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第124話 旅路の出会い(Side:Lawless)

 北の魔道国家へと無事に入国したローレス達は、大きな障害もなく順調に旅を続けていた。

 関所近くの町で手に入れた二頭の馬は健脚かつ高い持久力を持ち、ローレス達の旅を大いに助けてくれた。

 また、ヴァナから譲り受けた馬車は多機能かつ旅をする上で非常に便利で、野営の負担は格段に減っていた。

 術式で広げられた馬車内は外観から比べて倍ほどの間取りをしており、二部屋に別れている。御者台側には小窓があり、小窓の真向かいには両開きの扉が付いていて、馬車の後部から出入りが出来るようになっている。右側には大きめの窓がついていて、御者台側の壁には非常用の隠し扉が備え付けてある。

 左側の壁にはもう一つの部屋へと繋がる扉が備え付けてあり、その扉の向こう側には奥行き三メル《メートル》、幅五メル《メートル》程の小部屋がある。今は荷物を置いたり寝室代わりに使っているが、鍵が掛けられるので色々な用途に使えそうだ。

 手前の部屋は十人ほどがゆっくり座れるほどの広さがあり、魔核(マナコア)を燃料とした簡単な簡易台所(キッチン)や冷暖房が設置されている。設備の性能は魔核の質に左右されるので、燃費は良いとは言いがたいが、それでも便利なことに代わりはない。

 また、魔物避けの術式が組み込まれており、弱い魔物は馬車に近付いてこない。術式を越えてくるのはある程度以上の強さを持つ魔物か、魔核を持たない普通の獣や小動物等だ。

 馬車と馬、双方のお陰もあってローレス達は予想よりも大分早くに首都の近くに辿り着いていた。


「首都に入る前に少し補給していく?」


 テーナが御者台の小窓を開けて訊いてくる。(じき)に到着する町が首都への道程(みちのり)の最後の町となる。


「何か足りないものあったかな?」


「そうね……火属性の魔核の在庫が少なくなっていたと思うけど」


 暖房に最適なのは火の属性が籠った魔核である。他の属性でも代用は可能だが、圧倒的に効率が違う。


「これからどんどん寒くなってくるし、消費量は上がっていくと思うよ。相場も上がってくる頃だから、買い貯めしておいた方がいいかもね」


 小窓の向こうからローレス達の会話を聞いていたテーナが指摘する。彼女の言うように冬は火属性の魔核の需要が上がるので、値段も高騰気味となる。特に入手経路が限られる北の地ではその値動きは顕著である。


「確か、首都の近くにある迷宮(ダンジョン)で産出されるって話だったと思うから、首都から近いこの町でもそれなりの量を仕入れられると思うけど」


 いつの間にか物資の買い出しは主にテーナの仕事になっていた。と言うのも経験と目利きの良さで良いものを見つけ出し、手際の良さと愛嬌で驚くほど安く手に入れてくる為だ。経験の浅いローレスや価値基準が怪しいアイオラではこうはいかない。

 一度三人で買い出しに行った時に、最終的にテーナにこんこんと諭される破目になった。良いものを選ぶ眼は良いのだが、価格的な常識が解っていないので吹っ掛けられてもそれに気付かない。相場の三倍で買わされそうになった所をすんでのところで食い止めて以来、二人は相場を覚えるまで買い物禁止と申し付けられてしまった。


「迷宮かぁ。ちょっと興味はあるんだけど、そのまま盛大な寄り道になりそうだもんね」


 まず雪豹(シアン)と再会の約束を果たさなければならない。その後はライシールドの事を探しながら東を目指す。そして地霊の口腔(ワームレアー)に辿り着けば嫌でも迷宮漬けの日々となるのだから、今慌てて潜る必要はないだろう。


「首都まで後三日位だし、町に寄らなくても十分な量はあると思うよ」


 テーナは前に仕入れた火属性の魔核の在庫量を計算して補足する。彼女は補給の必要はないと考えているようだ。


「テーナさんがそう言うなら、このまま首都まで進んでしまいましょうか。あまりのんびりして雪が本格的になる時期になったら大変そうですし」


 今はまだ雪が薄く積もる程度でそれほど支障は出ていないが、冬が本格化すると街道が埋まるらしい。西の国境付近の山はもうすっかり冬景色となっているらしく、のんびりしていると冬の間に北の山脈に近づくことさえできなくなるかもしれない。


「了解。じゃあ素通りしちゃうね」


 消耗品で補給が必要なものは魔核位な物で、食料や水はローレスがどうにでも出来る。テーナにはまだ仏具【蓮華座】の事は話していないが、容量拡張の背負い鞄(バックパック)があるのでそこに大量に仕舞っていると言う風に伝えてある。

 テーナと御者を交代し、町を素通りして首都へと進路を取って進むこと暫し、お昼を少し回った頃に街道の脇に馬車を止められそうな空き地を見つけた。


「あそこでお昼にしましょうか」


 アイオラ達の同意を得て馬車を空き地の方へと進める。空き地には二組の集団が馬車を停めて食事の準備を始めていた。

 一組は商人とその護衛の一団のようで、荷物で一杯の荷馬車が傍らに停められている。焚き火の側で荷主と思われる若い男が休憩している。その傍にはローレスと同じくらいの年の頃の少年が焚き火に当たって暖を取っていた。

 彼らを守るように、冒険者と思われる男女三人が焚き火と馬車の側で立っている。焚き火の近くに居る女性冒険者が食事の準備を担当しているようだ。

 もう一組は冒険者のパーティ(一行)と思われる。馬車の側で馬の世話をしている者が一人、焚き火の側で食事の準備をしているものが二人。二人が焚き火で暖を取りながら周囲をそれとなく警戒している。

 二組の集団の邪魔にならないように距離を少し空けて馬車を停める。テーナに馬の世話を任せ、ローレスは雪を除いて地面の上に薪を組み、発火(ファイリング)で火を着ける。乾いた薪は術式の火種を受けて燃え始め、その炎の熱で周囲の雪を溶かし、濡れた地面とその水気を吸った薪を乾かし、徐々に大きな炎へと変わっていく。

 焚き火が十分に燃え出したのを確認すると、今度は煉土(ニードクレイ)で煉瓦を作り、簡単な(かまど)を作製する。鍋を設置し、焚き火から火を移すと送風(ベローズ)で空気を送り、火力を上げる。鍋に水を張ると煮沸(ボイリング)で沸騰させて保存食を煮溶かし、肉や野菜を投入して火を通す。最後に調味料で味を整えれば肉と野菜のスープ(煮汁)の完成となる。固くて味の無い保存食もこうして調整すれば栄養価の高い食べやすい食事に変わるのだ。

 干し肉や干物の魚を串に刺して火で炙り、木皿にパン(麺麭)を載せて準備完了である。


「相変わらず手際が良いよね」


 馬の世話を終え、先客の二組の集団に挨拶をしてきたテーナが焚き火に寄ってきた。彼女の人当たりの良さが功を奏し、それぞれの集団の見張り達の警戒が軟化している。


「まぁ、代わりに凝ったものは作れませんけどね。スープとパンと干し肉や干物位で……」


 言いながら別の皿に乾燥果物(ドライフルーツ)を載せる。


「アイオラさん。準備出来ましたよ」


 馬車の点検をしていたアイオラに声を掛ける。


「はーい。こっちも終わったわ。特に異常なしよ」


「有難うございます」


 全員が腰を下ろし、食事を始めたところで足音が近づいてきた。こちらを警戒させないようにわざと音を立てているようだ。


「食事中失礼。俺はあちらの男性の護衛をしている者なんだが」


 わざわざ大回りをしてローレス達の視界に入ってから、年の頃二十歳位の男性が声を掛けてきた。彼だ示したのは先ほどの二組の内商人と思われる若い男。


「君達が通ってきた街道の様子を教えてほしいんだが、良いだろうか?」


 雪の状態や町までの街道に何か不備がなかったか等、ローレス達がこれまでに通ってきた道の情報を教えてほしいと言うことらしい。話を聞くに彼等は国境付近の町まで荷を運ぶらしい。

 彼等は情報の対価に商人の扱う商品で要り物があったら格安で提供すると申し出てきた。ローレスは特に対価など要らないと一度は断ったのだが、対価の無い商品のやり取りは信条に反すると言われては無下にも出来ない。


「でも、運が良かったよね」


「申し訳ないくらい安く売ってもらえましたね」


 情報の代わりに購入させてもらったのは火属性の魔核。商人は魔核を取り扱っており、その荷物の大半は各種魔核だった。特にこの時期は火属性の魔核はあればあるだけ売れるので特に大量に保有していた。質の良いものから悪いものまで幾つかの等級の魔核の中から、質の良いものをいくつかと平均的な質の物を多目に購入させてもらった。

 思わぬ幸運に喜ぶローレス達に今度は冒険者の集団から声が掛かった。お互いに名乗り、社交辞令のような挨拶の後、パーティのリーダー()が話を切り出す。


「先程から見させてもらっていたんだが、君はその歳で随分と術式の制御が上手いんだね」


「生家が猟師なもので。小さな頃から父に自然魔術(ナチュラルミーンス)を教わりました」


「と言うことは君は弓使いかい?」


「はい」


「そうか! 依頼で先程まで森に入っていたんだが、その時に大量の魔物に襲われたんだ。一体一体は弱かったんだが、とにかく数が多くてね。うちの弓使いが矢を殆ど使い尽くしてしまってね」


 要するに、ローレスの手持ちに余裕があるのなら、幾つか分けてほしいと言うことだった。次の町まで半日程の距離ではあるのだが、どうやら依頼の関係でもう一度森に入らなければいけないらしい。ここで補給が出来れば、往復一日を掛けて町まで移動しなくてすむと言うわけだ。因みに彼らの言う森はここから街道を外れて三十分ほど進んだところにあると言うことだ。


「二百本くらいあれば足りますか?」


「二百本!? ユーノス、お前の矢筒には何本くらい入るんだ?」


 リーダーに呼ばれた年の頃十五程の少年が自分の矢筒を取り出して計算する。


「残りを考えると矢筒三つでも百は入りません。残数が二十三だから、九十七本で一杯です」


「だそうだ。切り良く百本売ってくれないか?」


「良いですよ。属性無しと火属性、硬化処置済みのと有りますけど、どれにしますか?」


 何の気なしに尋ねるローレスだが、尋ねられた相手はそうはいかない。まだ冒険者階級(ランク)の低い彼には属性矢は財布に厳しすぎる。


「属性矢なんて高くてとても買えないよ! それに森の中で火属性の矢なんか使ったらあっという間に大火災起こしちゃいますよ!  普通の矢でお願いします!」


「僕の自作だから値段は普通の矢の値段に銅貨一枚足してくれたら良いよ? それにちょっと製法が違うから火は出ないんだけど」


「……え?」


 属性矢にも勿論ピンからキリまであるが、質の悪い物でも一本で結構な値段がする。銅貨一枚の差で買えるような代物ではないはずだ。

 そんな相手の困惑を、火の出ない火属性の矢と言う説明のせいだと勘違いしたローレスは自作の火属性矢の説明を始める。


「普通の火属性矢は命中するまでの間に空中で火属性文字と空気が作用して発火する仕組みなんだけど、僕の製法だと火属性文字が空気との摩擦で発火しないように工夫してあるんだ。

 勿論獲物に命中したら熱を発するから、通常の火属性矢と同様の熱の損傷(ダメージ)効果はきちんと発動するよ」


「……待ってくれ。幾つか訪ねたいことが増えたが、まずひとつ」


 目を白黒させるユーノスを下がらせると、リーダーが訊ねる。


「君は付与術者(グランター)だったのか?」


「ええ。初級を卒業した程度の新米ですが」


「先程使っていた自然魔術(ナチュラルミーンス)の手際の良さに加えて、付与術(グラント)まで実用域の腕前か。その歳で末恐ろしい才能だな。それにしても、ずいぶんと安く提供してくれるようだが、良いのか?」


「ええ、商品として作ったものではありませんので」


 ローレスが呑気に答えるのを見て、リーダーは困ったような顔をする。彼が懸念している問題がローレスに伝わっていないのが解ったからだ。


「……まぁ、君がそれで良いなら良いが、少し相場と価格設定の差を考えた方がいいと思うぞ」


 そこまで言われてようやくユーノスが面食らった原因を正しく理解し、自分がやらかした事に気付いた。以前から色々な人に指摘されてきたことだが、確かに不当に安くばら蒔いて相場を混乱させるのはあまり良いこととは言えない。ローレスは善意でしたことでも、それを生業とする者達にとってはただの嫌がらせでしかない。


「すみません。属性矢は自分で作るので、適正な相場の値段が判らなかったもので」


 事実、ローレスは属性矢を買おうと思ったことがないので、売値に目を向けたことがなかった。作製した矢にしても自らが消費する以外考えていなかった。そもそも誰かに売るつもりなどなかったし、鏃に刻印文字(シールワード)を一文字刻むだけの簡単な作業であり、加工自体は矢軸に鏃を取り付けるだけなので誰でも出来る。

 本来発生するであろう加工の手間賃を軽視していたことも問題だが、まず付与術(グラント)を身に付ける事自体が時間もお金も掛かることだと言うことを失念していたのが最大の原因であろう。


「まぁ、我々は損をするわけではないから構わないんだがな」


「以後気を付けます」


 焚き火の向こう側に腰かけて炙った干し肉をかじりながら「全くです。気を付けてくださいよ、いい加減」とテーナがぼやく。

 その様子にリーダーは苦笑いを浮かべ、ユーノスを呼び寄せるとローレスに矢の注文を告げる。


「未熟なうちに身に余る武具を手にするのはあまり良くない。ユーノス、普通の矢を九十で十分だな?」


「はい」


 ユーノス自身も己の腕で属性矢はまだ早いと理解していたので、異論なく頷いた。その様子にリーダーは満足そうに頷くと、注文を追加する。


「後、火属性矢を十本売ってくれ。これは御守り代わりに持っておくと良い」


 もしもの事態になったとき、依るべき力があれば命を拾うこともあるだろう。身に余る武具に頼るのは愚かだが、切り札となりうる物を目の前にしてみすみす手にいれないと言うのもまた愚かだ。

 要はどう思い、どう扱うかと言うことであろう。


「使うべき時を考えて使え。この矢を使わずとも乗り切れるようになることを目指せば、(おの)ずと腕も上がるだろう」


「はい!」


 この後、順調に成長するユーノスと冒険者一行は、ある日ある場所で予想外の大物と遭遇し、あわや全滅の事態に陥る。その危機を救ったのがこの十本の属性矢であったのだが、それはまた別の話。


「矢の補充が出来て助かったよ。しかし噂に聞く聖宿木(ミストルティン)の矢筒をこの目で見られるとはね。ローレス君、君は何者なんだい?」


 傍らの矢筒から九十の普通の店売りの矢と十の火属性矢を取り出したときに聖宿木(ミストルティン)の矢筒についても説明せざるを得なかった。森人(エルフ)の手からなる弓使い垂涎の逸品に、ユーノスのみならずリーダーまで釘付けになったのも仕方がないと言うものだ。


「ただの猟師の息子ですよ」


 別にはぐらかしたつもりはない。事実を述べただけなのだが、相手は額面通りにはとらなかったようだ。

 それなりに稼いでいる冒険者でも伝がなければ中々手に入らない物を、こう言ってはなんだが高が年の頃十程の少年が持っているなど異常である。疑って当然と言えば当然の事だ。


「まぁ、秘密くらい誰でもあるってことかな。深くは詮索しないよ。矢を売ってくれてありがとう。またどこかで」


「はい、またどこかで」


 リーダーの後について戻りながら手を振るユーノスに手を振り返して見送った。

 商人の馬車はローレス達が来た道を進み、冒険者達は首都へと続く道を進んでいった。彼等は途中で街道を外れ、依頼の完遂のために森へと入るのだろう。


「馬車の準備、出来たよ」


「荷物も片付いたわ」


 テーナとアイオラがそれぞれに分担の作業を終えた。廃棄物処理ウィーストトリートメントで掘った穴に焚き火の(ごみ)煉土ニードクレイで作った煉瓦を放り込み、埋め戻し(フィル)で穴を埋めて平らに戻す。


「こっちも終わりました。出発しましょうか」


 ローレス達の馬車も空き地を出て、街道を首都へと向けて出発した。首都まで残り三日の旅。雪豹(シアン)との経路(バイパス)はよりはっきりと感じられるようになってきていた。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回は02/06に投稿予定です。

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