最終話 最強の健康体と、終わらない溺愛ライフ
翌日の昼下がり。
私は、全身の倦怠感と、腰の鈍い痛みに包まれながら目を覚ました。
「……うう」
重い瞼を持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは、乱れきったシーツと、枕元に散らばった白い羽毛。
昨晩の「嵐」の凄まじさを物語る痕跡に、頬が一気に熱くなる。
記憶がフラッシュバックする。
嘘を告白し、許され、そして愛された記憶。
「手加減はしない」という彼の宣言は、誇張でも何でもなかった。
私の自慢の体力と腹筋がなければ、今頃は本当に気絶していただろう。
「目が覚めたか、エルナ」
テラスの方から、機嫌の良い声がした。
リュカ公爵が、淹れたてのコーヒーを片手に優雅に椅子に座っている。
その表情は、憑き物が落ちたように晴れやかで、発光しているのではないかと疑うほど輝いていた。
銀色の髪が風に揺れ、アメジストの瞳がとろりと甘く細められる。
「おはよう、私の愛しい妻よ。……体の具合はどうだ?」
「……全身が、バラバラになりそうです」
「すまない。君が健康だと分かって、タガが外れてしまった。反省はしているが、後悔はしていない」
彼は悪びれる様子もなく近づいてくると、ベッドサイドに腰掛け、私の額に口づけを落とした。
その唇は温かく、昨夜のような燃えるような熱さは鳴りを潜め、穏やかな慈愛に満ちている。
「だが、安心してくれ。君の健康は証明された。これからは、過度な安静を強いることはしない」
「本当ですか!?」
私はガバッと起き上がろうとして、腰の痛みに顔をしかめて倒れ込んだ。
「痛たた……」
「……当分は、別の意味での安静が必要そうだがな」
彼はクスクスと喉を鳴らして笑った。
あの「氷の閣下」が、こんなに無防備な笑顔を見せるなんて。
私の嘘が、彼の氷を溶かしてしまったのだ。
「さて、エルナ。君に見せたいものがある」
リュカ公爵は、サイドテーブルに置かれていた一枚の羊皮紙を手に取った。
王家の紋章が入った、公式の報告書だ。
「今朝、神殿に関する正式な処分が決定した」
「神殿の……?」
私はシーツを胸元まで引き上げながら、その報告書を覗き込んだ。
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【王立神殿に関する監査報告書】
被監査対象:神殿長および幹部神官一同
違反事項 :
1.聖女への不当労働強要(労働基準法違反)
2.結界維持管理義務の放棄
3.公文書偽造および横領
処分決定 :
神殿長以下、幹部全員の**資格剥奪**および**財産没収**。
今後、彼らは「下級清掃員」として、王都の下水道清掃業務に従事することとする。
(※ノルマ:一日一八時間労働/休日なし)
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「……えげつないですね」
「当然の報いだ」
リュカ公爵は冷徹に言い放った。
その目には、敵対者を殲滅した覇者の色が宿っている。
「君がいなくなってから、神殿は三日で機能不全に陥った。結界パイプラインは汚泥で詰まり、悪臭が王都中に充満したのだ。国王陛下は激怒され、即座に監査が入った」
彼は窓の外を指差した。
ここから遠くに見える神殿の尖塔からは、もはや神聖な光はなく、どす黒い煙のようなものが漂っているように見える。
「彼らは今頃、腰まで汚泥に浸かって、君が一人でこなしていた仕事の『重さ』を身をもって知っているはずだ。……もっとも、君のような丁寧な仕事はできず、毎日苦情の嵐らしいがな」
想像してみる。
あの小太りの神殿長が、泥まみれになってブラシを握り、泣きながらパイプを掃除している姿を。
かつて私に言った「代わりなどいくらでもいる」という言葉が、ブーメランとなって彼に突き刺さっている様を。
胸の奥にあった重い塊が、すうっと消えていくのを感じた。
ざまぁみろ。
思わず口元が歪む。
性格が悪いかもしれないけれど、私は聖女である前に人間だ。
自分が受けた理不尽が清算されるのは、やっぱり気分がいい。
「これで、君を縛るものは何もない」
リュカ公爵が、私の手を握りしめた。
その指には、私とお揃いのアメジストの指輪が光っている。
「エルナ。君はもう、誰かのために身を削らなくていい。掃除も、浄化も、結界の維持も、他の誰かにやらせればいい。君の仕事はたった一つだ」
「……たった一つ?」
私は首を傾げた。
公爵夫人としての社交? それとも、跡継ぎを産むこと?
彼は私の目を見つめ、世界で一番甘い声で告げた。
「俺に、愛されることだ」
「…………」
「君が言った通り、あと六〇年。いや、七〇年でも八〇年でも。君が『もうお腹いっぱい』と言うまで、俺の愛を受け取り続けること。それが君の終身刑だ」
重い。
やっぱり、この人の愛は地球の重力より重い。
でも不思議と、昨日のような息苦しさはなかった。
その重さは、心地よい毛布のように私を包み込み、守ってくれている。
私は彼の手を握り返した。
指先から伝わる体温が、私の血管を巡り、心臓を温める。
「……覚悟します。閣下」
「リュカ、だ。これからは名前で呼べ」
「はい、リュカ様。……私、体力だけは自信がありますから。貴方の愛がどれだけ重くても、きっと受け止めてみせます」
私がニッと笑って力こぶを作る真似をすると、彼は愛おしそうに目を細め、再び私を抱き寄せた。
「頼もしいな。では……さっそく、その体力を証明してもらおうか」
「え?」
「昼食までは、まだ時間がある」
彼の手が、私の腰を滑る。
嘘でしょう。
この人、底なしなの?
「ちょ、待っ、リュカ様!? 安! 安静は!?」
「撤回したはずだ。君は健康体なのだろう?」
「健康ですけど! 回復魔法が必要です! 誰かポーションを!」
私の悲鳴は、甘い口づけによって封じられた。
窓の外では、今日も真っ青な空が広がっている。
鳥籠の扉は開け放たれた。
けれど、私は自ら進んで、この温かい腕の中という檻に留まることを選んだのだ。
元・社畜聖女のエルナ・トワイライト。
現在の職業、公爵夫人。
特技、健康管理。
そして、世界一重い愛を受け止めること。
私の新しい人生は、ブラック企業とは比べ物にならないほどハードで、そしてとろけるように甘い毎日になりそうだ。
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【最終ステータス】
氏名:エルナ・ヴォルフィード
職業:公爵夫人(元・社畜聖女)
状態:超・健康(※腰痛あり)
配偶者:リュカ(溺愛レベル:測定不能)
幸福度:**限界突破**
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最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
『「余命半年」と嘘をついて辞職願を出したのですが、なぜか氷の閣下が泣き崩れて結婚を迫ってきます』
これにて、無事完結となります。
最初は「仕事から逃げたい」という一心でついた嘘が、まさか国を巻き込む大騒動になり、最終的に世界一重い愛に包まれるとは……書いている私自身、エルナの腹筋の強さとリュカ様の溺愛ぶりには驚かされました。
特に後半、エルナが「健康体」であることを隠そうと必死になるシーンや、リュカ様が勘違いして涙するシーンでは、皆様からの温かい応援とツッコミのおかげで、楽しく執筆することができました。
二人の幸せな未来を最後まで見届けてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。
◇
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それでは、また次の作品でお会いしましょう!
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