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DRIVEN - 感情は、長く抑えてはいけない。  作者: 黒金カズナ


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第二章 耳と尻尾

リサはバッジへと手を伸ばした。指先が冷たい金属に触れそうになって――また引っ込めた。「わ、私なんかが……本当に受け取っていいんでしょうか」市場のことが頭に浮かぶ。助けを求めるあの叫び声が、まだ耳から離れない。

「ん? かたいな」アセプは首を傾げた。

デニスが奥の部屋から戻ってきた。「ボス、さっきから探してた」と叫ぶ。

デニスの姿を見て、リサは頭を垂れた。罪悪感が首の後ろにずっしりとのしかかった。

「どうしたの?」アセプが聞いた。

「仕掛けが全部作動してた、なんで? しかも誰も引っかかってないし」デニスが不満そうに答えた。

「ああ……」アセプは小さく笑った。「答えはそこにいるよ」と、リサの方へ口を尖らせた。

「は? どこに? 魔物? 死体もないし」デニスが言い返した。

「お前の目の前の女の子だ、ボケ」リサは頭を引っ込めた。

「こいつ?」デニスはリサを指差した。リサはすぐに視線を逸らす。

「ありえね!」デニスは大きく手を振った。「俺が完璧に仕掛けた罠を全部かわせるわけがない。それに、さっき人を見捨てろって言ったのに無理やり突っ込んでいったじゃないか」デニスの眉がリサを睨んで険しくなった。

「その人は、死んだ!!」デニスが怒鳴った。

リサはきつく目を閉じた。呼吸が速くなる。拳を固く握り、爪が手のひらに食い込んだ。

視線を感じて、リサはゆっくりと目を開けた。アセプの口元に薄い笑みが浮かんでいた。「本当のことなの、リサ?デニスの言ってること」リサはただゆっくりと頷いた。

「ぷっ……なんだそういうことか」アセプの小さな笑いが部屋に広がった。「デニス、ちょっと倉庫に戻って頭を冷やしてこい」

「ふんっ」デニスは顔を背け、重い足取りで部屋を出ていった。

バッジがアセプとリサの間のテーブルに置かれた。アセプはリサの向かいに腰を下ろし、コイもその隣に続いた。

「二人はもう自己紹介した?」アセプは新しいチェルートをポケットから取り出しながら聞いた。

「ま、まだです」コイが小さく答えた。顔はアセプの肩に隠れていて、耳だけがひょこっと外に飛び出しているのが見えた。

「じゃあ自己紹介して!」アセプはチェルートの先端を切り落として灰皿に捨てた。

リサの手がゆっくりと開き、太ももの上にただ乗っているだけになった。アセプはチェルートを鼻に当てて静かに匂いを嗅いだ。コイは何度か小さく頷いてから、ようやく口を開いた。

「ぼ、僕はリコ。でも父様や皆はコイって呼んでる。え、えーと、1……14歳です……」コイは唾を飲み込んだ。尻尾が忙しなく揺れている。「す、次は何を言えばいい、父様?」目が助けを求めて泳ぎ、尻尾が少し固まった。

「なんで俺に聞くの、自己紹介するのはコイでしょ」アセプはチェルートを口で咬んだ。

「リサのお姉さんの隣に座っておいで、俺はここで煙草吸うから」コイは頷いてリサの隣に移動し、尻尾がさらに速く動いた。

「と、隣に座っていい? リサ姉」コイは椅子によじ登り、ちょこんと跳ねた。

リサ、姉……?

その言葉を聞いた瞬間、胸の中でふわりと温かいものが広がった。気づいたら、口元に薄い笑みが浮かんでいた。

向かいでアセプがチェルートを深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。「ビ!」

ビ・ニャイが台所から出てきて、テーブルの脇に立った。「はい、ボス?」

アセプは上を指差した。「コーヒー一杯頼む。コイは?」

「いつものやつで」

アセプは眉でリサに聞いた。「お、お水です……ビ・ニャイさん」リサが答えると、ビ・ニャイは微笑んで台所へ戻っていった。

「で……さっきは何があったの?」アセプが聞いた。

リサは顔を上げ、一瞬コイに視線をやってから、息を吐いてアセプをまっすぐ見た。ゆっくりと口を開き、話し始めた。

話はまとまらなかった。

「えっと、あのですね、私がその……あれをしようとしてて、えっとですね、私が」リサは緊張でしどろもどろだった。

アセプはただ黙って聞いていた。目がリサから一瞬も離れない。リサは座り直し、服の裾を指でくるくると巻きながら、少しずつ落ち着いて話せるようになっていった。

話の途中でビ・ニャイが飲み物を運んできた。コイはリサの頭よりも低く身を乗り出して、白っぽい飲み物――おそらくミルク――に手を伸ばした。それを持って大人しく座り直し、熱い飲み物をふーふー吹きながら、尻尾をゆったりと揺らしていた。

アセプがチェルートを深く吸った。「ああ……そういうことか」先端の灰が赤く灯る。煙が濃くなり、アセプの顔全体を包んだ。

「まあ、助けようとしてもしなくても、死んだ」アセプは天井に向けて顎を上げ、チェルートを高く咥えたまま言った。「ふーむ」

「あの人は挟まれてたんだろ? たぶんかなり長い時間そこに挟まってたはずだ。煙が晴れて、誰かが来てくれるって気づいて初めて声を上げたんだよ」アセプは両手を上にゆっくりと広げた。「それだと足の感覚はもうなかったはずだ。たとえ助け出せたとしても、挟まれた傷口から土埃が入って感染症になってた可能性が高い」

リサの眉がわずかに寄った。隣でコイが大きくあくびをし、頭がこくりこくりと揺れ始めた。

「説明しすぎたか。要するに、早く行ったところで結果は同じだった。救急車も遅れてたしな」アセプはチェルートを消し、膝を軽く叩いた。コイがリサの椅子から離れてアセプの膝に頭を乗せ、尻尾を背中に丸めた。

「むしろ、よくあれだけ持ちこたえた」アセプはコイの頭をゆっくりと撫でた。コイの耳が素早く動き、ごく小さな吐息が漏れた。リサの目はコイから離せなかった。その静けさに見入りながら、さっきの言葉が頭の中でゆっくりと沈んでいく。「少なくとも、他に被害が出るのは防いだよ」アセプが続けた。

「あの……すみません」リサが口を挟んだ。

「ん、なんで謝るの?」

「ドラウンドって……何ですか?」リサは頬を掻きながら聞いた。

「……」

「16年以上この世界にいて、ドラウンドを知らないの?」アセプが聞いた。

「私、21歳なんですが……」

「5歳以下の頃のことって覚えてる?」

覚えてないけど。それが何か関係あるの?

リサは首を横に振った。長く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。アセプをまっすぐ見つめて、口を開いた。「わ、私はこの20年間、父のラボから外に出ることを許されませんでした」

「ラボ……? お前の父ってルクマン博士だろ?」

「なんで……父の名前を知ってるんですか?」

「プロフィールに書いてあった」

「……」

リサは少し椅子に沈み込んだ。せっかく覚悟して話そうとしたのに、肩透かしだった。父親以外の外の人と話すことに慣れていない。いつも話す前に準備が必要なのに、目の前の男には毎回その準備が追いつかなかった。

アセプは額に指を当てて回した。「確か……ルクマン博士とレザ教授が航空機事故に遭ったの、一年ちょっと前だっけ?」

「一年と少し経ちます」リサが続けた。「父とレザさんが亡くなって、すぐにTICに連れていかれて、この一年間ずっと訓練していました」

「レザさん? 彼と知り合いだったの?」

「父以外に、私と話してくれた人はレザさんだけです」リサは頷いた。

アセプは頷きながらコイの背中をゆっくり叩いた。「ちょっと待って。TICで訓練したなら、他にも人がいたはずだよな?」

「ファルハンさんがいましたが、ホログラム越しだけです。直接お会いしたことはありません」

「ファルハンの野郎、やる気あんのか……人を訓練するのに会いもしないって何なんだよ」アセプが呆れた。「ニュースとか見ないの?」と続けた。

「父がテレビを見ることを許してくれませんでした」

「そっか……じゃあ暇な時は何してたの?」アセップは聞きました

「父が漫画を読むのは許してくれていました。スーパーヒーロー系とかです」

「ああ、なるほどね。だからか」

アセプがいきなりテーブルを叩いた。「要するに!」リサがびくっとした。コイも同じようにびくっとしたが、目を覚ますほどではなかった。

「ドラウンドっていうのは、自分の憎しみに溺れた奴らのことだ。簡単に言えばそういうこと」

「に、憎しみ……ですか?」

憎しみ……漫画でよく聞く言葉だけど、よくわからない。

アセプは頭の後ろをガシガシと掻き、天井を見上げてからリサを見た。「好きなスーパーヒーローが悪役にボコボコにやられてる場面、読んだことある?」両手をくるくると回しながら説明する。

リサはゆっくり頷いた。

「腹立つだろ?」

さらにゆっくりと、少し迷いながら頷く。「腹立つ……たぶん、そうです」

「じゃあ、その残忍な悪役がずっとそのヒーローを追い詰め続けてたら、どんな気持ちになる?」

「怒って……読み続けたくなくなります」小声でじっくりと噛み締めながら答えた。

「それって、読み続けたらもっと腹が立つからだろ? その悪役のことが嫌いになっていく」

リサがより速く頷いた。

「それが全部溢れて、積み重なって大きくなって爆発するんだ。その人は自分の憎しみの中に溺れていって、目的もなく暴れ回るようになる」

「ま、まだよく分からなくて……」

アセプは視線を逸らした。コイが乗っていない方の足が速く床を踏み始めた。「まあ説明するのが難しいんだよな。少しずつ、自分で学んでいくしかないよ」

リサはゆっくりと頬を掻いた。

「ところで、もしこのファミリーに入らなかったとして、お前は何をするつもりだったの?」アセプが唐突に聞いた。リサの目が大きく開いた。

もしここに入らなかったら、私はどうするんだろう。

目を閉じて息を吸い込み、また開いてゆっくりと吐いた。「特に何も……考えていませんでした」

「だったら外でどうしたらいいかわからないままウロウロするより、ここにいればいい。ちょうど外の世界がどういうものか、ここで学べるから」

リサはバッジをしばらく見つめた。ゆっくりと手を伸ばす。指先に冷たさが走った――なのに、なぜか温もりが手のひらに広がっていくような気がした。しっかりと握り、まだ少し震える手でそれを胸に当てた。

リサは小さく笑った。「私……ここに入ります。ファミリー・インフィニットに」声は小さかったが、迷いがなかった。自分自身への、約束だった。

アセプは一度頷いた。口の端に薄い笑みが浮かぶ。膝の上で眠るコイをちらりと見て、またリサに目を戻した。

「よし。ようこそ、インフィニテ・ファミリーへ。エージェント・リサ」

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