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漆黒の闇に包まれた犯人

作者: yayoidai

 気がつくと私は、周りを木々に囲まれていた。森、と言うには若干足りていない。深い林、程度だ。膝丈くらいの若草が地面を覆っている中、僅かに一本、道のようなものが出来ている。散歩道ではないが、未開の地って言うわけでもなさそうだ。

 さっきまで在ったはずの喧騒(九割は車の音だが)は欠片も届いてきていない。

 遠くで鳴いている鳥の声、草の立てるかすかな擦音が、ぼんやりと私に届く。足先もぽかぽかしており、冷たいはずの地面の感覚がない。

 どうしてここにいるのか、どうやってここに着いたのか、そもそもここはどこなのか。全てが曖昧な認識だった。クリアなのは視界くらいだ。

 とりあえず、この場から出ようと思った。出られるかどうか、とか、迷ったらどうする、とか、そういう事はあまり考えなかった。出られるはず、という、変な確信はあった。

 草を踏みしめ、先人が通ったであろうルートを通る。がさがさ、と言う音が懐かしい。

 そういえば、私は昔、このような林を遊び場にしていた事があった。学校から程遠くなく、坂を上った先の階段上に入り口があって、たぬきの目撃情報が多発した林だ。小学生五年生くらいだろうか。私はたぬき見たさに、一人でよくそこに入った。

 たぬきを探しつつ、色々なものを見たり、音を聞いたり、何かに触った。たぬきが逃げる、なんて考えもせず、ただただ駆け回っていたので、残念ながら当然であるが、目標を見つける事は出来なかった。そのうち飽きて、また別の遊び場を見つけ、通う事はなくなった。成長し、引越しもした。つまり、よくある思い出だ。

 ゆっくり歩いて、三十分くらいだろうか、私は少し疲れを感じた。都合よく近くにあった、中くらいの岩に腰をかける。岩のひんやりとした感じが、お尻や手足を通して体に染み渡った。何となく、五感が澄んできた気がした。鳥の声も、草木のざわめきも、すぐ近くにあるようだ。

 多様な、だけど静かな空間にしばし浸る。

 ふと、「気がつく」前を思い出した。私は、目の前を通った、黒い影を追っていたのだ。それはちょうど、たぬきサイズの、小動物レベルの影だった気がした。

 所用で目的地へ向かっている途中の事だ。ちょうど「林」に向かうかのような、「坂」によく似た傾斜を上っていた。ボーっとしながら歩いていると、さっ、と足に何かが触れる感覚があって、うを、と思いながら下を向こうとしたとき、目の端を影が通ったのだ。ボーっとした脳は、目的も理由も認識も判断も放り投げた、「追わなきゃ」、という反射を起こした。

 私は小走りで影を追った。不思議と、必ずちょうど角を曲がる瞬間が見える。神タイミング、と思いつつも、僅かに感じるもどかしさが、私をせかした。いくつの角を曲がったか、そんなこんなで、いつの間にか知らない場所の、知らない林の中に来てしまったのだった。

 あー、と私は思った。そういえば、そうだった。時計を見る。「所用」の予定時刻は過ぎていた。

 私は再び、あー、と思った。どうしてあんな行動に、と、後悔のような反省のような事を考えた。でも、と思った。目を閉じ、深呼吸してみる。土と草と木の香りが、肺に冷たく触れた。まあいいか、と思った。これはこれで良かった。

 二十分くらいだろうか、そのままでいたら、心地よい疲労と普段の不摂生とが入り混じってか、軽い眠気に襲われた。このままでは寝てしまいそうだったので、流石に戻ろう、と思って立ち上がる。

 自身の出した音ではない、がさ、と言う音がした気がした。「道」の先を見た瞬間、あの「影」が横切った気がした。反射に近い速度で、追おう、と思った。あの影はきっと出口に向かう、そう直感した。草陰に入った影は、私が近づくと、ちょっと先の道を横切る形で、反対側の草陰に入っていく。ちょうど、道を軸にジグザグと進んでいく道筋をとっていた。鈴木結女の「輝きは君の中に」を連想しながら、私は黙々とついて行った。

 影が現れる頻度が段々と下がっていき、しかも現在地点と出現地点との距離は伸びていった。これ以上離れられると見失うな、と思い始めた辺りで、林の出口が見えてきた。その後、数十メートル歩く間、影が現れる事はなかった。

 林から出た途端、突然普段に戻ってきた感じがした。車の走る音、信号の音響、通行人の話し声が、一気に聴覚を刺激する。

 軽いショックを受けて、私はすばやく林のほうへ振り向いた。外から見た入り口は、こんなに暗かったか、と思うくらい、怪しげな闇を湛えていた。

 しばらくそのまま立ち尽くしていたが、寝起きの状態から覚醒するかの様に、よし、という気になった。時間を見る。予定なんて無かった、ととぼけたくなる様な時間だった。文明の利器を利用し、現在地点を確認する。知り得ているルートから、そんな遠くない地点に、私はいるみたいだ。

 最後にもう一度林の方を見て、私は歩き出した。


 それ以来、あの林に入る事はなかったし、影を見ることも無かった。時々、行ってみようかな、と言う気になるが、しばらく考えて、まだいいや、という結論にいつも達していた。きっとそれは間違っていない、という変な自信はあった。いつかまた、何かの拍子にあの影が現れるような気がしていた。

 あの時、私の目の前に現れた影。私の足に触れていった犯人は、いまだに漆黒の闇に包まれたままだ。

即興小説トレーニングより。

30分では完成しなかったのですが、途中送信するよりは、と思い、こちらに投稿させてもらう事にしました。

タイトルは、そのときのお題です。

中身と合っていない?いえいえ、それは気のせいですよー。

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