第13話 夫人の処遇
「さて、ハウダート伯爵夫人、あなたとはこれからの話をしなければなりませんね」
「これからの、こと……」
ギルトア殿下からの呼びかけに、ハウダート伯爵夫人は力なく言葉を返した。
マルセアさんとの決別は、それだけ彼女にとってショックだったということなのだろうか。
ただ、それも彼女の自業自得としか言いようがない。マルセアさんの元から去り、ハウダート伯爵に付いたのは彼女自身の判断だ。
「あなたは、国家に対する反逆の罪によって捕まっている。それが大罪であることは、あなたもわかっているでしょう。首謀者であるあなたには、極刑以外あり得ない」
「きょ、極刑……そ、そんな!」
しかし夫人は、すぐにその勢いを取り戻した。
それは、自分の置かれている状況を改めて理解したからだろう。国家に対する反逆、彼女はギルトア殿下にそれ程の罪を押し付けられたのだ。
「わ、私は何もしていないじゃない! それで極刑なんて、ひどすぎるわ!」
「残念ながら、状況がそうなっているのです」
「それを作ったのは、あなたじゃない!」
「僕を責められても困ります。まんまと罠に嵌ったあなたが愚かと考えてください」
「か、勝手なことをっ……」
ギルトア殿下は、わざと夫人の神経を逆撫でているようだった。
ただ、彼の言っていることは概ね正しい。陥れられるなんて、私達の世界ではよくあることだ。夫人はそれに対抗する準備をしていなかった。
もちろん、王族という強敵を退けるのは難しいだろう。ただ、夫人の素行に問題がなければ、彼女がここまで追いつめられることもなかったはずである。
「そ、そうだ……わ、私が秘密を握っている人達が黙っていないわよ!」
「その秘密は、こちらも握っています。喋ったことをお忘れですか?」
「それは……」
「この状況ですから、貴族達は恐らく、秘密が漏れてもいいように努めているでしょう。双方が秘密を握っている場合、どちらの味方もできませんからね。ばれても被害を最小限に留めるということに注力するでしょう」
仕方ないこととはいえ、夫人は切り札である秘密をギルトア殿下に与えてしまった。
彼女の裁判が迅速に行われたのも、そのためだろう。ギルトア殿下は、各地の有力者達が動く前にそれを封じたのだ。
夫人が秘密を喋らなかったなら、こうはならなかったかもしれない。その点においても、彼女は失敗していたといえる。
「さて、これで状況は理解できましたね……故にそろそろ、本題に入りましょうか」
「本題……?」
恐怖に震える夫人に対して、ギルトア殿下はゆっくりと目を閉じた。
彼はすぐに目を開き笑う。どうやら彼は、単に夫人を処刑するつもりはないらしい。
「こういう言い方をすると失礼かもしれませんが、はっきりと言ってあなたの命には価値がありません。あなたを首謀者として葬った所で、利益はないのです」
「り、利益ですって?」
「僕はこれでも必要以上に命を奪おうとは思っていません。無駄に縄を使うのは主義に反しますから、あなたのことはできれば助けてあげたい」
ギルトア殿下は、ハウダート伯爵夫人に冷たい視線を向けていた。
口では色々と言っているが、彼は夫人の命がどうなろうとどうでもいいのだろう。それはその表情から伝わってきた。
つまりこれは、交渉の一環と考えるべきだ。彼は夫人に命と何かを天秤にかけさせようとしている。
「ど、どうすれば私は助かるというの?」
「問題となっているのは、今回の件の首謀者です。命を奪う必要があるのは、その者だけです。ああ、実行犯であるドナテス・ダウラー子爵令息も葬り去りますが、彼は実際には死にませんから、ご安心を。まあ、顔や名前は変えることになるでしょうが」
前提として、ドナテス子爵令息はギルトア殿下の手の者だろう。
そんな彼の安全は保障されている。それは私やクレイド殿下にとっては、安心できることだ。
ただ、夫人にとってはどうでもいいことだろう。彼女は、今のギルトア殿下の言葉にいらついている。
「そんなことはどうでもいいことよ! 問題は、私がどうなるかということ……」
「落ち着いてください。あなたが助かる道も用意しています」
「それは一体……」
「何度も言っているでしょう。今回の件の首謀者が処刑されると。つまりあなたは、首謀者でなくなればいい。言っていることが、理解できますか?」
「ま、まさか……」
ギルトア殿下の言葉に、夫人は目を丸めていた。恐らく彼の言葉の意図を理解したのだろう。
私やクレイド殿下も、既に予想はできている。ギルトア殿下は、夫人の裏に隠れている人物を引きずり出そうとしているのだろう。
考えてみれば、それは当然のことかもしれない。夫人の裏にはずっとその人物がいたのだから、それをギルトア殿下が放っておくはずはないだろう。
「あ、あの人を代わりに差し出せと言っているの?」
「ええ、そうです。簡単なことでしょう。真の首謀者がハウダート伯爵、あなたの夫であるというのは誰もが納得する結論です」
「そ、それは……」
ハウダート伯爵夫人は、ギルトア殿下からゆっくりと目をそらしていた。
彼女の表情からは、迷いのようなものが読み取れる。実際に迷っているのだろう。夫であるハウダート伯爵を売るかどうかを。
「あなたがハウダート伯爵を首謀者として告発してくれるなら、あなたの罪を軽くしましょう」
「罪を軽く……」
「あなたにとっても、悪い話ではないはずだ。証言するだけで、この状況を覆せるのだから」
ギルトア殿下は、ハウダート伯爵夫人に優しく語りかけていた。
その寄り添うような口調は、彼の作戦なのだろう。あくまでギルトア殿下が見据えているのは、ハウダート伯爵なのだ。
「迷う必要がありますか? このままではあなたは極刑だ」
「でも、私が告発したらあの人が……」
「おや、ハウダート伯爵のことが心配ですか? 曲がりなりにも、夫に対する愛があるということでしょうか」
「……」
ハウダート伯爵夫人は、ギルトア殿下からゆっくりと目をそらした。
彼と夫である伯爵の間に、何があるかは定かではない。ただ、それなりに情はあるようだ。長年連れ添ってきたのだから、それは当然といえば当然なのかもしれないが。
「しかしハウダート伯爵の方は、そうではないかもしれませんよ?」
「……え?」
「彼からの手紙です。今回の事件に自分は関係ないという旨が記されています。どうやらあなたとは離婚しているようですよ?」
「な、なんですって?」
そこでギルトア殿下は、牢屋の中に手紙を投げ入れた。
夫人はそれを手に取り、中身を見ている。その内容は、ギルトア殿下が言っている通りなのだろう。夫人の表情は、どんどんと歪んでいる。
「あ、あの人は……私を見捨てたというの!」
「文面から考えると、そうなるでしょうね。ああ、言っておきますが手紙は本物ですよ?」
「わかっているわ。これは確かにあの人の字……」
夫人は明らかに怒っていた。
それは当然だろう。ハウダート伯爵は、自己の保身のために今まで連れ添ってきた夫人を見捨てた。それはひどい話だ。
「……告発すれば、私の罪は軽くなるのよね?」
「ええ、もちろんです」
「それなら、告発するわ。こんな人のために、死んでたまるものですか……」
手紙を見たことによって、夫人の迷いはなくなったらしい。
それ所か、彼女の表情からは激しい憎悪のようなものが読み取れる。
そんな夫人に対して、ギルトア殿下は笑みを浮かべていた。彼の目的が、果たせたということなのだろう。
「ああ夫人、ちなみにあなたへの罰は軽くなるといっても、終身刑は免れません」
「……え?」
「模範囚であるならば、多少は減刑されるかもしれませんね。まあ、時間はたっぷりとありますから、しっかりと反省してください」
「ま、待って……! そんなの嫌よ! 私はこんな所にいたくない! お願い、助けて! なんだってするから……」
ハウダート伯爵夫人は、ギルトア殿下に手を伸ばした。
しかし彼は、既に踵を返して歩き始めている。私とクレイド殿下も、それについていく。必死に縋っている夫人から、目をそらしながら。
これから彼女は、自分の行いを顧みることになるだろう。時間はたっぷりとある。その期間で、彼女が少しでも心を入れ替えてくれるといいのだが。




