第130話 遺跡の地下(Side:Rayshield)
遅れた上に短いです。申し訳ありません。
ライシールドの漆黒の鎌が大百足を頭から胴体の半ばまで左右に分かち、体液を撒き散らしてその動きを止めた。同様に眷属の百足どもも一斉に動きを止め、次々に空に解けて消え、後には僅かな体液だけが残った。特に百足が密集していた辺りには体液とは別に、ライシールド達が切り飛ばした大百足の足も転がっていた。
──神器に厄祓いの牙が登録されました。
大百足が確実に絶命した証である神器【千手掌】への登録を脳裏に聞きながら、ライシールドは傍らで疲弊したようにへたり込むロシェを見やる。
「怪我はないか?」
「擦り傷程度ですわ。このくらいなら怪我の内に入りません。ですが……」
「どうした?」
ばつが悪そうに伏し目がちになるロシェにライシールドが訊ねる。彼女は羞恥に頬を染め、遠慮がちに続ける。
「お恥ずかしながら、最後の麻痺毒の吐息の抵抗に若干失敗したようで、足に力が入りませんの」
「そういうことか」
脱力した下半身を支える両腕も力が入りきっていないのか、小刻みに震えている。それでもライシールドに心配をかけまいと表情はあくまで笑顔のままだ。
「未熟技巧の腕」
漆黒の鎌を霧散させると、猿人の腕を装填する。
「少し我慢しろよ」
「ライ様?」
そんなロシェの前に屈むと、彼女の背中と膝の裏に腕を通して抱えあげる。
「薬はククルに預けてある。嫌じゃなければこのまま連れていこうと思うが、どうする?」
所謂お姫様抱っこの状態にロシェは一瞬キョトンとした表情をして、状況を理解した瞬間顔を真っ赤にしてライシールドから目を逸らした。
「えっと、あの……お願い致しますわ」
勇ましい戦姫、強き乙女で通してきたロシェは誰かを介抱したり支えたりする経験はあれど、支えられる経験など皆無に等しかった。それも異性のほとんど存在しない蟻人の集落に暮らしていたロシェからすれば男性に抱き上げられる経験など正に絶無であった。しかも相手は尊敬し慕う想い人だ。恥ずかしさと嬉しさで色々な意味で胸が一杯になってしまう。
「ああ、任せろ」
おずおずとライシールドの首に手を回して、彼が抱えやすいようにと遠慮がちに抱き付く。
「破損した鎧骨格はどのくらいで直るんだ?」
眷族どもに締め上げられて、ロシェの鎧骨格は各部位を破損している。肩当てや腰当て等は加圧に耐えきれなかったのか部品ごと千切れ飛んでおり、胸当てなどは大きく亀裂が走っている。
そんな状態でも主の身は護りきったようで、ロシェに目立って大きな怪我は見受けられない。彼女の言うように掠り傷程度しか負ってはいないようだ。
「主要部分の罅や傷は鎧核に格納すれば直ります。ですが修復の際に鎧骨格全体が軟化するのでしばらくは防御力は低下しますわ。欠損部はさすがに直ぐと言う訳にはいきませんが、それほど時間を掛けずに再生すると思います」
ここまで手酷く毟り取られたことがないので具体的にどれ程時間が掛かるかまでは判らないそうだ。
「そうか。まあ残った異族はどうにかするから、ククルと一緒に後方で待機していてくれ」
「はい。ご一緒できなくて残念ですわ」
ククルと共に待つアティやヴィアーと合流し、ライシールド達はコルトブル家の兵士達が待つ野営地まで戻った。
馬車内のベッドにロシェを寝かせると、ククルに後を任せて馬車の出口へと向かう。
「ライ様」
横になったまま、顔だけをライシールドの方へと向けて呼び止める。
「どうした?」
「ご無事でお戻りくださいませ」
ライシールドは口の端を不敵に吊り上げると、右手を上げて了解の合図を送ると馬車を出ていった。
「……同行出来ないのは歯痒いですわね」
「大丈夫だよ。ライ様は強いから」
先ほど見た漆黒の鎌の腕の威力はすさまじく、また彼についていくのは大百足どもをものともしなかったアティと体力の回復したヴィアーである。
身動きも取れず防御力の低下したロシェや、先の戦闘中絶えず竜魔法を使い続けて、麻痺毒の霧や吐息を散らしていて疲弊したククルはこの場に待機するのが最善手であろう。
それでも心配せずにはいられない。相手は得体の知れない異族なのだから。
ライシールド達はロシェとククルの事をカリスらに任せて、再び遺跡へと戻ってきていた。
──そこの柱の向こうだね。
大百足の死骸の横を抜け、遺跡の中央付近に立つ柱の根本付近の瓦礫を退けると、雑に偽装された真新しい床材と両開きの扉が現れた。
ダンの話によれば、異族が連絡用の通路として新たに作ったものらしい。ちなみに森の中に空いた穴の方は既に埋められ、通路も塞がれて侵入できない状態になっているそうだ。
大百足の魔物が遺跡を守護しているから、とこの入り口には特に侵入者への対策は施されていないそうだ。
「とは言っても、それが真実とは限らないし、気を付けて損はないよね」
「そうじゃな」
異族がダンに全てを話しているとは限らない。用心するに越したことはないだろう。
「電翅の腕」
紫電を纏う腕を装填し、ライシールドは周囲に彼ら以外の誰か、もしくは何かが潜んでいないかを確認しようと紫電結界を張り巡らせる。
警戒するライシールドとヴィアーを他所に、アティは無警戒に扉に近付くと本来は何らかの機構を使って持ち上がるのであろう分厚い石造りの重い扉の取っ手を掴み無造作に持ち上げる。乱暴に持ち上げられた扉は一応鍵のようなものがあったようだが、アティの怪力で蝶番ごと枠から引き剥がされ、投げ棄てられた先で轟音を立て砂埃を舞い上げた。
「……気を付けるってなんだろう」
「どうせ罠があってもアティが喰らうだけだ。巻き込まれないよう気を付ければ大丈夫だろ」
アティが扉に手を掛けた時点で彼女の意図を察し、ヴィアーを抱えて退避していたライシールドが、彼女の呆れたような声に答えた。
「む? 何でそんな遠くに居るんじゃ? 階段があるが、行かぬのか?」
「まぁ、何事もなくて何より……って言えばいいのかな」
不思議そうな顔で訊いてくるアティに困ったような笑顔を向ける。ライシールドは肩を竦めるとアティの足元にぽっかり空いた穴を覗きこんだ。
「アティ、先頭を任せてもいいか?」
三人の中でもっとも頑強なのはアティで間違いない。竜族の高い防御力と耐久力、更には竜魔法や氷の鞭といった多彩な攻撃手段を持つ彼女は狭い通路を抜ける際にもっとも危険な先頭を担うに足る能力を持っている。
「任された。如何な障害も食い破って見せよう!」
得意げに胸を張り、アティが前衛を請け負う。中央でライシールドが紫電結界と気配察知で警戒、必然的に殿はヴィアーとなる。
──多分、何もないとは思うけどね。
何か仕掛けているならばアティが強引に扉を破壊したときに何らかの反応があるはずだ。罠らしき反応は無く、なんら待ち伏せの気配もない。所々に魔道具と思われる光源が照らす階段が延々と続いているだけだ。
アティは強者の種である竜族であるがゆえに、慎重や警戒といった言葉とは縁遠い。百年の昔、まだ火竜の力を得る前の無力なあの蜥蜴状態ならばいざ知らず、ライシールドが苦戦したあの鎌甲冑の攻撃を物ともしない今の彼女に忍び進めというのは中々に難しい話だ。
今も本人としては警戒しているつもりなのだろうが、後ろで見ている限りは大胆に階段を下りているとしかいえない。
「ライ、アティはあのままでいいのか?」
「ああ、アイツは大丈夫だろう。百足戦を無傷で乗り切ったのはアティだけだしな」
正直な話、今のライシールドではアティに傷を付ける事が出来るかは微妙なところだ。百足戦で手に入れた漆黒の鎌の腕は百足の硬い殻をして容易く切り裂いたが、それでも竜の鱗に通用するかは判らない。
「まぁ、そもそもうちの頭脳担当の予測では地下の主要施設まで何もないだろうという事だけどな」
大百足という強力な番人に護られた遺跡の中心部にある連絡通路に侵入出来る者等、想定の範囲外であろう。事実幾度と無くコルトブル家の討伐部隊を退けられている。そもそも重く分厚い石の扉それ自体がこの通路の保護機構として機能し、正規の手続きを踏まねば本来は侵入することも出来なかったはずだ。
扉を引き千切って投げ捨てるなど誰が想像できようか。
「これが適材適所ってやつなのかな」
ヴィアーが釈然としないながらも若干感じる違和感を飲み込んだ頃、前方を進むアティから声が掛かる。
「階段は終わりのようじゃぞ」
彼女の言うように、ライシールドの紫電結界も階段の終わりとその先に空間が広がっていることを検知していた。
「向こうも気づいているだろう。仕掛けて来るとしたらこの辺りからだな」
「ここまで随分時間も掛かったしね。準備をする時間は十分あっただろうね」
階段を降りきると短い通路を経て広い空間に出た。階段へと続く通路から漏れる光位しか光源がない状態では、十メル先を見通すのがやっとである。
ライシールドの紫電結界の有効範囲は五十メル弱。その範囲で自分達の後方、階段へと続く入り口のある壁以外に壁や天井、障害物の反応はない。最低でもそれ以上の広さの空間が広がっているということだ。後方の壁も確認できる距離までは真っ直ぐな壁面が延びていて、どこまで続いているのかは判らない。
「我の熱感知では何もないのう」
「あたしの鼻にもおかしな臭いは感じられないね」
火の属性に特化した火竜種であるアティは熱を視る事が出来、生物、物質を問わず視界の届く範囲は例え光がなくても認識可能だ。また、獣人であるヴィアーは人族を遥かに凌駕する嗅覚で広範囲の索敵を行える。
「何も判らないと言うことが判ったわけだな。さて、どうしたものか」
──件の異族が何処に居るのかが判らないと、どっちに向かえばいいのかが判らないね。
「こうしてみると、あたしたちには足りないものが色々あったんだな」
戦うことに特化した人員ばかりが集まっていることに今更ながら思い至る。特殊な環境で育ち、神器【千手掌】を得て現在に至るライシールド。強靭な肉体を持つ竜ではあるが、長く引き隠っていたアティ。滅びた集落にしがみつき、ただ集落で暮らしてきたヴィアー。三人が三人とも戦うための能力は高いが、こうした特殊な環境の変化に対応する術が乏しい。
今必要なのは敵を倒す力でも、障害を排除する力でもない。ただ灯りを点す力なのだ。
──壁に沿って進むしかないかな。闇雲に進んでも迷うだけだと思うし。
現状確たる指標は壁面だけである以上、それから離れるというのは得策ではない。まずはこの空間の外周を調べ、それで成果がなければまた次の手段を考えればいい。
話が纏まり、いざ行動に移そうとしたその時、何処からともなく声が降ってきた。
『あー、侵入者諸君。そこらへんで止まってはくれないだろうか?』
どこかとぼけたようなその声に、ライシールド達は辺りの様子を伺って、それぞれが武器に手をかけて警戒を高める。相手の言葉に従うわけではないが、迂闊に動くべきではないと彼らは足を止める。
『何をしても無駄だと思うのだよ。ここで君達が退いてくれれば無駄な戦いをせずにすむ』
そんな彼らの警戒を他所に、緊張感の無い口調で今引き返せば見逃すとその声は告げた。しかしそれは聞けない話だ。
「子供の使いじゃないんだ。御託はいいから出てこい」
『……そうか。まぁ、無駄だとは思うが相手をしよう』
轟音と共に天井に光が点る。目測で百メルの高さの天井一面が発光しているようで、明確な照明は見当たらない。
部屋自体も五百メル四方の長方形をしており、至る所で床から巨大な人形や小柄な獣型の人工物が迫り上がって来る。同時に壁に空いた穴からは鳥や虫の形をした石像が飛び出し上空を旋回し始める。
──あれ、全部自動人形だよ。
『さて、私の自慢の人形兵団だ。お手柔らかに頼むよ』
視界を埋め尽くすほどの自動人形の出現と共に、先ほどまでの声が戦闘の開始を告げた。
「アティ、好きに暴れていいぞ。ヴィアーは俺から離れないように」
「飛んでおる羽虫の処理は我がやろう。人形どもはライ達にお任せじゃ!」
ライシールドは半透明の爪を出現させて自分の後ろにつくヴィアーを確認すると、牙の剣を抜いて紫電の盾を展開する。そしていち早く接近してくる足の早い小型の自動人形に向かって剣を振りかぶるのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回は03/18に投稿予定ですが、帰省予定なので投稿出来ないかもしれません。
03/12
誤字脱字を修正しました。