第六章 冷たさ
また一体のドラウンドが地面に崩れた。ザヒラは足を伸ばした。「残り二体」すぐに整然とした足音が後ろから響いた。
「残りは私どもが引き受けます。エージェント・ザヒラはご休憩を」
「ふーん……じゃあ任せるわ」振り返らずにザヒラは建物の方へと後退した。粗いノイズが無線に入ってきた。
「ザヒラ、リサが……いない」
デニスが建物の上からコントローラーを振った。
「は? なんでいないの?」ザヒラが階段を上がってデニスの元へ向かった。
ドローンがザヒラの到着と同時にデニスの手に戻ってきた。ポケットにしまいながら、デニスは後ろを指差した。「さっきまで俺の後ろにいたのに、今はいない」
「トイレじゃない?」ザヒラは下を見た。警備員たちが盾とスタンバットで苦労しながら残りの二体に対処していた。
「ん……装備は揃ってるのに頼りないな……一、二」ザヒラは今し方倒したドラウンドを数え、指が止まった。
「デニス、今回逃げたのって合計何体だっけ?」
「九体」
「デニス……」
デニスが見つめた。
「ここには八体しかいない」ザヒラとデニスは顔を見合わせ、すぐに背後の路地へと視線を向けた。
***
重く弱い息づかいが路地の空気を満たした。リサは下を見た。首に回された手がゆっくりと黒く覆われていく。肩甲骨に鋭い刺さるような感覚が走った。手を伸ばそうとするたびに、ドラウンドの締め付けが強まるだけだった。
動けない……少しでも動くと、首にの力が強くなる。
ドラウンドはゆっくりと後退し、二人を壁際に追い詰めていった。一歩ごとにリサの息が細くなる。騒がしい足音が、ドラウンドの握力をさらに増した。
「うっ……」リサの顔が蒼白になっていく。霞んでいく目の中に、ザヒラの影が前方に映った。手がだらりと垂れた。
「せ……先輩……」喉から絞り出したのは、それだけだった。到着したばかりのザヒラは、その場で固まった。
「こっちに来い。こいつは死ぬ」ドラウンドが低く呟いた。肩甲骨に熱くじりじりとした感覚が走った。熱い液体が流れ出した。
建物も路地も歪んで見えた。視界がぐるぐると回り始め、やがて暗闇がリサの意識を塗りつぶした。
***
ザヒラとリサの距離はおよそ十メートル。デニスの計算ではザヒラからリサまでが十二メートル。全力で走っても、ザヒラが届く前にリサの首が裂ける。
デニスは後ろの建物からそっと覗いた。「まずい……どうする」コントローラーを握ったが意味がない。ドローンを起動すれば音で気づかれる。ポケットを探り、念のため持ってきたスタンガンを取り出した。
照準を合わせた。距離が遠すぎる。撃っても当たるのはザヒラの方だ。デニスは再び身を隠し、腕時計のインターフェースを開いた。メンバーへのメッセージに手が迷った。「ボスは会議中……呼べない」
「ベータじ……間に合う……かな」二つの名前の間で手が震えていた。目を閉じて、またザヒラの方を覗いた。まだ動けずに立ち尽くしている。
リサの目は閉じていた。薄い血の筋が胸元へと伝っていた。「もう時間がない……」デニスは自分の髪を引っ張った。
「お前って本当に天才だよな」頭の中でアセプの声が響いた。
「どこが天才なんだよ」デニスは歯を食いしばった。「こんなとこで詰まってる天才なんていない」髪をさらに強く引っ張った。
「ボスがここにいたら、何をする?」ザヒラとデニスが同時に同じことを呟いた。
ヒュッ
淡い青色の液体がザヒラの頭上をかすめて飛んだ。ドラウンドの手が瞬時に凍りついた。首からリサを離し、自分の腕を壁に叩きつけた。
「なんだこれ!?」ドラウンドが叫んだ。
「氷河……?」デニスは驚いて弾の飛んできた方向を探した。向かいの建物から光が反射している。振り返ると、ザヒラの足はすでに宙に浮いていた。ドラウンドの頭を蹴りつけ、壁に叩き込んだ。
ザヒラは倒れかけるリサの体を掴み、後ろへ引いた。「リサ、大丈夫? 起きて」ザヒラはリサの頬を叩いた。リサの顔は青白く、目は閉じたまま。肩甲骨からまだ血が滲んでいた。胸はかすかに動いていた。ザヒラは傷口を指で押さえ、ドラウンドとは逆の方向へと走り出した。
「ぐあっ……逃げると思うなよ」もう片方の手が黒く覆われ始め、ドラウンドがザヒラとリサに向かって飛んだ。デニスが物陰から飛び出してスタンガンを撃った。
ビシュッ!!
急所を外した。倒れさせるには足りない。
「しびれる……なんだこれ」ドラウンドがコードを強引に引きちぎった。
ザヒラはリサの体をデニスの肩に乗せ、リサのもう一方の腕も自分の肩に回した。デニスがリサの足が引きずらないよう前かがみで歩かなければならない分、二人の足取りは重かった。
グラシオの弾がまた飛んだ。ドラウンドの雄叫びがさらに大きくなった。「くそっ、なんだこれ……体が凍り続ける……ぐああ!!」両腕を乱暴に振り回した。
広い通りに出た。車もバイクも停まったままで、乗り手がいない。店は開いているが、店員がいない。静まり返った街。全員避難済みだった。デニスとザヒラは通りを渡り、向かいの暗い路地へと向かった。
「デニス、リサを地下壕に連れていって」ザヒラはリサを抱えるのをやめ、デニスに全ての重さを押し付けた。デニスがよろけた。
「ドラウンドは?」
ザヒラは肩越しにちらりと見て微笑んだ。「私が相手する」両方のガントレットからナイフを出した。靴の先端の小さなナイフも引き出す。
デニスが頷いた瞬間、前方から二人分の足音が聞こえた。
「よければ、我々が手伝わせてください」暗い路地から女の声が響いた。暗がりから白髪の二人が現れた。背中に青く光るライフルを背負った女と、自分の体より大きな盾を抱えた若い男だった。
ザヒラは大きく息をついた。「チー家か、来るなら言ってよ」
デニスはリサを抱えたまま二人の横を通り抜けた。「じゃあ残りはお前らに任せる」
***
通りに轟音が響いた。ドラウンドが路地から飛び出した。「ぐうっ……さっきの奴らはどこだ……殺して帰らないと」
「ここだよ」軽く二回、背中を叩いた。
ドラウンドが腕を振り、電柱に直撃した。腕を引き抜いてまた後ろへ振った。
「あれ、なんで感電しないの?」ザヒラが後ろへ跳んで距離を取った。
「それWi-Fiのポールですよ、お姉さん……電柱じゃないです」チー・ルンの声がインターコムから聞こえた。
「……」
ドラウンドがザヒラに飛びかかり、拳を振った。ザヒラが笑みを浮かべた。
「死ねえ!!」ドラウンドが叫んだ。
ドゥクッ! シュッ!!
「ぐああっ……腕が!!」盾にドラウンドの腕が吸い込まれた。
「チャージブロー、発動」盾から強烈な空気圧が放たれ、ドラウンドを遠くへ吹き飛ばした。
「ぐああああっ!!」
「ナイス、チー・ルン」ザヒラはチー・ルンの肩を叩いて前へ進んだ。チー・ルンの顔が赤くなり、ザヒラを直視できなくなった。「だ、大丈夫です、先輩……」
「チー・ロク? もう位置についた?」ザヒラがインターコムを押した。
「はい、屋上からアシストします」
「オーケー」
ドラウンドが立ち上がり、地面に拳を叩きつけてアスファルトを抉った。「俺はただ帰りたいだけだ……妻に会いたい」
「奥さんに会いたいのか……」ザヒラは微笑んで、左膝をドラウンドの鼻先に思い切り叩き込んだ。ドラウンドは声も出さずにうな垂れた。
「終わりね」ザヒラはチー・ロクに向かって手を上げた。
「殺す!!」ドラウンドが叫び、ザヒラが振り返ったが間に合わなかった。足を掴まれて横へ投げられた。ザヒラは転がりながら足を後ろへずらしてブレーキをかけた。
「大丈夫ですか、先輩?」チー・ルンが心配そうに聞いた。
「平気」チー・ロクが数発撃ち込み、ドラウンドの首に命中して凍らせた。だがドラウンドはまだ自由に動いていた。
「ザヒラ先輩、まずいです」チー・ロクからインターコムが入った。「ブライトがもう首まで達しています」
ザヒラは下唇を強く噛んだ。口の中に鉄の味が広がった。「急がないと」ザヒラが踏み込んだ。ドラウンドが拳で迎え撃った。盾がまた遮った。ドラウンドは吸い込まれる前に素早く腕を引いた。
ザヒラは盾の左側から飛び出し、股間へ蹴りを入れた。ドラウンドの左手が防ぎ、右手で地面を叩いた。ザヒラはすぐに後ろへ跳んだ。ドラウンドの左腕のあざがブライトに覆われ始めた。チー・ロクがまた撃ったが、もう効かない。
「氷河以外の弾ってないの?」ザヒラはすぐにチー・ルンの盾の後ろへ隠れた。
「ないです、氷河と電撃しか持ってきてなくて。でもブライトが首まで来てたら意味がないんです」チー・ロクが答えた。
「なんで胸を撃たなかったの?」
「殺してしまうと思って」チー・ロクが答えた。
ザヒラは息を吸い込んでドラウンドの動きを見た。チー・ルンは全力で打撃を受け続けていたが、腕がすでに震えていた。
「チー・ルンもそう長くは持たない……」ザヒラはガントレットのナイフで指先を刺した。血が少し滲んだ。「痛い」
長く息を吸い込み、ザヒラはチー・ルンの盾の下をくぐり抜けた。ドラウンドとの距離を縮める。左足をしっかりと固めて、右足を思い切りドラウンドの胸へと叩き込んだ。血がざっと顔にかかった。ザヒラは足を引こうとした……
引けない。
ガントレットがドラウンドの胸を覆い始めたブライトに絡みついていた。足へとブライトが這い上がってくる。「くそ!」
「このクソ女房が浮気しやがって!!」ドラウンドが叫び、右手でザヒラに向かって振りかぶった。チー・ロクがまた撃ったが無駄だった。チー・ルンの盾がドラウンドの強烈な一撃を受け止めようとした。
無意味だった。
ザヒラは盾ごとチー・ルンと一緒に宙を飛んだ。盾の重さが二人の体にのしかかった。ザヒラは押しのけようとしたが、ブライトが広がった足が激しく脈打っていた。横を見た。チー・ルンは仰向けで目を閉じていた。
「くそ」
盾の向こうで何が起きているか、ザヒラには見えなかった。
***
ドラウンドが雄叫びを上げ、飛びかかる体勢を取った。チー・ロクは素早くリロードを続け、ドラウンドの顔に向けて撃ち続けた。
「うるさいんだよ!!」ドラウンドが自分の顔を掻きむしった。
チー・ロクは眉をひそめ、素早く弾を替えて引き金を引いた。その時、植木鉢が飛んできた。建物の端に当たり、破片がチー・ロクの額を直撃した。鋭い痛みと共に血がにじみ始めた。
唇を噛んで、再び照準を合わせた。ドラウンドはすでに高く跳び上がり、ザヒラとチー・ルンに向かって降下していた。チー・ルンは気絶し、ザヒラはブライトを砕こうとしながら同時に盾を支えようとしていた。
「危ない!!」チー・ロクが叫んだ。




