第10話 作られた罪
「ハウダート伯爵夫人、あなたはドナテス・ダウラー子爵令息に国家転覆を狙っていることを示唆した。その言葉を聞いた彼は、市に参加していたこの私を見かけ連れ去ろうとした。その認識で間違っていませんね?」
「……ギルトア殿下、それは誤りです。私は何もしていません」
ギルトア殿下の言葉に、ハウダート伯爵夫人はゆっくりと首を振った。
現在、彼女に対する簡易的な裁判が行われている。しかし、それは名ばかりの裁判であるだろう。ギルトア殿下の中では、既に彼女は有罪と決まっているのだから。
「それならばハウダート伯爵夫人、あなたが彼と不倫をしていたことは事実ですか?」
「それは……」
「そちらは認めざるを得ませんか? まあ、そうでしょうね。それに関しては、様々な証言が得られている」
「……確かに、私が彼と関係を持っていたことは事実ですが」
不倫に関して、夫人は認めるしかなかった。
私達の前にアルペリオ侯爵令息と一緒に現れたように、彼女は不倫を隠さないのだろう。様々な人に目撃される以上、それを誤魔化すことは不可能なのだ。
それは彼女の余裕の表れだったのだろうが、迂闊としか言いようがないことだった。こういう時に、彼女は一気に不利になってしまう。
「私は彼にそのようなことを吹き込んだ覚えはありません」
「なるほど、つまりあなたは若い燕に全ての責任を押し付けて逃げようという訳ですか……」
「そんなつもりはありません。事実無根だから、そう言っているだけです」
「あなたは、一人の若い子爵令息の人生を狂わせた! 彼を誑かした罪は大きい」
ドナテス・ダウラー子爵令息は、まだまだ若い。私と同年代くらいの年齢といえるだろう。
そんな彼が、伯爵夫人に誘惑されて関係を持った。そして彼女に唆されて、犯行に及ぶ。それはとても、自然な流れであるように思える。
ハウダート伯爵夫人は、ただでさえいい印象をもたれていない。その中でそんな流れを出されたら、多くの人はそれを信じるだろう。
「兄上は、ずっとこれを狙っていたのか……あのドナテス子爵令息に夫人が粉をかけると予想して、計画を立てて……」
「……ギルトア殿下は、用意周到だったようですね。聞けば、彼が夫人と関係していたのは三年間にも及ぶらしいですし、その時から夫人を狙っていた」
私達が夫人という脅威を認識する前から、ギルトア殿下は計画を進めていた。つまり、ハウダート伯爵夫人は既に追い詰められていたのだ。
それは、驚くべき事実ではある。ただ、全ては夫人が蒔いた種だ。彼女の自業自得なのである。
◇◇◇
結局ハウダート伯爵夫人は、事件の首謀者として捕まった。
どこまでギルトア殿下の手が及んでいたのか不明だが、彼女の証言はまったく認められなかったのだ。
「姉上、それでは僕は家に戻ります。今回の件、しっかりと父上に伝えますからご安心を」
「ええ、ロンダー、よろしく頼むわ」
王城のとある客室にて、私はロンダーとそのような会話を交わしていた。
色々と事態が動いたため、ロンダーはラムコフ侯爵家に戻るという判断をした。手紙で書くよりも、直接伝えた方がいいと思ったのだろう。
一方で、私はしばらくこちらに残ることにした。まだまだ、ハウダート伯爵夫人に関する事態の進展があるかもしれないからだ。
「……ロンダーは行ってしまいましたか」
「あ、クレイド殿下……ええ、丁度今出て行った所です」
「色々と言いたいことはありましたが、仕方ありませんね……」
ロンダーを見送った私の元に、クレイド殿下がやって来た。
彼の顔色は、少し悪い。ハウダート伯爵夫人の様子を見に行っていたのだが、そこで何かがあったのだろうか。
「クレイド殿下……どうかされましたか?」
「……兄上は残酷です。目的のために手段を選ばない」
「……まさか本当に拷問を?」
「ええ、彼女は素直に秘密を吐いていました。当然のことでしょう。あれに耐えられる訳がない」
ハウダート伯爵夫人が握っている秘密を、ギルトア殿下は手に入れようとしている。
そのための手段として選ばれたのは拷問だった。罪人となった彼女に、ギルトア殿下は容赦なくそれを行っているらしい。
「ただ、残酷なのは俺も同じです。夫人が持っている情報は、我ら王家にとって有益なものだ。俺は兄を止められなかった……」
「お言葉ですが、どの道彼は止まらなかったと思います。彼は今回の計画を時間と労力を使って成し遂げたのですから」
「そうですね。兄上は随分前から彼女に目をつけていた。情けない話ですが、俺くらいの年齢の時から兄上は既に進むべき道を切り開いていた……」
ギルトア殿下は、恐ろしい人だった。
彼はきっと、目的のためには手段を選ばないだろう。今回の件で、それを思い知らされた。
次期国王としては、それで正しいのかもしれない。ギルトア殿下は、王への道筋をしっかりと見据えていたということだろうか。
「……そういえば、ギルトア殿下はどうやって国王様を抑えつけていたのですか? いえ、そもそも彼は本当にハウダート伯爵夫人と関係を?」
「ああ、それなら母上に頼んだようです。考えてみれば、それが一番手っ取り早い手段でした。ハウダート伯爵夫人との過ちはあったようですが、結局の所父上は母上に敵いませんからね」
「なるほど、私達はそれを失念していましたね」
そこで私は、ふと国王様のことが気になった。
彼がクレイド殿下を止めたのは、きっとギルトア殿下が既に計画を進めていたからなのだろう。
とはいえ、彼が関係を持っていたことは事実だ。となると、国王様は何かしら秘密を握られていたということになる。その秘密とは、なんだったのだろうか。
「国王様は一体どんな弱みを握られていたのでしょうか?」
「ああ、それは……父上の名誉のために黙っておいて欲しいのですが」
「ええ、それはもちろん」
「……女装が趣味であるそうです」
「……なるほど」
クレイド殿下の言葉に、私はゆっくりとため息をついた。
確かにそれは、知られたくない秘密ではある。国家を揺るがすものであるかどうかは、微妙な所であるが。
◇◇◇
「……今回の件に関して、君達は少々納得がいっていないのかな?」
私とクレイド殿下が客室で話していると、ギルトア殿下がやって来た。
やっていることと比べて、彼の態度はやはり軽い。その軽さが、私達を困惑させる。
「納得がいっていないという訳ではありません。俺も王族の端くれですから、兄上の言っていることは理解しているつもりです」
「その割には不服そうだね?」
「いえ、だからそういう訳では……」
「ふふ、僕は君のそういう所は美徳だと思っている。できることなら、そのまま変わらないでいて欲しいものだ」
ギルトア殿下は、ある種の甘さがあるクレイド殿下に好感を持っているようだ。
それは、その態度から伝わってくる。ハウダート伯爵夫人には冷酷な彼だが、弟のことは真っ当に愛しているらしい。
「俺は兄上のようになりたいと思っていますよ。王族としては、多分その方が正しい」
「そういう訳でもないだろう。僕からしてみれば、今回の件に嫌悪感を抱いている君の方が人間として正しいとさえ思える。まあ、隣の芝生が青く見えるだけかもしれないが」
ギルトア殿下とクレイド殿下は、性格的にはそこまで似ている訳ではないようだ。正反対とさえ、いえるのかもしれない。
そんな彼らは、お互いに憧れを抱いているのだろう。自分にないものを持っているお互いが、羨ましいのだ。
「ただ、君が僕についてくるつもりであるなら、覚悟を決めてもらおうか。これから僕は、ハウダート伯爵夫人と再び話をするつもりだ」
「話……しかし、彼女は既に全てを吐いているのではありませんか? まだ何か知りたいことがあるのですか?」
「いや、彼女には証言してもらわなければならないのだ。後世への憂いを断つためにも、もう一人牢に入れる必要がある人物がいる」
ギルトア殿下は、とても涼しい顔でそんなことを言ってきた。
彼の言葉には、躊躇いなどはない。そうすることを当然だと思っているのだろう。
一方で、クレイド殿下は怯んでいる。やはり彼には、そういったことに対する忌避感があるようだ。
ただ、それでも彼はギルトア殿下についていくだろう。彼はそちらの方が王族として正しいと思っているのだから。
「レミアナ嬢、君もついて来るといい。ハウダート伯爵夫人には散々煮え湯を飲まされただろう。恨み言の一つでも言ってあげるといい」
「……ついて行かせてもらいますが、別に恨み言を言うためではありません。ただ私は、この事件を最後まで見届けたいだけです」
「まあ、どちらでもいいさ。とにかく、行くとしよう」
ギルトア殿下は、私の決意表明も軽く受け流してきた。
彼は本当に掴み所がない人だ。話していると、なんだか調子が乱される。
幸いなのは、彼が敵ではないということだろうか。味方であるというのは正直とてもありがたいことであるような気もする。




