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第128話 鎌持つ百足(Side:Rayshield)

すみません。若干遅れました。

 町から離れること半日の場所にその遺跡はあった。本来の存在意義も由来も、名前すらも失われたその遺跡には新たな意味と名前がある。

 遺跡は百足の魔物を討ち滅ぼすための決戦場として幾度と無く戦場となり、多くの者の血を吸い多数の亡骸が転がる怨念渦巻く場所となった。忌まわしき災害の地として、この廃墟は今血塗れの(ブラッディ)棲家(ハビタット)と呼ばれている。

 そしてその裏で糸を引く無貌(Faceless)と呼ばれる異族の巣食う場所であるということも判明した。

 ライシールド達は遺跡から若干離れ、森を挟んだ先の平地を野営地に決め、天幕(テント)を張った。

 町を出たのはまだ早い時間だったので、野営の準備が終わる頃、ようやく辺りに夜の兆しが見え始めていた。


「ライ、これからどうするんだ?」


 いち早く身の回りの整理を終えたヴィアーが問う。


「今日は遠目から偵察するに留めるつもりだ。百足の習性を持っているなら、夜より昼間の方が俺たちには有利だろう」


 百足は基本夜行性だ。カリスの情報でも昼間の方が若干動きが鈍いとの話もある。僅かな差でもどう影響するか判らない以上、より有利に働く時間を選ぶべきだろう。


「遺跡を動かないみたいだから、作戦は立てやすいね」


「そうですね。牙の毒は噛まれなければどうということはないですし、吐息(ブレス)も予備動作が判りやすいみたいですので避けるのは難しくないでしょう。問題は噴霧される弱毒性の麻痺の霧と、強い再生能力ですね」


 ククルとレインが頭脳労働を担い、計画を詰める。とは言え遺跡周辺の簡単な地図と魔物の大まかな能力といった情報しかないので立てられる作戦はたかが知れている。


「正面はわたくしにお任せください」


「そうですね。注意を引いて標的になるには高い防御能力が必要です。ロシェさんに任せるのが一番ですね」


神術(オラクル)で麻痺の耐性も上げられますし、わたくし達蟻人(デミアント)は体質的に毒の類いが効きにくいので麻痺毒の吐息(ブレス)も危険は少ないと思います」


 蟻人(デミアント)は巣を分けるとき、未踏の地を目指して旅をする種族だ。それは過酷な環境を征するだけの力と身体があって始めて成る難事である。

 過去連綿と続くそうした旅路の中で獲得した耐性は子に孫に受け継がれ、種族全体の生存率を高めていく。生き物が生きるには過酷に過ぎる禁忌の砂漠(アントロデンデザート)で、あれほどの規模の地下国家を築き上げることが出来ていたのもその種族的な強靭さによるところが大きい。


「じゃあ尾側は我じゃな。人族でさえ耐えられる弱い毒(ごと)き、我に効く筈もないわ」


 百足の尾部には曳航肢と呼ばれる一対の特殊な足が存在する。百足は頭部が最大の弱点であり、その足は頭部(弱点)を護るために触覚のような動きをして尾部を頭部と誤認させる役目を持っている。だがこの魔物は本来の用途とは違い、後方に回り込んだ敵を排除するために鞭のように攻撃に使ってくるそうだ。


「そうか。じゃあアティは麻痺毒の影響を受けたらお仕置きな。それだけの大口を叩いたんだ。大丈夫だろう?」


「それはさすがにひどいぞ! 我が一体何をしたというのじゃ!?」


 あまりに無体な言葉に、アティは半泣きで詰め寄った。どさくさに抱きつこうとする彼女を交わし、ライシールドは答える。


「忘れてるかもしれないが、深酒でみんなに迷惑掛けた件の御祓(みそぎ)がまだだからな」


「う」


 言葉に詰まるアティに畳み掛けるようにライシールドは続ける。


「それにコルトブルの屋敷前でやり過ぎた件もある。お前はちょっとは反省しろ」


「……ごめんなのじゃ」


 がっくりと肩を落とすアティを睨み付けるライシールドだったが、半泣き状態の彼女の姿に反省の色が(うかが)えたことを確認し、溜め息を吐いた。


「冗談だ。最近のアティはちょっとやり過ぎる傾向があったからな。大胆な行動は時と場合によっては危険を呼び込む。少しは自重するように」


 仲間の補助(フォロー)がいつもあるとは限らない。アティ自身の力がどれだけ強大だろうと、彼女を害する敵がいないとも限らないのだ。

 そんなライシールドの思いを受け、アティは先程とは違う種類の涙に目を潤ませた。


「ライは我のことを考えてくれているのだな! 我は嬉しい!」


「当然だろう? お前の仕出かすことの不始末の責任は俺達にもあるんだ。それに無茶な行動は仲間を危険に晒すことに繋がる」


 ライシールドは姉と暮らしていた開拓村での生活を思い出していた。常に最前線だったあの頃、一人の失敗が集団全体の生死に繋がったあの頃を。


「我の行動が皆を危険に晒す……そうじゃな、我は軽率な行動が多かった。今後はもっと慎重に行動しよう」


 ライシールドの言葉の奥にある懸念を感じ取ったか、アティは神妙な表情で頷いた。


「その辺はライにも言えることだと思うんだけど?」


「何を言う。俺は無茶なことなんてしない」


 横槍を入れてくるレインにムッとした表情でライシールドは答えた。


「ライ様は自覚がないから(たち)が悪いよね」 


「そうですわね。まぁ、行動原理は判りやすいですけど」


「身内と他人で対応が全然違うからね。付き合いの浅いあたしでも判るよ」


 外野の三人がそれぞれに囁き合う。生暖かい視線を感じてライシールドは居心地悪く深く息を吐いた。


「もういい。取り合えず偵察に行ってくる。レイン、着いてきてくれ」


「はいはい。皆さん、ここはお任せしますね」


 今夜のうちにコルトブル家の支援部隊が到着する予定になっている。ライシールド達は実戦部隊として先に現地に入り、こうして情報の確認を行っていた。


「コルトブル家の支援部隊が到着したら、あたし達は待機で良いのか?」


「そうですね。非常時の対応はククルさんに伝えてあります。ライと私が戻るまではククルさんに指示を仰いでください」


 レインはヴィアーの質問にそう答えると、ライシールドのマント(袖無外套)の内側に潜り込んだ。


「じゃあ、一時間程で戻る」


 マントを翻して、ライシールドは森へと入っていった。




 百足の魔物が遺跡からは動かないと言うのはあくまで今までは、という話だ。今後も動かないという保証はない。

 だが恐らくは動かないだろうというのがレインとククルの考えだ。チャックから得た情報が正しければ、百足の魔物は遺跡のどこかにある出入り口を守護するために配置されているはずだ。であるならば、それを放置して遺跡を離れることはあるまい。

 問題は魔物の認識する遺跡の敷地がどこまでかと言うことだ。カリスからの情報では遺跡周辺百メル(メートル)程は石畳が敷き詰められており、そこから先には出てくることはなかったとあった。

 また、夜間は石畳を含む敷地内を巡回し、昼間は日光を避けるように遺跡の瓦礫の下に潜んでいるという。とは言え十メル(メートル)の体長を持つ魔物が隠れられる場所など限られている。

 北側に一ヶ所と東側に一ヶ所。どちらに潜伏するかまでは判らないが、昼間なら遠くから確認すれば良いだろう。


「……気配を隠す気すらないと言うことか」


 巨大ななにかが近づいてくる気配を先程から感知している。と言っても、気配を探るまでもなくガチャガチャと何かがぶつかるような音が鳴り響いているのでその存在は丸判りなのだが。

 しばらく息を潜めて遺跡の方を監視していると、残骸の後ろから大きな影が姿を表した。


「……思ったよりでかいな」


「あの鎌は厄介だね。ロシェさん一人で正面を押さえ続けるのはちょっと厳しいかな」


 百足の魔物は体全体を赤黒い天然多糖類(キチン質)の甲殻で覆われている。足は一本四十セル(センチ)程の長さのものが見える範囲でも十本以上はある。

 頭部には黒い二対四個の単眼があり、麻痺毒を滴らせた長剣(ロングソード)のような一対の牙が生えている。触覚は六十セル(センチ)程で、絶えず警戒するように揺れ動いている。

 そして刃渡り一メル(メートル)の大鎌が一対。これは百足の頭部の上に生えている人の上半身の形をした甲冑姿の両腕として付いている。甲冑の頭部と思われる部分はまっすぐ前を見ていて、ゆらゆらと鎌を歩行の振動に合わせて揺らしている。

 特筆すべきはその歩速と整然とした足運びだ。百足の魔物としては当然なのかもしれないが、多足がぶつかり合うこともなければ絡まることもない。途中の障害物を乗り越えるときも、平地を歩くときも甲冑姿が無駄に上下することもなく、安定した挙動を見せていた。


「あの安定感は百足の特性なんだろうな」


 ライシールドも百足自体は見たことがある。開拓村で姉と二人暮らしていた時のことだ。隙間だらけの家とも呼べない小屋の中に侵入してきた百足がいつの間にか腕を這い上がってきて、振り払っても離れること無く逆に驚いた百足に噛まれて酷く腕を腫れ上がらせたことがある。あの時のしっかりと張り付いた足の感触は今も忘れない。


「あの素早い動きをどうにかするのが先決か。ロシェなら短時間に限定すればあの二本の鎌を相手取っても、牙の攻撃を捌けるだろう」


 その間に何本か足を潰してしまえば動きを鈍らせることが出来るはずだ。

 しかしその作業は迅速に行わなければならない。討伐部隊が幾度と無く敗北し、犠牲を出したのは百足の動きを押さえきれなかった事も原因の一つだ。犠牲を出しながらも何本かの足をどうにか切断出来た頃には、何処からともなく小型の百足の魔物が無数に現れ、部隊はそれらに蹂躙されて敗北することになる。

 幾度かの討伐戦では、小型の百足の魔物が現れるのにはそれなりに時間が経ってからということが共通している。カリスの部隊の経験則を鑑みるに、百足の魔物の動きが鈍くなると危機を感じ取った眷族が助けに来るのではないかと考えられる。

 動きを鈍らせてからは速攻で倒しきる必要がある。ロシェの負担を減らしつつライシールドとヴィアーで強引に削りきる予定になっている。並の魔剣でも傷を付けられるのだ。牙の剣と獣人咆哮(ビーストロアー)で作り出されるヴィアーの爪なら十分に手傷(ダメージ)を与えることが出来るだろう。

 厄介なのは広範囲に振り撒かれる麻痺毒の霧だ。弱いとは言え、無策に吸い続ければいずれ影響を受けてしまうことだろう。対策として麻痺毒の霧の効果を軽減する首飾り(チョーカー)を全員が装着することで予防線を張り、その上でククルの風の竜魔法(ドラゴンユース)で拡散する予定だ。どれ程の量を放出してくるかは判らないが、ククルの風の効果時間を上回るほどに手間取るようでは勝利は危ういかもしれない。


「後はカリスの言う高い回復能力か。俺とヴィアーの攻撃力なら問題ないとは思うが」


 数には入れていないが、アティの氷の鞭も再生に関しては有利に働くだろう。いくら回復が早かろうとも、凍ってしまえば関係はない。尾部を凍り付かせることが出来れば必然的に動きも制限される。


「よし、そろそろ戻るか」


 ライシールドの潜む森に尾部を向ける百足の鞭のような曳航肢を見ながらライシールドは踵を返した。見るものは見た。後は自分達の力を信じて戦うだけだ。




 朝の光が野営地を照らし、ライシールド達はそれぞれに装備を整えた。


「こんな危険地帯まで来て良いのか?」


「構わんさ。君達があの忌々しい魔物を倒すところを特等席で見物させて貰うんだ。そのくらいの危険(リスク)を払う価値はある」


「倒せるかは確約出来ないんだがな」


 倒せるかはやってみなければ判らない。だが倒すつもりで戦うことに変わりはない。そして負ける気などライシールドには更々なかった。


「まあいいさ。後方支援は任せてくれ」


 昨晩、支援部隊と共に野営地に到着したカリスは、部隊を纏めて支援体制を磐石なものとした。雑務から解放されたライシールド達は十分に休息を取り、夜の内に配置された監視から魔物が瓦礫の下に潜り込んだとの報告を受け、出陣の時を迎えた。


「直接的な支援は邪魔にしかならないだろうから、出番が来るまでおとなしく待機しておく。手が必要なときは合図を頼む」


 気負うでもなく森に入って行くライシールド達を見送って、カリスは祈るように天を仰いだ。


「彼らに勝利を」


 そう、小さく呟いた。




「奴はあの瓦礫の下だな。向こうが頭、こっちが尻尾……か?」


 監視部隊の報告で北側の瓦礫周辺までやって来たライシールド達は、作戦通りに配置を整えた。ロシェが正面側に立ってライシールドの合図を待つ。アティは尾部側の瓦礫の影で待機中だ。


「ククル、準備は良いか?」


 少し後方で風の竜魔法(ドラゴンユース)の発動準備を終えたククルがライシールドに向けて無言で頷く。それを見てロシェに開始の合図を送った。


「我は汝の敵なり! 我を見よ! 我を憎め! 我は汝の永遠の敵対者なり! 敵視拘束ホスティルレストレイント!」


 強制的に標的を固定する技能(スキル)が発動した。瓦礫の下で殺気が膨れ上がり、ロシェに強い敵意を向けて這い出してくる。

 アティが素早く瓦礫の上に駆け上がり、今まさに瓦礫から抜け出そうとする尾部に真上から氷の鞭を叩き付ける。


 グルゥィィィィィィッ!


 急速に凍り付き、二本の曳航肢の内一本が根本から折れて砕け散った。尾部に近い足の内、右側の二本が同様に凍って、自重に耐えきれず間接部分が砕けて折れた。


「氷の鞭の冷気は一旦打ち止めじゃ! 今のところは曳航肢一本と後ろ片側二本を潰したぞ!」


『了解です、アティ姉様。ライ様達に伝えるよ』


 風がククルの声を伝えてくる。アティはそれに頷くと鞭のようにしなって襲い掛かってくる残った一本の曳航肢を鞭で弾き返し、手首を返して鞭の軌道を変え、無事な左側の足を打ち据える。

 氷の鞭も何時までも何処までも冷気を放出し続けることが出来るわけではない。使用者の精神力を鞭の柄の貯蔵機関に満たし、それを変換器へと送って冷気と成す。生成された冷気を鞭全体に纏わせ、接触した相手の熱量と冷気を置換することで凍り付かせる。相手が高温であればあるほど、また大きければ大きいほど消費される冷気の量は跳ね上がり、鞭自体の許容量を越えて熱量と冷気の置換が行われた場合、受け取った熱量を消費しなければ再び冷気を纏うことが出来なくなる。

 一般的な人族の熱量はさほど高くないので、全身を凍り付かせたりしない限り、そうそう処理能力を越えることはないが、今回は明らかに巨大な魔物である。カリスの報告書にあった通り、本当に冷気に弱いのならば一度全力でぶつける事で、あわよくば尾部の機能を潰してしまおうとの考えであった。万が一完全に潰せなくても、十全に能力を発揮されないようにするだけでも十分な成果である。

 結果は完全に潰すまでは至らなかったが、尾部の機能を好きに使わせないだけの損害を与えるに至った。

 処理し切れない熱を放出して、アティの持つ鞭が炎を纏う。火の粉を散らして燃える炎の舌が彼女の意のままに損傷の激しい尾部を打ち据え、残されたもう一本の曳航肢の鞭を絡めとり、焼き焦がして(むし)り取る。

 振り上げた鞭から解放された曳航肢が地に落ちる前に、アティは竜の言葉で世界の法則に命令する。世界を構成する法則を()じ曲げるだけの強制力を持ったその言葉は、竜達のみが使用を許される竜の魔法だ。


我が(Bent the )炎に(knee to )跪け(my flame)!」


 アティが口を大きく開くと、口内から膨大な熱量を伴った炎が放射状に広がって百足の魔物の尾部を飲み込んだ。虫の焼ける嫌な臭いを撒き散らし、百足の尾部が燃え上がり、ついでとばかりに空中で巻き込まれた曳航肢が共に炭化して崩れ去った。


 グルゥィィィィィィッ!


 尾部の焼失に苦悶の叫び声をあげる。再生能力がどれ程のものかは窺い知れないが、これで麻痺毒の霧の散布は暫く使用できなくなった。


「我の仕事はこれで十分じゃろう。そちらは任せたぞ、ライよ」


 炭化してブスブスと煙を上げる百足の尾部の残骸に更なる鞭を当てながらアティは頭部周辺で戦う仲間達に向けて呟いた。




『ライ様、アティ姉様が尾部を潰したよ』


「了解だ。ヴィアー! 俺たちもやるぞ!」


「判った。あたしは右をやるから、ライは左をお願い!」


 ククルからの伝令を受け、ライシールド達はそれぞれに武器を構え、蠢く百足の足に突撃した。


加速(アクセラレーション)二重(ダブル)


 獣人咆哮(ビーストロアー)で身体速度を上げる。一跳びで一本の足を斬り落とし、二跳びで二本の足の間接を斬り離した。

 手甲から伸びる半透明の爪は硬い百足の足の甲殻をものともせず、一呼吸の間に五本の足が宙を待っていた。


「一旦離脱するよ!」


『お疲れさまです、ヴィアーさん』


 獣人咆哮(ビーストロアー)による身体加速は急激な疲労を伴う。一瞬の間に体力を半分以下にまで削られ、ヴィアーは全身から汗を吹き出して身体が重くなるのを感じた。一度距離を取り、疲労の回復を図る必要がある。まだ無理をする段階ではないし、もう一度全力を出す必要がある以上、今は大人しく後退するのが得策だろう。


『疲労回復を促進する薬は用意できています』


「判った。すぐ行く」


 術式の効果が切れたことと、疲労が増大したこと。その二つの要因で重くなったように感じる体に鞭を打ってククルの待つ後方を目指す。

 ちらと魔物の頭部に目を向ける。これだけの損害を与えてなお魔物は攻撃対象を変えようとはしていない。二本の鎌も鋭い牙も、正面に立つ黒髪の戦乙女だけを打ち倒さんと振るわれている。ヴィアーの戦線の復帰が早ければ早いだけ、彼女のの負担は下がるのだ。

 ヴィアーは一刻も早い復帰のために、重い足をあげてククルの元へと走るのだった。




頑強な(Robust)鋭腕(sharp claw)


 ライシールドの左腕に灰色熊の腕が装填される。右手の牙の剣を降り下ろし、足を一本叩き斬る。そのまま左手の灰色熊の腕を振り抜きもう一本を斬り飛ばす。

 感触としては相当に硬い甲殻であることは間違いない。灰色熊の腕の能力に斬れ味の上昇効果がなければ下手をすると半ばで止まっていたかもしれない。牙の剣にしてもそうだ。ロシェに攻撃を集中させて無防備な状態の足だからこそこうして斬ることが出来ているが、意識をこちらに向けて対応されていたら、もっと苦労していただろう。


──ロシェさんの技能の効果が続いている内にもう何本か潰して援護に回ろう。


 今頃ヴィアーも反対側を何本か切り飛ばし、すでに一度離脱しているはずだ。もう少し足の数を減らせば、この魔物は思うように体を動かすことは出来なくなるだろう。ライシールドが上部の人形(ひとがた)を相手出来ればロシェの負担は格段に軽くなるだろう。

 ヴィアーの担当している右側に魔物の身体が大きく傾いた。ロシェを狙ったであろう右側の鎌が大きく軌道を反れて、空を斬った鎌が振り上げられる。


『鎌に攻撃行きますー』


 ククルの声が聞こえたかと思うと、振り上げられた鎌に風が(まと)わり付き、鎌の刃を細かく傷付けた。鎌を使用不能にできるほどの攻撃ではなかったが、耐久力を落とすには十分な成果をあげたと言えよう。


 グルゥァァァァァァッ!


 魔物が苦悶の呻きを上げる。痛みのためかロシェに対する攻撃が止まり、ライシールドの目の前で片側の支えを失った魔物の体が地に倒れる。再び暴れだす前に牙の剣で払い、灰色熊の腕を薙いで二本の足を切り捨てる。


「このまま鎌の相手をするぞ」


『了解。みんなに伝えるね』


「頼む」


 伝達をククルに任せて百足の背中に飛び乗る。左手の灰色熊の腕を霧散させると今度は鱗熊の腕を装填する。未だロシェの方を向く鎧姿の上半身の背後に回り、無傷の左鎌の柄を斬り付けた。


「何!?」


 牙の剣が弾かれる。無傷と言うことはないが、切り飛ばすには到底足りない。再び斬りつけようとしたところで、さすがにロシェからライシールドへと攻撃対象を切り替えてきた。

 振り上げてきた右の鎌を牙の剣で受け止める。ククルの風の刃が付けた傷に牙の剣が引っ掛かる。ギチギチと音を立て、力()くで牙の剣ごと押し込もうと力が込められる。

 ライシールドは押し負けまいと右手に力を込め、左手の鱗熊の腕を牙の剣に添えて押し戻す。牙の剣が鎌の傷に()り込むが、それを差し引いてもじりじりと押されていく。


──このままじゃ押し負けちゃうよ!


 レインの悲鳴が脳内に響く。ライシールドもそれは解っているのだが、押し返す以外に手段がない。引けば追撃される。押せば押し負ける。防御重視の鱗熊の腕を選択したのは間違いだったかもしれない。


「わたくしから目を離すな! こっちを見なさい!」


 ライシールドの危機を察したロシェが注意を引こうと頭部に攻撃を加える。剣を牙に当て、剣が弾かれて体勢が崩れるのも構わず強引に盾打(シールドバッシュ)を繰り出す。

 しかしそれでもライシールドへの鎌の圧力が減じられることはなく、ついには片膝をついてしまう。

 完全に力負けしたライシールドの背後から、左の鎌が降り下ろされる。右の鎌を押さえるのに必死のライシールドはその動きに気づいていない。


「ライ様! 危ない!」


 ロシェの警告の声が上がるが、もう間に合わない。降り下ろされた鎌がライシールドの背中から胸を無慈悲にも貫いた。


「ライ様! ライさまぁぁぁぁぁっ!」


 ロシェの悲鳴が遺跡に空しく響く。しかしライシールドがその声に答えることはなかった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回は03/04に投稿予定です。

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