学園殺人鬼
夏のホラーに参加するために再投稿した作品です。
トイレの花子さん、段数の多い階段、音楽室のベートーベン・・・・・・どこにでもある、学校の怪談だ。
地域によっては、オリジナルの怪談もあり、物好きは好物だろう。
ここにも、そんな怪談があった。
学生の恨み、妬み、嫉みを聞き、解決してくれる殺人鬼。
そんな怪談が存在する。
代償も、会う場所も、どんな姿なのかも不明。暗い感情を持ち、限界まで高まった瞬間、目の前に現れる。
分かるのもそこまでだ。
その怪談が存在する私立学校。亜月あづき学園。
表向きは数々の有名学生を輩出してきた、名門進学校。
しかし裏側は、成績上位者が成績下位者にどんな命令だろうと許される、黒い学園だ。
その学園の成績最下位者、金井。
彼は今日も屋上で暴力を受けていた。
殴る、蹴る、叩かれる。
時には道具を使い、治らぬ傷だって付けられる。
(もう、イヤだ)
五人から受ける一方的な暴力に、頭を伏せ、体を縮こまらせる。
このことは、誰も助けてはくれない。教師は所詮学校側の人間、この学校のルールに従う犬だ。
家族に話せば、家族側に何らかの行為が行なわれ、いじめのことは訴えられない。
友達など、最下位の金井には存在すらしない。最下位者に関わった者も、同類として扱われてしまうからだ。
だからこそ、いじめを受けることにより、孤独感が高まる。誰も助けれてはくれない。助けられない。
彼の心の奥底にある、黒い感情がどんどん色濃くなっていく。
(もうイヤだ)
誰にも届かぬ心の叫び。
(誰か、こいつらを)
誰にも届かぬはずだった心の叫び。
(_____殺してくれ)
そして届いてしまった、黒い願い。
空が赤くなる、空気が重くなる、世界が変わる。
「願い、聞き届けた」
誰かが呟く。ひどく冷たく、生気を感じない、絶対零度の声で。
虐める一人が「誰だ」と叫ぶ。周りの仲間達も、周りを探す。
「ここだよ」
と聞こえたのは、最初に叫んだ生徒の背中だ。「いつの間に!?」と叫び、距離をとる。
現れた人物は、学校の制服こそ着ているものの、誰一人見覚えのない人物だ。
性別は男だろう。年齢もこの場にいる少年達と同じくらい。
だが、前髪で見えない目は不気味で、病的なまでの肌の白さはまるで死人、浮かべる表情は笑みのはずだが、与えられる感情は恐怖。
誰しも、彼を第一印象を言うならば「死神」であろう。
一瞬、人と認識できなかったものの「誰だよ」と震えた声で尋ねる。
「誰だってどうでもいいだろ? これから死ぬ奴らに」
言う少年は、変わらず笑みを浮かべる。「は?」と声を出すが、次の瞬間、もう声は出せなくなった。
死神のような少年が首を絞めたのだ。
突然のことに、誰も動けずにいる。
やがて、首を絞められている少年が泡を吹き出したのを見て、手を離す。
すでに意識は無いようで、音を立てて地面に倒れる。
「次、誰がいい?」
倒れた瞬間を見向きもせず、次の獲物を求め、顔を動かす。
一人が「ひっ!」と短い悲鳴を上げしりもちをつき、さらに一人は足を震えさせ動けず、さらに一人は逃げ出そうと走り出す。
そして最後のもう一人は、勇気を振り絞って拳を構えて走り出す。
しかし瞬間、走り出した足を引っ掛けられて転倒し、背中に死神のような少年が乗る。そして制服の袖から何か取り出し、転倒した少年の首に当てたかと思うと、すばやく手を引いた。
そこから何処までも赤い、鮮血が飛び散る。
少年が取り出したのは、ナイフだ。小ぶりで使いやすい、100円ショップでも売っていそうな安いナイフ。
それでも、人を殺めるには十分な殺傷能力だ。
次いで、少年はナイフを投げる。
その先には、逃げることを選択した少年。
投げたナイフが、逃げる少年の右足の太腿に刺さる。
刃の半分ほどまで肉を貫き、少年が転ぶ。「ううっ・・・・・・」と涙目になりながら、ナイフの刺さった右足を抑える。
それを死神のような少年が、変わらぬ笑みを浮かべ近寄り、足に刺さるナイフを引き抜く。
痛みをジリジリと与えるため、ゆっくりと時間をかけて。
足から感じる激痛に、鼓膜が揺れるほどの悲鳴が響く。
それを見る3人は、どんどんと顔色が白くなり始め、一人が口を押さえて吐くのを堪えた。
ナイフが引き抜かれると、悲鳴は途絶え、すすり泣く声だけが耳に届く。
「はは・・・・・・ははは・・・・・・」
嗤う。死神のような少年が。
ナイフを振って、こびりついた血を落とし、視線を変える。向けられた視線の先で、残った二人のいじめっ子は、背中を向け、逃げ出す。
すでに逃げた者がどうなったか、見ていたはずなのに。
頭ではわかっているが、体が勝手に動くのだ。早く逃げなければ、と。
そして、やはり結果は同じだった。
いじめっ子二人が屋上にある扉を開く瞬間、すでに死神のような少年が肩に手を当てて、逃がすまいとしていた。
死神のような少年の手に付いた返り血が、いじめっ子二人の制服を汚し始めた瞬間、強く肩を引かれ中央へと逆戻りさせられる。
「逃げんなよ」
ナイフを構え、徒歩で二人に近寄る。二人は、後ずさりで距離を離そうとするが、やはりそれでも徒歩には敵わなかったらしい。
すぐに追いつかれ、ナイフが振りかぶられる。
_____二閃
ナイフが振り下ろされる。
瞬間、血飛沫が二つ飛び交う。
そのまま、音を立てて倒れた。
あっと言う間だった。
時にしてみれば1分にも満たないかもしれない短い時間で、自分よりも多い人数をひれ伏させた。
「あ・・・・・・」
金井は意味の分からない言葉が漏れる。
それはそうだ。常人ならば、この状況からして、誰しもそうなる。
「あ、あなたは」
「誰でもいいだろう」
言葉を途中で制し、答える。
「俺は、お前の心の願いを叶えに来ただけだ」
その言葉に、一つ仮説が立つ。学園にある「学園殺人鬼」という怪談だ。
人の黒い願いを聞き入れ、叶える殺人鬼。
しかし、ありえない。あれはあくまで噂、学園生活のスパイスでしかない。
だが、今目の前の現実は、噂ではないと言っている。事実、そうでもなければ説明が付かない。
「僕の、願い・・・・・・」
「俺は、お前の殺して欲しいという願いを叶えに来た。それだけだ」
変わらずの笑み、事実を伝えるだけの冷淡な口調。彼はとても冷めていた。
「あの・・・・・・」
「さて、後はトドメをさすだけだ」
聞かず、一方的に話を続ける。
よく見ると、死神のような少年は殺していなかった。
出血している者もいるが、どれも気絶程度の傷で、死にまでは至っていない。
それも時間の問題ではあろうが。
「さあ、トドメは依頼人。アンタがやるか?」
言って、ナイフを投げる。コンクリートの地面を跳ね、金井の足元に滑ってくる。
「え・・・・・・でも」
「いいのか? 一方的に傷つけられて、一方的に嬲られ、一方的に奪われたのに。こいつらへの鬱憤は、全部晴れたのか?」
質問されれば、いくらでもやり返したいことはあった。
自分にされたように、殴り、蹴り、治らぬ傷を付けてやりたい。
そう思うと、金井は自然とナイフを拾い、歩を進めた。
先には、首を絞められ気絶した少年。一歩ほどの空間を空け、震える手でナイフを振りかぶる。
振り下ろす、その時。
「しかし、結局お前もこいつらを同じか」
振り下ろそうとした手が止まる。
「どういうこと?」
「だって、お前、結局こいつらと同じように、暴力を振るうんだろ」
「僕がこいつらと同じだって!? そんなはずがない! そもそも、君がやれって」
「やれ、じゃない。やるか? と聞いただけだ」
言葉が詰まる。
「たしかに、お前がされたことは、人間の尊厳を奪う最低の行為だ。しかし、それは結局、ルールによって許可された行為だろう?」
「でも、だからって・・・」
「だから、なんだってんだ。お前が、拳を振り上げたら、こいつらと同じ、最低人間なのは変わらない」
再び、言葉が詰まる。
「いいか、お前はこいつらと同じ最低の人間だ。それが分かっているなら、そのナイフを下げればいいさ」
笑みは変わらない。しかし、どこか呆れている。
そして、金井はナイフを捨てた。
「僕は、こいつらとは違う」
まっすぐと言う。そこに、迷いも黒い感情も、存在しない。
「僕は、こいつらのように、暴力では傷つけない。だから、この学園のルールで、こいつらを蹴散らす」
拳を握り、意思をはっきりと伝える。
「クククッ」
初めて声を出して笑ったかと思うと、
「今、お前の中の黒い感情を殺した」
指を指し、これまでで一番優しい笑みを浮かべる。
__________
「あれ・・・・・・ここは・・・・・・」
金井は目を覚ましたのは自教室。すでに学園の外は暗くなり、星が輝いていた。
「寝ちゃってたのかな・・・・・・」
頭を掻き、かばんを持って教室を後にする。
(なにか、大変なことがあった気がするけど・・・・・・いいか。それよりも、今は勉強をがんばって、あいつらを見返したいって思ってる)
校門を出て、彼は決意を新たにする。
そんな姿を「学園殺人鬼」の少年は、学園の中心にある時計塔の頂点で眺めていた。
「たく、手こずらせやがって」
彼も頭を掻き、毒を吐く。
彼の本来の仕事は、心が最高潮まで暗く染まった者をケアし、迷いを殺すことだ。
それがどうして、「学園殺人鬼」という形になったかは本人も知らない。しかし、彼は夢の中で人を殺めるので、当たっているとも言えるのだが。
そして、彼が現れた夢は迷いを殺した瞬間から覚め、彼の記憶は無くなる。あるとすれば、結果だけが残るのだ。
「あ~あ、どうせ明日もうやるんだろうな~」
この学園でいじめを受けているのは、金井だけではない。まだ彼の仕事は終わらないのだ。
「まあ、仕方ねえか」
諦めながら、彼は闇に消える。
彼は、誰の記憶にも残らない。学校の怪談として、噂として空虚を流れるだけ。
事実として、存在するが、誰も何も知らない。性別も、年も、存在も。答えはそこにあるのに。
これは、どこにでもあり、どこにも存在しない物語。
彼は今日も、その中を進んでいく。