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第116話 侵入(Side:Rayshield)

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

──ゲイルさんが疑われている以上、このまま手を(こまね)いていても事態は好転しないと思うんだけど。どうする? ライ。


 問答無用で兵達を蹴散らし、カリスの身柄を押さえるのが一番手っ取り早いが、流石にそれは乱暴すぎる。かといってこのまま大人しくしていてもゲイルの疑いが晴れるわけでもなさそうだ。

 どうやらカリスは何かゲイルを疑うに足る情報を握っているようで、その口ぶりは何処か確信のようなものを感じさせる。


『ライ様、聞こえたら右手をマント(袖無外套)から出して』


 何処からかククルの声が聞こえてきた。彼の前に座るヴィアーにも聞こえたようで、狐耳をピンと立たせた。声に従って右手を出すと、再び声が聞こえてきた。


『いきなりでごめんなさい。風に声を乗せてるから、ぼくたち以外には聞こえないから安心して。ビクトリアさんからの伝言を伝えるよ。このままだとゲイルさんはもちろんのこと、ぼくたちにも(るい)が及ぶ可能性が高いから、出来たらライ様に単独で子爵の所に行ってもらって、子爵に治癒薬を使って連れてきて欲しいって』


 疑いが子爵を亡きものにしようと画策した、と言う一点であるならその元を消してしまえば良い。子爵が五体を取り戻し、この場に現れれば全て解決する。実に単純(シンプル)で判りやすい作戦だ。


『それは問題ないが、俺が居ない間みんなは大丈夫か?』


 ライシールドが姿を消せば確実に相手は警戒する。武力に任せて畳み込もうとするかもしれない。ロシェやヴィアー、アティが兵達に遅れを取るとは思えないが、数の暴力に晒されれば怪我をするかもしれない。


『ご安心ください、ライ様。わたくしが馬車もろとも皆さんをお守り致しますわ』


 ロシェの頼もしい言葉が返ってきた。確かに並大抵の攻撃でロシェの鎧骨格を抜く事は出来ないだろう。


『我が全て蹴散らしてくれるわ!』


 物騒なことを宣言するアティに『やっと起きたのか。お前はあとで説教な』と呆れ声で返す。


『が、頑張るから! な、活躍するから許してくれなさいお願いします』


 上からなんだか下からなんだか判らないことを情けなく懇願するアティを放置し、ライシールドは『やり過ぎないように』とだけ注意するに留める。


隠形(Transpar)(ency )の腕(thread)


ヴィアーに栗毛の手綱を任せると、神器【千手掌】を起動し、真っ黒で刺のような体毛の生えた蜘蛛の腕を装填するとその姿と気配を消す。誰の目にも留まることなくカリスの横に移動すると、その脇をすり抜けて半開きの入り口を潜り抜ける。


『じゃあ行ってくる。怪我の無いよう、程ほどにな』


『『『『はい(了解)』』』』


 彼女達の返事を聞きながら、ライシールドは屋敷の奥へと姿を消した。




「……む、ゲイルの連れてきた黒髪の少年が居ないな」


 カリスがライシールドの不在に気付いたのは彼が屋敷の扉を潜ってから五分ほど経ってからのことだった。それまではゲイルの必死の弁明を鰾膠(にべ)無く切り捨て、カリス自身にゲイル達の意識を向けさせている間に彼らの背後を押さえ一気に捕縛する腹積もりであったのだが、既に一人網から抜け出されているとなれば話は変わってくる。

 カリスは包囲を完了しつつある部隊に支持を出し、一気にゲイル達の退路を封じて剣を抜く。


「一人姿が見えんが、これも貴様の指示か? ゲイルよ」


「……知らんよ。あやつらはワシ等にどうにか出来る相手ではございませんからの」


 どう答えても信じてもらえず、それどころか包囲された上にカリスは剣まで抜いてしまった。例え貴族と言えども確たる証拠も成しに民間人を包囲して武力行動に出るなど言語道断。結果として罪ありとなればまだ言い訳も立つのだが、少なくとも今回に限ればその目はない。完全なカリスの言いがかりに過ぎないのだから。

 それよりも問題はライシールド一派の持つ戦闘力の高さである。こうして敵対行動を取られた以上彼らは容赦しないであろう。間近でその戦い方を見聞きしたゲイルには、子爵家私設の軍兵士達ではまるで歯が立たないということが嫌というほど解る。


「剣を抜き、わたくし達を包囲したこの行動。敵対行為と見()しても宜しいのでしょうか?」


「勇ましい乙女よ、悪いようにはせぬから抵抗せず大人しくしていただけぬか?」


 ロシェの問い掛けに答えるカリスは、兵士達に包囲を狭めるよう合図を送りながら、遠まわしな口調で降伏を勧めた。ロシェは艶然(えんぜん)と笑うとカリスに大仰な返礼をする。


「判りました。それではわたくし達は自衛行動に移らせていただきます」


 御者台に立ち、盾を持って剣を抜く。諦めた様に手で顔を覆ったゲイルが疲れた声で彼女に()う。


「ロシェ殿、身勝手なお願いじゃが、出来るだけ優しく倒してやってくれんかの」


「善処しましょう。わたくし、弱い者いじめは趣味ではございませんので」


 そう言い遺し、ロシェは御者台を飛び降りて馬車に近づく兵の一人を盾で殴り飛ばす。その細い腕からは信じられない腕力で殴り飛ばされた兵は背後の仲間を巻き込んで五メル(メートル)程吹き飛んで地面に転がった。ピクピクと痙攣しているところを見る限りでは、今の所死んではいないようだ。


「ゲイルさん、栗毛をお願いね」


 ロシェの派手な挨拶に兵たちが呆気に取られている内に馬車の側まで栗毛を移動させたヴィアーが彼に手綱を差し出す。ゲイルが受け取るのを確認するとマント(袖無外套)を翻して馬上から飛び上がり、ロシェの背後に着地した。


「馬車の右側はあたしが」


「お願いしますわ。ではわたくしは左側を」


 お互いの担当を決めて頷きあう。ヴィアーは一瞬腰を沈めると一息に馬車の屋根まで飛び上がって、反対側に消えた。ロシェは馬車を背にするとにこりと笑った。


「さて、わたくし自ら手を出すなんてはしたない真似はこれ以上したくありません。お次はそちらからどうぞ?」


 虫も殺さないような笑顔で兵達を誘う。先程の一撃を見て硬直していた兵達も自らの役割を思い出して剣を、槍を構えて臨戦態勢を整える。

 馬車の左側に居る兵士は総勢二十名。その全てが地に伏せるまでに掛かったのは、僅か十分足らずの時間でしかなかった。




 一方その頃、馬車の中では青い顔をしたアティがソワソワと飛び出す機会(タイミング)を伺っていた。


「アティ姉様、落ち着いて」


「頑張らないとライに怒られる……」


 変な強迫観念に囚われているようだが、どれだけ活躍しようとも怒られることに代わりはないと思う。


「ライに愛想尽かされて追い出されるのは嫌じゃ」


 ライシールドはそういう放り出し方はしないと思うのだが、恐慌状態に陥ったアティは何でも悪く捉えてしまうようだ。


「ロシェさんが始めたみたい。ヴィアーさんも馬車の反対側に行ってるし、アティ姉様は後ろをどうにかしたら良いんじゃないかな」


「解った! 全部蹴散らしてライの怒りを鎮めよう!」


 氷の鞭を手に馬車から飛び出していく。


「アティ姉様! やりすぎても怒られるから気を付けて」


「判っておる! ()()じゃな!」


 そう言い残したアティを不安そうに見送るククル。直後に馬車の後方で派手な音がしたかと思えば、いくつもの悲鳴が上がった。その中にダンのものも混じっていたような気がするが……。


「キノセイダヨネ」


 考えると怖いので、ククルは考えるのをやめた。


「じゃあぼくは正面を押さえようかな」


 アティが飛び出した際に開け放ったままの扉から身を乗り出すと風を紡いだ。

 彼女の足に旋風が絡み付く。その力を借りてククルは馬車の屋根の上に飛び上がった。


「取り合えず時間稼ぎが出来れば良いんだから……」


 風の竜魔法(ドラゴンユース)を発動する。彼女の手の動きに誘われるように、馬車の前方に風が集まりだした。




 ライシールドは姿を消したまま屋敷を奥へ奥へと進んでいく。途中兵士達の脇をすり抜け、使用人達の側を通過していくが、誰にも見咎められること無く階段を登り、厳重な警戒体制が敷かれた扉の前に辿り着いた。


──この先で間違いないんじゃないかな。いかにも大事なものを護ってますよって感じだし。


 レインの意見に同じだ。恐らくこの扉の向こうに子爵が居るのだろう。問題はどうやって扉の先に進むかだ。

 扉の左右に立つ兵士は油断無く身構えており、扉に少しでも変化があれば直ぐに気がつくであろう。

 強引に打ち倒して侵入しても良いのだが、中に居るのは安定しているとは言え重傷者だ。下手に刺激して傷に障ってはいけない。


──他に注意を向け……ても動きそうにないね、あれは。どうにかして扉を開けることが出来れば良いんだけど。


 何時までも閉じたままということもないだろう。中に居る者も外で立つ者も生物である以上、腹も減れば排泄もせねばならない。当主も治療を定期的に行わなくてはならない。だが何時までもその時を待つ訳にもいかない。

 何より屋敷前ではカリスと自分の仲間達が睨み合っているのだ。下手をすると既にぶつかっているかもしれない。


(後十分待って変化がなかったら、出来るだけ静かに無力化して突入しよう)


──そうだね。あんまり時間を無駄にできないし。


 扉の正面で待つこと暫し。

 背後から何者かが近付いてくる気配を感じ、振り返ろうとしたその瞬間、目の前の扉がゆっくりと開いた。


「セリスです。ビアンカ様の張り薬の交換の時間です。侍女を外に出しても宜しいですかな?」


「待て。薬はこちらでここまで運んでくる。人の出入りは禁止だ」


 人一人通れるほどの隙間が開き、中から姿を表したのは初老の男性。白髪を綺麗に整えて執事服に身を包んだその姿は、身綺麗な印象を受ける。この軟禁状態にあってなお落ち着いた雰囲気で、むしろ余裕すら感じさせる。恐らくこの男がゲイル達の話に出てきた家令(スチュワード)だろう。


「判りました。では薬と清潔な手拭い(タオル)、それに湯と水をご用意願います」


「判った。用意出来次第こちらから合図する。暫し待て」


 家令のセリスは一礼する。こちらに向かってくる兵士の姿を認めたが、それには特に言及せずに扉を閉じる。

 扉が閉まる寸前、小声で戦闘中だの侵入者に警戒だのと物騒な言葉が聞こえてきた。


「ゲイル様がお戻りになられたようですね」


 当主に報告するべく、彼は執務室の奥、主の私室へと続く扉を叩き(ノックして)誰何する。


「セリスです。扉を開けても宜しいですか?」


 室内で人の動く気配がした後、年若い女性の声で返事が来る。


「はい、ビアンカ様の許可をいただきました」


「失礼します」


 セリスは私室への扉を潜り、知らずのうちにライシールドを室内へと招き入れてしまったのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回は01/05の予定です。


16/01/13

誤字を修正。


17/06/11

漢字の間違いを修正。


17/08/27

表記の間違いを修正

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