第125話 初めての依頼(Side:Lawless)
週一なので一話の分量が大幅に増えています。
ペースが掴みきれていないので暫く分量が不安定になると思いますがご容赦ください。
北の魔道国家。大陸一の術式教育機関を持ち、扱いの困難な原魔法を術式に落とし込む研究を行う機関や新たな術式の開発機関など、超常能力に特化した国である。
術式を利用した武具防具魔道具の研究開発にも力を入れており、迷宮産の遺失品を越えることを目指して多数の魔道具を世に出している。
「という訳で、僕は魔道具が見たいです」
「私は魔道書に興味あるわね」
つい先程首都に入ったばかりでまだ宿すら取っていないと言うのに、欲望に忠実な二人はそれぞれに興味のある願いを口にした。その要望をテーナは却下する。
「まず最初に門の内側で馬車を預けられる馬屋を探しましょう。守衛の方に聞けば教えてもらえると思います。その後は宿を決めて今日は早めに休みましょう。明日はまず情報収集に冒険者組合でも見に行って、やることをやってから魔道具や魔道書を見に行きましょう」
諭すように、丁寧に説得した。残念そうな顔をしつつもテーナの言葉に反論の余地がないことも事実なので、二人とも素直に同意した。
「じゃあわたしは馬車を預けられるところを訊いてくるから。ちょっと待っててね」
ローレス達に馬車の番を任せてテーナは守衛のもとへと向かった。
「テーナさんが居て良かったですね。僕らだけだったらまだここまで辿り着けていなかった気がします」
「そうね。いろんな事を知っているし、如才無く何でも出来るのはすごいわ」
「もっと感謝しなければいけませんね」
「そうね」
守衛と話をするテーナの背中に手を合わせ「ありがたやありがたや」と拝む。前世では幼少の頃、田舎で父方の祖父母と暮らしていた影響でたまに行動がじじ臭い。アイオラは良く解っていないながらもローレスの真似をして手を合わせる。
「? 何してるんですか、それ」
二人して南無南無しているところに戻ってきたテーナが怪訝そうな顔で訊いてきた。
「感謝の気持ちを念に込めて送っていました。ありがとうございます」
「そういうのは直接言ってくれた方が嬉しいですけど」
言いながらも満更でもない顔をするテーナであった。
空けて翌日、ローレス達は首都の南門近くの大きな建物の前にいた。大きく開かれた入り口の扉の上には冒険者組合魔道国家本部と書かれていた。
「大きいですね」
「大きいわね」
「そりゃあこの国の首都にある組合本部だもの。支部とは違って国中の情報が集まる場所だし、それだけ冒険者も素材も集まる。それを整理するには職員も必要だからね」
先ほどから人の出入りが絶えない。ローレス達が出向いた時間帯は日が昇ってから随分と経っている。早朝は組合が一番込む時間帯と聞いてそれを避けてのことだったのだが、見ていると大分忙しいようだ。
かと言ってこのまま眺めていれば人が居なくなる訳でもない。人が多いのは仕方がないと諦めてローレス達も入り口を潜り、組合の中へと入った。
「広いですね」
「広いわね」
「当たり前だよ。建物があれだけ大きいんだから」
外と似たようなやり取りをしながら組合内をぐるりと見回す。吹き抜けになった広い空間には冒険者と思われる者がざっと見て五十人程は居る。それぞれに用途に合わせた窓口に大人しく並んでいるので、ローレスは前世で見た役所の光景を思い出していた。
「形式としては役所と変わらないって事かな」
ギルドカードの登録と変更、依頼の受領、依頼の完了、素材の買取、各種情報窓口、その他相談窓口と幾つもの窓口に分かれている。他にも幾つか窓口が見えるが、今回ローレス達が用があるのは各種情報を取り扱う窓口である。
この窓口は情報料を支払うことで組合が各支部から得た情報や冒険者から買った情報を開示してもらうことが出来る。だが情報自体に階級が設けられているので、冒険者自身の階級から掛け離れた情報は例え大金を積んだとしても教えてはもらえない。
また、組合併設の図書館の情報を開示して貰う事も出来る。直接図書館に行って入館料を支払い、書籍を閲覧して調べることも出来るのだが、今回のローレスのように漠然とした情報を扱う場合はここで情報を聞いて当たりを付けてその後に図書館で詳細を検索するのが最も効率がいい。
と言う情報をテーナに教わり、彼らは組合の窓口まで足を運んだという訳だ。
窓口はローレス達の前に三組程が並んでいる。その後ろに付くとローレスは改めてテーナに感謝を述べる。
「ほんと、助かりました。テーナさんが居なかったら僕達はどうなっていたんだろうと思います」
「そうよね。多分組合本部にこんな窓口があるってことにすら気付けなかったでしょうし」
最初は同行を断り、彼女の粘りに負けて北の魔道国家に到着するまで、と言う約束での旅の仲間であったはずのテーナが、今ではローレス達にとって無くてはならない大切な存在に変わっていた。世間知らずなローレスと常識外れなアイオラの二人では早晩痛い目を見たことだろう。
ローレス達に欠けている知識、経験、交渉能力を補う形でテーナはこの一行に必須の存在となった。無論ここまでの旅路で、二人の信頼を勝ち得たと言う前提があるからこそではあったが。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
逆にテーナからしても二人から色んな意味で目が離せない。当初の詩の題材としての存在だけではなく、放っておくと何処に行ってしまうか判らない危うさに心配で堪らない。そんな母親的な視点で二人と離れられなくなってしまっていた。
「次の方、どうぞ」
そんなことを話している間に、ローレス達の順番が回ってきた。窓口の職員にギルドカードの提示を求められ、ローレスが代表して提出する。
「はい、有難うございます」
受け取ったカードに石板のような魔道具を翳す。石板が光り、ローレスのカードから情報を読み出す。
「え!?」
職員が思わずといった顔で口許を押さえた。近くの窓口で手続きをしていた冒険者達が怪訝な顔でローレスの目の前の職員に視線を向ける。当の職員は咳払いをすると「失礼しました」と殊更何事も無かったような顔で一礼すると営業用の笑顔を張り付かせる。
「えっと、僕のカードに何か問題でも……?」
いきなりの反応に恐る恐る訊くと、職員は首を振って否定すると、申し訳無さそうに「予想外の階級の高さに驚きまして。申し訳ありません」と再度頭を下げた。
十歳という若さで階級七と言うのは珍しいらしい。本部の熟練職員をして驚愕を隠し切れなかったようだ。とは言えそこは経験豊富な本部職員であり、立て直すのも一瞬であった。
「ローレスさん、今日は何の情報をお探しで?」
にこやかに尋ねたのだった。
ローレスが求めた情報は北の大山脈に温泉が沸く場所があるかどうか。雪豹との経路が北の山脈へと続いていることから、あの精霊湯の沸く温泉があるのは間違いない。問題はそれが北の魔道国家では知られた地なのか、知られざるの地なのかを知りたかった。
結果、幾つか温泉の沸く場所が知られていたが、どれも山裾に沸いているのを確認されている程度という話だ。そもそもが大山脈の六割以上の場所は一年を通して雪が消えない。今だ山脈の半分以上が未踏の地であった。
既知である場所でもっとも標高が高い地点までの道は既に雪で埋もれている。大山脈に冬の間に近づくことは死を意味するとも告げられた。
「という訳で、大山脈に出来るだけ近づいた所で春を待って、雪解けに合わせて準備を整えましょう」
早く会いに行きたいところだが、近づくことすら出来ないとあってはどうしようもない。せめて道のある千メル地点まで進めるようにならないことには未到地を進むこともままならないだろう。
あの神仏の集う為の場所から見た地上は九千メルを越える大山脈から考えるとずいぶんと近く見えた。山頂からは程遠く、道の終わりの千メル付近からそう遠くない位置にある可能性は高い。無論山頂に比べれば、という話ではある。なんの目印も宛もなく進んでも辿り着くことはできないであろうが、魂の繋がりを手繰ることの出来るローレスなら到達することも不可能ではないだろう。
「山脈の麓に近い町までここから一月程の旅だそうです。雪解けで山脈の道が通れるようになるまでには例年通りなら後三ヶ月は先の話です。
移動の一ヶ月を別にして、残った二ヶ月をどう過ごしましょう。便利で過ごしやすい首都に滞在するか、行けるところまで進むか」
「首都にしばらく滞在しましょう。術式を習うには良い環境ですし、冒険者として依頼を受けて経験を積むのも有意義です」
ここまでの旅路、殆ど休みなく進んできたのだ。しばらくゆっくりするのも良いだろう。早速宿に戻って宿泊の延長手続きをしようと組合本部を出たところで目にした光景に足を止めた。
「あの子、どうしたんだろう」
ローレスの指差す先には、組合本部の建物をじっと眺める少年の姿があった。組合の看板を見上げる少年の右横顔は悔しそうな、悲しそうな、そんな複雑な表情が浮かんでいた。
少年が不意に建物から顔を背けた。その動きはただの偶然だったのかもしれないが、彼を見つめるローレスと目が合う。
「!?」
ローレスから顔を背け、路地の奥へと消えていった。
「あの顔は……」
目が合った瞬間、ローレスの目に写った少年の左横顔は岩のような物に覆われていた。
宿で取り合えず一月の長期宿泊を申し入れた。
一月で一人金貨三枚、食事は朝のみ。昼夜は一階がそのまま定食屋兼酒場となり、宿泊客は割安で食事が出来る。
手続きを終え、当面はこの町に滞在することが決まった以上、買い物等は明日以降に回すことにして取り敢えず今日はゆっくり休むことになった。
「どうしたの? ローレス君」
各自割り当てられた部屋で寛いだ後、一階の食堂で早めの晩御飯をとることとなった。
今日のおすすめ料理で出てきた鳥の股肉の炙り焼きをつつきながら、上の空で考え事をするローレスの様子に、隣に座ったアイオラが首を傾げながら訊ねた。
「さっきの少年の石の顔、あれは一体なんだったんだろうって……」
「ああ、あれは石化病だろうね」
ポツリと呟いたローレスの疑問に答えたのはテーナだった。
「石化病?」
「皮膚が石のように固くなり、徐々にその範囲が広がっていき関節まで石になると身動きが出来なくなる。そうなってしまうと直に内臓まで石になって死に至る」
死病。ローレスが目を見開いて驚く。
「じゃあ、あの少年は……!?」
「大丈夫だよ。関節まで石化するには一年はかかるし、あの様子なら病状の進行は初期段階だと思うよ。特効薬があるし、健康な若い子なら自然治癒の可能性も高いから。この病で死ぬ人は滅多に居ないって聞くね」
時間的に差し迫ってはいないと聞いて、ローレスはほっと胸を撫で下ろした。
「薬さえ飲めば確実に治るんだけど……肝心の薬もそんなに高くないはずだから、手に入らないことはない、と思うんだけどね」
きちんと栄養を摂っていれば薬がなくても治ることもあるしね、とテーナは続けた。年若いあの少年なら、病の抵抗も高いから深刻な事態になることはないだろう。
「無事に治れば良いんだけどね」
少年の複雑そうな横顔を思い出しながらそう思わずにはいられなかった。
翌日、予定通り魔道具か魔道書を見に行こうと宿を出たローレス達は、組合本部の前で再び少年の姿を発見する。やはりじっと看板を物陰から見つめていた。
「あれは昨日の子ね」
「ええ。やっぱり組合本部に何か用事でもあるんでしょうか」
よく見ると、少年は拳をぎゅっと握りしめて深刻そうな表情をしている。組合本部に向かって一歩を踏み出そうとして、誰かが入り口から出てくる度に物陰に戻り、といった動きを繰り返している。
「用事があるけど怖くて入れないって雰囲気だね」
「うん、そんな感じですね。やっぱりちょっと気になるので、声を掛けてきます」
アイオラ達が頷くのを見て、ローレスは少年の下へと駆け寄っていく。
「ローレス君は優しいですねぇ」
「ダメよ。ローレス君は私のなんだから」
「はいはい。アイオラさんに勝てるとは思ってませんからご心配なく」
英雄譚の主人公として、テーナはローレスに惚れ込んでいる。だが色恋で言えばこの二人の間に割り込めるとは思えないし、仮に割り込めそうであったとしても一人の異性としては全く守備範囲外である。
「せめて後二十は上でないとときめきませんから、ご安心を」
年上、と言うか渋目の男性が好みのテーナであった。
ローレスは出来るだけ少年を刺激しないよう、大きく回り込んで彼の背後に回った。昨日は目があった途端に逃げられたので、今日は逃げられないように肩に手を置いて声を掛ける。
「こんにちは。組合本部に何か用でもあるの?」
「うわ!」
突然声を掛けられて驚きの声を上げた少年を宥めるように、笑顔を向ける。
「吃驚させてごめんね。僕はローレス、昨日も目があったんだけど覚えてるかな?」
ローレスは名乗りながら肩から手を離した。振り返った少年は警戒しながらも首を縦に振る。
「そっか。覚えててくれてよかった。昨日から気になってたんだけど、組合本部に何か用事でもあるの?」
質問しながらそれとなく少年の様子を伺う。この寒い中薄着で震えながらこちらを上目使いに見返してきている。身長はローレスより頭ひとつほど低く、歳も若干下だろうか。
昨日見た左顔の石化病はやはり見間違いではなかったようで、目の下から口の横まで、頬全体が固く石のように変質していた。
少年はそんなローレスの視線の気付くことなく、怪訝そうに聞き返してくる。
「……何でそんなこと訊くの?」
「何でって……君が困ってるように見えたから……」
ローレスは何の気なしに答えたが、少年は面食らったように目をぱちくりと瞬かせた。
「何言ってんのあんた」
「あれ!?」
呆れたような顔で訊き返され、ローレスはその予想外の返答に目を丸くする。
「もしかして、特に困っていたりする訳ではなかった……のかな」
「困ってない訳じゃないけど、子供のあんたにどうにか出来る話じゃないし」
呆れ顔のままで告げられた言葉に衝撃を受ける。膝を折りそうになる自分を内心で励まして、なんとか笑顔を向けた。
「子供って、僕は君よりは上だと思うけど? どうにか出来るかもしれないし、話してみてよ」
外見的にはともかく、中身はもういい歳のおっさんである。外身に引きずられるとは言え、それでも目の前の少年よりはずっと大人だ。目の前の少年は見た目的にもローレスよりやや年少に見える。
「俺より上か下かって話じゃないじゃんか」
「う、確かにそうだね。ごめん」
「そもそもあんた冒険者なのかよ」
「まぁ、一応は」
「まじで? じゃあ、依頼の出しかたって知ってるか?」
ローレスが冒険者だと判った途端に、少年は目に見えて表情を変えた。ローレスの左手を掴むと詰め寄る。
「僕は出したことないけど、窓口で訊けば判ると思うよ」
少年の勢いに気圧されながらも答える。その返答に少年はローレスの腕を離して深々と頭を下げる。
「俺はスズリっていうんだ。さっきは馬鹿にするような事を言ってごめんなさい」
「ど、どうしたの急に」
「頼むよ。俺に力を貸してくれ、下さい」
「僕に出来ることなら手伝うよ。後、口調は無理に改めなくていいから」
笑顔で答えるローレスに、スズリはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった。俺、もうどうしたら良いか判らなくて」
スズリが言うには、冒険者を雇いたいのだがどうやって依頼を出せばいいのか判らなかったそうだ。文字も殆ど読めないので、どこで誰に訊けばいいのかも判らず、途方に暮れていたらしい。
それならローレスが一緒に依頼を出しに窓口まで行くと申し出ると、スズリは感謝の言葉を口にして、事情を説明しだした。
「この首都の南に半日行ったところにある森まで俺を連れていって欲しいんだ。そこまでの行きと帰りの護衛を依頼したい」
依頼料としてスズリが差し出してきたのは銀貨一枚。ローレスは依頼の相場は判らないが、それでもこの金額が少なすぎるということは判った。
「……どうして森に行きたいの?」
「俺の母ちゃんも隣のじいちゃんも、向かいのばあちゃんもみんな病気なんだ。薬さえあればみんな動けるようになるのに、薬を買う金もないし、そもそも店にも薬が売ってないんだ」
だからスズリは森で薬草を探すのだと言う。冬の間は首都周辺では採取が難しく、南の森の一部に辛うじて自生していると聞いたそうだ。その薬草はある薬を作るのに必要らしく、その薬草さえあれば薬を作ってくれると薬師に言われたらしい。
スズリがその薬師に聞いた話では、秋から冬にかけてその病気が首都で多発したらしく、富裕層が買い占めてしまったそうだ。掛かってしまうと見た目が悪いので余裕のあるものは薬で治してしまうのだと言う。
「俺ら外周部の住人には薬を買う金を用意するのも大変だし、見た目なんて気にしないから、治るまで放っておくんだ。だけど身体の弱い人や年寄りなんかは病気に勝てない」
間の悪いことに、スズリの母親は体を壊して寝込んだところにこの病気を患ってしまったらしい。スズリは何とか薬代を工面しようと頑張り、やっと薬代が貯まったので買いに走ったところ、先の話を聞かされたのだという。
その病の名は石化病。徐々に身体が石になる病気。
「母ちゃんはもう足が動かないんだ。春になって薬草が生えてくるのを待つ余裕がない。時間がないんだよ」
「僕がその依頼を受けるよ」
このまま一緒に依頼を出しに行っても、依頼料の安さから中々受けてくれる者は見つからないだろう。このくらいの依頼は問題なくこなせるだろうし、薬師としてその薬草も見てみたい。組合併設の図書館で調合法を調べれば、薬の製法もわかるだろうからいい経験にもなりそうだ。安い依頼料を補って余りある利がある。
「僕は薬の調合も出来るし、護衛依頼を受けるだけの階級もある。早速依頼を出しにいこう。その場で僕が受けるから、一緒に行くよ」
そう言って、急展開に着いてこられないスズリの手を取って組合本部へと向かうのだった。
無事に依頼を出し、その依頼をその場で受けてローレス達は組合本部を出た。明日の早朝、南門で待ち合わせることにしてスズリとは別れて、図書館で石化病の特効薬の調合法を調べた。
魔道国家の図書館だけはあり、石化病だけでなく他にもいくつかローレスの知らない調合法を知ることが出来た。
「勝手に依頼を受けてしまってすみません」
「私は構わないわよ」
「わたしも問題ありません。ローレス君は思うように行動すればいいんですよ」
図書館からの帰り、アイオラ達と宿への道を歩く。
「それで、あの少年を連れていくの?」
半日とは言え町を離れるのは危険を伴う。街道や町には魔物避けの魔道具が設置されているので滅多に魔物が現れることはないが、町や街道を大きく離れるとその限りではないのだ。
連れていかない方がいいというのは解っている。
「でも、森のどこに薬草があるのか知っているのはスズリだけなんだよね」
それとなく森のどこに自生しているのか訊ねたが、スズリは自分が採取しに行くと場所を教えてはくれなかった。
「まぁ、依頼主の要望を無下には出来ないしね。一応説得してみるけど、スズリは納得しそうもないなぁ」
「……まぁ、首都から半日の距離ならそれほど危険な魔物も居ないだろうし、盗賊の類いも心配ないと思うけどね」
それでもスズリを森に一人で入らせる訳にもいかないので、採取にはローレスも同行するつもりでいる。
「同行は避けられない前提で考えて、スズリが一緒でも問題ないように準備しておこう」
明日は早い時間に行動しなければならない。宿に着いたローレス達はそれぞれ明日の準備を整えて眠りに付くのだった。
明けて翌朝、南門でスズリと合流したローレスは説得を試みる。
「ねぇスズリ、僕達が薬草を取って戻ってくるから、君は町で待っててくれてもいいんだよ?」
「駄目だよ。ただでさえ安い依頼料なのに、そこまでしてもらえない」
依頼を出す際に組合職員に散々確認されたのを気にしているようだ。護衛依頼の相場で考えても、ローレス達の階級的にもあまりに安すぎる。規約上受理は厳しいと難色を示された。
護衛の依頼料に下限があることを知らなかったローレスは、再び表情を暗くするスズリを見て職員に頼み込んだ。顔見知りの依頼だし自分が受けるから問題ない、困ってる少年を組合は見捨てるのか、と半ば脅迫に近い説得の末、何とか受理してもらったのだ。
正直あれで説得出来なかったら依頼抜きででも薬草採取に行くつもりだったが、どうにか職員が折れてくれた。
後に今回の件を切っ掛けに組合依頼に慈善枠と言う依頼料が極端に安い代わりに階級経験値が高めに設定されたものが導入されることになる。階級経験値を稼ぎたい低階級の冒険者にも、困っているが依頼料の出せない貧困層の者達にもありがたい制度となる。
「そんなこと気にしなくていいに。僕もきちんと利のある話だってことは説明したでしょ?」
「でも、これは俺が自分でやらないと駄目なんだ。俺が自分の手でみんなを助けると約束したんだ」
スズリの意思は固い。やはり同行を諦めることは無理そうだ。仕方なく、ローレスは同行自体は良いとして安全のために守ってほしいことの説明を始める。
「まず、道中は僕達から離れないこと。目の届かないところに行かれると僕達が困ると言うことを覚えておいて」
「はい」
「森に着いたら僕も一緒に採取に同行する。君一人で森に入らせる訳には行かないからね」
「あの森は殆ど魔物もいないし、大きな獣も住んでいないって話だけど」
「それでも、だよ。安全に絶対なんて無いんだ。どれだけ備えても足りないことがあるんだ。用心するに越したことはない」
前世では両親は事故であっけなく亡くなった。今世でも万全の体制で挑んだはずの妹の出産で母親は死にかけたのだ。
森に異変がないとは限らない。魔物が滅多に出ないとは言え、絶対に出ない訳ではない。危険な獣が別の地から流れてきているかもしれない。
「採取の同行を許可してくれないなら、僕も依頼を続けられないよ」
「……解ったよ。時間もないし、早く戻らないと間に合わねーし」
渋々といった感じだが、何とか首を縦に振ってくれた。これで安全面での懸念事項は解消されたので、後は道中の注意点の説明をして、町から外に出る手続きをすれば準備は完了だ。
「じゃあ、スズリも馬車に乗って」
「ああ、俺は外までは歩いた方がいい」
「何で?」
「見てりゃ解ると思うよ」
そう言うとさっさと南門の出場手続きの列へと向かって歩き出した。首を傾げながらも馬車を進め、スズリと一緒に並んだ。
列は順調に進み、ローレス達の順番はすぐに来た。早朝と言うこともあってまだ手続きに訪れる人数も少なかったのが幸いした。
「身分証の提示を」
ローレス達の応対をしたのは無愛想な兵士だった。御者台に座ったローレスがアイオラとテーナの組合証と一緒に自分の分も手渡す。兵士は組合証を確認するとローレスに返して「確認した」と出場許可を出した。
「もう一人は……ああ、貧民街の餓鬼か」
馬車の横に立つスズリを見て、兵士は小馬鹿にするように鼻で笑うと手を差し出す。スズリは差し出された手に銅貨を数枚乗せる。
「……ふん、まあいいだろう。通れ」
乗せられた銅貨を懐にしまうと、スズリにもう用はないとローレス達の後ろに並ぶ者の方へと歩いていった。
「スズリ? 今のは……」
「さっさと行こう」
スズリは戸惑うローレスを置いて南門を抜ける。スズリの後を追ってローレスも馬車を進める。
「スズリ、今のは賄賂なんじゃ?」
「そうだよ。俺らは身分証なんて持ってないし」
貧民街に住む者は身分証を持たない者が多い。町の出入りには身の証を立てる必要があるので、彼らは本来出入りすることが出来ない。
だが彼らは生きるために町の外に出て働かなければならない。そこでいつの間にか南門の兵士に銅貨数枚を渡せば貧民街の住民の門の通行を許可する悪習が根付いたという訳だ。
貧民街の住人は町の出入りが出来る。兵士は仕事上がりに一杯やる小遣いが手に入る。共に利があるが故に通用する話だ。
北側は貴族街に近く警備も厳重なためこのようなお目こぼしはしてくれない。あくまで貧民街に近い南門だから成立する話なのだ。
「そっか、必要悪ってことなのかな」
釈然としないながらも、納得せざるを得ない事情を飲み下す。隣で聞いていたテーナが「どこの町でも大なり小なりある話だよ」と苦笑いを向けてきた。
「多分非公式に上層部が認めた苦肉の策なんだと思うよ。貧民街の全員に身分証を発行するわけにはいかない。でも貧民街自体を無くすことは出来ない。下手に締め付けておかしな抜け道を作られるくらいなら、あえて隙を作って抜け道を把握しようってことだと思う」
ローレスはなるほどと感心する。確かに道の抜け道を作られるくらいなら、些細な不正に目をつぶってでも情報を確保しておいた方がいい。
南門が見えなくなったところでローレスは馬車を停め、御者台から飛び降りるとスズリに声を掛ける。
「スズリ、もういいだろう? そろそろ馬車に乗りなよ」
「俺は御者台で良いんだけど」
躊躇いがちに答えるスズリに笑顔を向けて答える。
「何遠慮してるのさ。森に着いたら大変なんだから、中で休んでた方がいいよ」
「そうね。ローレス君も一緒に中にどうぞ」
アイオラが馬車から降りて御者台に登った。テーナもその横でうんうんと頷いている。
「僕は大丈夫だよ」
「駄目よ。私達は向こうで馬車の番をするから、今はローレス君も休憩して」
眉根を寄せ、アイオラは馬車の入り口を指し示した。
「……じゃあお言葉に甘えようかな。スズリ、さあ中へ」
ローレスはスズリの腕を掴むと馬車へと引っ張る。スズリの「おい、解ったから引っ張るなって!」との抗議を無視して馬車の中へと引きずり込むのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回は02/13に投稿予定です。