第119話 思いがけない近道(Side:Lawless)
素で一日投稿日を勘違いしておりました。申し訳ありませんでした。
……なにやってんだ自分。
ローレスは頭を抱えていた。
「やってしまった……」
最初はそこそこの善戦程度を考えていた。事前にアイオラとテーナと力を出しすぎて目立たないように気を付けようと打合せしていたのに、自分自身が全力全開になってしまった。
「アイオラさんやテーナさんの頑張ってる姿を見て、つい熱くなってしまった」
奥の手処か、未完成の独自魔術まで見せてしまった。自分が熱くなるとここまで見境がなくなるなんて思いもしなかった。
「わたしはアイオラさんの溶岩騎士の影で細剣突いてただけでした。二人とも楽しそうでちょっと羨ましかったですよ」
「あら、私だってほとんど立っていただけですし。溶岩騎士と溶岩大蛇が頑張ってくれました。それにローレス君のかっこいいところが見られて嬉しかったです」
にこにこと上機嫌なアイオラの笑顔に思わず見惚れるローレスだったが、彼女の言葉に先程の模擬戦で感じた疑問を思い出した。
「そうだ。アイオラさん。あの溶岩の蛇をいつの間に召喚出来るようになったんですか?」
「今朝よ。スルトだけだとローレス君の役に立つには力不足かと思って。早起きして頑張っちゃった」
「アイオラさんはいつだって僕の心の支えです。無理しないでくださいね。……でも、僕のために頑張ってくれて嬉しいです」
手を後ろで組んで笑顔を向けるアイオラに向けて、ローレスが真面目な顔で答えた。その返答にアイオラはゆっくりと首を振ると答える。
「無理なんてしてないわ。私は好きでやってるの。でも心配してくれてありがとう」
「あのー、そう言うのは二人きりの時にやってもらえませんか? 独り身には目の毒ですよ」
いつの間にか二人の世界を作り始めたローレス達にジト目を向けるテーナ。
現在彼らは簡単な筆記試験と組合職員との面接を終え、組合札の更新待ちをしている。
試験と面接と言っても、準中級の様に中間階級の試験で見るのは実力に比重が置かれているので基本的に落ちることはない。特に筆記については免除扱いのため名前を書いただけだ。落ちようがない。
準中級から中級、準上級から上級の様に主階級の試験では技量や知識などを見る総合試験が行われることが多く、階級を上げる際にひとつの壁となる。
準初級から初級に上がるときに関しては少し事情が異なる。能力云々よりも人格や基礎的な経験、知識が求められる訳だが、それまでに受けた依頼の種類や積み重ねた評価で冒険者として最低限問題がないと判断できれば試験は免除となる。
ローレス達は伝え聞く武勇と成果、対応の仕方や後始末に至るまでを鑑みるに、適正がないと考える理由を考える方が難しい。初級試験免除はそういう事情であったと試験後に聞かされた。
そんな訳で彼らは組合側の配慮で宛がわれた個室で、ローレスの煎れたお茶を飲みながら雑談に興じていたと言う訳だ。
「って言うか、わたし邪魔ですかね。邪魔ですよね? ちょっと外出ときましょうか?」
冗談めかしてはいるが若干目が暗い。本気で出ていこうとしているのかはともかく、出口の方に一歩を踏み出したところで外から扉が叩かれる。
「どうぞ」
大人しく着座するテーナを見て、ローレスが入室を促した。カチャリと小さな音をさせて扉が開き「失礼します」と断りを入れて男性の組合職員が三枚の札を手に入室してくる。
「お待たせしました。ローレス君は新規作成と更新を同時に、アイオラさんとテーナさんは更新のみと言うことで間違いありませんね?」
「はい」
「では皆さん、受け取った札に精神力を通していただけますか?」
名前の表記だけされた味気ない札を受け取ると、三人は言われた通りに精神力を少量注ぎ込む。仄かに光を発すると札の表面に職業などの最初に申告した項目が浮かび上がる。
「記載内容に間違いがなければ更新は終了です」
不備は見当たらない。アイオラ達も問題なさそうだ。ローレスが代表して「大丈夫です」と職員に告げる。
「そうですか。では、更新は以上で終了です。階級七おめでとうございます」
祝いの言葉を述べる組合職員に、ローレスは礼を返すのだった。
「無事更新終了だな。お疲れ様」
組合札を受け取った後、彼らは再び組合支部長室に呼ばれていた。
「ありがとうございます。本意ではありませんが、受け取った立場と名に恥じぬよう、精進しようと思います」
「はは、真面目だな、君は。そう肩肘を張る必要はない。聖人君子であれとは言わんさ。人として当たり前の事をしてくれればそれでいい」
人として当たり前のこと、それは罪を犯さないことであったり、他者に危害を加えないことであったりとそれほど難しいことではないように思える。
しかし冒険者という職業につく者の中には当たり前の生活に馴染めなかったものが一定数居る。腕っぷしの強さに価値を見いだす者が多く、また一般的な価値観からずれた者も多い。そういう者はちょっとした切っ掛けで道を外れる。
道を外れた冒険者が出ると、その階級が高ければ高いほど組合の信用に係わってくる。組合は自浄作用として犯罪者に落ちた冒険者に懸賞金を掛け、依頼として上位の冒険者に追わせる。捕らえて法の下に償わせるためだ。
更に社会や組合に重大な害をもたらしたと判断された対象には多額の賞金が懸けられ、討伐対象として大陸中の冒険者に命を狙われることになる。
高い階級は良くも悪くも影響力が大きい。得られる利益の大きさに比例して、節度と見合った責任も求められる。貴族とは違った形で、力を持つものはそれに見合った義務を負うと言うことでもある。
昇格試験が力や技術だけでなく、筆記や面接を行うのはそうした意味もあるのだ。
「そうそう。君達も何れは迷宮に入ることもあるだろうから忠告しておくよ。迷宮内は治外法権とよく例えられる。くれぐれも気を付けたまえよ。魔物や罠に気を取られていて、同業者に背中から撃たれない様に」
迷宮と言う閉鎖空間には法の目が届きにくい。普段猫を被っている者がその皮を脱いで本性を現すこともある。日の当たる場所を歩けない者達が徒党を組んで襲い掛かってくることもある。
「まぁ、君達なら心配ないかな」
「ご忠告感謝します」
ローレスは頭を下げ、ヴァナに感謝を述べる。彼女は肩を竦めると話は終わりだとばかりに話題を変える。
「ところで、君たちはこれからどうするつもりかね。残念だがこの町に残るつもりはないのだろう?」
質問というよりは、確信したような声音でヴァナが訊いた。当然北の魔道国家を目指すローレス達にしてみれば首肯するしかない問いだ。
「ええ。北に用事がありまして」
「本当なら今頃馬車に揺られていたところだったんだけどね」
ローレスが答え、テーナがぼそりと愚痴をこぼした。ヴァナが昇格試験等と言い出さなければ当の昔に旅の空の下だったのだ。もう昼も大分過ぎてしまっている。北に向かう乗合馬車がまだあるだろうか。
「それはすまないことをしたかな。では、お詫びといっては何だが、組合の方でどうにかしよう」
そう言ってヴァナが提示してきたのは二つの選択肢。一つは組合の宿舎で一夜を明かし、明日一番の乗合馬車で北へ向かうというもの。宿は引き払ってしまったので、今日中に出発できないのであれば厄介にならざるを得ないであろう。
そしてもう一つの選択肢は。
「組合、と言うより私の所有の馬車を提供しよう。この町の支部長になってからは殆ど使っていないのでな。処分を検討していたところだ」
ずっと組合の厩舎に置きっ放しになっていたらしい。整備自体はしていたので使う分には問題ないと言うことだ。冒険者時代に仲間と使っていたものらしく、解散時に諸事情でヴァナが譲り受けたのだそうだ。
「私が現役の頃に馬車を牽いていた馬はもう居ないから、君達の方で調達してもらえないかな。関所の辺りの馬は足腰の強い良い馬が揃っているから、あの辺りで見繕うといいだろう」
彼女達が冒険者時代に使いやすいように特注したものだそうで、色々便利な設備を備えているらしい。全体的に型は古いがそれでも同じものを揃えるのは相当の対価を必要とするだろう。これからも旅を続けるローレス達にして見れば非常にありがたい話だ。
だが今はそれを牽く馬がないという事が問題だ。旅人であるローレス達はこの町で馬を手にいれる伝手がない。わざわざ関所の町まで馬を買いに行ってここまで帰ってこいとでも言うつもりだろうか。
「関所までどうやって行くかって話しだったはずなのに、関所の辺りで調達しろって言われてもね」
馬車だけ貰っても問題は解決しない。組合で伝を紹介してくれるという感じでもなさそうなヴァナの物言いに、テーナが呆れたように言った。このままでは選択肢にすらならない話だ。
だがヴァナはニヤリと笑うと立ち上がった。
「心配は無用だ。私の馬で関所の町までは送り届けよう。それなら問題あるまい?」
そう言って含んだような笑みを浮かべるのだった。
翌日、彼らは国境沿いの町を望む丘の上に立っていた。
「迷宮の魔道具っていうのはこれほどまでに非常識なものなのか……」
ローレスが冬の冷たい風に頬を撫でられながら、遥か空の彼方に消えていく黒い点を寝不足で疲れた眼差しで見つめていた。
あの後厩舎まで案内されたローレス達が見たものは、予想を遥かに越える異様な光景だった。
まず馬車に関しては外観は普通、襲撃を想定してか鉄で要所を補強されていて厳つい印象は受けるが馬車という範疇から逸脱した所は見受けられなかった。
問題はヴァナの言う“馬”の方だ。彼女が懐から取り出したのは掌に乗るような小さな木彫りの馬の像。それに精神力を注いで放り投げると精神力を起爆剤に魔石から魔素を取り出し、空中で白く輝いて真っ白な天馬へと変化した。
驚くローレス達の顔を見て、してやったりと満足げな顔でヴァナが得意気に解説した。これは迷宮で手に入れた魔道具で、天馬型の移動用魔法人形だそうだ。馬車もこの天馬に牽かせるための機構が組み込まれているのでヴァナに譲られたと言うことらしい。勿論普通の馬を繋ぐことも出来るそうだ。
「最後の最後にやっと冒険者の先輩らしい理由で君を驚かせることが出来てスッキリしたよ。ずっと驚かされっぱなしだったからね」
「……模擬戦中は死ぬほど驚きっぱなしでしたが」
「ずっと姿を隠していた君の驚きなど、数に入らんよ」
それに君が脅威に感じたのはトールの方だろうしね、そう言って終始得意気な顔の彼女に見送られて町を出た。
街道をしばらく注目を浴びながら進んだ後、突如天馬に釣られるようにして空中に浮き上がり、夜通し空中で揺られながら関所近くの街道脇に切り開かれた休憩所に馬車は下ろされたのは早朝の事だった。曲がりくねった街道や高低差を無視した末、本来なら十日は掛かる行程がたったの一晩で終わってしまった。
正直空を飛ぶなどと聞かされていなかった彼らは落ち着かない一夜を馬車内で過ごす羽目になった。寝不足はそのためだ。
天馬は彼らを下ろすと暫く草を食むような仕草をして下草から魔素を吸収し、帰りの分が貯まると羽を広げて帰っていった。
「ローレス君、あんまり冷たい風に当たっていると風邪を引いちゃうわよ」
馬車の影から声を掛けてきたアイオラに手を上げて答えると、なだらかな丘の下に広がる関所を擁する町にちらと視線を向ける。
テーナは一足先に町に入っていて、馬車を牽く馬を買い付けに行ってくれている。この町には以前来たことがあるらしく、馬の入手も当てがあるそうなので任せることにした。
馬車に戻るとアイオラが少し遅めの昼食の準備を始めていた。
「僕も手伝うよ」
「助かるわ。でしたら竈を作ってくださる?」
アイオラの要望に答えるべく、ローレスは張り切って煉土を連続発動、大量に出来た煉瓦を積み上げ始めた。
「ローレス君、いったい何を調理するつもりなのさ……」
馬を買い付けて戻ってきたテーナが見たのは、昇格試験の疲れと寝不足で少しおかしくなったローレスがやりきった顔で満足そうにする姿と、若干困った顔をして笑うアイオラ、そして下手な厨房に置かれているよりも立派な総煉瓦の竈だった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
14日は所用で間に合わないかもしれません。
次回は01/15に変更させていただきます。
16/01/28
筆記試験に関する補足を追記しました。
16/04/29
重複していた文字を修正。
17/08/01
漢字の間違いを修正。