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第108話 顛末と報い(Side:Rayshield)

 ある程度の距離を稼ぎ、追っ手が来ない事を確認した上でライシールド達は街道側の休憩場所に馬車を止め、一休みすることにした。栗毛も病み上がりにも関わらずずいぶんと頑張ってくれたが、これ以上無理をさせてはまた倒れてしまうかもしれない。


「今日はここで夜を明かそう。少し早いが、馬を休ませたい」


 銀の腕輪(アームレット)から一抱えはある木の桶を出し、神器【千手掌】を起動する。薄氷(Thin ice )の腕(blade)で桶の中に氷の刃を生み出し、桶が氷で一杯になった所で燃鱗(Combustion)( scales)で氷を溶かす。若干温めに水温を調整して栗毛達に飲ませてやる。


「その腕は何でもありじゃな」


 その様子を見て、ゲイルは呆れたような、感心したような顔をする。強者の腕(Strong arm)で岩塩を握りつぶし、三頭の馬に与えながらライシールドは「何でも出来る訳じゃないが、まぁ便利な腕なのは認める」とだけ答えた。


「ライ、ヴィアーがこの付近で中型の獣の気配を感じたらしい。我とヴィアーでちょっと狩って来ようと思うが、行ってきても良いか?」


 アティが完全武装で訊いてくる。ダメだと言っても聞きそうにないその笑顔に「ロシェ、二人に付いて行ってくれるか?」と子供二人(アティとヴィアー)のお守りをお願いした。


「ええ、判りましたわ。御安心を」


 剣と盾を手に、ロシェは首肯するとアティ達と共に茂みに別け入って姿を消した。ライシールドは念のため、辺りの気配を探ってみたが、特別危険そうな獣や魔物の気配は感じられなかった。


「ボクはちょっとこの広場に風の結界を張っておくね。ライ様、いい?」


 ライシールドに同意を求め、彼が頷くのを確認すると風の竜魔法(ドラゴンユース)を発動する。周囲を取り囲むようにして半透明の壁が出現し、暫くするとそれは見えなくなった。

 肌寒い風も止まり、ゲイル達の焚き火の熱気で周囲の冷気は払われる。


「ほう。ククル殿の風の封印術は凄いんじゃな。路傍の石(メディオーカー)をこれほどの広範囲に張り巡らせるなど、並大抵の術者には出来ん芸当じゃ。それに防音(サウンドプルーフ)風避け(アボイドウインド)保温(キープウォーム)まで付与されとる」


 ゲイルがククルの手腕に称賛を送る。ダンは術式とは無縁の男なので、焚き火に使う薪を馬車から下ろす作業を黙々と行っている。と言うか戦闘時以外は力仕事くらいしかやることがないのだが。


「ダン、薪の量はもう十分だよ」


 ビリーは薪を火に()べている。こちらは冒険者とは思えないほど線が細く、力仕事には全く向いていない。

 魔術師(ソーサリアン)なので戦闘に関しては魔術(ソーサリー)で後方からの砲台役となるため、腕力がなくてもなんとかなるようだが、それにしても少し非力すぎるように感じる。


「火の管理は任せた。俺は馬達の手入れをしておく」


「了解じゃ」


 やることさえやってくれれば文句はない。こちらに害が及ばなければ隠し事があろうが能力が低かろうが問題ではない。

 馬達を休ませるべく、ライシールドは銀の腕輪(アームレット)から刷毛(ブラシ)を取り出すと、馬車の影へと馬を連れて移動していった。




「これはまた見事な大猪じゃな」


 ヴィアー達が戻ってきたのは出発してから大体三十分程経った頃だった。アティとロシェが二人で運んで来たのは体長二メル(メートル)はある大きな猪だった。

 広間の中央に置かれた大猪をどう処理するか悩んでいると、ゲイルが寄ってきて「なんじゃったらワシらが解体してやろうか?」と訊いてきたのでお願いすることにした。


「よし、それじゃあ焼いていくぞ」


 大猪は皮を剥がれてあっという間に肉の塊に変わった。焚き火の上に吊り下げられた肉の塊が焼けるいい匂いが辺りに漂う。

 当然残るだろうと思っていた大猪の肉は、予想を裏切って一片すら残らず消費された。

 まずアティが何処に収まったのか判らないが優に百キル(キロ)位の量を一人で平らげた。人の姿をしていても本来は巨大な竜種である彼女は、食べようと思えば馬の一頭位なら平気で平らげられる。普段は必要最低限の摂取に止めているだけで、機会があればこうして大量に食べて足りない分を補っているのだ。

 後は順当にダンが次いで大量に食べた。その体躯に見あった量なのでそこに驚きはない。逆に小柄なククルが三番手につけたことがゲイル達を驚かせた。その健啖ぶりはやはり竜種の成せる技なのだが、そういった事情を知らないゲイル達は驚きを通り越して呆れるばかりだ。

 二百キル《キロ》を越える猪肉は、こうして影も形もなく消費された。




「結界があるから大丈夫じゃとは思うが、夜番はワシらが先に立とうかの」


 慌ただしく町を後にしたので思ったよりも気疲れしていたようで、腹が満ちた途端にアティやヴィアー、ククルは早々に船を漕ぎ始め、ゲイルの薦めで馬車の中に消えた。ダンとゲイルが焚き火を見ていてくれると言うので、頃合いを見計らってライシールドとロシェが代わることにして彼らは馬車近くで横になった。


「ワシは彼らに会えたのは僥倖(ぎょうこう)じゃと思っておる」


 ライシールド達が焚き火から離れ、ダンとビリーと三人になった所でゲイルが話し出す。その言葉にビリーは神妙に頷き、ダンは「まあな、あいつらに会ってなきゃ今頃どうなってたかわからんな」と肩を竦める。少なくともビリーは助からなかっただろうし、ゲイル達もあの熊から逃げ切れた保証はない。


「どうも私の事も判った上で放置してくれているような感があるね」


 ビリーが馬車の方を見ながら呟く。はっきりと訊いてこないので打ち明ける機会を逸してしまっているが、ビリーは近く自らの隠し事を打ち明けるつもりではいた。地元につけば嫌でもばれることだ。自ら打ち明けるのと隠したままで発覚するのとでは、彼らの感じる物も違うだろうと思ったのもある。

 それに彼らに悪感情を抱かれてはいけないという警戒もある。しばらく旅路を共にして、彼らの本質は善性に大きく傾いているというのは理解したが、一度敵と認識したものに対しては苛烈としか言い様の無い対応をする。

 また、彼らの戦力は下手な軍隊を凌駕する。彼らを止めるのは並大抵の事では無いだろう。

 彼らを敵に回してはいけない。ゲイル達はそう結論付けている。勿論大前提として治癒薬を手に入れるためにという理由はあるが、それを抜きにしたとしても彼らと敵対することは愚の骨頂である。


「まあ悪意のある隠し事ではないですし、彼らも納得してくれるじゃろうて」


 薪を放り込み、焚き火の火勢を保ちながらゲイルはそう話を(しめ)た。


「ビリーはもう先に寝てていいぞ。体に障る」


「そういう訳にはいかないだろう。今は私たちは同じ立場なのだから」


 ダンの薦めを断るビリー。ダンはそれに呆れたように大袈裟にため息を吐いた。


「アホか。怪我が治ったばっかりの体力の無いやつが無理して倒れてでもしてみろ。俺たちだけじゃなく、あいつらにまで迷惑かけちまう。対等に扱って欲しかったらまず体力をつけるこった」


 小さな子供にするようにビリーの頭をポンポンと叩く。悔しそうに睨み返すビリーを相手にせず、ダンは「ちょっと周りを見てくるわ」と立ち上がると焚き火から離れていった。


「解っておるとは思うが、あれなりの気遣いじゃからな。大人しく寝ておくことじゃ」


「解ってるけど、悔しいのはどうしようもないな。経験と体力がないのは確かだから仕方ないんだけどな」


 大きく息を吐いて、ビリーは敷き布代わりの毛皮に寝転がる。ククルの結界のお陰で真冬だというのに寒さを感じないが、それでも布団代わりのマント(袖無外套)を被る。


「お前さんはまだ若い。それに本当に身に付けねばならん物は冒険者の経験でもダンに認められるほどの体力でもないはずじゃ」


 ゲイルの言葉に返す言葉もなく押し黙る。冒険者はビリーの憧れだった。今回のようなどうしようもない理由でもなければ町から出ることも許されなかったビリーの夢だったのだ。

 雪山で死にかけ、ビリーは自分が冒険者に向いていないと自覚した。仮に城壁迷宮に辿り着けたとしても大した役には立てなかったかもしれない、とも気付いてしまった。ゲイルの経験にもダンの戦闘能力にも到底及ばない。多少火や風を操れる程度の、非力な初心者冒険者でしかない。

 この冒険者の真似事も地元に着けば終わる。後は不自由で退屈ないつもの生活に戻るだけだ。


「まあ、帰るまではお前さんはただの新米冒険者のビリーじゃ。精々後悔しないよう、頑張ることじゃな」


 ゲイルの言葉に返事をすることなく、ビリーは目を瞑った。せめて今は自由な空の下の冒険者として、心踊る夢を見ることを願って。




 いつの間に追い越されたのか、双子の町(ジェミニ)の不祥事は到着したばかりの町でも話題になっていた。

 やはり兵士達の独断だったらしいが、元々冬の間は旅人や行商人よりも鉱員を重視する風潮があったのも事実で、その管理責任を問われてあの町は今大騒動になっているらしい。

 特にライシールド達が去った後、抗議行動に出た行商人達に怪我を負わせたのが不味かった。怪我をした者の一人が商人組合(ギルド)の幹部の一人の遠縁に当たる者だったようで、一時は双子の町(ジェミニ)の全ての商業活動から組合は手を引くとまで宣言が出された。流石にやりすぎだと直ぐに撤回されたが、魔道国家全土の商業組合を通して今回の騒動は広く伝わってしまい、双子の町(ジェミニ)の評判は地に落ちたと言える。


「国境に一番近い町であり、また希少な氷水晶の産出地にも近い町であるが故の驕りがあったんじゃろうな。あの町はこれからが大変じゃろうて」


 商人はあの町を避けるようになるだろう。商人組合に睨まれた町で商売をすることは非常に難しい。氷水晶も別の町で手に入らない訳ではない。近い内に何らかの勢力が別の販路を開拓することだろう。


「まぁ、俺には関係の無い話だ」


 後はあの町の住人がどう変わり、どう生きるかだ。変わらずに衰退するも変われずに町を捨てるも彼ら次第だ。


「関わることももう無いだろうしな」


 ライシールドは先に進まなければならない。この大陸から離れる為の旅路だ。二度とあの町に足を踏み入れることはないであろう。

 そう思うと、もう怒りも感じない。僅かに残っていた(わだかま)りも捨て、ライシールドはあの町の事を頭から追いやったのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


次回投稿は12/12の予定です。

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