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第113話 茨と蛇(Side:Lawless)

凍る刃(フリーズブレード)


 ニョルズの術式が発動し、ヴァナの棍の先に氷の刃が生まれる。溶岩騎士(ラバナイト)の構える大盾(ラージシールド)と接触すると猛烈な水蒸気を上げながら互いの熱と冷気を交換しあう。


「我が主の命により、ここより先は何人(なんぴと)たりとも踏み入れられぬと知れ」


「喋るか! どこまで規格外なんだ!?」


 溶岩騎士(ラバナイト)の盾に阻まれ、動きを止めたヴァナは無機質なその声に驚嘆の声を上げる。喋る魔物とは幾度となく戦ったが、このような疑似生物が喋る所など見たこともない。

 盾の影から赤熱の剣が飛び出してくる。熱を交換し合いながら盾に食い込みかけていた棍を引き戻し、その剣を受ける。

 溶岩騎士(ラバナイト)は弾かれた剣をそのまま盾の後ろに戻しあえて追撃しない。あくまでも防御と足止めに徹するつもりのようで、先程までせっかく侵食しかけていた盾は熱と形を取り戻していた。再び盾の攻略に乗り出そうとしたヴァナの横合いから、鋭い刺突の雨が降り注ぐ。

 テーナの右手がぶれる速度で前後し、ヴァナの脇腹を突き崩さん勢いで細剣が突き抜かれる。ヴァナは盾への攻撃を早々に諦めてテーナの突きを受け流し、交わし、受け止めた。

 一拍の呼吸の隙、僅かに突きの速度の落ちた瞬間を逃さずヴァナは大きく一歩後退する。テーナは追撃せず、溶岩騎士(ラバナイト)の背後に回って姿を消した。


「ほう。ヴァナと接近戦をやって攻撃を当てよったか」


 下がってきたヴァナの脇を見てトールが感心したように呟いた。彼の視線の先には白く細い煙が上がり、僅かではあるが手傷を腕輪に肩代わりしてもらったと言うことが判る。


「ローレス君の派手な経歴に目がいっていたが、なかなかどうして彼女達も良い腕じゃないか」


「わしは手強い相手と傷を付けあって喜ぶような趣味はないんだがな」


 ヴァナの様な戦闘狂(バトルホリック)ではないトールは手強い新人の相手をすることにあまり乗り気ではないようだ。


「まあこれも仕事だな」


 左肩に大金槌を担ぎ、右手に持った帰ってくる投げ金槌を無造作に投げ上げた。すっぽ抜けたように溶岩騎士(ラバナイト)の遥か頭上を回転しながら通過した金槌は、放物線を描いて落下する。

 矢が空気を切り裂く音が鳴り、金属がぶつかり合う硬質な音が響く。テーナの背後で金槌が弾け飛び、雷気(らいき)と衝撃で矢が砕け散る。


「おお、あれを射ち防ぐものなど初めて見るぞ」


 弾かれた先で急に角度を変えた金槌がトールの手元に戻ってきた。それを受け取りながら彼は感心したように呟いた。

 投げた金槌は必ず投擲者の元に戻る。そういう特性を持つ金槌を利用した背後からの強襲だったが見事に防がれてしまった。回転から生まれる雷気で、あわよくばテーナを麻痺させて戦闘不能に追いやろうという作戦は流石に虫がいい話だったようだ。


「そう言えば、肝心のローレス君の姿が見えんな」


 矢が飛んできたと言うことは何処かには居るであろう。だが視認する範囲にはその姿は見えない。


茨よ我が敵を捕らえよ(チャプターソーン)


 ニョルズの足元から氷の(いばら)が伸び、物凄い勢いで運動場を覆っていく。トールとヴァナを素通りして盾を構える溶岩騎士(ラバナイト)の足元に殺到する。溶岩騎士(ラバナイト)の影響でその周囲は茨の支配と熱の攻防が繰り広げられ、テーナはその影に隠れるようにしてなんとか茨をやり過ごしている。少し離れた位置に立つアイオラはそういう訳にはいかず、足元に到達した茨はアイオラの足を絡め取ってびきびきと音を立てながら絡み付いて下半身を拘束する。


「まず一人捕縛だ。こそこそ隠れている奴も逃がさんぞ」


 一人目を拘束したことでニョルズは早々に勝ちを確信した。膨大な精神力を消費しながら術式を制御し、思わずほくそ笑む。このまま領域を広げていけば何れ姿を隠したローレスを捉えることだろう。機動力を削がれ隠密も暴かれるとなれば、弓使いであるローレスにヴァナとトールの攻撃を凌ぐのは厳しい。溶岩騎士(ラバナイト)とテーナも完全に足止め状態にある今、この術式の効果を維持し続けさえすれば勝利は確実なものとなる。

 だがそれはあくまで相手の反撃で拘束術式が破られなければという前提での話だ。恐らく術式妨害に何か反応があると踏んでいたニョルズは、こっそりと手の中に簡易防御結界を封じた魔核(マナコア)を握り締めていた。極短時間ではあるがそれなりの強度の防壁を周囲に展開することが出来る。防壁が消えるまでの時間は短いとは言え、次の対策を用意するには十分な時間が稼げる。

 現在は運動場の三分の一ほどを支配下に納めている。身の安全を確保したニョルズは死角を無くすべく、更なる支配領域の拡大のために精神力を絞り出す。多少無理しても平気だろう、そう考えての行動だった。

 しかし、ニョルズの描く戦闘予測を大きく超える力の発現を見た瞬間その計画は瓦解する。


召喚(サモン)溶岩大蛇(ラバサーペント)


 縛り付けられた下半身をそのままに、アイオラの術式が完成する。彼女の求めに応じ、その周りの凍り付いた大地がドロリと溶けて赤く熱く波打つ。それは大きく持ち上がり、鎌首を(もた)げる一匹の大蛇となった。ニョルズの制御する氷の茨は一瞬も耐えること叶わずアイオラの下半身を濡らすだけのただの水に成り下がり、それすら刹那のうちに蒸発してしまった。


「さあ、行ってらっしゃい」


 アイオラがゆっくりとした動きで術者(ニョルズ)を指し示すと、チロチロと二股の炎の舌を動かしながら溶岩大蛇(ラバサーペント)は彼女の指の遥か彼方で引き()った笑いを浮かべるニョルズをその視界に納めた。


──我が主を辱しめた愚者は貴様か。


 大きな声ではなかった。だが運動場に居る全ての者にその声は空気を震わせることなく直接届いていた。特に直接視線を合わせてしまったニョルズは蛇に睨まれた蛙の様に(すく)み上がり無様に短く悲鳴を上げてしまった。拘束術式の制御を手放してしまい、氷の茨は動きを止めて侵攻を中断した。ニョルズのように棒立ちになることはなかったとは言え、ヴァナは今日何度目になるか判らない驚きに目を見張る。


「二体を同時に使役した上、一体は強制(コンプルシオン)念話(テレパス)能力持ちとは……」


 更に驚嘆に値するのは、一体は人形(ひとがた)、一体は蛇型と二種の異なる形状を制御している事である。

 擬似体の制御は 術者に近い体型である方が圧倒的に楽になる。自分自身の体を動かす経験値をそのまま擬似生命体に植え付け流用できるからだ。

 例えば腕に本来あり得ない間接を一つ追加するだけで制御は格段に難しくなる。自分自身の体でさえ、それまでに培ってきた経験に乗っ取ってどこまで曲がるか、どれだけの力を出せば腕を持ち上げられるかを無意識に計算している。

 それを同じ人型とは言え体格の異なる擬似体で模倣するのだ。僅かでも差異があるとその微調整に多くの労力を割くことになる。例えば曲げすぎて折れることもあるし、想像より腕が上がらないこともあるだろう。それらを一つ一つ教え込まなければならない。

 そこに本来曲がらない部分が曲がるようになったらどれだけの混乱を招くことになるか。曲げた先でもう一段階曲がるのだ。どれだけの力を加えればどれだけの速度が出るのか。曲げすぎて身体にぶつからないようにするにはどう動かせば良いか。擬似生命体に植えつけた経験の枠の外の情報は、赤子に物を教えるように困難を極める。

 自らに似た姿の制御でそれだ。全く構造の違う生き物の姿を模した擬似体の制御の困難さは言うまでもない。そもそも自分の身体を参考に出来ないのだ。よほどその擬似体の形状の元になった生き物の構造に詳しくなければまともに動くことも出来はしない。

 それを今目の前の女性(アイオラ)は見事に(こな)している。滑らかに地を這うその姿は正に蛇のそれである。


「は、ははは。嘘だ。夢だ。こんなことは不可能だ」


 精巧な喋る騎士の擬似生命体というだけでもう非常識だというのに、本当に生きて存在するかのような動きを見せる炎の蛇まで同時に召喚使役する等、もはや理解の枠外の出来事である。特に術式を習い修め、積み上げてきた経験に自信のあったニョルズにしてみればこれほどの非常識が現実であると受け入れるだけの心の余裕等ない。


「ニョルズ! 避けろ!」


 現実逃避するニョルズの目の前で、炎の蛇が尾を勢いよく振り上げる。トールの声に一瞬正気を取り戻したニョルズが見たのは、二メル(メートル)を超える自身の頭上にまで伸びる細長い溶岩の壁。


「へ?」


 理解が追いつかない。防壁を張ると言うことすら思い浮かばず、間の抜けた声を上げた。次の瞬間、溶岩の壁が一気にニョルズに襲い掛かった。


「殺しちゃ駄目よー」


 アイオラの呑気な声に反応したか、炎の蛇は彼を完全に潰す前に尾を持ち上げる。それでも腕輪の許容量を凌駕したようで、目を回すニョルズの嵌めた腕輪が甲高い音を立てる。


中級(エクスパティース)上位の術者であるニョルズをこうもあっさりと下すか。そちらのお嬢さんも準初級(ビギナー)で居させる訳にはいかないな」


 舌なめずりをしてヴァナが笑う。ますます闘争心に火がついたようだ。

 炎の蛇はアイオラを護るようにその周りを囲うように(とぐろ)を巻いている。その前には溶岩騎士(ラバナイト)が盾を構え、テーナが遊撃として身を潜めている。


「中々に攻め辛い布陣だな。こうなってくると姿の見えない少年が厄介だ」


「ふむ。そちらはわしが何とかしよう。ヴァナは正面を見ておれ」


 トールは右手の金槌を捧げ持つと、祈るように呟く。


「雷よ、雷よ。我が敵を見出だせ。神鳴りし力を示したまえ。捕らえて喰らえ、雷の虎挟みレッグホールドサンダーボルト


 金槌から雷の玉が飛び出し、地に落ちた。放電しながら何かを探すようにぐるぐると回転し始め、その回転が止まった瞬間、玉が割れて中から一筋の雷光が飛び出して地を走った。方向は真後ろ、ヴァナ達を丁度挟み撃ちにするような位置になる。


「……何?」


 運動場の壁際で牙の形になった雷光が大きく口を開き、ガッチリと噛み合う。本来その牙は狙った獲物を決して外さないはずだが、ガチガチと何度も噛み合わされる牙は何も捕らえられない。この金槌の固有技能(ソールスキル)である虎挟みは地に立つ限り誰であろうと何であろうと決して逃さない。必中であるはずのそれが不発に終わると言うことは、ローレスは地面に足を付けていないと言うことになる。


「まあいい。今はあの方角に居ると言うことだな」


 捕縛出来れば最良であったが、出来なかったと言うのなら仕方ない。腰の後ろに右手の金槌を仕舞うと、両手で大金槌を持って振り上げる。


地波震来(アースブレイカー)!」


 トールの降り下ろす大金槌が地を穿つ。打点から前方へと衝撃が走り、遥か先の壁面を打つ音がなる。一瞬の後、トールの目の前の地面が(めく)れ上がり、放射状にその効果が連鎖していく。

 運動場の三割の地面を捲ってその勢いを止めた。その効果範囲のギリギリの所で逃げ切れなかったローレスが土を被った無様な姿で立っていた。


「目標発見」


「力業にも程があります!」


 淡々と呟くトールに、生き埋めにされかけたローレスは思わず突っ込まずにはいられなかった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回投稿は12/27の予定です。


05/03

雷の虎挟みレッグホールドサンダーボルトの挙動が次の話と合っていなかったところを修正。


07/06

余分な空白を消去。

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