聖女より私の知識が強かった
最初に記載しておく。
この世に聖女というものは存在しない。
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「以上の観点から、私が提唱した考察は裏付けられる……っと。できたぁ」
学校へ提出する論文がたったいま完成したところだった。
すでに時刻も深夜三時に近い。
いい加減、そろそろ寝ないと明日に響く。
明日は二コマ目からだし、五時間くらいなら寝る余裕はある。
数時間、椅子に座りっぱなしでキーボードを打っていたので、かなり背中が痛い。
うーん、と背伸びをして……ついでに、大きなあくびもしてしまった。
二十三時くらいにブラックコーヒーを飲んで、カフェインを摂取したけど、もう切れてる頃だね。
よし、とにかく寝るか。
書き上げた論文をしっかり保存して、ノートパソコンの電源を切る。
赤が入った場合すぐ修正できるように、大学へはノートまるごと持っていくつもりだ。
ちょっと重いんだけどね。
電源が落ちたことを確認し、そのままベッドへと潜り込む。
すでにパジャマ姿だし、お風呂や歯磨きを終えてから作業を始めたので、そのまま寝られるのだ。
目をふさぐと、すぐ睡魔に襲われた。
あ、これ秒で寝られるやつだ。
おやすみなさい。
そして起きたら……見知らぬ天井が視界に入った。
……どういうこと?
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わたしシャルロッテちゃん、ななさい。
きょうも、わたしはひとりおへやで、ごほんをよんでるの。
という前置きはさておき、どうやら私は異世界転生というやつをしてしまったらしい。
ボスマンス侯爵家の長女なんだけど、ドアマットという扱いのようだ。
というのも、ごはんは自分で用意する。部屋の中は見事なまでに、空に近い状態。
衣類も普段着一枚と寝巻一枚だけだった。
室内に調度品は一切なく、ベッドは立派だけど、ここ何か月も干されていない布団が敷かれている。
この家が貧乏、というわけではない。
だってね。部屋の外に出れば侍従、侍女たちが何人もいるし、和気あいあいとした雰囲気が漂っている。
シャルロッテの記憶を覗いてみると、暴力や過度な教育は行われていなかった。
しかし誰もがシャルロッテを無視している。
なぜこのような扱いなのか?
小さいころ……今でも小さいけど、二年くらい前かな、その当時はごく普通の生活だった。
だが妹が出来てから、徐々に構われなくなり、一年前には完全にいないもの扱いとなっていたようだ。
妹って何者よ?
二年くらい前の話なら、現在妹は二歳だ。
二歳児って、話すこともおぼつかなく、まだまだ手間のかかるお年頃なのは分かる。
しかしこれだけ侍従や侍女がいて、人数が足りないはずがない。
なぜシャルロッテが無視される、どころかごはんすら用意されない事態になっているのか。
どうせ無視されるのだ。
ならば堂々と姿を見せて、情報収集してやろうじゃないか。こちとら大学に通ってた、一応成人していた女なのだ。
そして今の私は侯爵家の長女である。
家族相手ならまだしも、侍従侍女相手なら、多少は上から目線でも問題はないはずだ。
ということで、若くて気弱そうな侍女を一人、とっ掴まえて部屋まで連行してきた。
若いといっても、高校生くらいかな? 前の私より少し年下くらいだ。
この人たちは命令されることに慣れていたのか、ちょっとお嬢様っぽく上から目線で命令したら、簡単に落ちてくれた。
助かるわー。
「で、貴女の名前はなに?」
「は、はいっ! オータン男爵家の三女でリタと申します」
「男爵とか、それはどうでもいいわ。リタ、今から私の問いに答えなさい、いいわね?」
「はい!」
そうして、知っていることを洗いざらい吐かせた。
まとめるとこうだ。
妹は、教会認定された聖女であること。
侯爵家としては、聖女を”長女”として、大々的に広く発表したいこと。
幸いにも貴族のお披露目は八歳で行われるため、私という長女の存在は、なかったことにできること。
……ひっど!!
なによそれ?
そんな理由で、放置したの?
腹が立ってきたわ。
「リタ、貴女はどう思ってるの?」
「え、えっと……私はご命令されただけで……」
「命令とかそんなのどうでもいいの。貴女自身がどう思っているのかを、知りたいの」
「貴族は家の利益を優先させるため、よくあることとは思います。しかし、さすがにお披露目すらされていない方を対象とするのは、いささか理不尽と思います」
えーっと、要は貴族ならば受け入れろ。
ただし、お披露目もしていない子供まで含めるのは理不尽、ということかな。
しかし逆に考えると、お披露目さえ済ませれば、それはもう貴族の一員だ。
貴族の価値観を受け入れるべき、ということか。
きびしい世界だね。
ここまで理由は分かった。
では次に聞きたいのは、聖女とやらのことだ。
聖女って何者?
「はい、聖女とは教会が認定された方です。この世の暗き闇を照らす存在、とされております」
「抽象的すぎて、わからないわ。具体的に何ができるの?」
「私も詳しくは存じません。聖女認定された方は、ここ何十年もいらっしゃらなかったので」
「ちっ、使えないわね」
「ひっ! で、ですが伝え聞くには、豊穣をもたらす方だと」
豊穣?
対象が国まで広がった座敷童子みたいなもの?
しかし豊穣、ね。
つまり国民が飢えず、たくさん食べられるような国になる、ということかな。それは素晴らしいと思う。
でもね、そんな人を、どうやって教会が判別しているのか。
魔法などという、不思議なものがないことは知っている。
なぜ知っているのか?
答えは単純。
もし魔法が一般的なものならば、日常のどこかで目にする。
逆に希少だとしても、侯爵という権力を持った貴族の家なら、一度くらいは見かけるはずだ。
それに、目の前にいるリタからも確認したからね。
では、聖女とはなにか。
もしかして政治的ななにか?
国ぐるみで聖女など、一種のスターを作って国民の目をそらす。
プロパガンダだね。
おっと、思考が逸れた。教会が聖女認定する方法だったね。
「何か聖女の証ってあるの?」
「ございます。左右の瞳の色が異なる方です。テオフィラ様は右目が金色、左目が青色のため、教会から認定されたと伺っております」
あ、両目の色が違うやつだ。
ヘテロクロミアだっけ?
超珍しい体質の人だ。
えっと、詳しくまでは覚えていないけど、完全に左右非対称の色だと、数万人から数十万人に一人とかだっけ?
それくらいの確率なら、数十年に一人ということもある。
だって元の世界に比べれば、こっちの人口はかなり少ないと思うしね。
それにしても、なるほどねぇ。
珍しい体質の子だから、神の祝福だ、なんて言って国と教会が祭りあげる。
うっわ、ありえそう。
それに巻き込まれたシャルロッテちゃん、可哀想すぎない?
でも、これで方向性は見えた。
つまり、聖女をプロパガンダとして豊穣を餌に、求心力を高めるのが国と教会ってことだ。
それに我が家も乗っかったと。
教会が聖女認定して、次世代の王族へ、我が家の妹が嫁ぐ。
国も教会も我が家も、暫く安泰……と。
では私がやることは?
今のままだと、シャルロッテちゃんは要らない子、いつでもぽいっと捨てられる。
むしろ、よく今まで捨てられてなかったよね。
それに第一、妹ちゃんだって被害者だよね。判別もできない二歳児に、聖女だなんだと押し付けるなんて。
ということで邪魔をする。
聖女なんて、必要なかったんだ!
こう認知させれば勝ちだ。
よし、ではどう具体的に進めるか。
現時点で、私は要らない子だ。何の権力も持っていない、ただの七歳児だ。
ということで、権力を持っている味方を見つけよう。
幸い私にはある程度の農業に関する知識を持っている。
大学に感謝!
あとは伝手だ。
「ねぇリタ、ものは相談なんだけど」
「……はい?」
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そこからが大変だった。
家をこっそり抜け出して、リタを通して男爵家へ売り込んだ。
こっそりというけど、誰も相手にしてくれないから、抜け出すのは楽だったけどね。
そして、リタの帰省に合わせて連れてってもらった。
肝心のお金については、リタにお任せした。ごめんね、あとで返すから。
そして御当主のおじさん相手に農業などの知識をプレゼンして、自分の価値を証明した。
教授や助教授、ゼミの仲間相手にプレゼン練習していてよかったよ。
「シャルロッテ嬢がただの子供でないことは十二分に理解した。ただし知識については、実績がなければ判断が付かない」
ごもっとも。
「我が領地も困窮している。その分、人手は常に必要だ。ここでシャルロッテ嬢の意見を聞いて、実際試してみて、失敗した場合の損失は大きい」
これもごもっとも。
「だが、今のままではじり貧ということも理解している。ここで賭けに乗るのも一興か?」
「オータン男爵、なるべく損失を抑える方法がございます。麦踏み、というものがありまして……」
麦踏みってのは種をまいたあと、まだ背の低い時期に麦を踏みつけることで、植物が危機感を持って茎を増やすのだ。
もっとも、踏むのは地面が乾燥しているときなど、条件はあるけどね。
これを行えば収穫量は一割、上手くいけば三割増くらいになる。
「これなら単純であり、そこまで労力を必要としませんし、効果もかなり見込めます」
「うーむ。踏んでも大丈夫なのかね?」
「麦は非常に強い生命力を持っていますので、執拗に踏みつけない限り、枯れることはありません」
まだ迷っている男爵。
「失敗しても今年一度きりですし、成功すれば来年以降ずっと使えます。まず一区画のみ試してみれば?」
「そうだな、私は賭けたのだ。やることに決めた、これは当主判断である」
そこから数か月後、実際に麦の収穫量は増えた。
三割は無理だったが、他の区画と比べ二割少々増の収穫量となったのだ。
よかったぁ、自信満々に言っちゃったけど、増えなかったらどうしようかと思ってた。
これにより、男爵領は全区画で麦踏みを実施。
麦踏み以外にも、間引きや畝を盛り上げること、作付け時期を数日ずらすなどの対策を行った。
三年後には、ノーフォーク輪作……は難しいので、区画を分けて豆と麦を交互に育てた。
そして六年が経過した。
男爵領は、過去に比べ最大五十パーセント増しの収穫量となった。
もちろんオータン男爵も、にこにこ笑顔である。
作付けには時間がかかるため、多くの空き時間があった。
もちろんチャレンジするのは、天然酵母だ。
だってこれまで食べられていたパンは、凶器にもなりそうなくらい非常に硬く、それでいて全く美味しくないのだ。
スープなどに浸さないと、食べられないくらい。
しかし天然酵母を作る事に成功してから、変わった。
さすがに日本で売られているようなパンには劣る。
酸味は強く、そんなに美味しくもない。
でも腹持ちがよくて、以前より比べ物にならないほど柔らかくなった。
そして、ピザも作ってみた。
こちらは結構成功したんじゃないかな?
ピザ生地にチーズと豆を載せただけのシンプルなものだ。
それでも焼きたてはびっくりするくらい美味しかった。
……チーズが美味しいだけ、という説もあるけどね。
こうして豊かになった男爵領の噂は近隣のみならず、王都にまで広がった。
それに加え、天然酵母を使ったピザやパンの存在もある。
教会は大々的に、聖女のおかげだ、と宣伝し始めた。
でも、聖女は全く関係ない。
私の知識と、それ以上にオータン男爵含めた領民たちの力である。
当然真っ向から教会に盾突いた。
こちらは聖女の奇跡だなんて曖昧なものではない。
知識と技術がもたらした結果だ。
特別なものは必要でなく、誰でも出来る方法である。
技術に精通した民を各地に派遣し、着実に成果を残し、味方を増やしていった。
教会派と男爵派の二つに分かれたが、次々と実績を作っていく男爵派が強くなり、最終的には教会が折れた。
奇跡がなくとも、技術によって畑は実り、パンも美味しく食べられる。
聖女は必要なかった。
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「……なんだかものすごく長い夢を見ていた気がする」
スマホのアラームで目覚めた私は、なんだか体がだるく、それでも何とかベッドから起き上がった。
夜中の三時まで作業したのは失敗だったかなぁ。
それにしても、何の夢を見てたっけ?
全然記憶に残ってない。
眠気覚ましにシャワーを浴びて、ノートを持って大学へと行った。
夢は気になるけど、今は現実。昨日書いた論文、通るかなぁ。
──お疲れさまでした。貴女にほんの少しの幸せを。
ふっと、どこからか誰かの声が聞こえた気がした。
振り向いても、誰もいない。
気のせいかな?
「え? 赤なしの一発? マジで? やったぁ!!」
論文なんてきらいだー




