第102話 馬と馬車(Side:Rayshield)
今日も遅めの投稿です。申し訳ありません。
感想でのご指摘のように、近く毎日投稿が限界を迎えるかもしれません。
雪山を越え、麓の村を経由して中規模の町に辿り着いていた。
夏場は獣王国に向かう旅人や商人で賑わうこの町は、冬場は住人と僅かな旅人、そして程近い鉱山に働く鉱員達の出入りが最大の財源となっている。
この辺りの山は夏場は銅や純度の高くない鉄鉱石等しか出てこないのだが、冬の一時期だけ氷の属性を持つ特殊な水晶が育つ。それを求めて多数の鉱員がこの町に滞在し、金を落とす。
冬は鉱員の町、夏は旅人の町として二つの顔を持つこの町は、双子の町と呼ばれている。
「冬のこの町は旅人にはあまり居心地が良いとは言えん。次の町までは徒歩じゃと六日ほどかかるが、馬車を使えば三日もあれば行けるじゃろう。乗り合い馬車か、いっそ馬車を買うか。どうするかね?」
ゲイルはこの町に滞在することにあまり肯定的ではないようだ。
「馬車を買っても後々邪魔になったときが困るな」
旅の資金に不自由は無いとは言え、無駄に使うというのはまた別の話だ。幸いライシールド達一行は皆健脚で、並の旅人に比べれば段違いの移動速度を出すことも出来る。
「ある程度の規模の町なら馬や馬車を扱う商会があるじゃろう。豪華なものを買うのでもない限り、不要になったら買い取ってもらえば良い。なんだったらワシらの町についたら良い馬買いを紹介しよう」
ゲイル達からすれば、徒歩より馬車の方が早いというのが常識だ。そして出来る事なら一刻も早く主の下にライシールド達を連れて戻りたいと言うのが実際のところだ。
「そうだな。確かこの辺りは足腰の強い働き者の良い馬が多いと聞いたな。ここの馬なら他所の町でも良い値で引き取ってくれるだろうさ」
ダンが珍しくまともな情報を追加してきた。ゲイルは「……お前、それ国境に向かう前にワシが話した内容そのまま話しておるだけじゃろ」とジト目で種を明かす。ダンがそんな知識を身につけている訳がないのだ。
「ま、ダンの言っていること自体は間違っていない。多くの人手を載せた荷台を引いて鉱山までを登り、大量の鉱石を積んだ荷台を引いて町に帰る。そうして鍛えられた馬を元に繁殖させた頑強な品種じゃな」
実際に繁殖を行っているのはもう少し北の平野部の村々である。ゲイルの言うとおり、ある程度の規模の町には大抵馬や馬車を扱う商会がある。単身町を訪れて、商品を仕入れてそれを載せる馬車と馬を買い、目的地で商品を捌いて最後に馬と馬車を処分する、そういう行商をする者が意外と多いのだ。
絶えず商品を抱えて移動を続ける行商人は馬と馬車も財産の一つだが、限定的に商品を仕入れ、販売先で売り切って移動中は身軽になる事を望む者たちからすれば馬も馬車も商品に過ぎない。維持費も馬鹿にならないのだからと、さっさと処分してしまう。
移動中に馬や馬車を失うこともある。どこの町でもこの商売の需要はあるのだ。
「そうだな。俺たちはともかく、ゲイルやビリーは馬車があった方が早いだろう」
ライシールドとしても移動に時間を取られるのは本位ではない。ダンはその有り余る体力でどうにかなりそうだが年齢的に無理の厳しいゲイルや線の細い技術系といった感のあるビリーはそうもいかないだろう。
いっそ彼らを置いて行けば進行速度も速くなるとは思うが、約束してしまった手前安易にそれを破るのは躊躇われる。
「で、どこで買えば良いんだ?」
「ああ、前にワシらが来たときに馬と馬車を売った商会がこの先にあるはずじゃ。そこでまだワシらの売った馬と馬車が残っておれば買い戻してもいいじゃろう。癖を知っている分扱いは楽じゃしの」
彼らの馬も元はこの辺りの生まれのものだったそうだ。
「ですが、元々三人での馬車では、この人数が乗るには些か手狭なのではありませんか?」
ロシェの心配ももっともだ。
「その心配は無用じゃぞ、お嬢さん。行きは急ぎで馬車を選ぶ余裕が無くてな。中型の二頭立て馬車しか残ってなくてのぅ」
地元の商会では小型の馬車は品切れだったそうで、八~十人乗りの中型の馬車しか残っていなかったと言うことだった。仕方無しにそれを購入し、国境近くのこの町まで来た所でその大きさを持て余し、商会に引き取ってもらったという。
「そういうことなら問題なさそうじゃな。よく考えれば我は馬車に乗るのは初めてじゃ。なんだかワクワクするの」
「ぼくもアティ姉様と一緒で、馬車に乗るのは初めて」
アティが子供の様に笑顔を浮かべ、ククルが同調した。人化した竜である彼女たちから見ると、馬という生き物は竜体の頃は基本獲物の分類となる。それを乗り物として認識したことが無かったのだから、それだけ新鮮に感じて当たり前だ。ククルは風竜の知識の中の情報しかないが、そもそも彼女の記憶はライシールド達と旅した間の物しかないのだから初めても何もない。
「あたしはライがいいならなんでもいいよ」
「そうですわね。わたくしもライ様の決められた事なら異論はありません」
ヴィアーは特別何も考えていない。別に徒歩だろうと馬車だろうとどちらでもいい。ロシェも同様に基本はライシールド任せだ。
「こちらはそれでいい。ゲイル、案内を頼む」
ライシールドにゲイルは首肯して先導する。暫く道を進むと、馬の嘶きや人の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ゲイル、この辺りはいつもこんなに騒々しいのか?」
激しく興奮したような馬の鳴き声や言い争うような声を不信に感じ、ライシールドは前を進むゲイルに尋ねた。ゲイルは眉を寄せると思案げな顔で答える。
「前に来たときはもっと静かじゃったがの。何かあったのかもしれん」
ちらりとライシールドに視線を送る。引き返すか、このまま進むかを言外に尋ねてくる。ライシールドが「様子を見に行こう」と答えると、ゲイルは頷いて再び道を進みだした。
「俺とゲイルで先行する。ロシェ、ヴィアー、アティとククルとそれぞれ組んで行動してくれ。ダンとビリーはそちらに任せる」
言いながらライシールドはマントの内側に隠れていたレインに小声で指示を出し、神器【千手掌】に同期してもらう。
(レイン、荒事の予感がする。翅脈の腕を頼む)
──了解。翅脈の腕を装填。気をつけてね、ライ。
マントの内側で蛇腹の腕が装填される。前方に目を向けると商会の男とゴツイ体型の大男が睨みあい、大男の背後には、酷使されてボロボロになった馬と車輪の軸が折れかけているのか斜めに傾いだ荷台が置かれていた。
「だから、いくらなんでもその馬と馬車はうちじゃあ引き取れないって言ってるんすよ」
「ふざけるな! 馬と馬車を売り買いする商売だろうが! 多少元気のない馬と荷台だって立派な商品だろうが!」
「うちは基本、不良在庫は抱えない主義でやってるんだ! 見たとこその馬は相当こき使われてもう虫の息じゃねーか! そんなの引き取ったって近いうちに死体処理で足が出ちまうよ!」
そもそも傾いた荷台など、ばらして薪にするくらいしか用途は思いつかない。
「良いから買えよ! お前のとこで新しい馬と荷台も買ってやるからよ!」
「お断りだ! 俺だってこの仕事に誇りを持ってるんだ。馬を大事に出来ないヤツにはうちの大事な馬達を死んでも売ってやるか!」
大の男が二人で怒鳴りあえば、店の馬が興奮するのも当たり前だ。どう捻って見ても大男が無茶を言っているのは一目瞭然。さてどうするか、とライシールドが思案するなか、ゲイルが自分を指差し頷く。
「任せていいのか?」
「何、伊達に歳は食ってはおらん。どうにもならなかった時は少年に任せるから、とりあえずは見ててくれんか?」
ライシールドが頷くのを確認し、ゲイルは遠巻きに見守る通行人達を掻き分けて、今だ怒鳴りあう二人に近づいていく。
「店主殿よ、ちと話があるのじゃがな」
「うっせぇぞ! 今取り込み中……っと、こないだの爺さんか」
激昂している所に横から水を注され、店主はゲイルを睨みつけ、その顔を見て先日馬車と馬を買い取った相手だと気付いた。野次馬のお節介なら怒鳴って追い返すところだが、客を相手にそれは出来ない。
「先日売った馬車と馬、まだ残ってるなら買い戻したいのじゃが」
「お、おう。まだ残ってるから、そりゃ構わないけどよ」
「糞爺! 横から割り込んでるんじゃねぇぞ! 今は俺がこいつと商談中だ!」
横合いから不意に現れたゲイルが自分を無視して店主と商売の話を始めたことに腹を立て、指を突きつけて怒鳴った。そのまま指で通路の向こうを示し「向こうへ行ってろ!」と怒鳴り散らす。
「まぁ待て。あんたはその馬と馬車を売りたいんじゃろ? まさか相場の通りに買えとまでは言うまい? あんただって自分の馬と馬車の状態くらいは解っておるじゃろう」
淡々と訊かれ、大男は毒気を抜かれて「そりゃそこまでは言わねぇけどよ」とぼそりと答える。
「店主よ。おぬしならこの馬と馬車、いくらまでなら出しても良いと思えるんじゃ?」
今度は店主に向き直り、今にも倒れそうな馬と馬車を示す。
「そうだな。馬車はばらして廃材扱いだから、いくらかにはなるだろう。問題は馬の方だ。まだ若い馬に見えるが、何でここまで酷使したんだ」
大男は先に冷静になった店主に釣られて、ばつの悪そうな顔で答える。
「俺だって使い潰すつもりだったわけじゃねぇよ」
鉱山で怪我人が出て、大男はその怪我人を乗せて大急ぎで町まで帰ってきたらしい。怪我人は無事治療院に預けることが出来たが、無茶をさせすぎたのか馬も馬車もどうにもならない程ボロボロになってしまっていた。
「馬と馬車が無いと俺は仕事にならないんだよ。だけどそんなに裕福でもないから買い換えるとなると少し懐が寂しくてな。どうにかして売りさばかなきゃならんと頭に血が上っていた」
店主に頭を下げ、出来たらいくらかでもお金に換えてくれないだろうかと頼み込む。
「そういう事情ならしかたねぇ。悪いがこっちも商売だから無茶は出来ないが、どうにかしてやるからちょっと店の中に来てくれ。その馬と荷台はうちの従業員に運ばせる」
ゲイルに「悪いが少し待っててくれ」と告げると、大男を促して店内に戻っていった。
「で、どういうからくりだ? 年の功とか全然関係ないじゃないか」
様子を伺っていたライシールドがゲイルの傍に寄ると尋ねた。ゲイルは前髪を掻き上げて、その晒された額には鉄冠を装着していた。丁度額の中央に当たる部分に青い宝石が嵌め込まれている。
「この魔道具は興奮を押さえて冷静になるよう仕向ける、沈静の効果を持っておるんじゃ。これで二人の興奮状態を解除したんじゃよ」
元々は痛みに暴れる主を抑える為に使っていたらしい。今は容態は安定しているそうで、この魔道具も使い道が無くなってしまった。本来の役目を負え、売ってしまおうかとも思ったが何かの役に立つかも知れないと鞄に放り込んでいたのだ。なんとも思わぬところで役に立ったものだ。
手持ち無沙汰に店頭で待つこと暫し、店主が戻ってきたのはそれから二十分後のことであった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。