第06話 世界の在り方
説明回です。
一通りの携行食を登録した法生はだらしなく転がっていた。いやもう座ってる場合ではなく。正直戻ってこないように一番楽な姿勢で静かに過ごす以外に選択肢はない。
「お布団、ご用意しましょうか……?」
折角の申し出にも声がでない。声以外の何か出てはいけない物が出てきそうだからだ。プルプルと震えるように首を振った。
正直失敗した。保存食の不味さが乾物や燻製なんかの普通の美味しさを際立たせ、夢中で口に頬張ってしまった。堪能してしまった。……いや、普通って素晴らしい。
で、限界を超えて頂いた結果、こうなった、と。
「落ち着くまで、休憩としましょう。あちらはまだかかりそうですし、時間はありますので」
少し仕事を片付けてまいります。とマリアが席を外す。正直有り難い。心置きなくごろごろしよう。消化に専念しよう。って言うかもう何も考えたくない。
「ただいま戻りました。お待たせしてしまい、申し訳ありません」
戻ってきたマリアが、お腹も落ち着いて椅子に座って待っていた法生に頭を下げる。
「いえ、僕もちょっと前に起きたばかりです」
マリアも法生が起きたことを確認した上で戻ってきているので、彼の言葉が真実だということは知っている。余計なことは口にはしないが。
「では、依頼に入る前に、色々と説明しておきましょう」
法生はこちらの人間ではない。常識も認識も知識も違う世界に放り出されることになるのだ。すり合わせは出来るだけしておいたほうがいい。
「まず、そちらとこちらとの大きな差異を潰していきましょう」
この世界は何十もの界層から成る積層世界である。一つ一つの界層は広大な平面で、無数の陸地と海がある。それぞれに小聖鏡があり、星々を映し出す天幕がある。
人種の住む物質界、妖魔の住む精神界、そして精霊の在る場所精霊界、魂の休息と旅立ちの場所魂魄界等。人種が存在を知り、手を伸ばせる界層はこの辺りまで。
知識として知られているが実態を正確には把握できていない界層は星々の在る界層、聖鏡の在る界層、神仏の住まう場所。そして未発見の界層はまとめて異界と呼ばれている。
神と仏の立ち居地は少し複雑で、この世界で産まれた超越者、信仰により発生した存在、界層の支配者や維持者たち。そして異なる世界から渡ってきた異邦人。
マリアたちはこの界層世界全体の保護と維持を司っているようだ。今回の問題に関しても、世界の維持に深刻な障害が起こりうる事案と言うことで介入を決めたらしい。
「今更だとは思うんだけど、この世界って魔法はあるんだよね? どういった力なのか教えて欲しい」
法生の世界には魔法はなかった。もしかしたらあったのかもしれないが、少なくとも彼は見たことも触れたこともなかった。
「その前に一つ。魔法と言うのは体系の一つで、大きく三つの体系に分かれています。前述の魔法、細分化された各種術式、それらに当てはまらない技能」
世界の法則に則って力を導き、結果を誘導する魔法。望む結果に合わせて過程を選択する必要があるが、世界に逆らわずに力を誘導するだけなので大きな結果を得ることが出来る反面、決められた結果の範囲内の成果しか得ることが出来ない。
世界の法則を塗り替え、過程を捻じ曲げて成果を手にする各種術式。過程を改変して本来とは違う結果を導き出すため、望む成果を得られる反面、結果に辿り着くためには大きな消費と複雑な過程を経る必要がある。魔術や神術、精霊術等扱う力や術式によって細かく分かれている。
世界に内包されている規則と条件に従って得る事が出来る技能。上位者から受ける祝福、呪い等、上記の枠からはみ出すものは全てここに分類される。経験によって得られる技や固有能力もここに含まれる。
「魔法や各種術式が、あちらで言うところの魔法に当たるのではないかと」
法生が取り組む仕事の地はブレド大陸と呼ばれる地で、大地の半数は未開の地や不毛の砂漠が広がっている。人類圏は残り半分を四つの大国と一つの都市国家郡で分割統治されている。
現状異大陸との交易はなく、海の向こうは未帰還地域と恐れられている。大陸にはまだまだ開拓する地が残っているので、危険を冒して海の向こうを目指す者は少ない。
「現在の時間軸は夢魔侵攻の時代が終わり、各国の復興が少しずつ進んでいるところです。まだ爪痕は深く残っておりますが、比較的平和な時代と言えるでしょう」
この大陸に住むものたちは、人族がもっとも数が多く、次いで数の多い獣人、地人が広く満遍なく生活している。森人と呼ばれる種族は大多数が妖精王の住まう大森林に居住しており、特定の住処を持たない旅小人や特定の地域に住む多数の少数種族で構成されている。
現在は種族間で大きな忌避や差別はないが、地域、集団によってはその限りではない。
六英雄の時代初期までは奴隷制度が残っていたが、現状奴隷制度は撤廃されている場所がほとんどで、雇用契約魔法にその名残が残される程度である。
「後は各時代に関してですね」
千年の昔、この世界に有ったひとつの文明が姿を消し、それが原因で世界を維持するに足る総量を大きく割り込んだ。失った分を補填するために異なる世界から余剰となる追放者たちを受け入れることになった。だが、異世界より追放され、大陸の北西に在る門を潜り抜けて招かれた『偉大なる一つ』たちはこちらでも争いを繰り返した。
始まりの勇者の時代。
大陸のほとんどが支配され、それを討滅出来るものが居なく世界が荒廃した時代。人々は隠れ潜み、力を合わせてただ生き延びることにだけ全力を注いでいた。そんな中、初めて追放者たちのひとつを討ち滅ぼすことに成功した勇者が現れ、世界に希望を齎すこととなった。
次に六英雄の時代。
大陸から追放者たちを駆逐し、人種の手に取り戻した時代。星の運命に選ばれた六人の勇者が、最後の一体までを討伐し、大陸を解放して新しい時代を切り開いた時代。
異族大戦の時代。
封印された門を抉じ開けて、異なる世界の侵略者が現れる。当時敵対していた物質界の住人と精神界の住人が手を取り、異族との生存戦争を行った時代。勢力を取り戻しつつあった人種文明は、大きく後退することになった。
夢魔侵攻の時代。
異族を退け、妖魔との相互支援で復興が始まった時代。その裏側で双方の世界の不満分子がお互いを決別させ、本来の関係に戻すべく暗躍した時代。最大戦力である夢魔の一族との融和による解決を持って終結を果たす。だが火種は完全には消えていない。
「現在は大陸全土は落ち着いています。他国に手を出す余裕はなく、自国を安定させる事を第一と考えているようですね」
後は様々な単位。
まず貨幣価値は銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚。
長さと重さの単位は一メルが大体一メートル、一セルが大体一センチ、一ミルで一ミリ。一キルで一キロ、一グルで一グラム。単位が向こうに近くて非常に覚えやすい。
一年は十三ヶ月三百九十日、一ヶ月は三十日、一日は二十五時間、時分秒は有り難いことに同じだった。
「そうだ、登録されたものを複製するときに、入れ物なんかに入った状態で出てくるけど、これってどうなってるんですか?」
中身だけを複製して容器は別で用意するというなら判るのだが、瓶容器に入っていたものなら瓶ごと、葉に包まれた保存食は葉ごと複製されているのだ。
「消費される精神力の大部分は容器の生成分となります。本来仏具の複製は精神力の消費をほとんど必要としないのです」
仮に容器を必要とせず、中身だけを複製することができるとすれば、ほとんど消費することなく大量に用意することが出来るということらしい。
法生は新たに気にかかることに思い至る。
「なんとなく受け入れてきたんですが、そもそも消費される精神力ってどうやって回復しているんですがか?」
身体を使ったり怪我をしたりすると体力を消耗する、と言うのは解る。魔法や術式などを使用すれば精神力が消耗される、これもイメージとしては解る。体力は体内の栄養を熱量に変えて回復する。ならば精神力は何を消耗して回復している?
「精神力とは言わば魂の器に満たされた力のようなもの。それを消費するということは魂を消耗するということ。その魂はこの世界に満ちる魂の精霊力を器に取り込むことで回復するのです。魂だけではありません。森羅万象全ては精霊界から供給される様々な精霊力を取り込んで回復、成長しているのです」
つまりは食事であったり脂肪であったりと言った物質的なものではない力を取り込んで回復する、と。
「消費された精神力は変質し、巡りて最終的には精霊界に還り、精霊力となってまた世界に放たれるのです」
循環する力、と言うわけか。では、複製で消費されないものは替わりに何を消費しているんだ?
「容器は消費して生成するんですよね? でも中身はほとんど消費がない。ではこの中身は何を材料に複製されているんですか?」
「基本的には何も消費されておりません」
消費せずに複製すると言うことは、無から有を生み出しているという事と同義なのではないか?
「この世界を維持するために最低限必要な総量を大きく下回り、現在圧倒的に不足しています。仏具は周辺の別世界から余剰分を集め、それをもって複製をしているのです。あなたの元居た世界からも援助いただいております。勿論各世界の管理者の了承は頂いております」
法生に期待している事は今回の依頼の達成だけでなく、世界の維持に必要な分を各世界の余剰分を集める事でこちらに引き込み、この世界でばら撒いてもらいたいということも含まれている。
百年二百年で崩壊することはないが、対策は早めにしておいたほうがいい。そして人一人の生涯でばら撒く量で賄えるほど小さくもない。
「それで僕にこの仏具をくれたって訳か」
ならば遠慮せずに活用させていただこう。
「さて、後は具体的な依頼の説明になりますので、あちらが終わるのを待ちましょう」
あちらも仕上げに入っているらしいので、そう待たされることもないだろう。
彼が戻ってきたら、いよいよお仕事開始だ!
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
昨日今日で何話か余裕が出来たので、明日も一話いけそうです。