第111話 組合支部長(Side:Lawless)
「あ、戻ってきた! ローレス君、ちょっとこっちに来て下さい!」
先ほどの受付の女性に大声で呼ばれ、ローレスは冒険者組合内の注目を浴びることになった。そんなことはお構いなしとばかりに大きく手を振って急かす受付の女性のせいで、ローレスは突き刺さる視線から逃げるように小走りで窓口に急いだ。
「一体何なんですか? なんか凄い注目を浴びて居心地が悪いんですが」
擬装を施されたアイオラはともかく、中性的な整った容姿のテーナが傍にいることもあって突き刺さるような視線は中々外れてくれない。ローレス一人ならともかく、女性二人を連れてこんな注目を集めるのは正直歓迎できない事だ。
「ごめんなさい。ちょっと私も興奮しちゃって……」
ローレスの抗議にやっと失態に気付いた受付の女性は、頬を赤くして謝罪の言葉を述べた。素直に謝られては怒りが持続できないローレスは、仕方ないと大きく息を吐くとその“興奮する”程の出来事とは一体何なのかを尋ねる。
「そう! それよ! 貴方一体何者なの? 登録時にいきなり冒険者階級六、初級なんて初めて見るわよ!」
「もう少し声を落として下さい!」
個人情報が駄々漏れである。
「それで、何で僕はいきなり階級六なんて事になっているんですか?」
ローレスがそう尋ねると、受付の女性は声を潜めて答える。
「それもまだ確定じゃないらしいの。ここの組合支部長が話がしたいって言うんだけど、ちょっと時間良いかな?」
良いも悪いも、話をしないとカードが貰えないのだから話を聞くしかないだろう。
「出来たら今日中に町を出たかったのですが」
「何か確認したいことがあるってことだから、そんなに時間は取らせないんじゃないかな」
なんとも曖昧な返事だが仕方がない。この受付の女性も詳細は聞かされていないようだ。
「解りました」
「それじゃあ、奥の部屋に来てくれるかな」
「それは僕一人ですか? 出来たら彼女達も一緒の方がいいんですが」
好奇の視線に晒されたままのアイオラ達をこの場に残していきたくはない。
「そちらの二人もご一緒にと言われてるから大丈夫よ」
「それなら問題ありません」
受付の女性が席を立ち、ローレス達を奥へと先導する。背後でざわつく声が聞こえたが、もう今さらどうしようもないので諦めることにした。
「あまり目立ちたくないんだけどな」
秘密が多い身としては、出来るなら目立たずひっそり、のんびり生きていきたいと思っている。緊急時にはそうもいってられないことは解っているが、今回のような悪目立ちは避けたかった。
とは言え過ぎてしまったことだ。これ以上目立たないよう、帰りは裏口からでもひっそりと出させてもらえるようにお願いしようと心に決めるのだった。
他とは少し趣の違う扉の前で受付の女性は足を止めた。パッと見た感じは他と大差ないのだが、材質が違うのか他の扉と比べると重みを感じる。
「支部長、ローレス君達を連れてきました」
扉を叩いて室内に声を掛ける。扉越しに「どうぞ」と声がかかって、受付の女性は扉を開いてローレス達に道を譲る。
「中で支部長がお待ちです。どうぞ」
促されるままにローレス達は扉を潜る。背後で受付の女性の「失礼します」の声と共に扉が閉められた。
「わざわざ呼びつけたりして申し訳なかったね。私はこの組合支部の長を勤めるヴァナだ」
室内は中央に応接の長椅子と机が置かれ、入り口の向かい側には頑丈そうな執務机が置かれている。机の向こう側には、女性が椅子に腰掛けている。
ヴァナと名乗ったその女性は、窓からの光を浴びて金色に輝く髪と特徴的な長い耳を持った美しい女性だった。
「……森人……ですか?」
ローレスは自信無さそうに尋ねた。ヴァナは一般的な森人とは大分違う容姿をしていた。
まずその身に纏う雰囲気からして特異だった。線の細い森人の女性像と違い、鋭く野性的な目は歴戦の戦士を彷彿とさせる。森人特有の細い体付きも貧弱な印象とはほど遠く、しなやかな締まった筋肉はまるで猫科の猛獣のような力強さを感じさせた。
「ええ、そうよ。貴方の出身地の近くに火の子供族の集落があるでしょう? 私はそこの出身よ」
椅子から立ち上がり、机を回り込んで長椅子を示し「どうぞ」とローレス達に着座を促した。ローレスを真ん中に左右にアイオラとテーナが腰を下ろす。ヴァナはその対面に腰を落ち着けた。
「さて、回りくどいのは嫌いだから、さくさくいくわよ。まず一つ目、蛇蝎のアボミを倒したのは君で間違いないかい?」
ローレスは頷く。まだ南の帝国領にいた頃の話だ。後に関所で多額の報奨金を受け取った。
「では次だ。斬牙狼の出現報告と群れの殲滅に繋がる情報の提供、並びに群れの首領と思しき変異種の討伐。こちらも君で間違いないかな」
確かにそれらに関わったことは認めるが、そちらはローレス一人の成果ではない。そう告げるとヴァナは愉快そうに声を上げて笑った。
「守備隊長の報告どおりだな。その歳で随分と控えめなものだ。だけどね、私が言っているのはそういうことではない。これら全てに関わり、中核として事態の収拾に努めた者は君で間違いないんだろう? それの確認だよ」
確かに変異種である角付を討伐する上で大きな役割を果たしたのは間違いない。斬牙狼の群れが付近に被害を出す前に片付けられたのもローレスの功績と見ることも出来るだろう。
「確かに関わりましたが。それが一体どうしたって言うんですか?」
アボミに関しても、角付や斬牙狼に関しても既に終わった話だ。今更それを聞き出して一体何をしようというのだろうか。
「それがどうした、か。君は解っていない様だが、どちらも並の冒険者では到底成しえなかった事柄なんだよ? アボミに返り討ちにあった冒険者は数知れない。やられた者の中には準中級の冒険者も居たっていうのに、冒険者登録すらしていない十歳の子供がそれを成したって言うじゃないか。正直信じられなかったよ」
大仰に手を広げ、ワザとらしく首を振った。
「その上、今度は準中級が数人掛かりでようやく互角って言われている斬牙狼の、しかも変異種を翻弄したって言うじゃないか。しかも通常種の方は君の相手にもならなかったとの報告も上がっているよ」
机に両手をつき、身を乗り出して挑発的な視線でローレスを見詰めた。その口許は獲物を前に愉悦の表情を浮かべる肉食獣の如く歪んでいた。
「更にこちらは私の独自の情報元からの話なんだが、あの英雄ラルウァン卿とやりあって苦戦させたって? そんな奴を準初級から始めさせる訳に行くものか!」
もう辛抱貯まらんとばかりに机をバンバンと叩き、ヴァナは大興奮とばかりに叫んだ。森人の持つ生来の美貌もその弾け振りで台無しである。
一頻り吼えた後、肩を震わせて荒く息を吐いて興奮を沈め、大きく深呼吸をすると呼吸を整えて大きく一つ咳払いをした。
「失礼。君の活躍ぶりが余りにも衝撃的でね。私としては中級からの登録で構わないと思うんだが、何分組合も大きな組織でね。色々と規則に縛られて、そうもいかないらしいんだ」
とりあえず昇級試験の意味の薄い準初級は試験免除出来る。これは支部の裁量に任されているらしく、割りとよくある事例とのことで、特に問題にはならないようだ。書類上のみの手続きで初級の上限である階級六まで上げ、ローレスの同意を得て昇級試験を行い準中級の下限である階級七まで上げるのが規則の許すギリギリだそうだ。
「と言う訳で、今からちょっと準中級昇級試験を受けてみないか?」
ヴァナの申し出にローレスは即答する。
「結構です」
「……何?」
いきなり準中級からなんて、注目を集めること必至である。目立ちたくないローレスからすると、ヴァナの申し出はありがた迷惑であった。
「何故だ!? 階級が上がって不都合など無いであろう? むしろ益になる事の方が多いはずだ。それを断るとは一体何を考えておる!?」
ものすごい剣幕で捲し立てられ、ローレスは思わず仰け反った。
「そ、その申し出はきっと破格の厚待遇なのでしょうが、僕は別に慌てて階級をあげようとは思ってないんです」
ヴァナの噛み付きかねない勢いに押され、最初こそ吃りはしたが話すうちに調子を取り戻した。身を乗り出して睨み付けて来ているヴァナの目をしっかりと見据えて言葉を続ける。
「まず第一に、僕は冒険者として大成したい訳ではないんです。家族を、仲間を守るために必要な力は欲しますが、悪目立ちして注目を浴びて、厄介事を呼び込む様な事態は出来たら避けたいんです」
無言で見詰めるヴァナの瞳から目を逸らさず、探るような気配と真っ向からぶつかり合う。何も言い返してこないと言うことは、ローレスの話の続きを待っているということだろうと判断して、彼は更に言葉を重ねる。
「それに僕一人が階級を上げても意味がないんです。仲間と共に勝ち得たと思えるのなら胸を張ってその数字を背負えると思いますが、今回組合側が提示してくれた待遇の殆どは僕一人の成果ではありません。僕だけが評価されるべき事柄ではないと思うので、今回は辞退を……」
「つまり過分な評価だから受けられない、そう言うわけだな?」
いつの間にか姿勢を正し、腕を組んだヴァナがローレスに問う。彼はそれに首肯し、補足する。
「目立ちたくない、と言うのが最大の理由ですが。只でさえ僕は冒険者として活動するには年齢的に注目を集めやすい。そこに華々しい履歴を添えてしまえばどうなるかなんて火を見るよりも明らかでしょう」
ヴァナもそう言われてしまうと言葉もない。しかしその功績を考えると容易く提示した話を撤回する訳にもいかない。
「まずローレス君の思い違いを正しておこう。君の成した行為に対する評価としては、今回の待遇は過小に過ぎる。君を正当に評価しないとなると、組合の組織としての信用に関わってくるだろう。誰も知らない功績であれば関係者が口を噤めば良いだけだが、多くの目撃者がいて記録として形になっている以上そうもいかない」
冒険者とは、身一つで成り上がる事が出来る一つの憧れの形だ。中級まで至れば、何処に行っても厚待遇で迎えられる。力を付け、経験を積み、上を目指す者はそうした先を見据えて努力している者の率が高い。
その待遇は先人達が築いてきた信頼に基づいている。組合の信用に直結した評価というわけだ。
功績のある者に不当な評価を与えてしまえばそんな組合制度自体の信頼に傷がつく。ローレスの功績を低く評価すると言うことは、そうした組織の信用の一部を削り落とす行為に他ならない。
「やはり君は試験を受けたまえ。その力量を計り、過分であると証明されればこちらも評価を改める言い分が立つ。君一人の功績ではないというのならば、そちらの二人も一緒で構わない。斬牙狼の件では君達も関わっているのだろう?」
横で静かに話を聞いていたアイオラとテーナは、ヴァナの問い掛けに頷く。彼女達も階級自体には興味は薄いが、ローレスに着いていくためなら話は変わってくる。
きっとローレスは彼自身が望まなくてもいずれ注目を集める存在になるだろう。彼は気づいていないが、そういう星の下に居るということは側でずっと見てきたアイオラには判る。
いつか手の届かないところに駆け上がってしまって、置いていかれる訳には行かない。
「ローレス君が挑むなら、私も共に」
アイオラははっきりとそう答えた。テーナは二人を見届ける為に側に居ることを決めたときから覚悟は決まっている。二人の邪魔にならないよう、置いていかれないよう彼女なりの立ち位置を作っていかねばならない。
「わたしも頑張るよーっ!」
拳を握り、目に力を込める。眠たげに垂れた眦が僅かに上がり、気合いが入ったのが判る。面識の薄い者には判らない程の変化だが、それを見てローレスも試験を受ける覚悟を決めた。
「解りました。僕達の力量がその階級に至っているのか、評価をお願いします。折角の申し出に水を指すようなことをして申し訳ありません」
ヴァナに向けて深く頭を下げた。十歳児とはとても思えないその所作にヴァナは目を見張り、だがローレスが頭を上げる前には表情を取り繕う。
「では準備が済み次第、裏の訓練施設に移動しようか。出来るだけ目立ちたくないという君達の要望に配慮して人払いをしておこう。控え室に案内させるから、万全の体制を整えて待っていてくれるか?」
ローレスが頷くのを確認して、ヴァナは席を立つ。執務机に移動すると何か魔道具のようなものを操作した。程なく先ほどとは別の女性が扉を開き、ローレス達に退室を促す。
「ローレス君、君が納得出来る布陣で試させて貰うよ。覚悟しておきたまえ」
ヴァナの挑発的な言葉を背中に受けながら、ローレス達は支部長室を後にするのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回投稿は12/21の予定です。