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第08話 準備完了

なんとか大体いつも通りの時間に投稿できました。

「いい加減離れろ、鬱陶しい!」


「えー、いいじゃん。ライと私の仲でしょー?」


 頭の上でごろごろしながら、ライシールドの髪の毛を弄って笑っている掌サイズの女の子。背中には二対の半透明の翅が生えていて、細かい光の粒子を振りまいている。

 不機嫌な声のライシールドは、言葉とは裏腹に振り払うような素振りを見せず、どう見てもその態度も言葉もポーズにしか見えない。


「……マリアさん? なんですあの空気。僕ちょっと(人生が)寂しい系の人間なんで、声掛け辛いんですけど」


 妖精っぽいとは言え女の子と良い雰囲気の二人を前に、法生は若干気後れしていた。女の子の友達もいなかったわけではないけれど、お付き合いまでは経験したことのない彼にしてみれば、この短い時間でこれだけの親密度を叩き出すライシールドは脅威に値する。

 返事が来ないのが気になり、隣を見た。


「……くぬぅ、わ、私だってこの仕事が終わったらクリスと」


 爪を噛んで割とすごい形相のマリアが居た。


「……あの、マリアさん?」


「っ! さ、さーて、お仕事の打ち合わせを始めましょうか!」


 パンパンと手を叩き、表情を取り繕う。何事もなかったといわんばかりだが、不自然すぎて誤魔化せていない。


「マリアさん? さっきのは……」


 言いかけた法生は、殺意に近いものを孕んだ眼光に口を噤んだ。


「何か、ありましたか?」


 にこやかに訊いてくる彼女の目は笑っていない。これ以上踏み込めば無事では済まないと語りかけてくる。了解、僕は何も見ていないし聴いてもいない。


「いえ、なにも」


 視線を外すくらいは許して欲しいところだ。直視し続けたら石になりそうだ。


「そうですか」


 思いっきり目を背けたため、法生の視界は再びライシールドを捉えていた。そして左肩で視線が止まる。


「え!? ら、ライシールド君、その右腕……!?」


 袖無外套(マント)で隠れていたので法生はライシールドの左腕がないことを今の今まで知らなかった。先程までの温い空気感など一瞬で吹き飛んだ。

 思わず駆け寄ろうとする法生を制し、ライシールドは事も無げに告げる。


「最初からない。気付いてなかったのか」


 法生の足が止まる。彼は本当になんとも思っていないように見える。腕がないことが当たり前だとでも言うかのように。


「そもそも、これは俺の願いの代償だ」


「願い……の代償?」


 思わず聞き返してしまった。


「お前に話す必要はない」


 返答は拒絶。まぁ仕事仲間であるだけで、それ程深い付き合いがあるわけでもない。根掘り葉掘り聞こうとすれば気を悪くしても仕方ない。


「無神経だった。ごめん」


 どんな事情があるのかはわからない。だが軽々しく触れて良い話でもなさそうだ。法生は配慮が足らなかったと自省した。


「ライ、願いとか代償とか、何があったの?」


「……後で教えてやる。今は黙ってろ」


 などと法生が殊勝に反省している前で、妖精少女の問いにぶっきらぼうに答えるライシールド。法生の疎外感は止まることを知らない。


「えっと、そちらのお嬢さんはどちら様ですか?」


 そもそも少女の名前すら知らない。正直に言えばそれ処ではない空気だったわけだが。


「申し遅れました。私ライシールド様の神器のサポートをさせて頂いております、補助妖精のレインと申します。以後お見知りおきを」


 先程とは打って変わって真摯な態度で自己紹介するレイン。これでライシールドの頭の上でなければもう少し様になっていただろう。


「丁寧なご挨拶どうもありがとう。僕は音無法生です。ライシールド君とは随分仲が良いね」


 途端に澄ました態度が崩れ、レインは子供っぽい笑顔でライシールドの頭の上で飛び跳ねる。


「当たり前だよ! 私とライは共に戦う戦友だもん! 心で繋がる仲間だもん!」


 仲がいいと言われたのがよほど嬉しいらしく、せっかくの取り繕った表情はみる影もない。


「レイン、頭の上で跳ねるな! 落ちたらどうする!」


 ぴょんぴょん跳ねるレインに、ライシールドは叱責だか心配だか判らない声を上げる。


(ほんと、仲良いなぁ)


 段々お父さんと娘のじゃれ合いを見ている気分になってきて、法生は微笑ましい気分になってきた。羨ましくない訳ではないが、これはこれで見ていて楽しい。素直に好意を表せない少年と、好き好きオーラ全開の少女。いいね。


「ごほん!」


 そして完全に忘れ去られたマリアが怒気を孕んだ咳払いで存在を主張するのだった。




「では、お二人にこれからしていただくことの説明をさせていただきます」


 法生とライシールドは並んで座らされた。レインは頭の上に行儀良く座っている。


「まず最初はこちら」


 目の前に、タイトルも何も書かれていない黒革で装丁された本が一冊置かれた。厚みは大体五セル(センチ)程。特別な装飾は一切無い、シンプルな造りをしている。


「こちらが始まりの勇者の物語を綴った神書です。歴史書でもあり、ここに書かれているものは全て真実。そしてここに書き込まれることは事実を歪めてでも真実として置き換わることになります」


 本来、自動書記により事実のみを記す以外に記載方法は存在しないはずなのだが、今回の騒動の原因はどうやってかここに修正を加えることに成功している。これにより本来起こりうる事象は消され、起こり得ないはずの出来事が事実に置き換わろうとしている。

 どうやって修正したのかがわからない以上、修正しなおすことすら出来ない。だが、無理矢理に修正されたが為に紙面が不安定になっており、その時代に影響の無い存在に限り、紙面に潜り込んで修正を施すことが出来ることが判明した。

 そこで目をつけられたのが四つの時代のさらに先の時間軸の協力者、ライシールドである。本来死に逝く運命の彼を掬い取り、望みと交換で作業を依頼することになった。無論強制はしないが、あの場面では強制にも等しかっただろう。ライシールド本人からしたら渡りに船、望む結果を得られたのだから不満は無いが。

 ただ、ライシールド一人では全てを修正することは難しい。それぞれの事案を鑑みるに、彼の格と総量では所持出来る援助物資が不足してしまう。しかし彼の不足を埋める程の人材で、自由に動かせる者が見当たらない。

 そこで苦肉の策として、近しい異世界から協力者を譲り受けることになった。出来るだけ次元的に近い、同格で移動抵抗の少ない世界の管理者に渡りを付け、法生を紹介されたのだ。

 元々こちらの世界はその総量に対して中身が足りない。逆に法生の居た世界は過去の事故で総量を遥かに超過する中身を保持している。お互いに自壊と破裂の危機にあることも功を奏し、法生の移動申請は思った以上にあっさりと通った。

 後は本人に直接確認、了承を得ることが最大の難事だったわけだ。結果はこの通り、無事協力を得られることになった。


「と言うわけで、今回の依頼の選定基準と凡その目的はご理解いただけたと思います」


 法生は何とかついていけていたが、ライシールドは既に置いていかれている。彼に関しては事情を理解している補助妖精(ほごしゃ)が付いているので問題は無いだろう。

 現にライシールドの目の前で「私に任せておけばいいんだよ~」と胸を張るレインの姿があった。小さいのに頼れることだ。


「始まりの勇者の時代では、こちらを台座に補充してきていただきたいのです」


 差し出されたのは真っ赤な結晶。燃える焔がその中で暴れている。

 法生は手に取ってみるが、熱は発していないらしくひんやりとした鉱物の手触りだった。

 始まりの勇者が手に入れることになる『焔纏いし聖剣』の核を担う宝珠を育てる力を宿した結晶らしい。

 改竄記述は[宝珠眠る台座にありし焔の欠片、その力を持って聖剣は成れり]から焔の欠片を抹消、それにより宝珠の火を宿す属性が付与(グラント)されず、勇者はその力を発揮できずに追放者に倒される。打ち滅ぼされるはずのひとつは存在を残し、後に討滅される際に大陸の十分の一の大地を道連れにするほどまでに力をつけてしまう。その際に後の時代を担うものの血筋が一部途絶え、さらに被害は広がることになる。


「つまり、この結晶を台座にはめればいい、と」


 話の詳細は理解できていないが、目的だけは判ったライシールドが結晶を手に訊いた。


「あなた方は一度森人(エルフ)の里に入っていただきます。そこで病に冒され滅びようとしている一部族を救っていただきたい。この一族は元々台座に焔の欠片を納めた種族で、過去に所持していたという事実が歪められてなかったことになり、その影響で当時原因不明の疫病に感染しています。この一族から将来重要な役割を担う者の血筋が産まれますので、こちらも修正せねばならない案件となります」


 机の上に置かれた小瓶には、揺らめく焔が透明な液体の中に見てとれた。


「これは火護薬といい、火の加護を与え、冷気に強くなります。正確には薬ではなく、魂に刻む火の神との経路を構築する触媒です」


 登録の為に飲み干す。胃の中が燃えるように熱くなり、体温が急激に上がるのを感じる。十秒程で熱と体温はすぐに収まったが、胸の辺りでじんわりと暖かい何かが感じられる。

 冷気に耐性が付くだけではなく、火を扱う全ての事柄に補正がかかるらしい。具体的には火打石で火をつけるのがちょっと得意になったり、焚き火を前にすると気分がよくなったり。後、火を使った料理を作るとき、気持ち美味しくできるらしい。まぁ割と地味だが、主婦の皆さんは重宝するのではないかと。


「つまりこれを配って回ればいいと」


 役割の分担は、焔の水晶を台座に納めるのはライシールドの担当。疫病に対処するのが法生の役目。


「次の時代の説明はまた戻ってからと言うことで」


 マリアは深々と頭を下げる。


「私たちは時間を跨いで存在するものなので、修正すべき時代とも関わりがあります。管理者としてはお二人に危険な仕事を押し付けていることを遺憾に思っております」


 ライシールドは無表情に、法生は困ったような笑顔でそれぞれ答える。


「報酬はもらってるんだ。後は俺の仕事だ」


「僕も自分で決めたことです。マリアさんが気に病むことはありませんよ」


 ライシールドの頭の上で「もーライってば素直じゃないんだから~」などとのたまうレインに「そんなんじゃねーよ」と彼は返している。


「どうかくれぐれもお気をつけて。無事の帰還を祈っています。よろしくお願いします」


 そんな二人(と一人)に再度頭を下げるマリアだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


15/09/19

付与→付与(グラント)


修正 15/10/01

外套→袖無外套(マント)


16/01/17

重複していた言葉を修正

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