第122話 見かけ倒し(Side:Rayshield)
右手の剣がライシールドの斜め前から突き入れられる。それをライシールドは左手の蟻人兵の剣を盾に受ける。激しくぶつかり合った金属同士が火花を散らせて弾ける。
互いに弾かれた剣の勢いをそのままに今度はライシールドの牙の剣がチャックを襲う。幅広の剣を牙の剣の軌道に割り込ませて受け止め、手首を捻ると強引にその剣筋を変える。
チャックが弾かれた右手の剣を小さい動きで引き戻し、鋭く突きを放つ。ライシールドは蟻人兵の剣を延びてくる剣の腹に当てて突きの方向をずらし、同時に牙の剣を戻しながら袈裟斬りにしようと一歩横に出ると振り抜いた。
斜め上から来る牙の剣に幅広の剣で応戦しつつ滑るように牙の剣の筋道を身体の軸からずらし、半身になって避ける。お互いに向きを変えて再び相対し、動きを止めてお互いを見た。
ここまで僅か数秒。周りの兵士達でこの動きを目で追えたものは居ない。ライシールドの仲間にしてもヴィアーとアティが辛うじて何をしているのかが判った位で、奥の手を使いでもしなければ手を出せるような相手ではなさそうだ。
チャックは焦っていた。思った以上の能力の差を感じ取り、同じ土俵ではいずれ追い付けなくなると気付いたからだ。
「どうした? これで終わりか?」
ライシールドの挑発に内心舌打ちをしながらも、悟られないようにその挑発を鼻で笑う。
「はっ! ちょっと速い位で勝ったつもりか?」
現状速度は互角。今朝見せられたライシールドの素早さを鑑みた上で、自らの最速でもって挑めば早さで負けることはないと考えていたが、それが甘かったと今の一連の攻防で気づいてしまった。
ライシールドにはまだ速度に上がある。それだけの余裕を感じさせた。チャックはいずれ追い付けなくなると踏んで、速度で対抗することを辞めた。
「観客に見えない戦いでは面白くもないだろう。どうだ? 俺と力比べする勇気はあるか?」
「……速さで勝てないから力で、といったところか? つまり、力なら勝てると思っている訳か」
「速度でも負けてないけどな。何時までも決着が付かないと言うのも面白くない」
心中の焦りを悟られぬようあえて挑発し返した。
「……あー、もうなんでもいい。お前の土俵でやってやるから、好きにしろよ。速度か? それとも腕力か?」
呆れた顔のライシールドが投げ遣りに答えた。好機と見たチャックは左手の剣を鞘に納めると、右手に力を集中する。
先程までの剣圧を考えても、崖を斬り砕いたこの一撃に耐えられるはずがない。
「一撃で終わってくれるなよ?」
青眼の構えを取り、ライシールドを待つ。ライシールドも左手の蟻人兵の剣を鞘に納め「────」と言語ともただの呻き声とも取れる声のようなものを呟くと無造作に一歩を踏み出す。
無警戒に二歩目を踏む。そこは既にチャックの攻撃の届く距離となる。あまりの無防備さに一瞬警戒するも、ライシールドは駆け引きも何もなく、右斜めに出たチャックの剣を払うように牙の剣を斬り上げる。
右腕に溜め込んだ力を解放するようにライシールドの剣に自らの剣を叩き付ける。力負けして手首を痛めるのを嫌ったか、斜めにチャックの剣を受け流そうとする牙の剣の刃を滑るようにして強引にライシールドに接近すると、手首の力だけで強引に剣筋を変える。勢いをそのままに胴を輪切りにするように斬りかかった。
崖をも崩すその一撃を生身で防御出来る者など居るはずがない。最早どう交わそうとも深刻な傷を与えることは確実だ。
ダンの口は封じた。この少年を始末すれば馬車内の会話を知る者は幼い少女だけ。幾らでも誤魔化せるだろう。
(ははは! 死ね!)
勝利を確信したチャックが醜く口許を歪め、硬質な物が砕ける音が響いた。
速度による切り結びが終わり、睨み合うようにして相対したところまで時は遡る。
動きを止めて一瞬だけ悔しそうな表情を見せたチャックが取り繕うように表情を消すのをライシールドは見逃さなかった。
(……誤魔化せていると思っているんだろうな)
──あの取り繕った余裕の表情がいっそ痛々しいね
レインの相槌に同意するように小さくため息を吐くと、ライシールドは睨み合っていても仕方がないとチャックに声を掛ける。
「どうした? これで終わりか?」
全力ではないとは言え、常人には捉えられない程度には速度を上げた剣速に合わせてくるチャックだが、そろそろ限界なのか剣筋には乱れが見えていた。蛇腹の腕の速度を越える程ではないが、それでもゲイルやダンと比べると身体能力が高すぎる気がする。
──戦士として階位を上げて得たような速度じゃないみたいだね。若干振り回されているみたい。魔道具を使っているようにも見えないから、投薬か肉体改造で無理矢理速度をあげているんじゃないかな。
同期したレインが脳裏で分析してくれる。ライシールドの速度も神器【千手掌】の恩恵ではあるが、彼の場合は魂に直接繋がれた言わば第二の腕であり肉体の一部となっている。使うほどに馴染み、馴染むほどに能力が上がる。魔道具や薬のように外部的な刺激による肉体強化でもなく、肉体改造によって本来の技量を大きく越えたことによる制御の困難さがあるわけでもない。
「はっ! ちょっと速い位で勝ったつもりか?」
当のチャックにも己の不利が解っているらしい。強がって見せているが、続けて出てきた話の中身にライシールドは思わず苦笑する。こいつは戦士ではない。不利を覆そうという気概が感じられず、ただ手にした力を誇示したいだけの小物にしか見えない。
「観客に見えない戦いでは面白くもないだろう。どうだ? 俺と力比べする勇気はあるか?」
「……速さで勝てないから力で、といったところか? つまり、力なら勝てると思っている訳か」
チャックの能力の上昇は極端に一つの能力を限定して上昇させるもののようだ。でなければわざわざ足を止めての斬り合いなど選ばず、先程までの高速戦闘と合わせて使えばライシールドとて苦戦は免れなかったであろう。
腕の持つ特性が色濃く出る反面、ライシールドは自らの肉体でもってその他の部分を補う必要がある。速度特化の蛇腹の腕では腕力はライシールド自身のもの以上にはなり得ない。階位の上昇によって同年代の者よりは圧倒的に上とは言え、まだ成長途中のライシールドの腕力自体は目を見張るほどとはとても言えない。
「速度でも負けてないけどな。何時までも決着が付かないと言うのも面白くない」
「……あー、もうなんでもいい。お前の土俵でやってやるから、好きにしろよ。速度か? それとも腕力か?」
あからさまな挑発。どうやら余程自信があるらしく、左手の剣を納め、若干身体を斜めに構えると右手の剣の剣先を若干右側に開いた体勢で構えた。
ライシールドは投げ遣りに答えた。正直チャックとの戦い自体に意味を見出だせない。ダンを害したことに対する理由を聞きたいところではある。無防備なダンを背中から指したことに対する憤りもある。勿論逃がすつもりはないが、いい加減この茶番を終わらせてしまいたい。
──右手に高い力の集中を感じるね。たぶん武技に匹敵する一撃が来ると思うよ。上昇度的には通常の四、五倍位かな。
レインの言葉を聞きながら考える。五倍程度ならどうとでも出来る。
「一撃で終わってくれるなよ?」
左手の蟻人兵の剣を鞘に納めると蛇腹の腕をマントの内に隠し右手の牙の剣を前に出して一歩を踏み出す。
「硬毛の鋭腕」
後ろ手に鱗熊の腕を装填する。もう一歩を踏み出す。チャックの攻撃範囲の中に踏み入れても彼は警戒して攻撃してこない。ならばこちらからと牙の剣でチャックの剣を斬り上げる。
ライシールドの動きにようやく反応したチャックの剣が牙の剣を叩く。自信があるだけはあり、その剛力は凄まじい。
(だが、ただそれだけだ)
強引に押し込んでくるチャックの剣を手首を捻らせて受け流す。さらに無理矢理近付いてくるチャックのしたいように近付かせ、横凪ぎに止めを刺しに来る剣を鱗熊の腕で受け止める。
甲高い金属音と共にチャックの剣が折れ飛ぶ。受け止めたライシールドもその衝撃と剣圧に数歩押し戻され、若干の距離が開く。
「馬鹿な!」
己の剛力がそのまま跳ね返ったかのように右手首があり得ない方向に曲がっていた。チャックは痛みに顔を歪めながら叫んだ。
「何だお前は! その腕はなんなんだ!?」
鱗で覆われた熊の腕を指差し距離を開けようと後退る。ライシールドは逃げようとするチャックの足下を無造作に鱗熊の腕で凪ぐ。抵抗もなくチャックの右足が鮮血を撒き散らしながら飛び、自重を支えきれなくなって右半身を強打しつつ横倒しになった。
「あ、足が、俺の足がぁ!」
痛みにジタバタと悶えながら斬り飛ばされた足の付け根を押さえて絶叫する。暴れるほどに辺りに撒き散らされた血が地面を赤黒く染める。
「燃鱗の腕」
鱗熊の腕を霧散させると火蜥蜴の腕を装填。痛みで悶え暴れるチャックの傷口を掴み、腕に纏われた炎の火力を上げて強引に止血する。その熱で炭化した傷口の痛みにチャックは絶叫するが、ライシールドは何も感じないかのように冷たい目で一瞥し、静かに一言だけ告げる。
「黙れ。もう一本も焼くか?」
抑揚の無いライシールドに声に息を呑み、チャックは涙目で首を振って歯を喰い縛り声を殺す。それでも圧倒的な力と痛みに恐怖は抑えられないようで、がたがたと震えだした。尋常ではない怯え方に肩を竦める。
「安心しろ。殺しはしない。俺にはお前を殺したい理由はない」
その言い回しにチャックは身を縮こまらせて痛みと恐怖に身を震わせる。ライシールドに殺されなくても、自分に恨みを持つものはいくらでも居るのだから、全く安心できない。
どう言ったところで収まらないと諦めたライシールドは話を変える。訊くことを聞いたらやらねばならないことがあるのだ。こんな小物に何時までも関わっていられない。
「お前、チャックじゃ無いだろう。会ったことはないが、ゲイルが内に取り込んだ者がこうも容易く力に溺れるとは考えられない。まぁそれは後でゲイル達がハッキリさせてくれるだろう」
言いながら牙の剣をしまう。片手片足が使い物にならなくなった以上、無力化したも同然だ。牙の剣は肉を斬れなかったことが不満だったのか鞘に収まる瞬間僅かに震えたが、ライシールドは構わず柄から手を離した。そしてチャックの無事な方の足に火蜥蜴の腕を翳す。
「遺跡に居る異族は何体だ? どんなやつだ」
「話す、話すからその手を近づけないでくれ! 無貌って名乗るやつが一体だけだ!」
一体だけ。異族は自らの力を誇示するように能力に合わせた二つ名を名乗るようだ。百目のピューピルしか知らないが、恐らく無貌も同じだろう。
「で、能力は?」
火蜥蜴の腕の熱量を上げる。チャックは脂汗をだらだら流しながら必死で訴える。
「知らねぇよ! 本当だって!」
「多分顔や身体を変えられる能力だ。こいつもその力を授かっている」
馬車の方から声が上がった。そちらに視線を向けるとしっかりした足取りのダンがこちらへと近づいてきていた。
「間に合ったのか」
「恥ずかしくも生き残っちまった。どうしてくれるんだ。ゲイルの事を頼むのに全財産叩いちまってるのに、こんなでっかい恩を押し付けやがって」
乱暴な口調とは裏腹に、全て吐き出したお陰かスッキリとした顔でダンが頭を下げる。
「何が出来るかは解らねぇが、何としてもこの恩は「裁きを受けて罪を償え。その為に生かしたんだ」返……」
ダンの言葉を遮るようにしてライシールドは答えた。ダンはその返答に一瞬言葉を詰まらせ、一呼吸すると自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな。まずは裁きを受けないとな。折角救ってもらった命、無駄にしちまうかもしれないけれど勘弁してくれ」
領主であり貴族であるビアンカ子爵の暗殺に加担したのだ。極刑の可能性は非常に高い。
「異族やら魔物やらは任せておけ。お前の頼みは関係無しに潰してやる」
最近目立った強敵に出会えていない。神器を強くする為にはより強い敵を倒し、その力を取り込まなければならない。異族が取り込む力の対象になるかは判らないが、遺跡を護る強力な魔物は恐らく力を取り込めるだろう。
「あれらは俺の獲物に決めた。ついでにお前の願いも叶うだろうから安心して裁きを受け、罪を償って待ってろ」
そう言うとライシールドは楽しそうに笑った。討伐部隊をして敗走せしめた魔物を獲物という彼を見て、ダンは無謀とはとても思えなかった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回は24日に投稿予定です。
01/22
解り辛い表現の部分に修正を加えました。解り易くなっていれば良いのですが……。
02/20
視点変更とそれに伴う時間の遡った場所をより判り易く加筆しました。
04/28
重複した表現を一部修正。