第19話 事件の終わり
「さて、まずは私から事情を話すべきでしょうな」
客室に案内された私達は、状況を整理するために話をすることになった。
最初に切り出してきたのは、エスカー侯爵である。
「私の愚息アルペリオは、ハウダート伯爵夫人にフラれてからひどく落ち込んでいました。部屋に籠るようになり、私が何を言っても出て来なくなったのです」
エスカー侯爵は、アルペリオ侯爵令息のことを話し始めた。
ラムコフ侯爵家の屋敷で別れてから、私は彼のことを何も知らない。彼がどうして、今回の凶行に及んだのかは気になる所だ。
「そんな折に入ってきたのは、ハウダート伯爵夫人が捕まったという報告です。国家に対する反逆を彼女が企てていた。それを聞いた時は、私もアルペリオも驚きました」
「まあ、そうでしょう。しかしそういう意味では、ご子息は運が良かったといえる。一歩間違っていれば、彼も国家反逆の一味となっていたかもしれない」
「ええ、ハウダート伯爵夫人との関係がその時点で切れているという事実には、私も安心しました。ただ、その時のアルペリオが何を考えていたのかは今となってはわかりません。その事実を悲しんでいたのか、はたまた夫人を見限っていたのか……」
ハウダート伯爵夫人が罪を犯した。その報告にアルペリオ侯爵令息は一体何を思ったのだろうか。
王城に来た時、彼は私にこだわっていた。ハウダート伯爵夫人のことは、特に口にしていなかったような気がする。
それは彼の中で、吹っ切れていたということなのだろうか。単に自暴自棄になっていたという可能性もあるが。
「しかしその時から、アルペリオの様子は変わったというのは事実です。部屋から出るようになり、私ともある程度話してくれるようになりました。もっとも、その時からあれは今回の計画を立てていたのかもしれませんが……」
「それから、アルペリオ侯爵令息はあなたを?」
「ええ、私を襲ったのです」
エスカー侯爵は、ボロボロである。アルペリオ侯爵令息に、かなり痛めつけられたのだろう。
実の親にそんなことをするなんて、ひどい話だ。そう考えていくと、衝動的に今回のことを起こしたとも考えられる。じっくり思案してからエスカー侯爵を痛めつけたという方が、私からすると考えにくいことだ。
「突然のことだったため私もなす術がなく、このように痛めつけられました。しかしアルペリオは私に止めを刺さず、そこから失踪したのです」
「なるほど……」
私が王城にいる間に、アルペリオ侯爵令息は色々と行動を起こしていたようである。
私にとって、それは恐ろしいことだった。知らない間に、私には危機が迫っていたのだ。
「……そこからの話は、私がしましょう」
エスカー侯爵の話が一区切りついてから、お父様はゆっくりとそう言葉を発した。
お父様とロンダーは、エスカー侯爵とともにここに来た。その事情を話してくれるということだろうか。
「ロンダーが王都から戻って来て、ハウダート伯爵夫人に関する一連のことを聞いた私は、彼女を追い詰めるための準備を切り上げて、これからどうするべきかを思案していました。そんな時に報告が入ったのです。屋敷の周りでアルペリオ侯爵令息を目撃したという証言が」
お父様の言葉に、私は少し驚いた。
てっきりアルペリオ侯爵令息は、エスカー侯爵を傷つけた足で王城まで来たものだとばかり思っていたからだ。
しかしよく考えてみれば、彼は私が王城にいるなんて知らなかった。それならまず向かうのは、ラムコフ侯爵家の屋敷ということになるだろう。
「何が起こっているかはわかりませんでしたが、何かが起こっているということは理解できました。故に私は行動を開始したのです。事情を知っているであろうエスカー侯爵をロンダーとともに訪ねた。その時のエスカー侯爵家はひどい状態だったものだ」
「エスカー侯爵が、息子であるアルペリオ侯爵令息に暴行を加えられたということもあって、かなり混乱していたんです。侯爵本人はひどい怪我でしたし……そこを父上がなんとか治めて、それでやっと話ができたんです」
当時のエスカー侯爵家がひどい状況だったことは、容易に想像することができる。
それは仕方ないことだ。当主がその息子に襲われたという状況で、動揺しない訳がない。
お父様とロンダーの来訪は、そんなエスカー侯爵家にとってはいいものだったのかもしれない。外部から来た二人ならある程度冷静であるため、場を鎮められたのだ。
「話し合った結果、アルペリオ侯爵令息の狙いは我々かレミアナだと思いました。故に心配になって、王都まで駆けつけてきたという訳です」
「エスカー侯爵も同行を申し出てくださいました。アルペリオ侯爵令息の行動には、自分に責任があると……」
そこでお父様とロンダーは、エスカー侯爵の方に目をやった。
話を聞く限り、侯爵はかなり危険な状態であるように思える。
それでも彼がここにやって来たのは、アルペリオ侯爵令息の行動がそれだけまずいものであるからなのだろう。
「ふむ……」
大方の話を聞き終えたギルトア殿下は、目を瞑って何かを考えている。
今回の件に関して、結論を出しているのだろう。その采配によって、エスカー侯爵家の今後は決まることになるのだ。
「エスカー侯爵、ことの大きさはあなたも理解しているでしょう。少々心苦しいことではありますが、あなたにはその責任を取ってもらわなければならない」
「もちろんです。私もその覚悟を決めてきました」
ギルトア殿下の言葉に、エスカー侯爵は固い面持ちでゆっくりと頷いた。
覚悟は決めているようだが、それでも辛いのだろう。その表情から、それが伝わってくる。
「もちろん、父上と話さなければなりませんが、エスカー侯爵家の爵位は剥奪せざるを得ないでしょう。今回のアルペリオ侯爵令息がやったことは、それだけ大きいことです」
「ええ、わかっています。あれを止められなかった責任を果たすつもりです」
アルペリオ侯爵令息の行動は、エスカー侯爵家を終わらせるようなものだった。
貴族というものは、そういうものだ。彼個人の責任では済まされない。それを果たして、アルペリオ侯爵令息は本当に理解していたのだろうか。
「ただ一つ気掛かりなのは、領民のことです。私がいなくなったことによって、エスカー侯爵家の領地はどうなるのでしょうか?」
「その辺りについては、一つ心当たりがあります」
「心当たり?」
ギルトア殿下は喋りながら、私とクレイド殿下の方を向いた。それに釣られて、他の視線も集まってくる。
つまりギルトア殿下の心当たりとは、私達ということなのだろう。なんとなく話がわかってきた。
「兄上、まさか俺とレミアナ嬢にエスカー侯爵家の領地を?」
「ああ、君達なら適任だろう」
「適任って……」
「僕としても、正直その方が安心できるのさ。今の僕が信用できる人間はごくわずかだからね」
ギルトア殿下の要求に、クレイド殿下は動揺していた。いきなり侯爵家の領地を任されて、平静ではいられないのだろう。
しかし彼の表情は、すぐに決意に満ちたものに変わっていく。ギルトア殿下の考えを聞いて、決意を固めたのだろう。
「……そうですね。これも王族の一員としての役目という訳ですか」
「理解が早くて助かるよ。エスカー侯爵、一応聞いておきますが、異論はありませんか?」
「もちろんです。レミアナ嬢は、私が最も信頼している男のお嬢様ですからね」
エスカー侯爵は、私を見て少し切ない笑顔を浮かべてきた。
その笑顔を見ながら、私は理解する。エスカー侯爵の意思を受け継がなければならないと。
エスカー侯爵家の領地の秩序を守る。私はそれを決意した。
ただ、その前に片付けておかなければならないことがある。お父様に、クレイド殿下との婚約の許可を取らなければならないのだ。
「お父様、あの……」
「……話の流れで、大方の事情は察している」
私が声をかけると、お父様はそのような言葉を返してきた。
お父様も鈍感という訳ではない。流石に今までの会話で、私とクレイド殿下の婚約の話があったと理解しているのだろう。
「ラムコフ侯爵、順番が前後してしまいましたが、レミアナ嬢とクレイドの婚約を許可していただけませんか?」
「急な話、という訳でもなさそうですね……まあ、こちらとしては特に断る理由はありません。第二王子との婚約など、願ってもないことです」
ギルトア殿下の言葉に、お父様は笑みを浮かべていた。
その視線は、クレイド殿下の方に向いている。
「それは侯爵家の当主としても、一介の父親としてもです。クルレイド殿下であるならば、私も安心して娘を任せることができると思っています」
「ラムコフ侯爵……」
「クレイド殿下、どうか娘のことをよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
お父様とクレイド殿下は、お互いに一礼していた。
とりあえず私とクレイド殿下の婚約は認められたということだろう。
そのことに私は安心する。これでエスカー侯爵家の領地の問題も含めて解決だ。
「エスカー侯爵、見ての通り二人はまだ若い。婚約の話もまだ完全に進んでいるという訳でもありませんから、それまでの間あなたには領地の管理と引き継ぎの準備などをお願いできますか?」
「わかりました」
エスカー侯爵も安心したような表情をしていた。
彼にとって一番気掛かりだったのは、領地に暮らす人々のことだったのだろう。その憂いがなくなって、安堵しているということかもしれない。
「よし、話がまとまって僕としても安心だ。最近この国はやけに荒れていたからね。そろそろ落ち着いてもらいたい所だ」
「兄上、そういえばハウダート伯爵家の領地に関してはどうされるのですか? ハウダート伯爵家も爵位は剥奪されるというか、本人も夫人も捕まっている訳ですし、そちらも誰かが上に立つ必要があるでしょう」
「ああ、それについては問題はないさ。信頼できる者に明け渡すつもりだ。こちらに関しては、元からその予定だったからね」
クレイド殿下からの質問に、ギルトア殿下は笑顔を浮かべていた。
恐らく、彼が言っているのはドナテス・ダウラー子爵令息のことだろう。彼は今回の件の功労者だ。顔と名前、それに経歴まで変えて、ハウダート伯爵家の領地という報酬を得られるのだろう。
「それにしても、姉上とクレイド殿下が婚約するなんて、少し驚きました」
「ロンダー……まあ、そうか」
「やっと長年の想いが叶ったんですね?」
「む……」
ロンダーの言葉に、クレイド殿下は少し驚いたような表情をしていた。
話の流れからして、ロンダーはクレイド殿下の私への想いを知っていたということだろう。それについては、私にとっても驚きである。まったく知らなかった。
「し、知っていたのか?」
「あ、はい。それはまあ、一応……」
「……まあ、俺がわかりやすいということか」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「気を遣わなくてもいいさ。わかっているんだ。単純だってことは……」
ロンダーの指摘によって、クレイド殿下は少し落ち込んでいた。
クレイド殿下は、とても純粋な人である。恐らく、隠しごとなどはできないタイプであるだろう。
ただ、私はそんな彼の想いにまったく気付いていなかった。なんというか、自分の鈍感具合が嫌になってくる。
「そんなことよりも、クレイド殿下は僕の兄上になるということですよね?」
「うん? ああ、そういうことになるのか」
「それはなんだか、嬉しいです。前々から、兄上のようには思っていましたけど……」
「まあ、それは俺も同じさ。ロンダーのことは、弟のように思っていたとも」
「そう言っていただけるのは嬉しいです」
ロンダーは言いながら、目を輝かせていた。
彼は、前々からクレイド殿下のことを慕っている。そんな彼と義理の兄弟ということに、かなり喜びを感じているのだろう。それがその表情から伝わってくる。
「……ただ、クレイド殿下。姉上のことは幸せにしてくださいね?」
「む……」
「アルペリオ侯爵令息のせいで、姉上はたくさん傷つきました。だから今度の婚約は姉上にとって幸福なものであって欲しいんです。クレイド殿下が相手なら、大丈夫だとは思っていますけど……」
そこでロンダーは、真剣な顔でそんなことを言った。
その言葉に、私は固まってしまう。弟の自分に対する強い思いやりを感じたからだ。
なんというか、とても嬉しい。思わず笑みが零れてしまう。
「……もちろんだ。レミアナ嬢のことは必ず幸せにする。ロンダー、約束するよ」
「その言葉を聞けて安心しました。クレイド殿下、姉上のことをよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
ロンダーの言葉に対して、クレイド殿下は真剣な表情で言葉を返してくれていた。
その言葉もとても嬉しい。クレイド殿下の思いやりも、伝わってきた。彼なら本当に幸せにしてくれると、そう思える。




