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第96話 大熊(Side:Rayshield)

 ライシールドは火蜥蜴の腕の火力を上げ、夜明け前の暗い闇を払う。大男はライシールドの腕に一瞬目を奪われるが、今はそれ処ではないと思い直して左手に持った松明を投げ捨て、腰の後ろに引っ掛けていた直径八十セル(センチ)程の鉄製の円盾(サーキュラーシールド)に持ち替え、立ち上がって前足を広げて威嚇する大熊に向けて構える。


「俺が正面でこいつの気を引く。そこのあんたは横から攻撃してくれ」


 大男はライシールドの返事を待たずに前に出ると、盾を前面に出し半身で近寄る。大熊はここまで追ううちに怪我人の血の匂いや空腹で興奮しているようで、大男の突き出す盾に煩わしそうに左前足を叩きつける。

 大男はその衝撃を左外側に逃がすと、振り下ろした勢いで四足になった大熊の右脇腹に長剣を突き刺し、痛みで咆哮を上げる大熊が反撃の態勢を取る前に大男は一歩距離を開ける。

 痛む右脇腹を庇いながら再び立ち上がると、大熊は大男が離れた一歩分前進し、今度は両前足を振り上げた。左右から叩きつけるつもりのようだ。流石に片手持ちの盾だけではその熊の膂力を受け止めることは無理だと判断した大男は右前腕を盾を持つ左前腕に十字に交差させると腰に力を入れて大熊から繰り出される攻撃に備えた。


「お前の相手はそっちだけじゃないぞ」


 いつの間にか大熊の右側に移動していたライシールドが牙の剣を先ほど大男が作った傷目掛けて突き立てる。先程より深く突き刺さって剣を強引に捻りながら引き抜き、内臓と脇腹の筋繊維をズタズタにして大熊から距離を取る。

 先程よりも激しい痛みに苦悶の声を上げ、大熊は立ち上がった姿勢を維持できずに四足に戻った。斜め後ろに移動したライシールドに警戒しつつ、目の前の大男から目を離さない。一瞬の空白で大熊が何を思ったか、目の前の大男に全力の体当たりを敢行した。




 避けるには距離が近すぎるが、それは攻撃する大熊にしても同じことのようで、勢いに乗り切れない体当たりは、それでも大男を弾き飛ばす程度には強烈な一撃となった。背中から雪の上に仰向けに倒れる大男の上に乗り、大熊はその鋭い牙を突き立てんと大口を開けて噛み付いてくる。

 大男は何とか顔と牙の間に盾を潜り込ませる事には成功したが、人の身で大熊の力に敵うはずも無くジリジリと押される。前足で押さえつけられた胸が革鎧越しにみしみしと悲鳴を上げ、その痛みで更に力が入らなくなる。

 不意に周囲の明かりが消えた。煌々と灯っていた燃える腕を持つ助っ人の少年(ライシールド)の姿も見えない。組み伏せられた大男を見て状況の不利を悟って逃げたのではないか、と大男は彼を疑った。

 たとえ逃げたとしても大男はそれを攻めるつもりは無かった。この状況下で生き残るには、誰かを犠牲にするのが一番だ。自分は逆の立場でも逃げ出さないとは思うが、まだ子供の面影を残す少年にその覚悟を強いるのは酷な話だと理解しているからだ。

 闇の中僅かな星明りで鈍く光る大熊の牙を見ながらそんなことを考える。このままこいつに喰われるのが自らの旅の終着点かと半ば諦めにも似た思いを抱いたとき、彼の直ぐ横で声が上がる。


破壊の(Huge arms )(destru)(ction)


 胸を砕かんと押し潰して来ていた圧力が不意に無くなった。盾越しに聞こえていた大熊の唸り声も遠ざかり、涎に塗れた鋭い牙も闇の中に姿を消した。

 一体何が起こったのか。訳が解らないなりに状況を把握しようと、折れたか(ひび)でも入ったかズキズキと痛む胸を押さえながら何とか手持ちの松明に火を付ける。

 その灯りの中映し出された光景に、大男は胸の痛みも忘れてあんぐりと大口を開け、零れ落ちるのではないかと思うほど大きく眼を見開いた。


「なんだこれ……」


 大男の後ろから声が上がる。先ほど怪我人に手を貸していた初老の男性が一人戻ってきたようだ。大男はその声を聞きながらそれは自分の台詞だと内心呟いた。開いた口が塞がらず、言葉が出ないだけだ。

 彼らが目にしたのはまだ歳若い少年が体長二メル(メートル)を大きく超える大熊の巨体を片手で吊り上げる姿だった。喉元に少年の身体からすると不自然な大きさの左巨腕を減り込ませ、大熊はその握力に抗えずに口から泡を吹いて白目を剥いている。今現在も圧は上がっているらしく、ベキリボキリと嫌な音がその喉元から聞こえてくる。

 ばきり。一際大きな音を響かせて、大熊の首が在らぬ方を向いて垂れ下がった。




──神器に頑強な(Robust)鋭腕(sharp claw)が登録されました。


「おい、大丈夫か?」


 絶命した大熊を投げ捨てると、ライシールドは脳裏に神器【千手掌】の登録の声を聞きながら、呆けたままの大男と初老の男性に声をかけた。


「お、おお。大丈夫? なんだよな? ワシ等」


 先に再起動したのは年の功か初老の男性で、横で今だ動かない大男に尋ねる。初老の男性の声にやっと我に返った大男は長剣をライシールドに向けて声を張り上げる。


「お前は何者だ! 何だその異様な腕は!」


「まぁ落ち着け、お前達に危害を加えるつもりは……」


 説明も無しにいきなりこの腕を見たら、そう反応して当然である。とりあえず興奮する大男を宥めようと声を上げるが、大男の怒声がライシールドの言葉をかき消す。


「その大熊はどう少なく見積もっても五百キル(キロ)じゃ効かない位には重量があるはずだ! それを片手で易々と吊り上げ、あまつさえその首を()し折るだと!? お前が人外の化け物でもなきゃそんな真似出来るものか!」


 激昂している割には冷静な物言いに、ライシールドは苦笑する。剣を突きつけられているというのに随分と余裕な態度が、大男を刺激する。


「特殊な技能(スキル)だ。特異技能(ユニークスキル)と言えば納得するか?」


「する訳ないだろう!?」


 そりゃそうだ。とライシールドは肩を竦める。今までも事前に能力の一部を説明した仲間の前や倒すべき敵の前では遠慮なく使っていた。それ以外では地人の聖地の地下での大混戦の中や蟻人の闘技場といったドサクサであまり咎められることも無かった。

 この大男の反応は正しい。何も知らない者がこの異能を目にすればその反応は極めて当然であろう。


「おい、ダン。ちょっと待て」


 おちょくられたとでも思ったか、大男の目が大分怒りで可笑しくなってきた所で、初老の男性が大男の腹を全力でぶん殴る。

 その衝撃が痛めた胸に伝わったか、ダンと呼ばれた大男は胸を押さえて呻くと、涙目で初老の男性を睨みつける。


「なんだよ、ゲイル! 痛てーじゃねぇか!」


「ちょっと落ち着け。お前、まずは礼を言うのが筋だろうが」


 分厚い腹筋を殴りつけて痛めたか、右の拳を擦りながらもダンを叱り飛ばす。


「いや、そうは言ってもよ……」


「躁も鬱もあるか。お前命の恩人に何時まで剣を突き付けてるんだ、この恩知らずが!」


 殴って手を傷めて懲りたのか、今度はダンの太股(ふともも)に蹴りを放つ。


「だから痛てぇって言ってるだろ!」


「お前のかったい筋肉殴ったり蹴ったりするワシの方が痛いわい! そこの少年、連れが失礼した。ワシはゲイルと言う。このうすら馬鹿はダン」


「うすら馬鹿って何だよ! 助けてもらったことは感謝している。ちょっとあまりに異常な光景に頭に血が上っちまった。すまなかった」


 まずゲイルが頭を下げ、ダンが剣を仕舞うとライシールドに謝罪した。どうやらゲイルの言葉に冷静さを取り戻したようだが、やはりまだ警戒は解けていないようだ。


「いや、いいさ。いきなり()()を見て、冷静で居られる方がどうかしている」


 巨人の腕を見て肩を竦める。


「そうだ。ダンよ、この少年のお仲間にも礼を言わねばならんぞ。ビリーもどうにか助かったわい」


「本当か!?」


 ゲイルの言葉にダンが叫ぶ。先ほどの怪我人はビリーと言うようだ。


神術(オラクル)を使う方がおってな。まだ動くことは出来んが暫く安静にしていれば大丈夫だそうだ」


 その報告に大きく息を吐くとライシールドに向き直り、涙を流しながら頭を下げる。


「さっきまでの失礼な行動、本当にすまなかった! 俺だけじゃなく仲間の命まで救った恩人にして良い態度じゃない。本当にすまなかった!」


「気にするなって。それより何時までここに居れば良いんだ? お前らが良ければ小屋に戻ろうと思うんだが」


 放っておけば何時までも謝罪しそうな勢いのダンを放置し、ライシールドはゲイルに声をかける。彼は「そうじゃな、こんなところにずっと居ったら凍えてしまうわぃ」と頭を下げっぱなしのダンのその頭を引っぱたく。


「お前はどうしてそう極端なんじゃ! 謝りすぎで逆に迷惑掛けとるじゃろうが!」


 ゲイルの叱責に情けない表情で顔を上げるダンを見て、ライシールドは「もういいから。それよりそのビリーってヤツのところに行かなくて良いのか?」と尋ねる。


「そうだ! ビリーの所に行かないと!」


「慌てるでない。直ぐそこだしお前の図体が突進したら驚かせてしまうじゃろうが!」


 慌てて駆け出そうとするダンを押し留めるゲイル。その言葉にどうにか気持ちを落ち着けたダンがゲイルの後に続く。


「また暑苦しいのに関わっちゃったな……」


 そんな様子にライシールドは深く溜息を吐くのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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