第2話 王都への旅行
私は、弟のロンダーとともに王都へと向かっていた。
色々と話し合った結果、私達の旅行の目的地はそこに決まったのだ。
「父上は残念だったね」
「ええ、なんというか、少しだけ気が乗らないわ」
「それじゃあ、父上も浮かばれないよ。楽しんで来いって、言ってくれただろう?」
「それは、そうなのだけれど……」
お父様に旅行の話を持ち掛けた所、私達だけで行ってくるように言われた。
忙しいお父様は、現在長くラムコフ侯爵家の屋敷から離れられないらしい。
それなら旅行も中止しようと思った私に、お父様は言ってきた。自分のことはいいから、二人で楽しんで来いと。
「せっかく、久し振りに王都にまで赴くのだから、この際細かいことは気にせず楽しもうよ」
「まあ、王都に行けるのは楽しみなのだけれど……」
「この国の中心だけあって、色々なものがあるからね」
ロンダーは、私に対して笑顔を浮かべていた。それだけ王都に行くのが楽しみなのだろう。
しかし、私は知っている。彼にとって重要なのは行き先ではないということを。
「あなたにとっては、クレイド殿下と会える楽しみの方が大きいのではないかしら?」
「……まあ、そう言えなくもないかな?」
「別に恥ずかしがることではないでしょう? 友達に会えるのが楽しみなのは普通のことよ」
ロンダーは、この国の第二王子であるクレイド殿下と仲が良い。ひょんなことから知り合った二人は、不思議と気が合ったそうだ。
彼にとって、クレイド殿下は兄貴分とでもいえるかもしれない。ただそれは、私とアルペリオ様とはまた少し違ったものであるような気もする。
「姉上は、それも考慮して王都を行き先にしてくれたんだよね?」
「いえ、そんなことはないわ。王都は本当に行きたいから提案しただけのことよ」
「姉上はいつもそうだね? ……でも、本当に良かったのかな? 僕にとってクレイド殿下は、それこそ兄上のような存在で……」
ロンダーは、少しだけ私に気を遣っている様子だった。
そんな必要はないというのに、自分とクレイド殿下の関係が、私にアルペリオ様を想起させるとでも思っているのだろう。しかしそれは、いらぬ気遣いというものだ。
「それは杞憂というものよ。気にする必要がないことだわ」
「そうか。それなら気にしないことにするよ。そもそも、クレイド殿下に会えるかもわからない訳だしね。あの方は当然、忙しいのだから……」
「まあ、どの道王城には足を運ぶわよ? 懇意にしている以上、体裁というものは必要だわ」
「そうだね。会えるといいな……」
私の言葉に、ロンダーはゆっくりと頷いていた。
やはり、友人と会いたいという気持ちは強いのだろう。その表情からは、それがよく伝わってきた。
◇◇◇
王都にやって来た私達は、少しの間歩き回った後王城に来ていた。
ロンダーの友人であるクレイド殿下は、王族である。今回のようにアポなしの場合、彼に会える可能性は低いといえる。
「……クレイド殿下に確認が取れました。どうぞお入りください」
「ありがとうございます。姉上、行こうか」
「ええ……」
ただ今回は、会えることになった。
どうやら、丁度クレイド殿下が暇していたらしい。それはロンダーにとって、非常に幸運なことといえるだろう。
「……ロンダー!」
「クレイド殿下!」
王城の敷地内に入ると、そこには一人の男性がいた。
その人物こそが、クレイド殿下だ。この国の第二王子は、ロンダーに向けて嬉しそうな顔をしながら手を上げている。
「久し振りだな。少し背が伸びたか?」
「そうでしょうか? まあ、僕も日々成長していますからね」
「レミアナ嬢も、お久し振りですね」
「ええ、お久し振りです。クレイド殿下」
私も一応、クレイド殿下とは面識がある。友人の姉、彼からすれば私はそのくらいの認識であるだろう。
一方私からすると、ただの弟の友人では済まない。彼は第二王子である。目上の人間であるため、少し緊張してしまう。
「そのようにお堅くならなくて結構ですよ。俺はそういうのは苦手ですから」
「えっと……」
「まあ、そう言っても無理ですか。俺はこれでも一応、王族である訳ですしね」
クレイド殿下は、苦笑いを浮かべていた。
彼とこうして実際に顔を合わせるのは、随分と久し振りのことである。かつて会った時はまだ少年の面影があった彼も、すっかり立派な青年だ。
昔はもう少しやんちゃな印象があったのだが、それが今は鳴りを潜めている。それはいい変化といえるだろう。クレイド殿下は、立派な王子として成長したのだ。
「しかし、ロンダー。まさか、お前が王都に来ているなんて思っていなかったぞ?」
「今回は姉上と旅行で……クレイド殿下と会えてよかったですよ。予定が空いていたんですか?」
「ああ、丁度いいタイミングだったな……よし、せっかくだし俺が王都を案内しようか」
「いいんですか?」
「もちろんだ」
そこでクレイド殿下は、そのようなことを言い出した。
ロンダーは喜んでいるが、それは少々大変な提案だ。第二王子がいきなり王都を歩き回る。それは本当に大丈夫なのだろうか。周囲の人達もざわついている気がするのだが。
やはりクレイド殿下は、そんなに変わっていないのかもしれない。笑顔を浮かべる彼に、私はそんなことを思うのだった。
◇◇◇
私とロンダーは、クレイド殿下に王都を案内してもらっていた。
王子に直々に案内してもらえるなんて、すごいことである。第二王子が急に城下を出歩くことになったということで、王城がちょっとした騒ぎになったくらいだ。
しかし、クレイド殿下はそんなことは特に気にしていなかった。そういう少しやんちゃな部分があるのが、この国の第二王子なのだ。
「まあ、普段から時々お忍びで出掛けているからな」
「それは、大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかは、まあちょっと微妙な所ではあるが……」
クレイド殿下は、少し申し訳なさそうに傍にいる二人の男性を見ていた。
彼らは第二王子が城下に赴くということになって、一番に駆けつけてきた人達である。恐らく、王子の護衛の責任者なのだろう。
クレイド殿下の言葉に、二人は苦い顔をしている。それはつまり、彼のお忍びでのお出掛けに困っているということなのだろう。
「クレイド殿下、正直に言わせていただくと、もう少しお忍びの頻度を下げていただけるとありがたいのですが……」
「いや、民の様子を見るのも王族の務めだろう」
「確かにそれは必要なことですが、あなたが出歩くことがどれだけ危険であるかも理解していただきたい」
「それは、そうなのかもしれないが……」
若い男性と老齢の男性からそれぞれ攻められて、クレイド殿下は二人からゆっくりと目をそらした。一応彼も、申し訳なさなどはあるのだろう。
ただ、それでも彼はお出掛けを続けている。ということは、彼なりにそれが必要なことだと思っているのだろう。
「まあ、今は細かいことはどうでもいいじゃないか。ロンダーとレミアナ嬢もいるんだし、そういう小言はよしてくれ」
「そうですね。お客様もいることだし、この話は後日致しましょう」
「後日するのか?」
「もちろんですとも」
若い男性の言葉に、クレイド殿下は苦笑いを浮かべていた。
ただ、二人とも険悪な雰囲気ではない。二人の間には、信頼関係があるのだろう。
「さてと、それじゃあ、まずはここだな」
「ここは、定食屋、ですか?」
「ああ、俺の行きつけの店だ」
そんなことを話している内に、私達は町の飲食店にやって来ていた。
そこは明らかに、王族や貴族といった者達が行くような場所ではない。市民の憩いの場といった感じだ。
こういう所に、私は入ったことがない。そのため、少しわくわくしている。とはいえ、本当に大丈夫なのだろうか。私達のような身分の者達の来訪によって、騒ぎになったりしないといいのだが。




