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第98話 散財の予感(Side:Lawless)

すみません。やっぱり若干間に合いませんでした。

 赤煉瓦亭は確かに良い宿だった。

 食事も上手いし従業員もきちんとしている。価格も接客態度(サービス)等級(グレード)の割りに安く、ネリアの薦め通り利用してよかったとローレスは思っていた。


「それで、ローレス君達は今日はどうされるんですか?」


 朝食を共にしているネリアに尋ねられ、ローレスは特に何も決めていないと答えた。


「この宿の居心地も良いですし、今日一日はゆっくりして明日にでも北に発とうと思っています。大急ぎの旅でもありませんし、今日は消耗品の補充と使用した矢の補給をして、少しゆっくり過ごそうかと」


「そうですか。私はこの町の教会に挨拶をしてきます。時間が合えば夜、食事をご一緒しましょう」


 ローレスとアイオラは首肯し、三人はゆっくりとした朝の時間の中食事を続ける。因みにテーナはまだ二階の客室から降りてきていない。どうやらまだ寝ているようだ。


「えっと、大丈夫とは思うんだけど、教会まで付き合いましょうか?」


 昨夜の迷走っぷりを思い出し、遠慮がちにローレスが尋ねる。恥ずかしそうに頬に手を当てると、微妙な笑顔で首を振った。


「だ、大丈夫ですわ。昨夜は少し疲労と眠気で思考力が落ちておりましたので、それでその、冷静な判断が……」


 段々と声に力がなくなっていくのを見て、ローレスはまずネリアを教会に送ってから、店を回ろうと心に決めるのだった。




「皆さん酷いですよ。起こしてくれたら良かったのに」


 テーナがぶちぶちと文句を言いながらローレス達の後を付いてくる。宿で用意してもらったパン(麺麭)を手に持ち、行儀悪く歩きながら食べている。


「お疲れかと思いましたし、別に朝ご一緒するって約束もしてませんでしたので」


 アイオラと並んで前を歩くローレスが、歩きながら振り返って答えた。除け者にするつもりはないが、あえて無理をさせてまで行動を共にするまでもないと思ったのだ。


「一応、出掛ける時は宿の人に伝言をお願いしようと思ってたんですよ。お昼には一度戻ってくるつもりでしたし」


 アイオラの助け舟に、若干口を尖らせながらも「いえ、寝坊したわたしが悪い訳ですから」と自分の非を認めてその不満を引っ込める。


「さて、無事教会に到着した訳ですが、ネリアさん、帰りは問題ないですか?」


 町の外れにある教会の門の前で、ネリアは困ったようにローレスを見た。


「ですから、普段はあそこまで酷い迷子にはなりませんので、帰りは一人で宿まで戻れますわよ」


 疑わしげに見てくる三人の視線から逃げ出すように、ネリアは教会の門を潜る。


「では、私は日が落ちるまでには宿に戻ります」


 教会の入り口傍で掃除をしている少女に来訪の挨拶をして、ネリアは中へと入っていった。それを見送ってローレス達は町の中心部へと道を戻る。


「僕達はちょっと雑貨屋に寄ろうと思いますが、テーナさんはどうします?」


 テーナは思案すると「竪琴(ハープ)の弦の替えが心許ないので、ちょっと楽器を置いているお店を探してきます。わたしも夕方には戻りますので、それまでは別行動で」と告げると手を振って大通りの方へと歩き去った。


「じゃあ、僕達も行きましょうか」


「ええ。そうね」


 まずは店を探すところからという事で、手っ取り早く道沿いのパン屋に入り、幾つか日持ちのしそうなパンを買いつつ道を尋ねた。


「お客さんはこの町は始めてかい?」


 店番のお兄さんがパンを手渡しながら訊いてくる。


「ええ、それで雑貨を扱うお店を探しているんですが、この近くにありますか?」


「そこの通りを暫く行けば、右手にヘルメス商会傘下の大商会があるんだ。日よけ帽子と蛇の杖の意匠の木札を下げた店がそうだな。そこは品揃えも良いし品質も良い。まずはそこに行ってみるといいよ」


 店番のお兄さんに礼を言うと、ローレス達は店を後にする。昼飯時を前に人通りが多くなってきた大通りを教えられた方へと足を向ける。


「ヘルメス商会って言ったら、何ヶ月か前に父さんが縁を繋いだ所がそういう名前だったと思うけど。結構大きな商会だったはずだから、色々期待出来そうですね」


「あ、後で冒険者組合(ギルド)に寄ってもいいかな。先日の狼退治の件、私も一応報告義務があるのよね?」


 アイオラに言われてローレスは街道警備の部隊長に言われたことを思い出した。報告を後付の依頼とすることでライオット達の成果として報酬を出す代わりに、関わった組合員は一度組合に顔を出して報告をするようにとの伝言だったのだ。


「私は組合証(ギルドカード)は身分証明としてしか使っていないから、階級(ランク)は今のままでいいんだけど、私が報告をしないでライオットさん達に迷惑が掛かると困るから。時間のあるうちに行っておきたいの。良いかしら」


「勿論。ああ、折角だから僕も冒険者登録をしても良いかもしれないですね。依頼とかは受けられませんが、確か魔物の討伐も事後報告で点数が付くんでしたっけ?」


 道中遭遇した魔物を倒したときに、それを証明する部位を組合に提出すると成果として点数が加算される。一定の点数が貯まるとひとつ上の階級に上がるのだが、節目ごとに昇格試験を受ける必要がある。

 最初の試験は階級が三から四に上がる時に簡単な実技と座学の試験が行われるのだが、アイオラはまだ階級は二、ローレスに至っては今だ登録すらしていない。

 ここで登録しておけばこれからの旅路で倒した魔物の討伐部位を集めておけば、将来昇格試験を受ける際に依頼に翻弄されずに済むかもしれない。


「将来的には地霊の口腔(ワームレアー)に潜るライ君の手助けを出来るようにならないといけないからね。彼と再会したときのために、階級を出来るだけ上げて準備はしておかないと」


 ローレスも神域で、大陸を覆う結界の事は聞いている。それを解除する為にライシールドが大陸を旅していることも。他の三箇所と比べて地霊の口腔(ワームレアー)の最奥まで行かねばならない東方の大陸結界は恐らく最後に回されるはずだ。あそこは冒険者階級が高くないと深部に進む許可が下りないのだ。

 つまり階級を上げなければならないということで、ある程度以上高くするためにはそれなりに時間が掛かる。他の場所が容易(たやす)いとは言わないが、地霊の口腔(ワームレアー)が段違いに困難なことは間違いないだろう。


「そうね。私もローレス君と一緒に高階級を目指して頑張るわ」


「無理せず頑張りましょう」


 お互い頷き合う。それはさておき、まずは必要なものを買い揃えることにしよう。




 パン屋の説明通りの場所に商店はあった。大勢の人で賑わうその店はこの辺りでは珍しく三階建ての全ての階を使って店舗を広く使っていた。

 来ている客層に合わせて扱う商品を変えているらしく、一階は食品や日用品が主として置かれていて、近所の町民が多く商品を見ている。二階は主に冒険者や旅人向けの商品を陳列しているようで、冒険者の様な格好をした者が多数、商品を観察している。三階は主に薬品や高級品を扱っているようで、羽振りのいい冒険者や裕福な者が主に利用しているようだ。

 三階だけは外に別の入り口があるようで、富裕層の客はそちらから直接三階に上がるようだ。また店舗内から上がる場合は階段の途中で店員が控えており、身分証明を要求されるそうだ。


「薬品は少し興味あるけど、あんまり上がりたい雰囲気でもないしやめときましょうか」


 結局一階で調味料や初見の食べ物等を幾つか購入し、二階では矢と鏃を少し多めに補充した。物の品質は確かに良いが、特に欲しいと感じるような武器や防具は無かった。普通というか、当たり前の品揃えだったのでローレスには物足りなく見えたのだ。


「ロキさんの売り物は面白かったからなぁ」


「そうね。ビックリ箱みたいで、楽しかったわ」


 あの気の良い男を思い出して、アイオラと笑いあう。


「そうだ。加工用に革の腕当てと(なめし)革と……」


 あの魔剣を使う為の細工を作るのに必要な材料を追加で購入する。時間を見て少しずつ仕上げて行けば良い。旅はまだ長い。退屈な時間を潰すには丁度良い道楽だろう。


「アイオラさんも、何か欲しいものはありませんか?」


「そうね……魔術(ソーサリィ)の魔道書があれば良いんだけど。こちらの魔術(ソーサリィ)は中々面白いわ」


 魔道書は術式を覚える為の教科書の様なものと言えば良いだろうか。幾つかの関連のある術式を(まと)めた書籍で、その術式の行使に必要な魔術文字や呪文(キーワード)、発動に必要な様々な要素を纏めたものである。

 一冊購入するのに最低でも金貨を支払う必要があるが、素質のある者ならばそれに見合うだけの対価は十分に得られる。


「それなら恐らく三階ですね。やっぱり覗いてみましょうか」


 あまり行きたい雰囲気ではないとは言え、用事があるなら話は別だ。ついでに薬品類も見学してみて、薬学の書籍でも手に入れば儲けものだ。アイオラの求める魔術(ソーサリィ)の魔道書以外にも、付与術(グラントメント)の解説書などもあれば非常に助かる。


「ローレス君はあまり行きたくなさそうだったけど、いいの?」


 遠慮がちに尋ねてくるアイオラに首肯すると、彼女の手を引いて上に続く階段を目指す。


「大丈夫ですよ。取って食われる訳でもないですし」


 階段の中ほどで身分証を提示し、万が一店内の品物を破損した際の補填保険料として金貨を一人一枚預ける。これは退店時に返却される。金貨の一枚も出せないような者は三階の商品を購入する死角がないとでも言うようなきまりだが、三階に足を踏み入れたローレスは納得した。


「確かに高級なものばかり置いてる」


「そうね。ちょっと私もビックリしてるわ」


 最低で金貨一枚。適当に目を向けた先にある何気ない物の前には金貨十五枚の札が立てかけてあった。

 ローレスは場違いな空気を感じながら、気圧される自分を叱咤して店内を一歩前へと進むのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


15/11/28

何年か前に父さんが→何ヶ月か前に父さんが

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