第105話 非凡(Side:Lawless)
今日はいつも通りの時間に投稿出来ました!
店舗の方からグランに連れられてアイオラが広場にやって来た。
「なんじゃグラン。ここは今ワシらが使っておるぞ」
ファクトが占有権を主張するが、それをメントが押し退けてアイオラに詰め寄る。
「これは……路傍の石の術式だけじゃないわね。ねえ、貴女この外衣はどこで手に入れたの?」
「王都の魔道具屋ですが、何かあるんですの?」
アイオラが答えるとメントは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「三つ目のサルビアか。悔しいけどいい付与構成してるわね。変装と路傍の石を選択出来るのね。待って、この構成は……」
しげしげとローブの裾を捲り、裏地を確認しては頷く。アイオラは抵抗していいのかも判らずに困惑した視線をローレスに向ける。
「メント! お客さんに何をしてるんだ!」
グランが慌ててメントを引き剥がす。彼女は引かれるままに下がるが、その目はアイオラのローブに釘付けだ。
「アイオラさんは何でこっちに?」
メントが離れた隙にアイオラに寄ると、然り気無く二人の間に立って彼女を視線から守りながら訊いた。
「魔道書を読み終わったから、火と土の複合擬似生命体の創造を実践してみようかと」
さらりと言うアイオラを、メントを押さえながらグランは微妙な顔で見ている。
「ちょっと待って。貴女、一回読んだだけで術式が使えると思っているの?」
メントはグランを振り切ってアイオラに再び詰め寄ろうとして、ローレスに遮られる。
「ええ。理屈が解れば簡単でしょ?」
何がおかしいのか判らないと言うような態度で首を傾げるアイオラに、メントはため息を吐く。
「普通は段階を踏んで一つずつ物にしていくものよ。魔道書に書かれている内容はあくまで基礎、応用を経て完成させる術式群なんだから、いきなり到達点を完成させることはできないわよ」
火と土の複合疑似生命体を完成させるためには、まず火と土の融合を身に付け、それを様々な形で維持する制御力を鍛えた上で仮初めの生命体を産み出し、それを複合体へと馴染ませて初めて最低限の術式の成功となる。
そこから先の段階、如何に本当の生命体のように振る舞えるようになるかは、産み出した疑似生命体の成長と術者自身の経験と術式への理解度に掛かっている。
「疑似生命体との隷属契約の成功、複合体の生成と維持。一度魔道書を読んだ程度で成功させられるもんならやってみなさいよ」
小馬鹿にするように鼻で笑うメントを涼しい顔で受け流し、アイオラは疑似生命体の生成と隷属の術式を構築し始める。
「踊る鬼火」
アイオラの手の中に小さな火が灯る。ゆらゆらと揺れるそれを優しく包み込み、アイオラは優しく囁く。
「仮初めの命よ、我が属となりなさい」
漏れ聞こえる言葉は、人族のみならずこの大陸に住まう者が扱うどんな言語とも違う響きを持っていた。この場にいる誰も解らなかったが、それは妖魔種の言語であり、精神界の世界の言葉だった。
「何? そんな言語聞いた事も無い……」
メントが首を傾げる。問いただしたい気持ちを抑えたのは、術式の行使を邪魔しないため。傍目にも繊細な術式を制御しているのが解る。それに水を注す訳にはいかない。種別は違えど術式を扱うものとして、それが如何に危険な行いかが解るからこそ、ただジッとアイオラの術式構築を見守る。
アイオラの手の中の火がゆらりと揺らぐと、彼女の腕を伝って肩の上に移動した。そこで何かを待つように動かなくなった。
「融熱:石土」
アイオラの目の前の地面が持ち上がり、どろどろに赤熱した塊へと変わる。彼女は両手を動かし、その動きに合わせて固まりは一メル程の人型へと姿を変えた。
「創造:溶岩騎士」
アイオラの肩の上で揺れていた火が人型の中へと吸い込まれていく。その人型はゆっくりと表面が滑らかに変化して、赤熱の鎧と盾、そして片手剣を持った騎士の姿に変わった。
「我が身命は主の為に」
アイオラの前で膝を付き、溶岩騎士は彼女に剣の柄を差し出す。アイオラはその剣を受け取り、溶岩騎士の肩に添えると「汝の全ては我が意のままに」と宣誓し、契約が成立する。
「喋る擬似生命体なんて初めて見るわ……」
「ワシもじゃ」
術式の終了と同時に溶岩騎士は溶け消える。一度契約が成れば、空間の狭間で眠る擬似生命体を呼び出すだけで召喚が成される。
「後は術式の習熟と経験を積むだけね」
アイオラも流石に疲れが出たと見えて、大きく息を吐くと乱れた呼吸を整えるように何度か深呼吸をする。
「ちょっと貴女! 今のは何よ! あんなの見たこと無いわよ!」
「そうじゃ、ワシも同様の術式は見たことはあるが、あそこまで精巧で言葉を喋るような代物ではなかったはずじゃが」
メントがアイオラに詰め寄ろうとするところを、ローレスが再び押し留める。流石にファクトは詰め寄ることはなかったが、それでも目の前で起こった異常事態に問わずには居られなかったようだ。
「私なりに理解して再構成しました。ローレス君を護る為の術式に手は抜けませんので」
さらりと答える。それが如何に異常かが解っていないようだ。
「再構成って、貴女……あれはもうまったく別物の新しい術式じゃない! どうなってるのよ!」
メントは理解の範疇を超えたようで、若干混乱の度合いが強い。若さ故か目の前で起こった非常識を中々受け入れられないようだ。
「これが天賦の才という奴じゃろうか……」
ファクトはアイオラの魔術の才を認め受け入れている。一人の付与術の行使者として、その才を羨ましく思うが否定はしない。彼女は机上の空論ではなく、実際に今それを成したのだ。それは認めるべきであり、受け入れるべきである。
「彼女は凄いですねぇ。魔道書を一読で理解して術式を行使するなんて、才能がありますよ!」
各種術式を商品として以外縁のないグランは呑気な反応を示す。ローレスにしても凄いことは凄いんだろうとは判っても、それがどれだけ凄いことなのかが解っていないので、グランと同程度の驚きしか持って居なかった。
(とは言え、ファクトさんとメントさんの様子を見るに、相当非常識なぐらい凄いことなんだろうけど)
内心でそんなことを考えつつ、術式の成功を喜ぶアイオラに笑顔を向けるのだった。
メントが落ち着いたのを見計らい、ローレス達は店舗に戻った。
「つまり、貴女は本当にあれを自力で理解して作り替えたってことなのね。……はぁ、天才って本当にいるのねぇ」
対面に座るアイオラとローレスを見て、今日何度目かの溜息を吐く。アイオラの規格外の魔術の理解力と構成力、ローレスの他とは違う発想力。どちらも得難い才能だ。
もっともアイオラは上位妖魔としての知識や技術、全盛期と比べると格段に落ちたとは言え、それでも人族の平均を大きく上回る精神力を持っている。それらを背景とした能力であるのだから、人族の枠に納まらないのは当然と言える。
また、ローレスは前世の知識あっての発想力である。この世界の人とは知識的な常識が異なるのだから、彼ら彼女らが思いつかない事を実践出来ても当然といえば当然の話だ。
「僕からしたらその歳で付与術者として成功しているメントさんの方が凄いと思うんですが」
「私の名声なんてお祖父ちゃんのおまけみたいな物よ。私自身が何かを成した訳でも、何かを見出した訳でもない。非凡な才能もないし、ただ学んだことを忠実に繰り返しているだけの、ただの付与術者よ。特別でもなんでもない」
自嘲気味に笑うと、肩を竦める。
「そんなことないさ。メントの付与した魔道具は結構人気があるんだぞ」
「そりゃ日常で使う物を安価で売り出せば、人気も出るに決まってるじゃないか。そういうことじゃなくてさ、もっとこう、どかーんと一発凄い事をやってみたいんだよね」
ローレスからすれば、日用品に目をつけて安価で広く普及させるという考えに思い至るのも一つの才能ではないかと思うのだが、それは彼女の追い求める才ではないのも事実だ。彼女は商売で成功したいのではなく、あくまで付与術者としての己を世間に知らしめたいのだろう。
「ワシだって最初から凄かった訳じゃない。積み重ねてきた結果を世間が認めてくれたからこその今のワシじゃ。才能の有る無しは二の次じゃ。付与術を学び、継続していくことこそが大切なんじゃよ。ワシは今日一つの新しい術式の発想を学んだんじゃ。まだまだ付与術には可能性が眠っていることを再確認できただけでも、今日のワシは昨日のワシより一歩先に進んだんじゃ」
生涯現役を地で行くファクトの言葉に、メントは「そりゃそうだけどさー」と気のない返事をして席を立つ。
「まぁいいや。私は私の道を行く。死ぬまでに私の名前を大陸中に轟かせて見せるんだから! 私の名前を覚えてなさいよ、ええと……」
ここに来て名乗っていない事に気付くローレス。流石にこのままでは締りが悪いので「僕はローレスです。こちらはアイオラさん」と簡単に名乗っておいた。
「覚えたわ! あなたたちも私の名前を忘れるんじゃないわよ!」
びしっと指を突きつけ、不適に笑うと踵を返す。工房の方へと姿を消すメントを見送り、ローレスは彼女の名前が大陸を席巻する未来を楽しみに思うのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。