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第110話 成立(Side:Rayshield)

 「うむ。二つ目の話なんじゃがな。こちらはお願いと言うか、お主らを雇いたい、と言う話じゃ」


 歯切れ悪くゲイルが言うには、後数日で到着する彼らの主の住む町に滞在している間、ビクトリアの護衛として屋敷にいてほしい、と言うことだった。

 詳しくはまだ話せないが、彼女は何者かに狙われているらしい。誰にとは口に出さないが、屋敷にいる間もと言うことは、(おの)ずと見当はつく。


「俺達は目的があって旅をしている。一つ所に留まるつもりはないが」


 今は火神の玉座(ウルカヌストローン)を見付け出す事に時間を割かねばならない。護衛に当てる時間など無いのだ。


「根本的な問題が解決するまででなくても良いんじゃ。主が復調し、状況を把握するまでの数日で構わん。今はお主くらいしか頼れるものがおらんのじゃ」


 ビクトリアには兄が二人と弟が一人いるそうだ。そのうちの誰が事を成し、誰が味方足りうるのか。それを見極めるにはビクトリア一人では手に余ると言うことらしい。


「俺達ものんびりとしていられない事情がある。状況を掴むまでにどれだけ掛かるのかはっきりと判らないのなら、約束は出来ないな」


 火神の玉座(ウルカヌストローン)で事を終えた後、地霊の口腔(ワームレアー)の最深部を目指すために長く時間を取られることになる。東の竜王国に辿り着くのは早ければ早いほど良いのだ。

 それにゲイル達と行動を共にすると、非常に厄介なことに巻き込まれそうな気配を強く感じる。あくまでライシールドの勘に過ぎないが、所謂“悪い予感”と言うものをひしひしと感じるのだ。

 気乗りしないライシールドと消極的ながらも引かないゲイルのやり取りを見て、ロシェが口を開く。


「ライ様、このままでは話は何時までも平行線です。ですので、いくつかこちらから条件を提示させていただいてはいかがでしょう」


 こちらの要望を違えないのであれば、そちらの要求を呑む。その要望の中に期限を盛り込んでおけばいつとも知れない終わりを待つ必要はない。


「そうじゃな。ワシらの都合に何時までも付き合わせるのはこちらとて本意ではないでの。そちらに条件を提示してもろうた方がありがたいの」


「はい。交わした約束はコルトブルの名に賭けて私ビクトリアが必ず果たすと約束しましょう」


 ゲイルとビクトリアの同意を得たので、ライシールド達は対価である条件をどうするかを話し合う。

 まずは期日。これは正直短ければ短いほど良いのだが、流石に一日や二日と言う訳にはいかない。だが長すぎてもライシールド達の旅路に不都合となる。短くて五日、長くて十日が限界だろう。


一週間(六日)を基準に状況次第ではこちらの判断で十日まで伸ばそう。それを過ぎたら、例えお前達が窮地にあろうと俺達は出発する。期日に関してはそれで良いか?」


 実際子爵が復調するのに三日を見たとしても、一週間を掛けて尚事態の把握すら出来ないと言うのであれば、十日が二十日でも大差ないであろう。そこまで付き合う義理も時間もない。


「そうじゃな。我が主ならそれだけの期日があれば対応出来るじゃろうて」


 ゲイルが首肯し、ビクトリアがそれに習う。これで最大の懸念事であった見えない終わりは無くなった。


「して、他には何を提示されるのですか?」


「ロシェ、レイン。この話の流れからして、何か考えがあるんだろう?」


 ビクトリアの問いに答えず、隣に座るロシェと彼女の肩に座ったレインに声を掛ける。レインが「ライにしては鋭いね」と笑うと、ロシェの肩から飛び立つと机の上に降り立つ。


「こちらから提示する前に質問しても良いかな?」


「私に答えられることなら何なりと。妖精殿」


火神の玉座(ウルカヌストローン)の場所を知っている?」


 ライシールド達は北の魔道国家領にある山脈の何処か、としか把握出来ていない。まずは首都で情報を集める予定だったのだが、ここである程度の目星が着けばその調査に割く時間を短縮出来る。


火神の玉座(ウルカヌストローン)ですか。あれはお伽噺だとばかり思っていましたが、皆さんの様子を見る限り、実在する場所なのですね」


 ビクトリアの口振りからするに、火神の玉座(ウルカヌストローン)は実在するかも怪しい神域として認識されているようだ。


「ワシが知る彼の地は、神仏が集いて眠り続ける火神の王を慰める宴が常に開かれる場所であり、この大陸の全ての神仏の休息と療養の地とも言われる場所じゃな」


 古いお伽噺にも理由が明かされない火神の眠りが覚めるまで、神仏は火神が善き夢を見続けられるよう宴を開き続けていると言うことだ。また神仏のその身が不調に冒されたとき、癒し休息するための保養の場所でもあるらしい。

 病に倒れた母親のため神仏の秘薬を得んと山を登り、苦難の果てに母親を救う物語は古くから伝えられている。母を救わんと苦難に立ち向かう子の思いを伝えるこのお伽噺を信じ、その描写に近しい山に入る者は多いが、誰一人として秘薬を手に帰るものは居なかった。何時しか実在しないか、神仏の身を(もっ)てしか進めぬ道の果てにあるのではないか、と考えられるようになった。


「ワシらには具体的な場所はわからん。じゃが我が主の屋敷の蔵書を調べれば、或いはそうした記述があるやも知れん。博識な主が知っている可能性もあるのぅ」


 その言葉にレインは満足げに頷くと、条件の一つに滞在中の書庫の使用許可と子爵に情報の開示を求める旨を提示した。


「そのくらいなら問題ない。書庫の使用許可は私の独断で出します。情報の開示に関しても、必ずや説得して見せましょう」


 ビクトリアが答え、この条件は通ることとなった。コルトブル子爵の説得に関しては確約とは言えないが、ゲイルの「主は恩を仇で返すような真似はすまいよ」との言葉を一応は信じることにした。蔵書の閲覧だけでもそれなりの事は判るだろうとの考えもある。


「後はわたくし達の武装の許可ですわね。屋敷内での武装解除には同意しかねます。護衛的な意味でも、自衛的な意味でも」


 ロシェの要望は護衛側の立場からすれば当然の話だ。ビクトリアの安全を考えるなら、無手になることは悪戯に危険度が増すだけだ。

 だがその言葉にゲイルは難しい顔をする。ライシールド達の立場を理解した上で、それでもその要望に是と答える事は難しい。


「ワシらはお主らは信用するに足る者だと言うことを理解しとる。じゃが主の息子達がそれに同意してくれるかはなんとも言えんのぅ」


 館の住人の心情を(かんが)みれば、当然と言えば当然の話だ。心苦しそうに難色を示すゲイルに、しかしロシェは容赦しない。


「わたくし達は虎穴に素手で入るような趣味は持ち合わせておりません」


 ライシールドは神器【千手掌】があるので非武装でも戦力に大きな差はない。着脱不可の銀の腕輪(アームレット)もある。

 アティとヴィアーは無手でも十分な戦力足り得る。アティはその見た目からは想像もつかない膂力(りょりょく)と生半可な剣など弾く強靭(きょうじん)な肌を持ち、ヴィアーは元々素手による格闘が(メイン)で、その延長に爪器による攻撃を追加する戦闘形式(スタイル)である。武器はあくまで攻撃力の底上げに過ぎず、必ずしも必要と言うわけではない。

 クルルに至っては風の竜魔法(ドラゴンユース)の使い手であるのでそもそも武器は必要ない。彼女の各種防壁を破れるほどの者がそう居るとも思えない。身の安全と言う意味では彼女が最も堅固(けんご)であろう。

 そしてロシェは鎧骨格と言う生体鎧を持っている。身の安全と言う意味では何の心配もない。アティやヴィアー程ではないが、無手の戦闘もそれなりに(こな)せる。

 正直なところ武装解除をしたところで大して困りはしないのだ。

 それに先ほどゲイルが話したように、武器を持った見知らぬ者が屋敷の中を彷徨(うろつ)くなど普通は了承出来る話ではない事位はロシェもレインも理解している。

 彼女達はそうした事情を理解した上で、あえて無茶な要求を出している。ここでゲイルが口約束で武装の許可を容易く出すようならこの話はなかったことにしようと考えていた。今さえ乗り切れば後は流れでうやむやに出来るなどと安く考えられては堪らない。

 ゲイル達がライシールド達の事を高く評価している、言い方を変えれば脅威に感じていることは解っている。彼らが低く見ることなどないとは思うが、それでも信用をするには共に過ごした時間は短すぎ、その内容の密度は薄すぎる。この要望の提示はライシールド達がゲイル達を信用するための最後の試金石でもあるのだ。


「貴女方はわたくし達にそれでも護衛をしてほしいと願うのですか? わたくし達が自らの安全を担保にしてでも行うに足る理由があるとでも?」


 ビクトリアもゲイルも言葉に詰まる。自分達の求めるものに対して、彼らが得るものが釣り合わないと理解したようだ。只でさえ雪山でゲイル達の命を救ってくれた恩がある。主の為に治癒薬を提供して貰うという約束がある。それに対して返す当ても目処も着いていないと言うのに、更に上乗せしようとしているのだ。

 むしろここまで話に付き合ってくれたことに感謝するべきであり、これ以上の要望を出すのは厚顔にも程があると言うものだろう。


「……すまない。今の話は忘れてくれ。貴方達に対して大きな負債を抱えている我が身で願い事など、そもそもが間違っていた」


「そうじゃな。ワシらで何とかせねばならん話であった。図々しい申し出をしてしもうた事、平にご容赦願いたい」


 願う立場ではないと気付き、ビクトリアが頭を下げ、ゲイルがそれに追随する。


「書庫の閲覧はどうにかしよう。情報の開示についても、治癒薬の対価の一部として何としても成立させて見せる。無論可能な限りの謝礼はさせていただく」


 当主の健康に勝る財など無い。謝礼を出し渋るつもりは毛頭無かった。そう考えると、そもそも彼らを雇って支払うものがあるのかも怪しくなってくる。土台無理な話だった、とゲイル達はこの話を諦めるつもりで再度深く頭を下げた。


「ライ様」


 その様子にロシェは満足げに頷き、ライシールドに裁定を(ゆだ)ねる。


「その依頼を受けよう。武装に関しては可能な限りで構わない」


「しかし、それでは貴方達に余りに負担が大きいのでは」


 完全に諦めていただけに、その願ってもない申し出をうまく消化できずにビクトリアは躊躇いがちに尋ねた。


「先ほどはああ言ったが、俺達は武装の有無はそれほど関係ないんだ。あれば助かるが無くても困らない」


 それに、とライシールドは続ける。


「治癒薬の本来の持ち主のあのお人好し(法生)なら、きっとお前達の事を見捨てないだろう。それにあの薬で助けた意味がなくなるような事をしたら、あいつはきっと悲しむ」


 かつて共に戦った少年を思いだし、ライシールドは目を閉じる。今何をして、何処に居るのかは判らないが、再び会えたときに胸を張れる自分でありたいとは思っている。彼に背を向けるような生き方をする事は彼の矜持(プライド)が許さない。


「だからまぁ、これは俺の勝手な都合だ。ある程度は好きにさせて貰うから、黙って俺たちに付き合って護衛されてると良い」


 肩を竦めるライシールドに、ビクトリアは深く頭を下げる。

 或いはそれはライシールドのほんの気まぐれなのかもしれない。それでもこうして助力を得ることが出来た。彼が何を思おうと決してビクトリア達を裏切ることだけはないだろう。その事実こそが大事なのであり、彼の真意が何処にあるのかなどこの際関係はない。


「あ、滞在中は美味しいご飯をお願いね」


 レインが大事な事を忘れていたとばかりに手を叩いた。ゲイルは「お安いご用じゃ」と笑顔で胸を叩くのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回投稿は12/18の予定です。


15/12/17

驚異→脅威

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