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第114話 子爵家の内情(Side:Rayshield)

「それで、具体的な護衛対象と現在警戒すべき対象についてお教えいただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 ロシェが具体的な情報の提供を請い、ゲイルがビクトリアの同意を受けて口を開く。


「まず護衛の対象はコルトブル子爵家当主であるビアンカ様と、長女ビクトリア様のお二人。ワシの見立てでは警戒対象は次男のカリス様、長男のアルベルト様の順ですな。三男のドレイク様はまだ十歳の誕生日を迎えられてはおりませんので、警戒対象とは考えにくいところですな」


 ロシェが眉根を寄せる。レインを見れば彼女も額に手を当てて困り顔だ。

 ゲイルはさらっと告げたが、今の説明には二つの爆弾が仕込まれていた。

 まず一つ目が狙われているのがビクトリアのみならず当主さえもと言うこと。そして二つ目はそれが身内によるものであると言うこと。

 この二つを関連付けることで得られる解は一つ、長男、もしくは次男の家督簒奪の計画があると言うことだ。

 この解を元に考えると、現在当主を苦しめている怪我の元である事故と言うものも、作為的なものだったのではないかと思い至るのも自然なことであろう。

 なんとも厄介な話だ、とロシェは首を振る。

 ライシールドは腕を組んで話を聞いているが、言葉の裏の事情に思い至ってはいない。その辺りはレインの担当と割り切って思考を荒事に定めているのも一因ではあるが。良く言えば役割分担をしっかりと理解していると言えなくもない。


「お気付きかと思いますが、現在我が子爵家は家督争いで荒れています。そもそもの事の起こりは当主であり私の母であるビアンカ子爵が家督相続の序列を決定したことに端を発します」


 末のドレイクを産んだのが三十過ぎである。この大陸での人族の平均的な寿命は四十から四十五、それも老衰で亡くなる者は少ない。病気や怪我、事故や荒事で命を落とす者が大半を占める。長く冒険者や傭兵などを生き抜いて生き物としての階位(レベル)を上げたものはその限りではないが、今は割愛する。そんな現実的な理由もあって、現在四十を越えた子爵が跡継ぎを指名するのは不自然ではない。むしろ遅いとすら言える。

 長男であり第一子であるアルベルトか歳の近い第二子であるカリスが序列一位に据えられると考えられていたが、蓋を開けてみればアルベルトが第二位、カリスは第三位とされ、ビクトリアが序列一位と指名された。

 優しいと言えば聞こえの良い優柔不断で決断力のないアルベルト。上昇志向が強いと言えば良く聞こえるが我が強く短慮で粗暴なカリス。

 対するビクトリアは飛び抜けた才はないが高い水準で(まと)まった能力に、領地での支持も厚く領民の人気も高い。冒険者に憧れる姿も親近感を覚えるのか人気の一助となっているようだ。

 現当主も女性と言うこともあり、領地の代表が女性であると言うことに対する忌避感も少ない。

 能力で見れば妥当な選択ではある。


「じゃが、兄二人は面白くないじゃろうて」


 アルベルトはその場ではなにも言わなかった。自己主張が苦手な男であるがゆえか、自らを器ではないと自覚していたからかは判らないが、変わらぬ薄い笑みを浮かべたまま、子爵の言葉を聞いていた。

 逆に激しく反応したのはカリスだ。百歩譲って兄のアルベルトが上に立つなら納得は出来ずとも一先ずは我慢出来ただろう。軍人気質のカリスにとって年功序列は一つの基準として成立した。

 だが実際はその更に上に妹であるビクトリアが頂点に立ったのだ。二十五の兄、二十二の自分の上に十八の妹が立つのだ。カリスからすると現当主の横紙破りにしか思えなかった。

 当主に詰め寄り再考を願い、それが叶わぬとなれば今度はビクトリアに詰め寄り、辞退と再考を願い出るよう激しく攻め立てた。

 目の前でそんなことをやられては、当主もカリスを叱らない訳にはいかない。叱責を受けてカリスは一旦引き下がったが、到底納得したとは思えない。

 解散後、更なる火種が舞い降りる。アルベルトが書面にて継承権の再考を嘆願してきたのだ。これに関しては彼を御輿に美味い汁を吸いたい配下の影がちらついていた。彼が自ら考えたにしては強すぎる文調には、そう思わざるを得ない。

 当主もここまで身内で反発が起こるとは考えていなかったようだ。彼女の目には仲の良い兄弟に写っていた。誰が当主であれ、皆で支え合い子爵家を支えていってくれると信じていたのだ。

 良き領主であり、子爵領を安定、発展させた辣腕の持ち主でも親の欲目からは逃れられなかったようで、長男の流されやすさと次男の短絡さを見誤っていた。




 どうしたものかと思い悩む日々の中、事故は起きる。領地の視察中、崖の中腹に作られた道を通過中の領主を乗せた馬車が落盤に潰され、崖下に落ちたのだ。同行、先行していたビクトリアが後方で起きた事故の報告を受け即座に救助に向かうも、巻き込まれた護衛もろとも馬車は崖下。地元の者を雇い、崖を下って辿り着いた先では早々に死肉喰らいの動物や魔物が残骸の回りで巻き込まれた護衛や御者の死肉を漁っていた。

 それらを蹴散らしつつ子爵の捜索は続けられ、馬車の残骸と岩に挟まれるような状態で彼女は発見された。辛うじて命は繋いでいたが、落盤で内蔵を潰されるほどの大怪我を負い、瓦礫の外に出ていた腕や足は死肉喰らいに持っていかれており、(おびただ)しい出血と感染症で何時心臓が止まってもおかしくはない状態であった。

 同行していた神術(オラクル)の使い手によりどうにか出血は止まったが失った量が多すぎた。何時途切れるとも知れない命の灯火を護り崖下から街道までなんとか移動し、急ぎ町へと戻った。早馬が伝えた情報を知ったゲイルは到着までの間に町中を走り回り、回復薬や神術の使い手をかき集め、出来る限りの体制を整えて瀕死の主を出迎えた。

 ゲイルの奮闘の甲斐もありどうにか当主は一命を取り止めた。だが失った四肢や内蔵を回復するだけの薬も術者も居らず、感染症の影響で大きく体力を落とした当主は明日とも知れぬ命を辛うじて薬と神術で長らえる日々を送ることとなった。

 方々に手を伸ばすもここまでの怪我を治癒出来るだけの神術の腕を持つ使い手は、首都の大聖堂まで出向かねばそもそも施術してもらえない。そんな冷たい現実だけが判明した。

 冬を迎える今、この状態の当主が首都までの長旅に耐えられるとは思えない。貴族とは言え財政の苦しい発展途上の領地を持つ子爵家には強引に術者を召喚する権力も莫大な寄付をする財力もない。

 それでもどうにかして治療費を捻出しようと家宝に手をかけた時、ゲイルは冒険者時代に耳にした治癒薬の事をビクトリアに告げた。迷宮より稀に持ち出されるその薬は、肉体の欠損を復元し失った生命力を取り戻してくれるという。

 今までにかき集めた資金でどうにかしてその薬を手に入れれば当主は助かる。ビクトリアは一筋の光明を見た思いであった。

 だが安心するには早すぎた。まずその薬が市場に一切出てこない。支払う金があっても肝心の物が売りに出てこなければどうしようもない。

 そしてもう一つ。事故の調査で判明したのは今回の崖崩れが人為的に引き起こされたものだという結果が出た。首謀者と(おぼ)しき傭兵崩れの男は既にこの世に居なかったが、ゲイルが独自の調査網でその素性を調べていくうちに長男と次男双方との繋がりが発覚した。どちらも直接的な繋がりとは言いがたいが、それでもどちらかの勢力の犯行である可能性が濃厚となった。

 長男勢力は領内の商人を纏め、次男勢力は領内の軍部を纏めて管理している。対外的には事故で怪我を負った子爵を支える良き子らに見えていることだろう。

 その裏でどちらかが、もしくはどちらもが当主に成り代わろうと画策しているなどと、ビクトリアは信じたくはなかった。

 仲が良いとは言いがたいが、それでも血を分けた兄弟なのだ。疑いたくはないとの甘い考えを拭いきれずにいた。




 子爵の補佐を長年勤めた家令(バトラー)の助けもあって、ビクトリアはなんとか意識のない当主の代わりを勤めた。なんとか馴れない執務を消化する彼女が襲撃されたのは事故から一月が経った頃だった。運良くゲイルとダンが側に居たので返り討ちに出来たが、もし一人の時だったらと思うとゾッとする話だ。そして襲撃された場所が屋敷の中だったということも問題であった。

 内通者が居なければ警備を抜けてビクトリアに迫ることなど不可能に近い。屋敷の中でさえ安全ではなくなった。

 ゲイルは冒険者時代の仲間を頼り、魔道具でビクトリアの影武者を作り、当時の仲間達を当主の護衛として屋敷の警備に紛れ込ませた。

 子爵が意識を取り戻したのはそんな時期である。動くことはできないが執務の指示は家令を通じて出せる。ばらばらになりかけていた領内が当主の元にどうにか繋ぎ止められた。

 事故の調査は続けられたが、当主はあえて長男次男を追求することはなかった。確たる証拠が掴めていないと言うこともあったが、下手に刺激して反旗を翻されても今はまだ困るのだ。幸い彼らも今は大人しく従っている。こちらの体制が整うまでは秘密裏に内定を進めると言うことになった。

 ゲイルは一刻も早く治癒薬を入手せねばならないと旅立ちを決意した。仲間達に任せておけば屋敷は問題ない。この町に腰を据えてからずっと鍛えてきたダンを連れて旅立とうというときに、ビクトリアが同行を願い出た。

 確かにビクトリアを屋敷には置いていけない。領地も今は当主がどうにか纏めあげているから問題はないだろう。だが迷宮に潜るということは相当の危険を伴う。

 それに何時までも当主がこのままと言うわけにもいかない。今は安定しているが、当主の身体は何時急変してもおかしくないのだから。そのときまでに領主としての知識を身に付けねばならない。何処か安全な場所を用意して隠れ潜み、教育を受けてもらうのが一番なのだが、当のビクトリアが納得しなかった。

 自分の母親を救うのに必要な危険を、ゲイルたちだけに背負わせる訳にはいかないと、頑なに残留を拒んだ。冒険者に憧れを抱いていた彼女は魔術(ソーサリィ)を身に付けていた。最低限の戦う術は身に付いていたこともあり、ゲイルも最後は折れた。置いて出れば一人ででも追いかけてきそうな決意を感じ、いっそ目の届く範囲に置いた方が護りやすいと判断した結果だ。

 期間は半年。若しくは当主の容態が悪化した場合は即座に帰るという条件で同行を認めた。戻り次第家令の元で領主修行に入ることも条件とした。当主の座に執着の薄いビクトリアだったが、今の兄達に任せるわけにもいかないと納得し条件を飲んだ。

 名を変え性別を偽り、わざわざ一旦中央王国に入り、ビクトリアはビリーとして冒険者登録をした。その際中央で治癒薬が手に入れば良かったのだが、生憎効果の高い傷薬が手に入った程度で肝心の治癒薬はやはり見付からなかった。

 薬を届けに一旦屋敷に戻り、当主の容態に良くも悪くも変化がないと言うことを確認して今度は西の獣王国へと進路を変えた。多少大回りになるが治癒薬の入手の可能性を少しでも上げるためには必要な行程である。道中ビリーに技術を身に付けさせつつ魔物の討伐で経験を稼ぎ、城壁迷宮に入る最低限の冒険者階級(ランク)まで上げる予定であった。

 国境沿いの雪山で吹雪に遭い、避難した先で殺戮大熊(グリスリーベア)に遭遇し、対応が遅れたビリー(ビクトリア)が大怪我を負ったところでライシールド達と出逢い、今に至るという訳であった。


「子爵の怪我が人為的なものによる事故が原因ということは解りました。首謀者と長男か次男、もしくはその両方が繋がっている可能性があるということも。ですがこの話、出来すぎな気もしなくもありませんわね」


 ロシェの言うには、長男次男と事故の首謀者の間を繋ぐ情報の出方が雑すぎるそうだ。どちらか一方、と言うならまだ解るが、同時期に双方との繋がりが判明するなど疑ってくださいと言わんばかりである。それを見越してあえて情報を揃えてきたという可能性も否定出来ないが、撹乱を狙った情報漏洩の可能性の方が高そうだ。

 現にこうして黒幕を絞りきれずにいるのだから、狙ってやっているとしたらしっかりと嵌まっている。


「単純にどちらも無能、という可能性もあるがな」


「無いと言い切れんところが情けないところじゃのぅ」


 いずれにせよ、このような短絡的な行動に出るようなものが有能であるはずがない。ゲイルはそう言って溜息を吐くのだった。




 明けて翌朝、早々にライシールド達は宿を引き払い出発の準備を進める。馬車に馬を繋ぎ、栗毛に馬具を取り付ける程度だが。その辺りの作業はゲイル達に任せ、護衛契約についての説明をロシェとレインがまずククルに伝えた。


「アティ姉様にはぼくから話しておくね」


 当のアティはまだ酒精(アルコール)が抜けきっていないので、馬車の中でひっくり返っている。抜けていないというか、結局朝まで飲み続けていたらしい。どうしても起きないので取り合えず馬車に放り込んだのだ。


「ああ、ついでに暫く酒は禁止と伝えてくれ」


「まあ、当然だよね」


 明日に響かせるなと言ったはずだ。それを破ったのだ。相応の罰は受けてもらわねばなるまい。


「ヴィアーには俺から伝えた方がいいのか?」


「そうだね。私も一緒に説明するから大丈夫だよ」


 正直上手く説明できる自信がなかったライシールドは、レインの申し出に安堵する。栗毛を連れてライシールドに笑顔を向けるヴィアーを見て手を上げて答える。

 彼女から手綱を受けとったライシールドは栗毛の背に乗った。ヴィアーは彼の前に飛び乗って機嫌良さそうに彼に背中を預けて落ち着いた。


「行くか」


 冬の朝は防寒着に身を包んでも寒さが染みる。暖かいヴィアーの背中を胸に感じ、彼女ごと身をマント(袖無外套)(くる)むと栗毛を前へと進ませた。

 後ろの馬車から羨ましそうな視線が飛んできていたが、鈍いライシールドが気付くことはなかった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回投稿は12/30の予定です。

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