第07話 越える為に
登録されている腕の利点も欠点も同じだけ知っているのだから、どの腕でどの腕に対抗するのがいいか等すぐに判る。裏をかこうにもほとんど同じ思考をし、同じ結論に至るのだから意図も読めるし読まれてしまう。何をやっても有効打を与えられないし、痛い攻撃を食らうこともない。せめて立ち位置で条件が変わってくれば良かったのだが、ここは何処までもまっ平らな世界だ。
何もかも筒抜けで、何もかも見抜ける状態。自分と戦うとはこういうことか。
この状況で自分自身を超えるのは簡単な話ではない。だが、あれはどういう扱いになっているんだ?
(なあ、レイン。影と俺は何もかも一緒なのか?)
影は翅脈の腕を装填した。身体速度を上げる蛇腹模様の腕が風を纏う。
──はい。身体能力、腕の習熟度合、能力の知識、生成された時点のライシールド様と同一の個体として模倣されています。
火弾では風の飛針は防げないし、高速で動く影の姿を捉えるのは困難だ。再び紫電の腕を装填し、紫電結界を張り巡らせる。
(レイン、お前もか?)
──私も、とは?
(影にもお前と同じようなヤツがついているのか?)
操作補助の妖精がライシールドの一部と判定されているのか、別個体として認識されているのか。
──神器操作の補助の為、影の意図を反映する機構が組み込まれています。私のような妖精がついている訳ではありませんが、能力補助において違いはありません。
ですから、条件的にはまったく同じと考えてかまいません。レインはそう答えた。
確かに同じ能力を持つのだろう。でなければここまで互角の展開が続くはずがない。
だがである。ヤツにはレインはいない。それならば。
(レイン、力を貸せ!)
一人では無理なら二人で戦えばいい。
ライシールドは他人を信用しない、頼らない、期待しない。今までそうやって生きてきたし、それが正解だった。
例外は一人。姉だけが信頼に値し、頼り頼られ、期待に答えてくれた。
(短い間だったけど、お前と繋がって、お前を感じて、お前と共に戦った)
ただ側に居ただけではない。ただ共に経験を積んだ訳ではない。ただ一緒に戦ったのではない。
(最初は、ただ力を得る為に利用しようと思って受け入れた。でも繋がった事で解ったんだ)
レインは神器を補助するだけの機構ではない。一個の人格を持つ一人の知性体だ。短くも濃密な戦闘の連続の中で信頼し、頼るに値すると感じるだけの対話をした。
(お前が必要だ。一緒に戦おう)
──ですが、私はただの補助機構で……それ以外には大した力を持たないただの妖精で。無力な、ちっぽけな……。
影の黄土の腕を粘水の腕で縛りつけ、身動きの取れない状態に追い込む。やはり薄氷の腕で舌鞭を切り裂き、毒粘液を引き剥がす。その隙に距離を取り、ライシールドは叫んだ。
「そんなの関係ない! 俺とお前は心が繋がりあった仲間だろうがっ!」
燃鱗の腕で飛来する氷の刃を焼き溶かし、反撃の火弾を叩きつける。
影は大きく距離を開け、再び翅脈の腕を装填、風の飛針を飛ばしてくる。
(細かいこと等知らん! 手伝え!)
電翅の腕で飛針を防御し、紫電結界で影を牽制する。影も迂闊に圏内入れば手痛い反撃がくることを理解しているので、下手に動けず足を止めている。
──強引ですね……解りました。何の力もない私に何が出来るかは判りませんが、お手伝いさせていただきます。ライシールド様。
(ライでいい。敬語もうっとおしいからやめろ)
姉以外で初めて心を許した相手だ。敬語とか遠慮とかは要らない。
──うん。わかったよ、ライ。改めてよろしくね。
ライシールドの脳裏で呆れたような顔で笑うレインの姿が浮かんだ。自分は妖精だからその辺は気にしないが、普通に同族の、特に女の子を相手にするときは大変そうだ。
(で、何か打開策は思いつかないか?)
そして早速丸投げだった。
──その前に、一つ勘違いしてるみたいだから言っておくね。あの影は別に倒さなくてもいいんだけど、それでも勝つまでやる?
(……何?)
そもそもの勝利条件が間違っていたらしい。
──写し取る影と一定時間戦い続けて立っていられたら終了って事だったんだけど。そもそもが神器の習熟度と応用力を見る目的なんだもん。
確かに、今回は倒せとは言われていない。だが、引き分けで勝ちと言われてもぴんとこない。
(殺さなくても良い、なら判るが倒さなくても勝ちってのは意味がわからん。引き分けなんて負けと一緒だ)
そういう世界で生きてきた。相手を屈服させてこその勝利だ。引き分けなんて甘いことを言っていたら生き残れない。命のやり取りでなくとも、相手の戦意をへし折らなければ勝利ではない。
──最初から薄々感じてはいたけど、ライってば結構脳筋だよね。まぁ嫌いじゃないけど。
心話で会話しながらも、影とライシールドは腕を変え、攻め手と守り手を入れ替えて戦い続けている。まるで千日手の様相を呈してきた。そして影が何度目かの薄氷の腕を装填した瞬間、レインは動いた。
──ライ、黄土の腕を装填、砂壁を目隠しにあいつの右手側に回りこんで攻撃して!
ライシールドは一瞬も躊躇わずに蚯蚓の腕を装填、砂壁を展開した。影の放つ氷刃が砂の壁に突き刺さり、貫通した何本かも既に移動している彼には当たらない。影の右手側に回って蚯蚓の腕を叩きつけ、回避も左手での防御も間に合わないと判断した影は、その攻撃を弾き返す為に右手の剣を使うしかなかった。
剣と腕がぶつかり合い、半ばまで斬りつけられるも勢いのままに影の手から剣を弾き飛ばす。
──燃鱗の腕を装填、火弾を叩きつけてください。
蚯蚓の腕に対抗するために粘水の腕を装填する影。それを予測していたかのように火炎蜥蜴の腕を構え、火弾を叩き込む。氷の腕に切り替える暇等なく、迫りくる火弾に毒粘液を射出して何とか相殺。火炎蜥蜴の腕に対抗しようと翅脈の腕を装填すべく、両生類の腕を霧散させる。
──今です! 空穂の腕を装填。蔓の鞭を範囲展開、あいつが高速移動に入る前に拘束を! そして……。
速度特化とは言え動き出す前に捕獲されてしまえば意味はない。蔓が何重にも絡まって影を捕縛、単純な筋力では抜け出すことも引きちぎることも出来ない。ライシールドはそのまま引き倒し、手繰り寄せる。
「燃鱗の腕」
──そう、それで来ると思っていました。
自身が焼けるのを覚悟で火炎蜥蜴の腕で蔓を焼き払う。一部炭化して脆くなった所で強引に引きちぎり、両手を突いて立ち上がろうと力を込める。
──終わりです。
そこは捕食袋の上。力を込めた腕が空を切り、支えを失って頭から消化液の中に突っ込む。火炎蜥蜴と違いその身は生身の人間と同等の性質になっている。消化液に耐えられる訳もない。
──神器に写影の腕が登録されました。
実にあっけなく勝敗は決したのだった。
「俺は属性相性に拘りすぎていたって訳か」
あまりの幕切れに、ライシールドはちょっと凹んだ。
──言ったじゃない。ライは結構脳筋だって。
その瞬間の最大威力で攻撃を。言わば一撃必殺が最強である、の思考で動くライシールドと、同じ思考回路の影の戦いは、単純に相手に一番効く攻撃を打ち合うだけのものだった。
お互いにそれが最強最適と信じて疑わなかったが、別に相性が良い攻撃以外は無駄だというわけではない。相性等気にしなくても攻撃は通るのだ。
蔓の腕にしたってそうだ。ライシールドは蔓の槍を突き立てなければ捕食袋の素は埋められないと思い込んでいたが、槍でなくても蔓でありさえすれば問題ではなかったのだ。捕獲の為に蔓を大量に伸ばして目くらまし、内何本かを地面に突き立て、素を埋め込んだ。
他にしたことと言えば、相手がこちらの装填する腕の相性に合わせて相性のいい腕を装填することを見越して先回りしていった事くらいだ。
──もう一度戦ったらもっと苦戦するだろうね。学習しちゃったライが相手だもん。
「慰めにもならねーよ」
結局は単純馬鹿二人が武器に振り回されていただけのように感じる。これでは確かに脳筋だ。返す言葉もない。
と、何も装填していない左腕の付け根から小さな光の塊が飛び出し、ライシールドの頭の上で妖精の姿を取った。レインは仕方ないなぁといった感じによしよしと頭を撫でる。
「落ち込まないでよ。ライと私の二人の勝利でしょ?」
「……そうだな。助かった。ありがとう、相棒」
目を閉じて、笑みを浮かべて告げる。レインはその心からの言葉に笑顔で返した。
「お礼なんて水臭い。気にしないでよ、相棒!」
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
明日は少し投稿時間が遅れるかもしれません。
21:30~22:00にはなんとか……。
修正 15/09/04
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