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君は魔法少女

 私のパートナーになって欲しいの」

 と彼女は言った。

 季節は秋。十月初旬にもなれば、比較的に夕方は涼しく過ごせていた。

 放課後、通学路途中にある公園のベンチの上で僕は文庫本を読んでいた。しかし、僕の目線は紙の表面をサラサラと流れていくだけで、内容は頭の中を素通りしていた。

 それでも、構わなかった。本の中身内容など、どうでも良かった。

ただ時間を潰すための言い訳を作れたならば、それで良いのだ。

 部活に所属していない、何か気合を入れて努力するわけでもない。そこそこの勉強をして、そこそこ食って、そこそこ寝る。それが僕の毎日だ。かつては充実した高校生活を送りたいと思っていたが、気づけば楽な方、悪い方に流れていってしまい、ある程度仲の良かった人間とも疎遠になってしまった。全ては手遅れだった。

 今や日課と化した放課後の暇を、僕は今日も満喫していたのに。

 その平和を邪魔するかのように、謎の彼女が僕の隣りに座って何やら怪しげな言葉を放った、というのがここまでのあらすじだ。

 僕がいるこの公園には犬の散歩をする人や、騒がしく野球をする小学生もいない。僕と女の子の二人きりだ。そもそも公園というか、茂みの中に脈絡なくベンチを設置したような場所だから、ほとんど人が近寄らない。だから僕は静かで落ち着ける場所として下校途中に利用していた。

 そんな場所であるから、僕以外の誰かがいるだけでも驚愕であるし、ましてや話しかけられるなんて予想外。

 学校に居てもクラスメイトと会話をすることが少ない、って理由からも話しかけられるなんて予想外なのだけれど。だからこういう時の対処法を知らない。

 とりあえず。

僕は死んだふりをすることに決めた。

「う、うえー。僕は死にましたー」

 こっちは誰とも関わりたくないからここで孤独に本を読んでいたんだ。

どうか、そっとしておいて欲しい。目に留めないで欲しい。興味を持たないで欲しい。

 ひょっとすると、この女の子は道に迷ってしまったのだろうか。迷ってもしかたないわかるわかるぅ……いやわからない。ここに至るには道なき道を進むしか無いから。途中で異変に気づいて引き返すのが普通のはずだ。

 そうして僕が何も言わず死んだふりを続けていると、

「私のパートナーになって欲しいの」

 さっきと全く同じセリフを放つ女の子。死んだふりに失敗してしまった。

 二回も言うなんて、よっぽど大事なことなんだろうな。

 しかし、彼女が言っていることの意味がよくわからない。

 これまでの展開が唐突過ぎて、僕の思考は現状に追いつかなかった。

 というか、クソラブコメの一節かよ、なんて僕は思う。僕はそういう物語に詳しいつもりなので、ヒロインが主人公にイキナリ告白しちゃった的展開には慣れっこである。そうだ、今読んでいたライトノベルも、唐突に告白されるところから始まる。

 あぁ。

今、少し誤解が生まれたかもしれないから弁明しておくが、僕は断じてオタクではない。普通の小説を読み飽きて、新天地を求めて居着いたのがラノベ畑だっただけだ。

 突然、見知らぬ女の子から交際を申し込まれるなんてそんな非現実なことあるわけない。そういうのは創作の中だけに限る。

 しばしの間、思考を巡らせた。普段は使われることのない脳は大儀そうに活動を始める。

 ――恐らくこれは僕への愛の告白ではない。あまりにも荒唐無稽過ぎる。展開をすっ飛ばしすぎている。フラグを立てた覚えはない。

 僕が一体どこで、どんなカッコいいことをして、運命的な出会いをして女の子とフラグを立てたって言うのだろう。記憶にございません。異性との関わりがないのに、恋愛の神が舞い降りるはずがないだろう。

 足りない頭でも冷静に考えて良かった。危うくこれが運命の出会いだと、勘違いするところだった。

 さて、どう答えたものか。寝た振りをやめて、勇気を出して彼女の質問に答える。

「あ……ああ……ああ…………ぁぁ」

 僕はカオナシか。何も言えなかった。正しくは、「あ」しか発音できなかった。

秘奥義、「コミュ障」発動。

「何それ。もしかして頭おかしくなっちゃったの? それとも私の声が聞こえなかった? 大切なことだから、何回でも言うわ!」

 

「あなたに! 私の! パートナーに! なってほしい! です!」

 女の子は文節を一つずつ区切って、本日三回目となるそれ言った。

 どうやら彼女が着ている制服を見る限り、僕と同じ高校の生徒のようだ。学年ごとに色分けされたブレザーのリボンを見ると、同じ高二だとすぐに分かる。

 そろそろ次の返答をしなければならない。

 僕は物語に詳しい。だから、こういう時に答えるべき言葉を知っている。

 気を取り直して。エッフン、と僕は咳払いをして、堂々とした態度で宣言する。

「え、なん」

「『え、なんだって?』なんて返答は無し。もう一度言おうか」

何故読まれたし!?

「ま、まさか読心術か? 君はエスパーか」

「はぁい~」

「――エスパー伊○か……」

 突然ボケを挟まれたせいで反応に遅れた。実はあの人めっちゃ儲けてるらしい。

「ヒロインにつまらないノリツッコミさせていいと思ってるの?」

 今のはノリツッコミなのか? ていうか、自分でヒロインって言っちゃうの?

「あ、はい、ごごごめんなさい」

 ノリツッコミは君が勝手にやったんだろうが。なんだこの状況。

 冷静の二文字を心の中で秒速三回で二十秒ぐらい繰り返した後、手のひらに「石」という文字を書いて、文字をそのまま飲み込む。

 相手は石、相手は石。

「…………」

「…………」

 多分、僕はそれなりに落ち着いた。彼女も落ち着いたんじゃないかと思う。

沈黙は続いたが、良い沈黙だ。ハイテンションでまともな会話を続けることは困難だ。

 そのクソラブコメの主人公っぽく話したらいいんじゃないかな。

 それにこういうのは気持ち次第のような気もする。現実だと思うから話せないのであって、相手がNPCだと思えば適当に話しても問題ない。

 幾らか気持ちが楽になったところで、まず知らなければならない重要なことがあるから、彼女に聞いておこうと思う。

「えっと。君、誰?」

「あなたのパートナー」

「おかしいな。僕らはもうパートナー同士になっていたのか……」

 名前を応えて欲しかったよね……。

 僕が戸惑っていると、彼女は次の行動に出た。彼女の両手は僕の左手を包んでいた。そして僕の目をじっと見る。

 彼女の目は大粒で、今にも吸い込まれてしまいそうだった。彼女の視線に凍りづけにされる前に、僕は目を逸らした。見つめていれば自分の何かが変えられてしまいそうな、そんな予感があったからかもしれない。

「パートナーになってくれるだけでいいんだよ!」

「あ、ぐ、具体的に何をすればいいの」

「放課後にあなたがここにいる時間を、是非とも私のために使って欲しいんだ」

「へぇ、僕の日課を知ってるんだね。す、ストーカー?」

「そうとも言うかも」

 すいません、あのー警察の方ですか。僕専属のストーカーがここにいるので、現行犯逮捕をよろしくお願いしまーす。

 それは冗談にしても。どうやら僕は知らずのうちに、この子に付きまとわれるようなフラグを立てていたらしい。人生何が起こるかわからないものだ。自分の行動が何に影響を及ぼしているかなんて予想もつかない。

 ところで、彼女のために時間を使うという表現は、実に曖昧であるけれど、普通に遊ぶとかゲームしたり他愛もない会話をしたり……なんて、そのような解釈でいいのだろうか。

 話すのは苦手だが、困難ではない。僕はラブコメの真似事をしているだけでいい。

 僕が小説を読んでいるのはただの暇つぶしにしか過ぎないから、内容によらずとも彼女と遊ぶことは暇潰しには有意義過ぎるのだろう。

「いいよ。パートナーとやらになろう。それで、何して遊ぶんだ?」

 今、僕達がいる場所には本当に何も無い。カバンの中には教科書と筆記用具しかない。

 何も使わずに出来る遊びなら、しりとり、じゃんけん、だろうか。体動かすなら鬼ごっこ、かくれんぼとか、でもそれは人数が足りないか。

「うん、ありがと。お礼に一つ、いいこと教えてあげようか」

 となにやら思わせぶりに、彼女は言った。そしてベンチの上に立って、僕を見下ろす。背後の月が逆光になり、彼女の姿が僅かに幻想的に演出されていた。 

「私、魔法少女だから」

 彼女はくるりと一回転、そして何処からかとんがり帽子を取り出して、頭の上に被った。ザ・魔女って感じのアレだ。

「お、おう」

 腰が抜けて、ちゃらんぽらんな反応しかできなかった。

「なにそれー、もうちょっと驚いてくれても良いのに。わーとか、どひゃーとか、うげげーとか、何でもあるじゃん。理想は『やべえ結婚してくれー』だけどね」

 無理な反応をご所望なさる。

 僕が無意識にフラグを立てていたらしい彼女は、まさかの電波少女であった。

「許してください、ごめんなさい、抵抗しません」

「そう、あなたは何もしなくていいの。ただ私と一緒に居てくれるだけで!」

「なんかそれはそれで嫌なような」

「どうして!? 可愛い女の子と無料でお話出来るんだから喜びなよ!」

「いや、喜ばしいことなのかもしれないけどさ」

「んー、私じゃ物足りんって言うの!?」

「ま、まぁまぁ落ち着こうよ」

 彼女が独りでにヒートアップしていくうちに、いつの間にか彼女の顔が目と鼻の先に存在していた。僕は彼女を肩を掴んで、彼女の顔を遠ざける。

「そうだ、君が魔法少女なら自分を落ち着かせる魔法ぐらい知ってるんじゃないのかなって思うんだ」

「そんなものは無い!」 

 と彼女はキッパリと断言する。

「じゃあ、深呼吸しよう。吸ってー吐いてー」

「ふん。とにかく喜んでほしいの!」

 めっ、なんて。子供を叱るような風に彼女は言った。

 とりあえず、適当に喜んでみるか。

「やべー超結婚してえ」

「目を閉じて」

 脈略もなく彼女はそう言って、僕の肩を持った。そして彼女の顔が僕に近づいていく。彼女はそのおでこを僕のおでこに合わせる。

 本当にいきなりだったので僕は気が動転してしまいそうになる。

 この先の展開への期待と、同じぐらいの不安を持って、彼女のなすがままになる、なってやろう。

「はやく。目を閉じてよ」

「や、優しくしてね」 

 僕は目を閉じた。すると、視覚がカットされ他の五感が研ぎ澄まされるような気がした。

 かすかな彼女の匂い。クンカクンカしておこうか。女の子の匂いを嗅げる機会なんて限られている。これを逃すと次はいつになるわからない。

 この状況、もしかしてラブシーン的な感じなのだろうか。ここからキスまで行ってしまう感じの流れだろうか。いや、愛の無いキスは良くないから、ここは拒まなければならない。なぜなら、男にとってもファーストキスは大切なモノだから! 自分で言って恥ずかしいけれど。

「おいおい! キスはダメだっ!」

「キスなんてしないよ!」

「えっ、あぁそうか……」

 早とちりみたいで恥ずかしい。僕が赤面しているのが分かる。なんだこれ、今僕がヒロインみたいになってないか。

「キスはまたの機会に取っておくの」

 どういう意味だろうか。やはり彼女は僕のことが……でも、それはどうして?

「…………私たちは一つなんだよ」

 彼女は唐突に、そう言った。何が怒っているのか、やはり僕の頭では理解できなかった。

 しかし不思議な事に、彼女と額を併せているうちに心が安らいでいく感覚に陥った。近くに女の子を感じて、緊張しているのは確かなのに、おでこのあたりにエネルギーを感じて、それが興奮を鎮めているように思えた。

 彼女が言うように僕たちは一つになったからなのだろうか。非科学的な現象に僕は躊躇った。

 そうしているうちに僕の頭の中は白く染められていって、何も考えられなくなった。かと思えば、激しく揺さぶられて、白い光に包まれる。そしてさらに揺さぶられて、揺さぶられて。

 自分の知っている理屈では説明できない。

 もしかすると、彼女は本当に魔法少女なのかもしれない。

仮説を立ててみたが、正しいとは思えなかった。

 平衡感覚も歪められて、僕が今がどんな状況にあるのかもわからなくなって。

 僕の記憶は途切れた。


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