第9話 市場での騒ぎ
私は、ロンダーとクレイド殿下とともに城下町まで来ていた。
その理由は、ギルトア殿下を探しているからだ。彼は王城にはおらず、どうやらお忍びで町に出掛けているらしい。
「まさか、ギルトア殿下もそういうことをしていたとは……」
「ロンダー、何か含みがある言い方だな?」
「え? ああいや、別にクレイド殿下のことを言った訳ではありませんよ」
「その言葉が、俺のことを言っている何よりの証拠だと思うんだが……」
クレイド殿下には悪いが、私もロンダーと意見は同じだった。
この国の王子達は、お忍びで城下町まで出掛ける癖があるということなのだろうか。二人とも結構気軽に出掛けるようだ。
「しかし、俺の知っている限り、兄上はこんな風に出掛けたりはしないタイプなんだが……」
「え? そうなんですか?」
「ええ、これは珍しいことなんです。よりよって、どうして今日に限って、そんなことをしているのか……」
「まあ、私達にとっては不幸な偶然ですね……」
クレイド殿下の言葉に、私は少し驚いた。
どうやら、二人はその点において似ている訳ではないようだ。やんちゃなのは、クレイド殿下だけだったということだろうか。
「おや……」
「クレイド殿下? どうかされましたか?」
「ああいえ、あそこに見知った人を見つけて……」
「あれは……」
クレイド殿下の言葉で、私はとある人物に視線を向けた。
その人物には、確かに見覚えがある。あの人は確か、クレイド殿下の行きつけの定食屋の店主だ。
「店主、こんにちは」
「……クレイド殿下? またお忍びでお出掛けですか?」
定食屋の店主は、客商売にしては不愛想な態度をしている。
それをクレイド殿下は、特に気にしていない。常連であるため、気心が知れているということなのだろう。
「まあ、そんな所です……ああ、そうだ。兄上を知りませんか? 探しているんです。もしかしたらあなたの店に来ていたりしませんか?」
「ギルトア殿下、ですか? ええ、確かに先程までいましたよ」
「兄上はどちらに?」
「えっと、市に行くと言っていましたが……」
「市、ですか……」
定食屋の店主からは、とても有益な情報が得られた。
これは幸運である。王都を探し回る手間が省けた。
「店主、ありがとうございます。お陰で――」
「きゃあああああああああああああああああ!」
「――え?」
クレイド殿下は、突如聞こえてきた悲鳴に体を大きく反応させた。
私とロンダーも、顔を見合わせている。この悲鳴の声は、ハウダート伯爵夫人ではないだろうか。
「店主、申し訳ないが俺達はこれで……」
「あ、ええ、お気をつけて」
「はい!」
定食屋の店主の言葉に返事をしてから、クレイド殿下は駆け出した。
私とロンダーもそれについて行く。とにかく状況を確認しなければならない。
◇◇◇
私とロンダーは、クレイド殿下とともにとある場所に来ていた。
そこは、ゼポック商会が運営している市場である。悲鳴は、こちらの方から聞こえてきたのだ。
「あれは……兄上!」
クレイド殿下は、目を丸くして驚いていた。
それは当然のことである。彼の目線の先には、身なりの良い若い男性に拘束されているギルトア殿下がいるからだ。
「ド、ドナテス、あなた、何をっ……」
「何を? これは、全てあなたの指示ではありませんか?」
「わ、私の指示?」
「ええ、全てはハウダート伯爵夫人のために! 私はあなたのために、この身を捧げます!」
若い男性の傍には、ハウダート伯爵夫人もいた。
彼女は、かなり動揺している。連れの男性が起こしている騒ぎに、混乱しているということだろうか。
「第一王子がこんな所にいたのは、幸運でしたね……これで、あなたの望みが叶えられる」
「わ、私の望み? あなたは一体、何を言っているの?」
「この国を手に取る。それがあなたの望みではありませんか!」
「そ、そんなこと私は……」
「ハ、ハウダート伯爵夫人……あなたは、なんということを! まさかあなたがこの国の転覆を狙っていたとは!」
「ギ、ギルトア殿下、何を……」
なんというか、この状況はあまりにも出来過ぎている。
市に偶々来ていた第一王子が、ハウダート伯爵夫人が関係を持っているらしい男性に捕まった。そんなことがあるのだろうか。
この状況は、誰かが作り出したとしか思えない。誰が作り出しているかは明白だ。あそこで捕まっているギルトア殿下だろう。
「……しかし残念だったな。このギルトアは、この程度のことでは沈まない!」
「ぐっ! 貴様!」
「こういう時の対処も、学んでいるのだ!」
「があっ!」
そこでギルトア殿下は、ドナテスの拘束から抜け出して彼を攻撃した。
その一連の動作は、少しわざとらしいような気もする。私が偏見を持ってしまっているだけなのかもしれないが、やはりこれは仕組まれた状況なのではないだろうか。
「ギルトア殿下! ご無事ですか?」
「ああ、僕は問題ない」
「申し訳ありません! 我々の不手際で……」
「気にすることはないさ。僕も無理してここまで来たからね」
やって来た護衛らしき人達に対して、ギルトア殿下は笑みを浮かべていた。
彼は、その視線を夫人に移す。その目は鋭く彼女のことを見下ろしている。
「まさか、ギルトア殿下は既に夫人を排除するために動いていたというの……」
この状況は、ハウダート伯爵夫人を陥れるための状況としか考えられない。
ギルトア殿下は既に動き出していたのだ。恐らく私達が動き出すよりも遥か前から。
◇◇◇
駆けつけてきた兵士達によって、ドナテス・ダウラー子爵令息は拘束された。
どうやら彼も、ハウダート伯爵夫人が関係を持っていた男性の一人であるらしい。今日は二人で、市に出掛けてきたようだ。
そこで偶然第一王子を発見して、夫人のとある目的のために連れ去ろうとした。それが、ドナテス子爵令息の主張だ。
「お忍びとはいえ、一流の護衛を同伴している第一王子を一子爵令息拘束するなんて、そんなことがある訳がないでしょう?」
「ふふっ……」
クレイド殿下の言葉に、ギルトア殿下は笑っていた。
危機に瀕していた彼は、涼しい顔をしている。やはり彼にとって、一連の出来事は予想通りのものでしかなかったのだろう。
「その点に関しては、僕にも落ち度がある。今回は、本当に少人数しか護衛をつけていなかった。本来であれば、このような事態は避けられただろうに……」
「兄上は、そこまでしてハウダート伯爵夫人を陥れたかったのですか? 彼女を抑えるにしても、もっと方法はあったでしょう?」
「抑える? ふむ、クレイド、君は何か勘違いをしているようだね?」
ギルトア殿下は、少しだけ嬉しそうな表情をしていた。
その表情の意図が読めない。彼という人間は、一体何を考えているのだろうか。それがどんどんとわからなくなってくる。
「仮に今回の出来事が僕の仕込んだことだとしても、彼女を失脚させるというだけなら、こんなことはしないだろう」
「……それなら、一体兄上は何を考えているのですか?」
「要するに僕は、彼女を拘束したかったということになるだろう。彼女を国家転覆の首謀者として捕えることに意味があったということになる。それはどうしてだと思う?」
「どうしてって……」
話の内容とは裏腹に、ギルトア殿下は極めて明るかった。
しかしこれは、ただのクイズではない。一人の伯爵夫人の運命に関する話だ。弟と戯れるような態度でする話ではない。
「彼女が我々にとって、どのような利益をもたらす存在であるかを考えてみろ」
「……まさか、彼女が握っている数々の秘密が目当てなのですか?」
「ああ、僕はそれを聞き出すつもりだ。彼女の情報は、この国を治める者として是非手にしていたい。それがあれば、様々なことが成し遂げられる」
「しかし、彼女が喋りますか?」
「喋らせるのさ。方法はいくらでもある。そのためにも、彼女の罪をでっちあげた」
ギルトア殿下の言葉に、クレイド殿下は固まっていた。
彼がしようとしていること、それはとても恐ろしいことだ。同じ王族であっても優しい彼は、それを受け止め切れなかったのだろう。




