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第115話 情報と実状(Side:Rayshield)

今年最後の投稿になります。

 町を出て半日、ライシールド達の進む先から馬に乗った男が近付いてきた。今まで擦れ違った者達と違い、明らかにこちらを意識したように視線を向けるその男に、ライシールドは警戒を高める。


「待て待て、ライシールド殿、そう警戒せんでも大丈夫じゃ。あれはワシの仲間じゃよ」


 ライシールドから不穏な空気を感じたか、ゲイルが慌てて声を掛けてくる。


「昨夜のうちに屋敷に使いを出しておいたんじゃ。いきなり戻っても混乱させるだけじゃからの」


 言いながら馬車を階堂脇に寄せて停車させる。手を上げて近寄ってくる馬上の男に合図を送ると、向こうも手を振り返して馬速を速めた。


「ゲイルさん、お早いお帰りで」


 一旦馬車を通りすぎ、方向を変えながら戻ってきた男はゲイルに頭を下げる。黒い革鎧に身を包んだ中肉中背の男は、右腰に二本の長剣(ロングソード)()き、短槍(ショートスピア)を背負っている。薄い茶髪を短く刈り揃えており、青みがかった瞳でゲイルの同行者達を見る。


「こちらが手紙にあった協力者の方々ですか?」


 馬上のライシールドを見て、ゲイルの隣に座るロシェを見る。片やまだ子供の域を出たかどうかと言った少年で、片や見目麗しく勇ましい鎧姿とは言え年若い女性だ。ゲイルを師と(あお)ぐ男からすると、彼が全幅の信頼を寄せているかの文面に出てくる人物とはどうにも符合しない。


「チャック、お前は何時まで経っても人の評価を見た目に引き摺られる癖が抜けんな。お前程度の腕ではライシールド殿相手に一分持たんじゃろうな」


 ライシールド達を見るチャックと呼ばれた男に、ゲイルは困ったような顔を向ける。顔に出していたつもりがなかったチャックはばつが悪そうに顔に手を当てた。


「なんじゃ、鎌をかけただけじゃったんじゃが……ほんとに癖が抜けとらんかったんか」


 呆れ顔で睨み付けるゲイルに引っ掛けられたと気付いたチャックが、思わず不服を顔に出す。内心を見破られたことで(たが)が緩んだか、不信を隠そうともせず不満を顔に出した。


「そうは言いますがね、師匠。こんな年端もいかない少年や年若いお嬢さんに今回の護衛案件が勤まるとはとても思えません」


 自分達ゲイルの弟子とも言える者達とゲイルの現役時代の仲間が総出で何とか回っているような状況である。右も左も判らない、実力もない新参に引っ掻き回されてはたまらない。


「すまんな、ライシールド殿。ワシの教育不足じゃ。こやつの無礼、平にご容赦願いたい」


「気にするな。侮られても仕方ない容姿なのは自覚している」


 力はあっても経験は少ない。レインが居なければ力押ししか出来ないことも自覚している。気分の良い話ではないが、一々相手をする程の事でもない。


「チャックも謝らんか。実力の有る無しに関係なく、初対面の相手を見下すことは恥ずべきことじゃぞ」


「……すまなかった。だが君が何が出来るのかが解らないと我々と協力する上で不都合だということはわかってもらえると思う」


 チャックは師の叱責を受け、渋々と言った感じで謝罪した。だがそれだけでは済まさず、実力を示せとライシールドを試すような発言も添えた。

 流石に無礼が過ぎるとゲイルが御者台から腰を浮かせ、ロシェは蟻人の勇者たるライシールドを安く見るチャックの発言に眉根を寄せる。彼女が右手を剣の柄に伸ばしたところで、馬車の後方からゲイルより先に声が上がる。


「チャックよ、お前ほんとにその癖直した方がいいぞ。何時か痛い目に遭う。今みたいに」


「今だと?」


 チャックはダンの言葉に首を傾げようとして硬直した。首筋にひたりと冷たい感触を覚えたのだ。金属を思わせるその冷気に彼は生唾を飲む。


「悪いな。このくらいしないと納得しないかと思ってな。俺は()()()()()は出来る。解ってもらえたか?」


 背後から聞こえるのはライシールドの声。先程まで目の前の栗毛の馬の上に座っていたはずだが、そちらに目を向けると銀髪の獣娘が暖気(のんき)欠伸(あくび)をしているだけで彼の姿は影も形もなかった。

 チャックの首筋に押し当てられていた金属質の何かがそっと離された。彼の背後、鞍の後ろに結わえていた荷物が僅かに揺れるのを感じ、彼は振り返った。


「……居ない? 馬鹿な」


「未熟者め。何時までも一つ所に居る訳がなかろう。ライシールド殿はあっちじゃ」


 ゲイルの言葉に振り直る。その視界に写ったのは栗毛の手綱を引き、馬車の方へと誘導するライシールドの姿だった。


「ロシェ、俺は気にしないと言ったんだぞ。剣から手を離して良い」


「ですが」


 己の心酔する男を(けな)されたのだ。そう簡単には割りきれない。そんなロシェにライシールド肩を竦める。


「あの顔をみて溜飲を下げておけ。あんな言葉に一々目くじら立てていたら、そのうち眉間の(しわ)が取れなくなるぞ」


 彼の指差す先には、ライシールドの動きが理解できずに混乱した情けない顔のチャックが居る。その顔を見て確かにこれ以上ないほどその力が示された事を理解したロシェは思わず吹き出してしまう。


「確かに皺が戻らなくなるのはご遠慮願いたいところですわ。その間の抜けた顔に免じて許して差し上げます」


 剣の柄から手を離し、愉快そうに笑うロシェにゲイルはこっそり安堵の息を漏らす。ここで彼女に暴れられたらチャックがどうなるのか判らない。


「もういいじゃろ? チャックよ、報告を頼む」


 第二の藪蛇(やぶへび)(つつ)く前に話を打ち切るゲイルだった。




 先程のやり取りで実力の差を実感したか、チャックは大人しく現在の子爵家の状況を報告した。暖を取るために街道脇の空き地で焚き火を起こし、火に当たりながら話を聞いているのはゲイルとビリー(ビクトリア)、ライシールドとロシェ、それにククルである。

 ヴィアーには未だ惰眠を貪るアティを任せている。


「まず当主様の容態は変化無しです。ただやはり、徐々に体力は落ちているようで執務に耐えられる時間は落ちていますね」


 無理を押して領地の管理業務を執り行ってはいるが、やはり不備や不足は目立つようだ。家令や事務官の協力でどうにか回せていると言った感じらしい。

 地方から綻びは出始めているようで、先日の双子の町(ジェミニ)の騒動も当主の睨みが効かなくなってきた表れとも言える。

 長男一派は一週間ほど前から屋敷に近づかなくなったらしい。領地の南に拠点を定め、中央王国から来る物資の管理を勝手に始めているそうだ。一応報告はしてきているようだが、関所から来る報告とは微妙に物資量が少ない。記帳間違いと言われれば納得しそうな量だが、どの経路から来るものも同じように僅かに減っている。


「誰かが、もしくは派閥全体で着服している可能性が高いと言うことですわね」


 また次男は頻繁に屋敷に戻り母親の様子を見には来るようだが、基本北部にある領主軍の訓練施設を拠点に軍部の掌握を図っているらしい。南部は当主派が多いのでさほど影響がないが、北部は首都に近いこともあり他領からの干渉がある。次男は良く押さえているようだが、この期にちょっかいをかけようと画策する勢力が手を伸ばしてきているらしい。


「カリス殿は対外対策に力を割かれて身動きが取れないようで、これまでにこれといって目立った動きはないようです」


「ふむ。こうなるとアルベルト殿の方が怪しく思えてくるのぅ」


 軍部の掌握から強引に当主の座を要求するという流れもなくはないが、流石に国も世間もそれは認めないだろう。

 少しずつ物資を備蓄、若しくは横流しして資金を貯め、その資産で領内の有力者を抱き込んで支持を得る流れの方が現実味がある。そしてそれはこのまま当主が病床に伏して改善しない場合は有効な手段となり得ただろう。

 だがここにはその問題を解決する(治癒薬)がある。当主が復調して表舞台に返り咲けば今なら問題なくその策を潰せるだろう。


「その治癒薬をライシールド殿が所持していて、当主様に提供してくださる、と」


 銀の腕輪(アームレット)から治癒薬を取り出す。陽の光の中にあって独自の淡い黄色い光を放つその液体の入った瓶を見て、ゲイル達は息を飲んだ。


「それが噂に聞く秘薬……何とも不思議な光じゃの」


「私が傷を癒してもらった時に飲んだものと一緒だ。効果は保証するよ」


 彼らの主を救う光だと思えばこそ、その光に神々しさすら感じる。拝み出しそうなゲイル達にライシールドは「納得したか?」と尋ねた。首肯するチャックを見てライシールドは治癒薬を仕舞った。


「それで、ライシールド殿とそのお仲間の武装に関しては屋敷内に入る間に限り、お預け願いたいと」


 やはり武装許可は降りなかったようだ。


「それで構わない。書庫の閲覧許可は?」


「はい。書庫管理の者をつけてくれるそうです。蔵書の量がありますので」


 監視付きでなら閲覧許可を出す、そういうことらしい。


「こちらの条件は子爵との面会と状態の確認。そして治癒薬の使用の確認だ」


「屋敷についたら直ぐに案内できるよう、準備は進めている」


 受け入れ準備は出来ているようだ。チャックの出立した今朝未明には次男のカリスは戻ってきてはいなかったようで、屋敷に居るのは当主と三男のドレイクだけのはずだ。

 今のうちに屋敷に入ってしまえば、邪魔が入る前に治癒薬を当主に使うことが出来そうだ。

 これ以上ここで話しても得られるものはなさそうだ。馬達も十分休めたことだし、町までは休憩を挟まずとも行けるだろう。

 焚き火を片付けて出発の準備を整える。チャックの先導で彼らは街道を町へ向けて急いだ。




「ずいぶんと早いお帰りだが、成果ありと捉えて良いんだろうな? ゲイルよ」


 辿り着いた屋敷で出迎えたのは長身の男。

 実用性重視な黒い胸当て(ハーフプレート)を身に付け、赤字に金糸で豪奢な刺繍のマント(袖無外套)を纏ったその男は、短く刈り揃えた金髪の美丈夫でどことなくビリー(ビクトリア)に似た面影がある。


「……カリス様、只今戻りました。無事目的は達成いたしましたゆえ、ご安心くだされ」


 居ないはずの子爵家次男がなぜか完全武装で待ち構えていた。彼の側には同じく武装した兵士の姿もある。


「戯れ言を抜かすな、ゲイルよ。貴様、母上の治療と称して得体の知れぬ者を屋敷に呼び入れ、怪しげな薬を使うつもりだったそうだな。肉体的な欠損を癒す薬だと? そんなものを簡単に差し出すような者が居るものか!」


 不穏な空気を感じとり、ライシールドはマント(袖無外套)の下でレインと同期する。神器【千手掌】を起動、速度特化の蛇腹の腕を装填。

 ロシェも剣と盾を手に取り、何時でも飛び出せるよう腰を浮かせる。馬車の中でもククルが矢避けの結界を馬車の周囲に展開、ようやく目が覚めたアティは状況に着いていけないながらも剣呑な空気を感じたか、手早く戦闘準備を整える。

 ビリー(ビクトリア)は流石に兄弟の前で姿を見せてしまう訳にも行かないので、今は馬車内に隠れている。


「カリス様! お待ち下され! 彼らは信用するに値する者達ですじゃ! 薬も間違いなく本物じゃ!」


「母上の周りを己の息の掛かった者で固め、(あまつさ)え妹の偽物を仕立てて本物を何処かに連れ去ったことは割れているのだぞ! 母上を事故で亡き者にしようとしたのも貴様なのではないのか!?」


 どうやらゲイルの身内が護衛に付いていることや、屋敷にいたビクトリアが影武者だったことまでばれているらしい。口振りからするに既に屋敷内はカリスに掌握されてしまっているとみて良いだろう。


──話に聞く程無能じゃ無さそうだね。手際も良いし。逆にゲイルの仲間の能力に疑問が出てきたけれど。


 脳裏にレインの声を聞きながら、どうしたものかと悩むライシールドだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

来年もよろしくお願いします。


次回は01/02の予定です。

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