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「妹にしか思えない」と婚約破棄したではありませんか。今更私に縋りつかないでください。  作者: 木山楽斗


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20/20

第20話 明るい未来へと

 私とクレイド殿下は、部屋に二人きりになっていた。

 一応正式に婚約が決まったため、そういう成り行きになったのである。

 色々なことがあったため、やっとある程度落ち着ける時間になった。ただ、クレイド殿下は何やら真剣な面持ちだ。


「クレイド殿下、どうかされましたか?」

「え? ああ、すみません。少し、考えてしまって……」

「考える? 何をですか?」

「いや、それは……」


 私の質問に、クレイド殿下は目をそらした。

 それはつまり、私に言いにくいことについて考えていたということだろうか。


「エスカー侯爵家の領地を引き継ぐことが不安ですか? その年で庇護下から抜け出すことになる訳ですから、きっと不安はありますよね?」

「ああ、それも確かにそうですね」

「そのことで悩んでいる訳ではなかったのですね……」

「え、ええ……」


 少し気になったため思いついたことを言ってみたが、それに対してクレイド殿下は呆気に取られていた。

 不安に思っていないという訳ではないようだが、彼はもっと別のことを考えていたらしい。

 確かに言われてみれば、彼の表情は固すぎた。なんというか、もっと重たいことを考えているような表情だったのだ。


「……もしかして、アルペリオ侯爵令息のことを考えていましたか?」

「……」

「図星ですか」

「ええ、まあ、そうですね……」


 少し考えた結果、私はとある結論に辿り着いた。

 私を助けた後、クレイド殿下とアルペリオ侯爵令息の間で交わされたやり取り。真面目な彼は、それを引きずっていたようだ。


「レミアナ嬢が止めなかったら、俺はあのまま剣を振り下ろしていました。そのつもりだったんです。俺はあの時、確かにアルペリオ侯爵令息の命を奪おうとした」

「それは……」

「後になって怖くなってきたんです。自分がそんな判断をしたということが……」

「クレイド殿下……」

「覚悟は決めたつもりでしたが……」


 クレイド殿下は、震えていた。人の命を奪うこと、その恐怖に彼は怯えているのだ。

 それは人間として、当然のことであるだろう。人の命を奪うということは、それ程に重たいことなのだから。

 一時とはいえ、クレイド殿下はそれを味わった。優しい彼は、その重さに耐えきれていないのだろう。


「クレイド殿下、失礼します」

「レミアナ嬢……?」


 私は立ち上がってクレイド殿下の隣に腰掛けた。

 そして彼の手に自分の手を重ねる。その手は少し冷たい。

 それだけあの出来事は、彼の心に傷を残したということなのだろう。


「大丈夫ですよ、クレイド殿下……」

「レミアナ嬢……」

「私がついていますから……」


 私は、クレイド殿下の手を握りながら彼にゆっくりと言葉をかけた。

 私は真っ直ぐに、クレイド殿下の目を見る。その目は少しだけ、滲んでいるような気がする。


「アルペリオ侯爵令息に捕まった時、本当に怖かったんです。彼の狂気を私は受け止め切れませんでした。でも、クレイド殿下がいてくれました。あなたの目を見た時、私は大丈夫だって思うことができたんです」

「そ、そうだったんですか?」

「だから今度は、私がクレイド殿下をお支えします。私では力不足かもしれませんが……」

「いえ、そんなことはありません!」


 先程まで落ち込んでいたクレイド殿下は、そこで声を荒げた。

 彼の視線には力がある。それは私が、思わず少し怯んでしまう程だ。


「あ、すみません。急に大声を出してしまって……」

「いいえ、お気になさらないでください……」

「でも、本当なんです。レミアナ嬢が支えてくれるなら、それは俺にとって百人力です。体の底から力が湧いて来るというか……」

「ふふ……そうですか」

「あ、えっと……」


 クレイド殿下の言葉に、私は笑みを浮かべていた。

 すると彼は、少し悲しそうな表情をする。それがなんだか、私には少し可愛く思えた。


 凛々しい所もあるが、子供の一面もある。今のクレイド殿下は、そんな年齢だ。

 そこまで年齢差はないので、私が大人であると自信を持っていえる訳でもない。だが、それでも年長者としてしっかりしなければならない。彼の様子に、私はそんなことを思っていた。


「私の存在がクレイド殿下にとって力になるなら、嬉しいです。これから何かがあったら、私を頼ってくださいね?」

「ええ、そうさせてもらいます……しかしなんというか、俺はレミアナ嬢には敵わないような気がします」

「あら? それはどういう意味ですか?」

「ああいえ、悪い意味ではありません、よ?」


 私の質問に対して、クレイド殿下は苦笑いを浮かべていた。

 本当に悪い意味ではないのだろうか。その笑顔を見ていると、なんだかそうではないような気もしてくるが。


「……クレイド殿下、改めてこれからどうかよろしくお願いします」

「レミアナ嬢……こちらこそ、よろしくお願いします」


 私とクレイド殿下は、お互いにそう言い合った。

 色々と大変なことはあったが、これからはきっと私は幸せになれるだろう。

 その手に確かな温もりを感じながら、私はそんなことを思うのだった。





◇◇◇




 純白のウェディングドレスに身を包みながらも、私は未だに結婚というものに対してあまり実感が湧いていなかった。

 それは恐らく、その出来事によって、私とクレイド殿下の関係がそれ程変わることがないからだろう。

 年齢的な諸事情により結婚していなかっただけで、私とクレイド殿下は既に夫婦のようなものだった。私もそのつもりだったし、きっとクレイド殿下もそうだっただろう。


「まあ、区切りということかしらね……」

「……レミアナさん、入ってもいいですか?」

「クレイド殿下? ええ、どうぞ」


 私がそんなことを考えると、部屋の戸を叩く音が聞こえてきた。

 私の準備が終わったことを聞きつけて、クレイド殿下が訪ねて来たようだ。


「失礼します……おっと」

「クレイド殿下?」


 部屋に入ってきたクレイド殿下は、その動きを止めていた。

 目を丸めて硬直するその様は、少し心配になってくる。一体どうしたのだろうか。


「どうかしましたか?」

「す、すみません。レミアナさんがあまりにもお綺麗だったので……」

「……そうですか? それは、ありがとうございます」


 クレイド殿下は、顔を少し赤くしながら私のことを褒め讃えてくれた。

 それには、私の方も恥ずかしくなってくる。ただ、そう言ってもらえるのはとても嬉しい。


「クレイド殿下も、よく似合っていますよ?」

「ありがとうございます。なんというか、服に着られているような気もするんですが」

「そんなことはありませんよ。かっこいいです」


 当然のことながら、クレイド殿下も正装をしている。特注で作られた同じく純白のタキシードは、彼によく似合っていると思う。


「本当に、クレイド殿下も大人になられましたね……初めて会った時から考えると、なんだか感慨深いです」

「大人になれているというなら嬉しく思います。ただ、それを言ったらレミアナさんだって素敵な大人の女性になられていますよ?」

「なるほど……そう考えると、私達は随分と長い付き合いですね?」

「まあ、初めて会った時から考えるとそうですね……」


 私は、クレイド殿下のことを見上げていた。

 初めて彼と会った時には、このような関係になるなんて思っていなかった。思えば不思議な縁である。ロンダーが彼と仲良くなっていなかったら、私の運命はまた変わっていたかもしれない。


「クレイド殿下と出会えたことは、本当に幸福なことだと思っています」

「レミアナさん、それを言うなら俺の方ですよ。あなたに出会えたことは、何よりも幸福なことだと思っていますから」

「お互い様という訳ですか……」

「レミアナさん?」


 私は、クレイド殿下との距離を一歩だけ詰めた。

 それに対して、彼は少し顔を赤くしている。ただ、彼は私から離れようとはしない。その距離感が、なんとなく嬉しかった。


「クレイド殿下、せっかくの機会ですから、一つだけ言っておきたいことがあるんです」

「言っておきたいこと? なんですか?」

「私は、あなたのことを愛しています」

「……え?」

「ちゃんと言っておかなければならないと思ったんです。正式に結婚する訳ですからね」

「レミアナさん……」


 私は、クレイド殿下に今の自分の素直な気持ちを口にした。

 少し恥ずかしいが、これは必要なことである。これからのためにも、言葉にしておくべきことだ。


「……俺もレミアナさんのことは愛しています。どうかこれからもよろしくお願いします」

「ええ、もちろんです……」


 そこで私は、少し背伸びをすることになった。

 驚いたのか、クレイド殿下の体が少し震えた。しかしすぐに、その震えは止まる。私のことを受け入れてくれたということだろう。


「……誓いのキスには、少し早いと思うのですが」

「クレイド殿下は恥ずかしがり屋ですからね。練習しておかないと、駄目かと思いまして」

「なるほど、それは確かにそうですね……ふふ、俺はレミアナさんに敵わなさそうです」

「ふふ、そうですか……」


 私とクレイド殿下は、笑い合った。

 私はこれからも、彼を支えていく。そして彼はきっと、私のことを守ってくれるだろう。

 そんな風に、私達は幸せな日々を歩んでいく。私達の未来は、とても明るいのだ。



END

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