドを標的に定めたようで、一斉に彼を目指して動き出した。
さすがにあれらに囲まれて戦って、無傷と言うわけにもいかないだろうと考えたライシールドは、横一列に並んで近付いてくる大型の右外側を最初の標的と定めて進路を変えて駆ける。
ライシールドの動きの変化に気付いたか、大型の列が彼の動きに合わせて横に移動し始める。しかしその動きは何処かぎこちなく、時折打つかり合って派手な音を立てている。
──統制が取れてないね。こちらの動きに対応出来てないみたい。
レインの言葉通り、寄ってくる敵を包囲する為にそれぞれが大雑把に動き、お互いに邪魔しあっているように見える。訓練もなしに隊列を組まされた歩兵のように、集団戦の練度がまるで足りていないように見える。
「上手く立ち回れば一、二体ずつ相手に出来そうだな」
背後でヴィアーが暴れる派手な破壊音が響く。こちらも負けてはいられない。
「いくぞ、レイン」
──何時でも良いよ!
灰色熊の腕を横に凪ぎ、大型の足を斬り払う。片足を抉られ、強度の落ちた足は自重に耐えきれなくなって折れ曲がる。轟音と共に横倒しになった大型が邪魔をして、その後ろから寄ってきていた大型は立ち往生してしまう。
足を止めた先頭の大型の動きにとっさに止まることが出来なかったか、その後ろの大型が立ち止まった大型と勢いよく打つかり、足の折れた大型に覆い被さるようにして転がった。
──多分、この自動人形の製作者は集団戦の知識に乏しいんだと思うんだけど……それでも動きがお粗末だね。
自動人形の製作は疑似生命体を創り出す術式と同様に、製作者の知識や経験を転写する形で情報を焼き付けて行われる。疑似生命体と違うのは命令を焼き付けることによって決められた行動を躊躇わずに行える利点と、想定外の行動に弱いという欠点の二点が明確に出るところだろう。現場で指揮を執る存在がいれば、その存在の指揮能力に依って戦力は大きく変わる事になる。
疑似生命体は学習という形で行動の最適化を行える柔軟さと、選択を迫られたときに経験則から行動を選択する際に、迷いにも似た一瞬の隙を併せ持つ。
故に自動人形は単純な命令を忠実に熟す必要がある拠点防御に向き、疑似生命体は現場での柔軟な対応が必要な護衛任務などに適している。
今目の前に立ち塞がる自動人形に有能な指揮者の存在は感じられない。焼き付けられた命令式に従っているようでその動きに柔軟性は見受けられない。
「つまり、自動で集団戦をさせるのは難しいってことか。これならコルトブル家の兵士の方がまだ上かもな」
無論、一体一体の能力は段違いではある。だがしっかりとした指揮系統の下、多対一の戦闘に持ち込めれば良い勝負が出来るだろう。無論自動人形側が物量で圧倒してしまえばその限りではないだろうが、そこは戦う場所や戦場そのものを支配する指揮者の能力次第であろう。
折り重なって自滅する三体の大型の脇を抜けながら、爪で無事な足を抉る。起き上がってくる気配はないが、万が一ということもある。行動不能にしておいて損はないだろう。
残り五体は障害物と化した三体の大型を避けてライシールドに三体が寄ってくる。残り二体は回り込んで背後から挟み撃ちにするつもりらしく、障害を回り込むようにして後ろから近付いてくる。
「……少しは考えた、つもりなんだろうな!」
どちら側も残骸を回り込む形で進んでいるので随分と距離がある。前から来る方は五メル程、後ろはやや大回りになるので若干距離が開いて七メル程。
ライシールドは前の三体に背を向けて、背後を突こうと寄ってきた二体の方へと走る。とは言っても真っ直ぐ進むのではなく、斜めに微妙に距離を開けて二体の側面を抜けて、ヴィアーが小型相手に暴れている場所から離れるように誘導する。
大型は歩行速度が等速なので、ライシールドを追う二体とその後ろから来る三体の距離は離れたままだ。
「翅脈の腕」
ヴィアーの戦場から距離が十分離れたのを確認すると、ライシールドは灰色熊の腕を霧散させ、蛇腹の腕を装填する。追ってきた大型が眼前に迫るのを待ち、十分に引き付けてから全速力で駆け戻る。大型はライシールドの姿を見失い、思考停止したように動きを止めた。
「ぼんやり立ち止まっているのを見ると、いい的だな」
──目標を見失った際の行動体系に不具合が出てるみたいだね。索敵検知器の検知範囲から一瞬で抜け出る敵に対しての設定が甘いみたい。
ライシールドから十メル以上離れた場所で固まっている大型に目を向ける。彼の足元にはヴィアーが倒した小型の自動人形やアティが焼き落とした飛行型の残骸が幾つも転がっている。これなら弾切れの心配は無さそうだ。
グオゥン!
広間の中央の巨大な二体の内の一体が咆えた。ライシールド達には無意味な音に過ぎない咆哮から何らかの意味を受け取った大型が一斉にライシールドの方へと向き直る。そして再びライシールドを目指して動き始めた。
「反応が遅い。お前らはもう詰みだ。破壊の巨腕」
蛇腹の腕を霧散させ、巨人の腕を装填する。足元に転がる小型の残骸のうち、比較的形の整った一抱えほどの大きさの物を掴むと、狙いを定めて放り投げた。
ほぼ一直線に飛んだ残骸は大型の一体にぶち当たる。受け止めようとした腕は捻切れて、それでもなお勢いを削がれること無く大型の胸を穿ち、仰向けにゆっくりと倒れて完全にその動きを止める。
「よし、このまま残りもやるか。弾には困らないしな」
再び足下の残骸を掴み上げて、巨人の腕の力で投げ飛ばす。最初の物と違い、形もバラバラな残骸は重心が偏った物が多い。またライシールドの狙いも適当なので大型への被弾率はそう高くはない。外れた残骸は床を抉り、惜しくも掠めた物はそれでも腕を巻き込んで引き千切り、たまに足や胴体に上手く当たっては部位の機を停止させる。
損害を受けながらも前進することを辞めない大型自動人形がライシールドの元に辿り着いたのは、片腕を吹き飛ばされた一体のみ。それ以外は脚部を吹き飛ばされて身動きが出来なくなっていたり、頭部や胸部を損壊して沈黙している。
どうにか辿り着いた一体も少なくない損害を受け、機能不全を起こしかけているのか、ギリギリと異音をさせながらも緩慢な動きで残った片腕を振り上げ、ライシールド目掛けて降り下ろす。しかしその拳が標的に到達する事はない。巨人の腕で掴んだ見上げるほどの大きさの残骸で胴体を横殴りにすると、腰から上半身の半ばまで亀裂を走らせ、自動人形は膝から崩れ落ちて動かなくなった。
──あっちの二体はこれでも動かないね。
大型が片付けられ、小型はヴィアーにいいように蹂躙され、飛行型の姿は既に無い。アティの竜魔法に撃ち落とされ、炎の範囲から外れた物も鞭に絡め取られてたたき落とされてしまった。それでもなお迎撃に動き出さないという事は、あの場所に何かあると言っているようなものだ。
「自動人形どもにとって護るべき存在への道があると見て良さそうだな」
──だね。あの二体の足下に通路でも隠しているんじゃないかな。
ライシールドとレインが二体の自動人形をどう片付けるかと思案し始めたとき、飛行型を蹂躙してスッキリしたのか、晴れ晴れとした顔のアティが隣に立った。
ライシールドが彼女を見やると、その後ろでは陸戦型を危なげなく一体ずつ片付けていくヴィアーの姿が見える。彼女を囲む自動人形も傷付いた物が十体ほど残っているのみ。あれなら手を貸すまでもないだろう。
「ライ、あのでかいのをやるんじゃろ? 片方任せて貰ろうてもいいかの?」
「何だ、やけにやる気じゃないか」
「我は戦うくらいしか役に立てぬからの。この機会に少しでも点数を稼いでおかねば」
鼻息荒く奮起するアティの姿は親に誉めて貰おうと頑張る子供のようで、ライシールドは思わず笑みを浮かべた。
「……何じゃ? 我は何もおかしなことは言うてないぞ」
不思議そうに小首を傾げるアティにライシールドは肩を竦めて答える。
「何でもないさ。俺は右をやる。アティは左を頼む」
「任された!」
アティは両手を胸の前で交差させると竜の言葉で世界の法則に介入する。
「我が腕は全てを砕き、我が爪を阻む物無し」
アティの見た目だけは女性らしかった白く細い腕から真紅の鱗が生え、それに合わせて太く凶悪なものへと変わっていく。
「我は準備完了じゃ」
「解った」
アティの言葉を受け、ライシールドは巨人の腕で大型の腕を捥ぎ取った。それを引き擦りながら右側に大きく回り込む。アティは左側の自動人形を正面に見据えるようにして、ライシールドの反対側に陣取った。
お互いの距離が縮まったことで、自動人形にも変化が生まれた。左の自動人形はアティを押さえようと前に出る。背中が開いて二本の腕が現れる。その腕には赤く輝く大剣がそれぞれ握られていた。二本の大剣を振り上げながら、アティの方へと数歩進み出る。
右の自動人形は逆に数歩下がり、背中から大きな盾を持った腕を二本伸ばすと腰を落として防御の体制を取る。
対するアティは向かってくる大剣持を待ち受け、右手を上に、左手を下に構える。振り下ろされた右手の剣を左手の掌底で受け止め、勢いを削ぎつつ右手で横殴りにして軌道を変える。アティの左へと弾かれた大剣は轟音と共に床を抉った。アティは右へと回り込むと大剣持の左足に攻撃を加えようと右手を振り上げる。
と、アティの目の前に突然壁が降ってきた。大剣持の左の大剣がアティと左足の間に垂直に突き立ち、彼女の攻撃を遮る。
「そのなまくらで我の竜爪防げると思うてか!」
構わず振り下ろしたアティの爪が大剣の腹を打つ。しかし青白い火花を散らせてその爪は何らかの力場に阻まれ、強引に押し込もうとする爪先は磁石のように反発して届かない。
それならばと竜の膂力で強引に突き崩そうと力を込めるが、二本目の左腕で剣の腹を押さえ、その巨体でアティに抗する。さすがのアティも人の似姿のままでは筋力に限界があるようで、押し切ることも出来ずに双方の力は拮抗している。
アティが両手を使うよりも早く大剣持は右手の大剣を振り上げ、盾代わりにしている大剣の斜め上からアティを貫かんと勢いよく突き下ろした。
「甘いわ!」
左手を掲げて大剣の突きを受け止める。掌で受けた衝撃でアティの足は床に沈む。それでも彼女の竜の腕は大剣の攻撃を物ともしない。
ギリギリと竜の爪が剣の腹を押し、ギリギリとアティを押し潰さんと大剣が圧を掛ける。互いに膠着した中、アティは不敵に笑った。
「どうした、木偶人形。それで全力か!? その図体は飾りじゃな!」
大剣持は右手の大剣の柄にもう一本の右腕を加えて攻撃の圧を更に上げる。アティの足下の床が悲鳴を上げ、蜘蛛の巣のような罅割れが広がる。それでも彼女の表情に焦りはなく、挑発的な笑顔は変わらない。
「……ここらで限界じゃろうな。今度は我の番じゃな!」
掲げた左腕の肘をゆっくりと曲げ、大剣の押すままに任せて腕を下げる。圧されるのではなく、自ら招くようにして眼前に刃を導く。
「我が顎は爪ほど優しくはないぞ」
斬れ味よりも押し潰す用途を想定して鍛えられたであろう大剣の腹を前に、獰猛な笑みを浮かべる。
「我が牙を阻む敵無し!」
アティが口を開き、大剣の刃に歯を立てる。柔らかい肉のように容易く大剣を噛み千切る。口内の残骸を吐き捨てながら顔を顰める。
「異族の鍛える金属は相変わらず不味いの。取り込む価値もない」
その一部を引きちぎられたことで、大剣は構造的にも術式的にも強度を失う。大剣持の押す力と真逆の方向からアティが押し返し、その圧力に呆気なく潰れ、半ばで折れ曲がる。
支えを失い、大剣持は姿勢を崩す。重心が変わって盾代わりにしている大剣を支える圧力も弱り、アティは逆に空いた左手を添えて一気に押し込む。
床材を抉りながら押し戻された大剣は折れることこそ無かったが、押す力と返す力の鬩ぎ合いのなか異音を立てて歪んでいく。柄側はアティの頭上へと、剣先側はアティの押す手を基軸に緩くくの字を描く。
「往くぞ、図体だけの木偶の坊よ。そろそろお主の相手は飽いてきた」
アティはそう言うと、牙を剥いて嗤った。
ライシールドの持つ大型自動人形の腕が低い姿勢をとって構える盾持の盾を打ち据える。激しい音が幾度も鳴り響き、一打ちごとに腕は潰れ、千切れて形を失っていく。
──あの盾は幾つかの術式を重ねて強化してるみたい。打撃は殆ど通ってないね。
打ち据える鈍器は盾の纏う青い光に遮られて届いてすらいない。巨人の腕が如何に怪力を誇ろうとも、攻撃が届かないのであっては意味がない。そして振り回していた腕が衝撃に耐えきれずに根本から折れ、青い光に弾かれる。ライシールドは手元に残った残骸を投げ捨てて数歩の距離を後退した。
「地味に厄介な盾だな」
──厄祓いの牙ならあの青い光を消せると思うよ。
大百足を倒して得た腕の使用をレインが進言する。彼女の言うには、大百足の牙の腕は術式や魔法そのものに噛みつき、構造を破壊することで強制的に解除してしまうのだと言う。
盾持の持つ青く発光する盾が纏う防御力場も例外ではない。あの力場に噛みつけば術式的な防御力を潰すことが出来るだろう、とのことだ。
──ただ、ひとつ問題があるんだよ。
神器【千手掌】は魂に紐付けられたライシールドの一部とも言えるものだ。基本的にその力を使うことに制限や消耗はない。
しかし、年若いライシールドは魂の持つ格と総量が未熟で、神器【千手掌】を十全に受け入れるにはまだ少し足りない。
中級が数人で相手する程度の魔物であれば問題はない。今のライシールドでも制限なく装填できるだろう。しかし厄祓いの牙を登録する際に倒した鎌甲冑と大百足は準上級が束になってかかってやっとといった難敵だ。得られる力は強大だがその力を解放するにはそれに見あう出力と受け止める器が必要となる。無論、災厄断つ鎌も装填するにはそれに見あう魂の格が必要となる。
だがそれはあくまで十全に能力を発揮した場合の話である。制限を掛け、能力を落として出力を絞ることで今のライシールドにも扱うことが可能な形に弱化することは可能だ。遺跡で災厄断つ鎌を用いて大百足を倒したときには、その能力の半分も出力出来ていない。
そうして制限を掛けていても魂に掛かる負荷は高く、日に何度も使用することは魂に大きな傷をつけることにもなりかねない。魂についた傷は変質という形で補われ、変質した魂は歪になって様々な機能不全を引き起こす。
治らぬ病や心身の変質、場合によっては魂の体裁すら無くして種族としての枠から外れ、何でも無いモノと成り果て、永劫を世界の裏側で彷徨う事になる。
──今、厄祓いの牙を使えるのは一度限り。それも相当な制限を掛けての話だよ。
盾の防御力場を打ち破るには、正確に、確実に、術式の要を噛み千切る必要がある。
術式は高度になればなるほど複雑化し、制御や出力、維持などのそれぞれを別々の術式で担当して、それらを統括する要石のような部分が必要となる。そこを壊すことが出来れば術式自体が崩壊する。その弱点とも言える要部分を如何に隠蔽し無いように見せるかが術式の完成度の高さへと繋がるのだ。
──異族の術式は神域のものと書式が大きく異なるから、要の場所が判り辛いの。ライは私がそれを見つけるまで、あの防御力場に負荷を掛け続けて。
(負荷を掛ける……要は攻撃を当て続けろって事か?)
──うん。出来るだけ多彩な攻撃を。防御時の反応の揺らぎから要の部分を特定するよ。その為の情報は多い方がより正確に計測出来るから。
「任された。燃鱗の腕 」
炎を纏った火蜥蜴の腕を装填する。火球を放ち、青い光がそれを防ぐのに合わせて炎の舌で打ち据える。
「薄氷の腕」
火蜥蜴の腕を霧散させ、氷柱の腕を装填。氷の刃を飛ばし、後を追うように踏み込んで氷の刃で斬り付ける。右手の牙の剣で突き、斬り上げてその勢いに乗って若干の距離を開ける。
青い光と巨大な盾の向こうから無機質な目がライシールドをじっと観察している。
「この程度、脅威でも無いってことか。そのまま引きこもっていれば良い。粘水の腕」
両生類を思わせる腕を装填し、大きく横に振り抜く。遠心力に因って表面の粘着質な液体が青い光に降り注ぎ、煙を上げて蒸発する。振り切った腕を勢いよく振り戻し、鞭のような蛙の舌を打ち付ける。
「黄土の腕」
土蚯蚓の腕を装填する。生成された土と砂の塊を投げ付ける。そのまま体を回転させて鞭打を浴びせる。
「電翅の腕」
紫電の腕を装填、蟻人兵の剣をその手に握り、刃に紫電を纏わせて斬り付ける。バチバチと音を立てて青い光に弾き返される。
「翅脈の腕」
蛇腹の腕を装填する。無数の風の針を青い光に目掛けて解き放つ。右手の牙の剣で速度を生かした連続突きを放って、青い光に負荷を与える。
「破壊の巨腕」
不釣り合いなほど巨大な巨人の腕を装填する。足を踏ん張り、反撃がないことを良いことに思いきり振りかぶって青い光にその拳を叩きつける。青い光が波紋を描き、その衝撃は盾持ちの体を揺らした。
「頑強な鋭腕」
灰色熊の腕を装填し、鋭い爪を叩きつける。青い光との反発でギリギリと不快な音を立てるが、やはり青い光を抜くことは出来ない。
──ライ! 術式の要の場所が判ったよ!
(何処だ?)
──今からライの視覚情報に割り込むから。青い光の一ヶ所に赤い光が灯ったらそこを正確に噛み砕いて。ギリギリまで性能を引き上げるから、装填の時には気を確りと張って、意識を持っていかれないように気を付けてね!
「把握した。厄祓いの牙!」
甲冑のような黒い硬質な腕が装填される。その腕には指の代わりに五本の鋭い牙が生えている。
「ぐ……ぅ!」
腕の装填に合わせるように、形の無い魂を握り潰されるような耐え難い痛みがライシールドを襲う。それは神域で経験した神器【千手掌】を魂に紐付けたときの痛みに似ていた。魂を直接痛め付けられるときの感覚ということだろうか。
「……だが、あのときほどじゃあ、無い!」
ライシールドは歯を食い縛ると顔を上げる。青い光と盾の向こう側で相変わらずの感情の乗らない視線が彼を見つめている。先ほどまでの多彩な攻撃を全て防ぎ、今こうして攻撃が止んだことで防御力場抜けるだけの攻撃手段をライシールドが持ち得ていないと判断したか、盾持ちは興味を失ったかの様に視線を外した。今もっとも脅威なのは大剣持の腕を柔らかい粘土細工を引きちぎるようにして投げ捨てている女の方だと誤認した。
「よ、そ見、してて良、いのか……!」
魂の痛みを捩じ伏せて、ライシールドは厄払いの牙を振り被った。
目の前の少年の声に新たな攻撃の気配を感じ、盾持ちは検知器の示す情報を参照した。今まで同様に腕の形は違うが、熱や冷気、その他損害を与えうる類いの力場は検知されない。鋭い爪のような指が生えているが、物理的な攻撃であれば計算上青い光を突破することは叶わないはずだ。
盾持ちは少年が自棄になったと判断して大剣持を今にも解体し尽くさんとしている女を警戒するべく、あらゆる検知器を集中させて女の戦闘力とその上限を測る為の計算を始める。
少年は自動防御であしらえると導き出されている。丸一日放置したところで問題はない、はずであった。
「俺を前に余所見とは、ずいぶんと余裕だな……!」
少年が振り被った左腕を盾とそれを護る防御力場へと叩き付ける。その攻撃は容易く弾かれる、と計算上ではなっていた。しかし。
青い光に触れた牙状の指が光を掴んで握り締めるように噛み砕く。青い光が硝子の様に砕け散り、握り締めた拳が開かれ、勢いのまま五本の鋭い牙で術式的な護りを失った盾をも噛み砕く。放射状に亀裂が走り、巨大な盾は自壊して金属の山と化した。
背中に装着されていた予備と思われる盾に腕が延びる。しかしそれが盾を手にすることはなかった。
「破壊の巨腕! 打ち砕け!」
厄払いの腕を霧散させ、巨人の腕を装填する。片膝をついて防御姿勢になっていた盾持ちが一歩の距離を取ろうと立ち上がりかけ、身を捩って回避行動に出るがすべては遅すぎた。
巨人の腕が盾持ちの胸を打ち据える。硬質な素材が泥で出来ているかの如く容易く撃ち抜かれ、巨人の腕が盾持ちの胸を貫き、背中へと抜ける。その胸の大穴から蜘蛛の巣のような亀裂が広がり、それが頭部まで走ると盾持ちの目から光が消え、物言わぬ石像となってその動きを止めた。
──鉄壁の護り手を登録しました。
「腕の登録……?」
大型を倒したときに登録されなかった事から、てっきり自動人形では登録条件を満たさないものだと思っていた。しかしこの盾持ちの腕は登録が成った。この違いは何だと言うのだろうか。
──盾持ちは通常の自動人形とは少し違ったみたいだね。どうも疑似生命体寄りの性質を獲得していたみたい。
そんなライシールドの疑問にレインが答える。しかしその内容にライシールドはピンと来ない。
「どう言うことだ?」
──半分魔物に成っていたってこと。動力源として使っていた魔核に侵食されていたって所じゃないかな。
つまり、大型の自動人形は術式によって制御された一種の魔道具であるのに対し、盾持ちは魔道具としての枠から外れた存在になっていたということのようだ。本来動力源として埋め込まれている魔核が何らかの原因で暴走、盾持ちの中枢と融合することで魔物としての条件を満たしたようだ。
──出力に対して供給側である魔核の質が高すぎたんだろうね。要求される性能に対して魔素を過剰に供給がなされた結果、余剰魔素が盾持ちの体内に変質をもたらした、って所かな。
「なるほど。良く解らない」
──要はあの盾持ちは魔物だったってことだよ。
あまり詳しく説明しても無意味だと悟ったレインは、簡潔にまとめて答えた。ライシールドもそれで納得したのか「そう言うことか」と返すと興味を失ったのか盾持ちの残骸から視線を外す。
「ライ、こっちも終わったよ」
「お疲れ。怪我はないか? ヴィアー」
駆け寄ってくるヴィアーに労いの言葉をかける。彼女はライシールドの目の前でくるりと回ると、笑顔で答える。
「大丈夫! 少し数が多いだけの烏合の衆だったからね。楽勝だよ」
そう答える彼女の背後にちらと視線を向ける。機能停止した残骸の山を見る限り、とても少し多い程度の数ではない。良く見るとヴィアーの額にはうっすらと汗が滲み、表情には隠しきれない疲労の色が見えた。
「ヴィアー、これを飲んでおけ」
銀の腕輪から色の薄い低位の治癒薬を取り出して差し出す。
「大丈夫だって。怪我もしてないし」
「駄目だ。まだ全部終わった訳じゃない」
ライシールドはヴィアーに治癒薬を押し付ける。目立った外傷がなくても疲れを残したままでは咄嗟の動きが鈍るかもしれない。そう言われてしまうとヴィアーとしても中々断りづらい。
「……解ったよ。ライは心配性だな」
困ったような顔で治癒薬を受け取る。だが口ではそう言っても、気遣いが嬉しいのか彼女の背後で尻尾がゆらゆらと揺れている。
「ライ! こっちも終わったぞ!」
アティが大剣持の解体を終え、こちらに戻ってくる。ずりずりと巨大な剣を引き摺りながら。
「一本だけ無傷の剣が残りよった。要らなければ捨てていくがどうするかの?」
涼しい顔で大剣持の剣を持ち上げる。優に三メルを越える巨剣は常人には動かすことすら困難な質量を持っているだろう。
「貸してくれ」
巨人の腕で巨剣を受け取る。流石にその重みでよろけそうになるが、何とか踏ん張って堪える。
「……強引に叩き付ける分には使えそうだな。アティ、貰っても良いか?」
「構わんよ。我が持っていても邪魔なだけじゃからの」
アティの許可を得て、正式にライシールドの所有と決まった巨剣を銀の腕輪に収納する。
「それでじゃな、その……」
アティがもじもじと手遊びしながら、上目使いにライシールドを見る。
「どうした?」
「我、結構頑張ったじゃろ? じゃから……」
確かにアティはずいぶんと頑張っていた。ライシールド一人で大剣持と盾持ちを相手にしていたら、負けるつもりはなくてももっと勝利までの道のりは困難だっただろう。
「そうだな。アティには感謝している」
「じゃから、御褒美が欲しいかなー……何て、思うんじゃが……」
ちらちらと様子を伺うアティが幼子を見ているようで、その大人びた美貌との落差にライシールドは知らず笑みを浮かべる。
「何が欲しいんだ? 無茶なことじゃなければ構わない」
ライシールドの返答に勢い良く顔を上げると「ほんとじゃな!?」とライシールドに詰め寄る。その勢いに思わずライシールドは仰け反る。
「落ち着け。酒か? 俺は呑まないが、お前が周りに迷惑かけないよう、最後まで付き合ってやる」
無制限に呑んでいい、との提案に思わずアティは動きを止める。彼女の望みとは違うが、非常に魅力的な提案だ。
「ぐ……飛び付きたくなるような悩ましい話じゃが、違うのじゃ」
「じゃあ何が望みだ?」
アティはライシールドから一歩距離を取ると、おずおずと頭を差し出す。
「……頭を、撫でて欲しい」
「そんなことでいいのか?」
アティの要望に拍子抜けしたようにライシールドは聞き返す。頷く彼女の頭に手をやると、優しく撫でてやる。
「えへへへ」
ただ頭を撫でるというだけのことなのだが、アティは照れ臭そうに、でも非常に嬉しそうに顔を緩ませる。そんな彼女の姿に言い知れぬむず痒さを感じ、ライシールドは思わず手を離してしまう。
「こ、これで終わりだ!」
「もうちょっと……」
残念そうな顔で離れていくライシールドの手を見詰めるアティに若干の罪悪感を覚えて再び頭へと手を伸ばしかける。その彼女の後ろで期待に目を輝かせるヴィアーの姿を発見する。そしてライシールドと目があった彼女は口を開く。
「アティの次はあたしも撫でてほしい!」
きらきらと子供のような目で告げられ、気恥ずかしいから嫌だとは言い出せない雰囲気にライシールドは思わず固まる。
『和んでいるところ申し訳ないのだが』
不意に、戦闘前に響いた声が再び話しかけてきた。
『私の予想した通りの結果になってしまい、非常に残念である。これ以上無駄な抵抗はせぬ。降参するのでどうか命ばかりは助けてもらえないだろうか』
ライシールド的には非常にありがたい逃げる口実に飛び付く。
「お前がこの遺跡の異族、無貌か?」
声がどこから聞こえてくるのかは判らない。それ故にアティ達に背を向ける様にして問い掛けた。背後で落胆したような溜め息が聞こえたがあえて無視する。
──ライのへたれ。
(五月蝿いぞ、レイン)
『如何にも。もう一切の抵抗はしない。今から君達の前に姿を見せようと思うが、全面降伏するのでどうか攻撃はしないで頂きたい』
「解った。武器は構えさせてもらうぞ」
牙の剣を構え、巨人の腕を霧散させて紫電の腕を装填する。紫電結界を張り巡らせ、周囲を警戒する。
『無論。私に選択肢など無いことは解っている。好きにしてくれて構わない』
盾持ちの残骸の前方の床が音もなく開き、競り上がるようにして人影が姿を表した。ひょろ長いその人物の顔は、その名の通りのっぺりとしていて顔を構成する要素は何一つ付いていなかった。
「お初にお目にかかる。ご承知の通り、私は無貌と名乗っている異族で間違いない」
そう言って、深々と頭を下げるのだった。
拙作をお読みいただきまして、有難うございます。
06/22
文章のおかしい箇所を修正。




