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第106話 裏技と惨事(Side:Lawless)

今日も遅れました。申し訳ありません。

そろそろ毎日投稿がやばいかもしれません。

 ローレスはその後、ファクトに初級導術書ビギナーチュートリアルのお(さら)いとその次の段階である接続の文字を使った一般的な刻印文字(シールワード)の組み合わせを幾つか教わった。無論ファクトの著書は全て購入しているので道中もそれを使って勉強する予定だ。

 それを踏まえた上での話だったので、話の半分程は理解の域までは行かなかった。それでも一度聞いた上で書籍を読めば、その話の意味も追々解ってくることだろう。


付与術(グラントメント)で解らないことがあったらいつでも来ると良い。ワシが居る間はいつでも話を聞いてやろう。いつまで生きておるかは判らんがのぅ」


 笑うに笑えない冗談に曖昧な笑みを浮かべてローレスは席を立つ。アイオラもそれに(なら)って腰を上げた。


「ファクトさん、色々とありがとうございました。授業料というわけではありませんが、これを受け取って下さい。いざと言う時に使っていただければ」


 ローレスは仏具【蓮華座】をこっそりと鞄の中で起動して、治癒薬を一本机の上に置いた。


「これは……まさか! こいつは治癒薬じゃないか!」


 グランが目敏くその薬の正体に気付き、目を丸くする。極稀に各地の迷宮から発見されるという希少な薬を、あの程度の講義で差し出したのだ。驚かないほうがおかしい。


「ほう。ワシも名前にしか聞いた事がないのぅ」


 一見すると黄色い液体が入った瓶にしか見えないが、見るものが見るとやはり人目で判るものらしい。


「しかもこの霊気量は、相当高位の秘薬なのでは……」


 壊れ物を扱うようにそっと手に取ると、グランはしげしげと治癒薬を観察する。ローレスが渡したのは中級の治癒薬。低級の物でも希少価値が高い。それの一つ上の品質だけに、滅多に出回らない高級品である。


「流石に先程の講義で受けとるには過ぎた報酬じゃのう。さてどうするか」


 ファクトは思案すると、何かを思い付いたように手を打った。


「強化、接続の次に覚えるのは増幅じゃと言うことは話したな? 一つ裏技を教えておこうかの」


 そう言うと懐から一本の短刀(ナイフ)を取り出す。


「これにまず切れ味強化の文字を刻むとそのもの切れ味が良くなるのは解るじゃろ?」


 ファクトの言葉にローレスは頷く。


「ここに増幅の文字を接続の文字と共に刻むと、刃の材質以上の硬度の物を斬ることが出来るようになる。公式では強化の後に増幅が基本じゃな。一応ワシの著書にもそう書いておる。じゃがの」


 言いながら短刀に刻印文字(シールワード)を刻んでいく。増幅、火、強化の順だ。


「こうして増幅を頭にして、属性を間に入れて強化で閉めると……」


 ファクトは精神力を短刀に注ぐ。規定よりも少ない消費量で刃が熱を持って赤く色付く。


「消費される精神力を増幅して属性の発動を行い、発動した属性を強化する。言わば精神力の節約の構成じゃな」


 僅かな消費で効率良く効果を発揮する構成。精神力の乏しい人達には非常に有難い仕組みだ。


「そして、これを応用した裏技がこれじゃ」


 商品棚に置かれた短刀を一本手に取ると「これ貰うぞ」とグランに一方的に宣言して返事も待たずに刻印文字(シールワード)を刻んでいく。


「まずは増幅。これで精神力を増幅するのは先ほど見せたじゃろ? ここに接続と強化を繋げて、最後に属性の文字じゃ」


 増幅と強化を繋ぐ接続の文字の影響で、増幅される精神力の量が更に強化される。そうして大幅に上がった精神力を注ぎ込まれ火の文字が短刀の刃を真っ赤に染め上げる。先ほどの比ではない熱気に店内の温度が急激に上がる。


「じいちゃん! 止めて止めて!」


 グランが慌ててゲイルの手元を指差す。赤熱した刃がその熱に耐え切れず、自重に負けて曲がり始めている。増幅された熱量が素材の融点を超えたようだ。


「む、いかん。やりすぎたようじゃな」


 立ち上がると慌てて裏の広場に移動する。途中耐え切れずに床に落ちた鉄片が木製の床を焦がし、一瞬で燃え始める。


「ああ! 僕の店が!」


 グランが火を踏み消そうとするが、既にその程度で消化できる規模を超えている。そもそも火種である赤熱した鉄片は既に床を焼きぬいてしまっているので、表面をいくら叩いたところで正に焼け石に水だ。


凍て付け(フリージング)!」


 アイオラが燃える床に氷の魔術(ソーサリィ)を放つ。力の源である刻印文字(シールワード)の制御から離れた鉄片は急速に熱量を落としているが、それでも床の火を消して氷は水となり、熱い鉄片に触れて床下で小さく破裂音をさせながら膨大な水蒸気を発生させる。最終的には大きな穴を開けて黒く焦げた床を氷で覆い包むことで鎮火に成功した。

 火は消えたが店内は水蒸気のせいで満遍なく湿り、商品の幾つかは水浸しになってその価値を大きく減じた。それを見てグランは呆然と膝を付き、頭を抱えた。


「大損害だ……」


 とは言え、アイオラの魔術(ソーサリィ)がなければ建物全てが焼失していたかもしれない。当然店内の商品は全て灰となったことだろう。


「ありがとうございます。何とか致命的な被害は免れました。じいちゃん、恨むぞ……」


 アイオラに頭を下げると、無事な魔道具を移動させながら恨み言を呟く。そこでローレスは当のファクトはどうなったのかが気になり、裏口から広場に飛び出した。


「……うわぁ」


 広場の中央で土を溶かし下草を焼いて、短刀は尚も膨大な熱量を放出していた。それを持っていたはずのファクトの姿は見えない。

 と、工房の扉が開いてファクトが筒状の魔道具を持って飛び出してきた。それを短刀に向けて精神力を注ぎ込む。筒の内側に填め込まれた水の魔核(マナコア)から大量に水が放出される。


煉土(ニードクレイ)!」


 全力で放った自然魔術(ナチュラルミーンス)がファクトの目の前に土の壁を作り出す。赤熱した短刀と水が触れ合ったのはそれとほぼ同時。そして土壁を吹き飛ばす勢いで爆発が起こる。

 ファクトは吹き飛ばされた土に包まれるように転がって工房の壁に激突した。放水の魔道具は跡形もなく吹き飛び周囲を水浸しにして、鉄片自体も爆散して水の中で熱を奪われて鉄屑となった。


「水蒸気爆発……で合ってたかな」


「あいたたた……よく知っておったな。助けてくれようとしたんじゃろ? ありがとうよ」


 ローレスの呟きに頭を抑えて立ち上がるファクト。どうやらファクトも高熱の物質に液体を掛ける事で発生する気化爆発の事は知っていたらしい。


「解っていてあんなことをしたんですか?」


「一応、ワシも付与術者(グランター)の端くれ。あの程度の爆発から身を守る術は持っておるよ」


 にやりと笑うと腕を捲くる。右手の手首に複雑な文字が刻まれた腕輪をつけている。


「こいつは瞬間的に対衝撃の結界を展開する魔道具じゃ。これを発動する前に少年の術式が発動したのでな、使用の瞬間を逃してしもうたわい」


 からからと笑うファクトに謝っていいのか呆れていいのか悩ましいところだ。


「じいちゃん! 俺の店をどうしてくれるんだよ!」


 店舗側から怒り心頭なグランが肩を怒らせてやってくるのが見えた。ファクトは「少年! いつでも来るがよいぞ!」とローレスに手を振ると老体とは思えない機敏な動きでグランから逃げ出した。


「じいちゃん待てってば! はぁ。お客さん、ばたばたしてしまって申し訳ありません。後は身内の話なのでもう帰っていただいても大丈夫ですよ」


 疲れた顔のグランに少し申し訳ない気持ちもあるが、これ以上ここに居ても面倒ごとに巻き込まれるだけだろう。そう考えてローレス達はその言葉に甘えさせてもらうことにした。


「では、大変でしょうが頑張ってください」


 ローレスの心からの言葉に「ありがとう」と力なく笑うグランを置いて星詠みの家を後にする。思ったより長く滞在していたようで、辺りはもうすっかり夕飯の時間帯に入っていた。


「そういえば少しお腹が空いてきましたね」


「そうね。でもネリアやテーナと夕食を一緒にって約束をしてるの」


 そういうことなら仕方がない。ローレス達は良い匂いが漂う通りを宿に向かって戻る。


「私に付き合わなくてもいいのよ? ローレス君なら多少食べても大丈夫でしょ?」


 と言われても一人で食べるというのも気がひける。何か良いものがないかと見回し、一軒の屋台に目が留まった。

 それは玉蜀黍(とうもろこし)を漉して味を調えたスープ(煮汁)の屋台だった。玉蜀黍の粉で作ったパンも置いてあり、値段もお手頃だ。


「アイオラさん。スープくらいなら飲んでも大丈夫じゃないですか?」


 アイオラがそれもいらないと言うのなら、ローレスは宿まで我慢するつもりで聞いてみた。一瞬考えた後、アイオラははにかんで答える。


「そうね。やっぱり少しお腹も空いているし、スープくらいなら大丈夫かな?」


 それならば、とローレスはスープを二人分、そしてパンを一つ購入してきてスープを一つアイオラに渡した。


「ありがとう。頂きます」


「僕も頂きます」


 屋台の傍に置かれた椅子に腰掛け、暖かい玉蜀黍のスープに口をつける。器は返さなければいけないようなので、ここで飲んでしまわなければならない。


「まぁ、多少夕飯時から遅れても大丈夫ですよね」


 テーナ達には悪いが、ドタバタの一日の締めにアイオラと二人のんびりしたい、そう思うローレスは少しでも長くこのゆっくりとした時間を楽しもうと、ちびちびとスープを飲むのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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