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第21話 帝国の皇女と宰相が帰国しますが、私の筋肉伝説が「神話」に昇格してしまい、夫の愛がさらに重くなりました


 翌朝、王都は新たな伝説の誕生に沸き立っていた。


 ヴォルフィード公爵夫人、エルナ。

 彼女はただの病弱な聖女ではない。

 その身に不治の病「魔力結晶化症候群」を宿し、肉体がダイヤモンドへと変わりゆく激痛に耐えながら、気高く微笑む奇跡の女性。

 帝国の宰相すらも膝を屈させた、高潔なる魂の持ち主。


 そんな尾ひれのついた噂話が、吟遊詩人の歌となり、新聞の見出しを飾り、街中の酒場で語り草となっていた。


 私は屋敷のテラスで、その新聞記事を読みながら頭を抱えていた。

 見出しには『聖女の体は宝石へ! 悲劇と愛のダイヤモンド・ロマンス』と躍っている。


 どうしてこうなったのだろう。

 私はただ、宰相の触診から腹筋の硬さを誤魔化すために、苦し紛れの嘘をついただけなのに。


「……何を悩んでいるんだ、エルナ」


 背後から、温かいブランケットが肩にかけられた。

 リュカ様だ。

 彼は私の隣に座ると、テーブルの上の新聞を一瞥し、満足げに頷いた。


「素晴らしい記事だ。君の尊さが、ようやく愚民どもにも伝わったようだな」


「リュカ様……これ、全部嘘ですわよ? 私の体は石になんてなりません」


「分かっている。だが、君の強さと美しさがダイヤモンド級であることは事実だ。表現のあやというやつだろう」


 リュカ様は全く気にしていなかった。

 むしろ、妻が「神秘的な存在」として崇められることに優越感すら抱いているようだ。

 この人の愛フィルターは、もはや現実改変レベルに達している。


 その時、執事長が恭しく現れた。


「旦那様、奥様。ガレリア帝国の方々が出発のご挨拶に見えられました」


     ◇


 屋敷の正面玄関には、帝国へ帰還する馬車列が整然と並んでいた。

 その先頭に、ヒルデガルド皇女と宰相ラインハルトが立っている。


 ヒルデガルド様は、いつもの真紅の軍服に身を包んでいたが、私を見るなりパッと表情を明るくした。


「師匠! 見送りに来てくれたのか!」


 彼女は大股で歩み寄ると、私の両手をガシッと握りしめた。

 その瞳はキラキラと輝いている。


「世話になったな。この数日間、私の人生で最も有意義な修行だった。お前から学んだ『空気椅子』と『脱力』の極意、必ずや帝国全軍に普及させてみせる」


 やめてあげてほしい。

 帝国兵全員が空気椅子でお茶を飲む光景など、シュールすぎて悪夢だ。

 しかし、彼女は本気だった。


「これは私からの礼だ。受け取ってくれ」


 彼女が差し出したのは、美しい装飾が施された木箱だった。

 大きさの割に、異様に重い気配がする。

 私は受け取ろうとして、一瞬、腕に魔力を込めた。


 ズシリ。


 重い。

 尋常ではない質量だ。

 中身は金塊か、それとも高密度の鉱石か。

 だが、私は顔色一つ変えずにそれを受け止めた。

 上腕二頭筋が悲鳴を上げるが、笑顔の裏でねじ伏せる。


「まあ、素敵な箱ですこと。中身はなんですの?」


「特注の『鉄アレイ』だ」


 ヒルデガルド様が爽やかに言い放った。


「見た目は可愛らしいぬいぐるみだが、中には鉛を詰めてある。一個五十キロだ。旅先でもトレーニングを欠かさないようにな」


 ぬいぐるみの中に鉛。

 狂気の発想だ。

 だが、今の私には最高のプレゼントかもしれない。


「ありがとうございます、ヒルデガルド様。……毎晩、抱いて寝ますわ」


 私が五十キロの箱を軽々と片手で保持しているのを見て、後ろに控えていたラインハルト宰相が眼鏡を光らせた。


「……やはり、凄まじい」


 彼は独り言のように呟いた。


「病の進行により、腕の一部も硬質化しているのでしょう。生身の人間ならば、その重量を片手で支えれば手首が砕けるはず。……それを、眉一つ動かさずに」


 彼は深く嘆息し、私に向かって最敬礼をした。


「ヴォルフィード公爵夫人。貴女のその強靭な精神力と、悲劇に負けない高潔さ。我が国に持ち帰り、教訓とさせていただきます。……どうか、お体をお大事に」


「ええ、ラインハルト様も。……あまり数字ばかり追いかけていては、大切なものを見落としますわよ?」


「肝に銘じます」


 ラインハルトは神妙に頷いた。

 彼の中で私は「死にゆく伝説の聖女」として神格化されてしまったようだ。

 まあ、今後帝国が我が国に攻め込んでくる際、「あのダイヤモンド夫人がいる国には手を出すな」という抑止力になれば安いものだ。


「行くぞ、ラインハルト! さらばだ、師匠! また会おう!」


「ごきげんよう、ヒルデガルド様」


 ヒルデガルド様は馬に飛び乗り、颯爽と去っていった。

 ラインハルトも馬車に乗り込み、車窓から最後まで私を見つめていた。

 嵐のような数日間だった。

 去っていく彼らの背中を見送りながら、私は手にした五十キロの箱を、愛おしそうに撫でた。


     ◇


 静寂が戻った屋敷の庭園。

 私はリュカ様と二人、並んでベンチに座っていた。

 秋の風が心地よく吹き抜け、私の髪を揺らす。


「……行ったな」


「はい。賑やかな方々でした」


 リュカ様は私の肩を引き寄せ、頭を乗せた。

 甘えるような仕草。

 外では「氷の閣下」と呼ばれる彼も、私の前ではただの愛妻家だ。


「エルナ。……君が有名になるのは誇らしいが、少し心配だ」


「何がですの?」


「帝国まで君の噂が広まれば、今度は世界中から君を見に来る輩が現れるだろう。君の『ダイヤモンドの体』を一目見ようとしてな」


 リュカ様は不満げに口を尖らせた。

 独占欲だ。

 私を誰にも見せたくない、自分だけのものにしていたいという、子供のような欲求。


「大丈夫ですわ。誰が来ようと、私の心も体も、全てリュカ様のものですもの」


 私は彼の手を握った。

 私の手は、鍛錬のおかげで少しマメができているが、彼はそれを「愛の証」として好んでいる。


「それに……もし変な人が来たら、私がこっそり裏庭に呼び出して、この五十キロのぬいぐるみで『ご挨拶』しますから」


 私が悪戯っぽく笑うと、リュカ様は吹き出した。


「ははは! そうだな。君には誰も勝てない。……物理的にも、精神的にも」


 彼は私の手を持ち上げ、指輪に口づけを落とした。


「愛しているよ、エルナ。君が硝子細工でも、ダイヤモンドでも、あるいは世界最強の筋肉を持っていても。君が君である限り、私は永遠に君を愛し、守り続ける」


 その言葉は、どんな宝石よりも硬く、永遠の輝きを放っていた。


「私もです、リュカ様。……覚悟してくださいね? 私、長生きしますから。これから百年くらい、貴方に愛され続けるつもりです」


「望むところだ。百年でも千年でも、私の愛で君を窒息させてやる」


 私たちは見つめ合い、笑い合った。

 重い愛と、隠された筋肉。

 たくさんの嘘と誤解で塗り固められた私たちの結婚生活は、案外、頑丈な地盤の上に成り立っているのかもしれない。


 私は空を見上げた。

 澄み渡る青空に、一筋の飛行機雲――いや、ドラゴンの飛翔跡が伸びている。

 平和だ。

 少なくとも、次の敵が現れるまでは。


 腹筋に力を込める。

 うん、今日も絶好調だ。

 私はヴォルフィード公爵夫人。

 元・社畜聖女にして、現・最強の筋肉夫人。

 私の幸せな戦いの日々は、まだまだ終わらない。


     ◇


【第2章 完】


【次回予告】

 平和を取り戻したと思ったら、今度は王宮から「聖女復帰要請」が!?

 しかも条件は「神殿の再建」と「新人聖女の育成」!?

 スパルタ指導で新人たちを筋肉聖女に改造しようとするエルナと、それを阻止しようとするリュカの新たな攻防が始まる!

 第3章「聖女育成は筋トレから始まります」、近日公開予定!


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