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「動物を狩るより人間を狩る」

 村の広場にはたくさんのテントが出ていて、提供される食べ物は飲み物は基本的にはみな無料だった。

 広場は資源枯渇前にはたぶん観光植物園だったようで、石畳の遊歩道が広場を取り囲み、石積の花壇には村の有志が植えた宿根草が咲いていた。

 石段の上の方にはツタのからまるアンティークみたいな回転木馬カルーセルも見える。奥の方には客を迎える為の建物がある。今は地域の集会所として使用されていた。

 陽葵(ひなた)はレモネードの竹製カップを両手に持ち、さらにそのカップの間にフルーツのパイを持って歩いた。大きな楠の影にはクジラをかたどった黒い石のオブジェがあって、そのくるりと巻いた尾びれにまたがるようにして、あきらが待っていた。

 もう本当に世話がやけるんだから、とうきうきした気分で近くまで来ると、あきらが豊満な胸で窒息しそうになっているのが見えて、陽葵の顔はこわばった。

「ちょっとなにしてくれてんのよオバさん」

「オバさんはやめてぇ。まだ三十歳だしぃ陽葵ちゃんとそんなにかわらないわぁ」

 綿のブラウスに長いスカート、こんな僻地ではあまり見ない女らしい姿に、陽葵はそこはかとない不快感を感じる。同族嫌悪という奴かもしれない。媚びやがってと思う気持ちが同時に自分にも突き刺さった。

 アカネは村で愛されているお姉さんキャラだ。不幸にも昨年ご主人を亡くして、操を立てて今は村で娼婦をして暮らしている。操を立てて娼婦をするというのもおかしな話だけれど、誰かの伴侶としてコミュニティの子育てや衣食住の役に立てない以上、独身の女性が生計を立てる術は限られてくる。石油資源枯渇後の世界は、コミュニティに貢献できないものを生かしておけるほど甘くない。

 アカネは、不安な単身者に自信つけて一人前の男に育てているし、出産をひかえた主婦の負担を軽くしている。立派な仕事には違いないけれど、とりあえずあきらがお願いするようなことはなにもない。

「気安くあきらに触らないでくれる」

 陽葵は木陰の壊れかけたキャンプテーブルに食べ物を置き、あきらの腕を引いてアカネから引きはがした。

「あらぁ残念」

「ほら、顧客獲得のチャンスでしょ。新参者ばっかりよ。行って仕事してきなさい」

「今日は駄目なのぉ。ここでちゃんと見張ってないとぉ」

 アカネが村で頼りにされるもう一つの理由はその腕っぷしだ。アカネは陽葵の父親と同じで、もとはあの悪名高い自衛隊駐屯地の兵士だった。動物を狩るより人間を狩る方が得意なのだ。今日は警備の役を頼まれたのだろう。

「入植者と村の人が揉めったってさ。誰か殴られたみたい」あきらがレモネードに手を伸ばしながら言った。

「もう?なんでそんなことになるの」

 入植者が村に入って、まだ何時間も経ってない。揉めるほどの接点もまだないと思うけど。

「くわしくはわからないけどぉ、秋山君が殴られたみたい」

 ほんの少しだけ、あきらの動きが止まったような気がした。気のせいかもしれないけれど。あきらは地面を眺めながら呟く。

「‥‥ふーん。確かに秋山さんは殴りやすそうだ」

 アカネは、耳にさした無線機に指をあて、なにかの報告を聞いていた。目がすっと細くなった。なにかマズいことが起きたみたい。

「なんかあった?」

「侵入者みたい。馬鹿ねぇ単独でやってきて普通に捕まったって」

 お祭りらしいにぎやかな日だ。みんなそれぞれに忙しい。

「もう行かなきゃ。またねぇあきらちゃん」

 アカネを見送って振り返ると、あきらはパイを喉に詰まらせていた。飲み物を渡して背中を叩いてあげると、楽になったみたいであきらは陽葵を見上げてにっこり笑った。

 やばい、小動物みたいに可愛い。

 あきらの体はまだ成長の途中でだった。子供向けの狩猟服は配布されないのでぶかぶかのジャケットを着て袖やすそを折りあげている。それでもまだ長いのでジャケットは蛍光色迷彩の萌え袖になっていた。短く切った髪と小さな耳は大きな襟に埋もれていた。くっ、可愛い盛りだ。子供の成長は早い。よく目にやきつけておこう。

 ちょうど新規入植者のスピーチが始まるところだった。

 挨拶をしているのは二十代後半の青年で、瞳には市民シチズンにありがちな情熱の光があふれていた。きっと都市メトロでは毎日の生活に追われて疲れ切ったりすることはないのだろう。

「—わたしは森本達也と申します。都市メトロで生まれ、都市に育ちました。都市ではずっと疑問を感じていました。わたしが口にする米はどこから来たのだろう?野菜はどこから?肉はどこで暮らしていた動物なのだろう?勉強を重ね、わたしはある結論に至りました。都市に本当の生活はありません。都市の暮らしは地面に落ちる影のような物です—」

 森本という青年は、胸を張り声を張り上げていた。なるほどリーダーらしいキャラだ。見ててこちらが恥ずかしいような感じもする。

「—本当の生活はここにあります。いつしかわたしは本当の生活を夢見るようになっていました。きょうは夢がかなう日です」

 本当の生活を味わって見ればいい。周期的に山賊に襲われて、殺された友達を埋葬したり、夏の暑さで毎年食料切れの心配をするのが、ここでの本当の生活だ。陽葵は白けた気持ちで森本とかいう男を眺めた。暑さで茄子の花が落ちないように祈ってみればいい。三日もごはんを食べなければ、まあ確かに命があることの有難さは感じるだろう。

 たとえば陽葵は、山に入って銃の扱いをこっそりと練習した。父親をふくめ誰も十四歳の少女に銃の扱いを教えようとはしなかったからだ。いざという時にただの足手まといにはなりたくなかった。いまでは動くものじゃなければ普通になんでも当てられる。山あいの狩りでは何百メートルも先を狙うわけじゃない。反動の強いスラグ弾も試してみた。肩に痣ができたけれど、べつに大丈夫。それ以外は他の弾と同じだ。

 この森本とかいうこの男に人を撃つ覚悟があるのだろうか?本当の生活をする為には必要なスキルだけど、森本本人がそれを理解しているようには見えない。

 しかしながら、陽葵は入植に反対なわけではない。人手が増えればみんなの生活が楽になる。人口が増えるにはある程度の大きさの遺伝子プールが必要だ。

 村が繁栄することは、陽葵の願いでもあるし、村長である陽葵の父親の願いでもあった。

 都市に見捨てられていないというだけで、確かに未来への思いをはせることが出来た。

 陽葵はさりげなくあきらの手を握った。幼い頃から数えきれないくらい手を引いてきたけれど、いま手を握ったのはそれとは意味が違う。それを分かっているのか分かっていないのか、あきらは手を握り返して笑った。いまはそれで十分だ。あきらが笑っていてくれればそれでよかった。

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